第9話「決戦の始まり、もう届かない思い」
後書きの下に他作品へのリンクが有りますのでよろしくお願いします。
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謹慎生活から二週間、俺とアイリスは模擬戦をしたり、地下での会議に呼ばれたり、あとはイチャ付いたりそれなりに充実した毎日を過ごしていた。そんな時にその連絡は突如来た。
「炎央院家の使いの者が?」
「うん。明日には着くらしいよ。遺品を引き取りにだって~」
本社にも来るのか気になったがアイリスも今のところそんな話は聞いて無いらしい。何が狙いだ?俺の死亡を確認するのは分かるが、調査の人員は既に炎央院家から来ており炎聖師の六人組が英国に上陸した後、たっぷり滞在して四日前に帰国したばかりだからだ。
奴らはダミーに用意しておいた俺の住居やSA3の俺のデスクを見て行ったが遺品とかは特に言って無かったらしい。
「ジョッシュがまた失礼な奴らなら軽くしめたいって言ってたわ。フローが厳重注意してたけど」
「おいおい大丈夫なのか? やっぱりワリーの方が良かったんじゃないか。あの連中に光位術なんて見せたら腰抜かすぞ?」
そう、炎央院の家の者は、頻りに俺の社内での業績や態度などを聞いていたそうだが、これはジョッシュとフローが嫌味の意味も込めてSA3で一番の業績で優秀な人間だったと言って追い返したそうだ。
まるで俺の粗を探しているような質問の仕方で我慢出来なかったらしい。二人で英語でまくし立てたらオロオロして逃げた事から本家の人間だったようだ。
「レイ? 日本ってそこまで極端な教育してたっけ? 私は数年滞在してただけだから向こうの教育を知らないのだけど」
「いや俺の生家が異常なだけだ。あそこまで自国を、いや家の事だけを守っているのも異常だった。現に他の日本の四大家の一つは海外の婿を入れたしな。確かアメリカ人だったはずだ」
「アメリカ……と、言う事は歴史を知らないね。アメリカも下級術師しか配置されてないからね、そもそも聖霊があまり根付かない土地だからそこまで強い聖霊も居ないはず」
そんな事を話しながら炎央院家の事を思い出して行くと改めて異常だった。極端な外界アレルギーともいうべき外との関係を断とうと必死だった。
俺の中学の英語の教科書ですら難色を示していたくらいで、あの家ではコッソリと英語や中国語を勉強していたが気付けばバレていた。
聖霊術で監視されていたからだろう。おかげで日常会話レベルもおぼつかないで家を追い出された。そんな事をアイリスと話しているとあっという間に二日が経っていた。
◇
「えっと、確かロンドンの中心の橋が黎牙様の眠る場所……まずはそこに向かいましょう……その後はお世話になっていた会社とあと可能なら生活されていた場所」
私、里中流美は炎央院の使いの者として半ば無理やりこの地へ来たのは理由があった。先日、炎央院の一族・門下だけで構成された調査団がロクな調査結果が得られなかったと言う点。
そして今お仕えしている炎央院の次期嫡子の許嫁の炎乃華様の強い要望だ。そして私の個人的希望だ。最後は私がと言う封じた思いを……。
「ええと……この道? でしょうか……やはり迎えを待てば良かったですね……困りました」
「何カお困りですカ? お嬢サン」
「へっ!? あ、に、日本語喋れるんですかっ!?」
目の前のブロンドの紳士が気さくに話しかけてこられたので嬉しくなり思わず答えてしまった。するとすぐに茶髪のきれいな女性が出て来て金髪の人を捕まえて黙らせると改めて挨拶をされた。
「初めまして、私はL&R GroupのSA3所属のフローレンス=ターナーです。お迎えに上がりましタ。レイの……『えんおーいん』さんの家の方ですよネ?」
「あっ、す、すいません。お迎えの前に黎牙様の眠られている場所だけでも自分の目で見ておきたくて……」
「へ~それは感心だな。今回の使いはレイへの扱いを弁えてるようだな? フロー」
二人はまるで黎牙様の事をご存知のようだった。だから思わず聞いてしまった。二人と黎牙様の、私の元の主の関係を。
「ああ、俺達はレイの同僚だ。最初は色々と甘ちゃんだったが最近はもうエースでな、アッという間に追い抜かされた」
「そうね、私も指導係だったけどあっという間に業績を上げて行ったわ。ま、たまに凡ミスしたりして皆で笑ったりしたけど」
