「追放される光」
薄暗い洞窟の中、その中で炎が猛り狂うその中を俺は必死に走っている。追われているのは炎の犬の怪物、いや聖霊だ。何とか目視出来るそれが炎を吐くのを見ると一目散に逃げる。
手に持った赤い宝珠の意匠が施された刀『火影丸』を構えるが鞘から抜けなかったので鞘のまま聖霊に殴り掛かる。
「うわあああ!!」
だがその全力の太刀筋は聖霊に命中するもアッサリすり抜ける。当たり前だ相手は聖霊、この世ならざる世界に居る者たちだ。もし奴らと戦うなら聖霊術を使えなければならない。俺が生まれてから一度も使えてない聖霊術を……。