「あぁ……ここで黎牙様は居場所を得られたのですね……良かった」
良かったと思っては失礼に当たる。それでも元気に過ごしていたと聞けて良かったと思えてしまった。同時に少し心が軽くなる感覚がしてホッとしてしまった。
だからまるで釘を刺されるように金髪の男性がボソッと呟いた。
「ま、アイツは死んだけどな……多くを守るために」
「そうね。まずは弔いに行きましょうか」
「はい……」
その声はまるで私を非難しているように聞こえて心が震えた。その後にロンドン橋に向かい次に黎牙様の住居、最後に仕事場に案内された。
黎牙様のデスクと言われた場所は何一つ残ってなくて別な人間が入るまではこのままの状態だと説明された。
「あのっ!! ジョシュアさん、それにフローレンスさん。黎牙様の、何か、何か遺品か、もしくは写真など――――「無いナ。前来た奴らニモ言ったが、あいつハそう言うの嫌いでナ」
「えっ? それは……一枚、も、ですか?」
「ええ。彼は……レイは何か常に気を張ってたんじゃないかしラ? それに先週の人たち親族とは思えなかったワ。あなたは少し違うみたいですが」
黎牙様は、やはり本家の襲撃を恐れて証拠を残さないで行動をしていたのだろう。だから本家もここ四年間は追手を差し向けられなかったんだと私は確信した。でもそれも私が炎乃海様から捨てられ炎乃華様に仕えるようになってから情報が入らなくなったから真実は分からない。
「そう、ですか、あの、では何かございませんか!? 何でも構いません!!」
「ふぅ、失礼ながら当社としては一従業員のプライベートにそこまで介入してません。そしてこちらは善意で――――「良いんじゃない? 二人とも」
「なっ!? 姫様、なんで出て来てるんだよっ!?」
「アイリス、あなた……今日は彼と外に行ったんじゃ」
私達の話に介入して来たのは白髪の人だった。でもそれにしては若々しく青い瞳のきれいな人だった。その人が最初は英語で何か言った後に二人とは違い流暢な日本語で私に話しかけて来た。
「すいません。レイのパートナー、いえ日本風に言えば恋人のアイリス=ユウクレイドルです。初めまして」
「えっ!? 黎牙様に……こ、恋人が……ほっ、本当ですか!?」
「ええ、彼とは今も心で繋がっていると自負していますので、それで、追放したお家の方が何か?」
言葉のナイフと言うのがあるのならこの美人の一言は正にそれだった。そして何より黎牙様に恋人が居たなんて……心に特大の痛みが走った。
そして更に続いた『追放した』という言葉は黎牙様がこの人にかなり深い所まで話していた事を証明して恋人というのは事実なのだと理解させられた。
「では、こちら去年撮った写真です。生前の黎牙が生きていた時の写真です。これを持って、さっさと帰って下さらない?」
「あぁ……これが……黎牙様っ……ご立派に、なられて……うぅっ……」
写真の中には目の前のアイリスさんと他の二人、そして先ほどからデスクに座ってこちらを見ている二人の六人が映っていた。
面影はそのままで背も伸びて、何より驚いたのはこんな笑顔、小さい時に見たくらいしか覚えて無いし思い出せなかった。
「彼と出逢ったのは四年前、彼は酷く憔悴して英国に来ました。これ以上私を怒らせないでくれるとうれしいわ」
「あっ、あの、お話を――――「私も日本には少し滞在していたのですが、物分かりの悪い方ですね……お話する事は有りません。お引き取りを」
「あ、その、申し訳ありません。失礼します」
そう言うのが精一杯だった。私はこの後に追って来たジョシュアさんとフローレンスさんに連れられて宿泊先で一日だけ滞在すると最後にもう一度ロンドン橋に手を合わせようと向かった。そしてそこで待っていたのは昨日も会った人物だった。
「アイリス様?」
「どうも、すっかり忘れるところでしたのでこれをレイに頼まれていたので……もし家族の、信用に足る人間が来たら渡して欲しいと頼まれたものです」
「これは……黎牙様のクレジットカードとパスポート……まさか……」
それは便せんで封がしっかりとされていた。手紙だった。
「ええ、いずれ来るであろう人へ宛てた手紙だと生前黎牙が言ってました。では今度こそ、遺品と彼の最後の意志を確かにお渡ししました」
「ありがとうございますっ!! ありがとうございますっ! アイリス様……では、失礼致します!!」
私はすぐに空港に向かって急いだ。帰国の途につくために、急いで帰りの便に乗り込んだ。
◇
「良い人だと思ったんだけど……違うの? レイ?」
「いいや、流美は一番の食わせ者だったよ。アイツは俺に発信機を付けて執拗に追い回した実行犯の一人……だからな」
「嘘ぉ……人は見かけによらないね? でも、そうか……ふ~ん」
俺は流美が現場を離れるのを確認すると光位術の光学迷彩に近い術『シャイン・ミラージュ』を解いて姿を現す。昨日、我慢の限界だったアイリスがコッソリと流美を見に行ったら意外と好感触だったらしく、せめて手紙を書いて欲しいと懇願された。
そして俺は少し悩んだが逆にこの状況を好都合だと思って、これを機会に親に渡されたカードやらパスポートも要らないので叩き返す事にした。
「これで今度こそさよならだ……じゃあな、炎央院黎牙……俺は行くよ……二〇年間の呪縛を捨ててレイ=ユウクレイドルとして」
ちなみに手紙の中には俺が仕方なく中国で使ったホテル代と日本から中国までの渡航費と雑費などを含めた80万円分の小切手も同封しておいた。
実際は70万ちょっとだが意地で多めに入れてやった。これで今度こそ炎央院の家とは関係が切れた。少しだけ感傷に浸りたい気分だったが二人ですぐに本社に戻った。そんな事よりも今はやる事がある……決戦が迫っているから備えなければならない。
◇
「以上が、英国での報告になります。勇牙様、炎乃華様……」
「ありがとう流美。黎牙兄さん。これが本当の情報ね。凄い、向こうで研究員としても優秀だったなんて凄いよ。ね? 勇牙?」
「そうだね……やっぱ兄さんは凄いや。僕じゃ勝てないよね。これで術まで使えたら僕なんて」
炎央院家の次期嫡子の炎央院勇牙とその許嫁の炎央院炎乃華は流美からの報告を聞いて先遣隊の無能さを改めて理解した。
英語もまともに喋れない人材にガイド任せだったのに黎牙の報告だけが異様に丁寧だったからだ。彼らの報告内容は無能のお荷物、さらに剣の腕を使って無理やり手柄をかすめ取っていた卑怯者など言いたい放題だった。
「祐介、あなたのお兄さんが好きそうな結果ね? 流美」
「はい。申し訳ありません。恐らく兄の手の者が」
「ええ、炎乃海姉さんに利用されてるんでしょうね。バカな男。聖霊力だけをあてにされているだけなのに」
まさにその通りなのだが家中では誰一人注意しない。聖霊力が強いのは悪い事ではない。確かに一門の門下の中で祐介は強いのだ。
しかし兄の祐司にも及ばず、婚約している炎乃海にですら術では負ける。さらにこの場にいる勇牙や炎乃華には逆立ちしても勝てない。本家の一族と分家や門下の血筋ゆえの差である。
「それでもあの人は門下では一番の強さだよ。それにあの人はあの人で可哀想な人だったしね……」
炎央院の名を継ぐ者以外では、ほぼ最高位と言ってもいい炎聖師だ。さらに奸計が得意で黎牙追放も炎乃海と共に画策していた。
「それでこの事実はどうしますか?お二方」
「あちらに恥をかかせるのにはちょうど良いでしょ。どう? 勇牙?」
「うん。たぶん、黎牙兄さんが生きてたらそう言うはず、そうだね? 炎乃華」
勇牙は炎乃華に尋ね頷くとすぐに係の者に今日の計画の実行準備をさせるまずは下準備、黎牙の残してくれたチャンスを無駄に出来ない。手紙は気になるけどまずは当主に読んでもらう事が先だ。
◇
「デタラメだぁ!! あ、あいつがぁ!! 無能の黎牙がぁ!! 海外でこんなに活躍するわけなぁい!! う、嘘だぁ!!」
「落ち着いて下さい。祐介兄さん。あなたも炎央院の家に名を連ねるのですから」
「そうよ、流美の言う通り黎くんが海外でどうしようが関係ないと分からないの……落ち着いたら、みっとも無いわね。そもそもあの子は頭は良かった。この程度は当然よ」
一族の会議は最初から荒れていた。祐介の持って来た報告書が全くの間違いだと判明したからだ。その証拠と何より故人の手紙を持ち帰った流美の圧勝だった。そして手紙を当主が一読するとそれを放った。
「どうされましたかな? 当主? 曲りなりにも故人の遺志なのですから……」
「ふむ……衛刃よ。しかしこれしか書いてなくては他に読みようも無くてな」
放られた手紙を読むと衛刃は顔を固くしてそれを脇に置いた。
「流美よ。しかと受け取った。報告大義であった」
「はっ!! もったいなきお言葉です」
結局今回の事で得た事は流美の功績とそれを後押しした勇牙と炎乃華の功績となった。祐介は怒りを滲ませて二人を睨みつけ、炎乃海はなぜか炎乃華を見るとニヤリと笑っていた。
それよりも手紙の内容が気になった三人は手紙を読もうと衛刃の周りに集まっていた。
「お父さま、その、読ませて頂いても?」
「あ、ああ。しかし……」
「失礼します。叔父さん……えっ……」
炎乃華と勇牙は中身を見たがそこにはPCで打ち込まれた味気無い文字が一行だけ印刷されていただけだった。
「これ、だけ?」
『お借りした金80万及びクレジットカード等は確かにお返しします。 ――炎央院黎牙』
そしてヒラヒラと落ちたのは80万円分の小切手だった。封筒を逆さまにした炎乃華の目の前にはプラチナカードとボロボロのパスポートが落ちた。
「あ、あぁ……くっ」
「黎牙……済まない……」
炎乃華は泣かないように涙を堪え、衛刃は流美が持ち帰った写真に一言だけ呟くように言うと目をつぶった。
「兄さん……」
「黎牙様っ……」
勇牙と流美は写真を見て泣き崩れていた。二度と会えない兄の最後の立派な姿を見て、同時にどこか安堵もしてしまう情けなさに懺悔しながら、流美も自分の行為全てを悔いていたが今更もう遅いとしか言えなかったのでただ涙を流すしか無かった。
これがある一人の追放された少年が炎央院家を出て五年後に起きた悲劇だった。
――――同時刻英国、とある日本式居酒屋――――
なおこの時、偶然にも同時刻に炎央院の名を捨て正式にレイ=ユウクレイドルとなった黎牙はSA3の仲間達と宴会を開いていた。
「では、皆様、炎央院黎牙死亡記念と致しまして!! かんぱ~い!!」
「もうっ!! あなたぁ~!! 色々と不謹慎よ!! かんぱ~い!!」
そしてレイとアイリスのバカップル夫婦は既に出来上がっていた。これにはいつも悪ノリするジョッシュもドン引きだったが、空気を読まない事で定評の有るベラがすぐに乾杯とグラスを掲げた。
恋人の行動に破れかぶれになったワリーも続いて結局はフローもグラスを掲げたので自分もビールを一気飲みするしか無かった。なお、この飲み会を経費で落とそうとしてワリーが経理に怒られたのはこの三日後だった。
◇
そして時は更に流れて一年。黎牙死亡の噂もすっかり鳴りを潜めた英国では闇刻術士や魑魅魍魎、悪鬼羅刹の動きが活発化していた。闇のロードそして彼らを統べる者が動き出していた。そしてその最も多い場所、そこは……。
「エディンバラだ!!」
「先遣隊はすでに陸路、空路、そして光の道よりエディンバラに向かっている。明らかに誘われている。だが向かわねばなるまい……この星と我ら光位術士の全ての悲願のためにっ!!」
お義父さんと当主の声がそれぞれ響く。今は本隊の幹部の集結しているポイントだ。今回は英国だけでは無く光の三大家の一つ中国の朱家、さらにオーストラリアのユウクレイドルの直接の分家のエウクリッド家の主力及び当主が集結していた。各当主と代表者が挨拶をすると最後に俺とアイリスに回ってきた
「俺は、いや私はレイ、レイ=ユウクレイドル!! 光の継承者です!! 妻である光の巫女、アイリスと共に皆と戦う。この戦いは苛烈なれどこの先に必ずや希望は有ると信じています!! だからどうか共に戦って欲しい!!」
「皆様に、光聖神の加護を……私たちは既に闇刻術士の中枢の一部を倒しています!! 恐れる事はありません!! 共に進みましょう!! 光差す道を!!」
俺達二人の号令で会議室で、地下で、そして集結ポイントで怒号が叫ばれた。決戦はいよいよ始まった。激突はホリルード・パークで始まり、瞬く間にエディンバラ一帯での大規模な戦闘が開始された。
「行け!! 光の栄誉有る戦士たちよ!!」
「怯むな!! 我らには光の加護が有るのだ!!」
光位術士達が次々と光位聖霊たちと共に進む、だが彼らを阻む闇の波動も迫る。闇刻術士とその配下の闇刻聖霊が迫る。光が弾け、闇が飲み込む、血は流れないが互いの存在が白と黒の爆発に飲み込まれ消えていく。
戦場に多くの命が散って行く、だが両勢ともまだこれは序の口、先遣隊同士の戦いだった。戦いは始まったばかりだった。
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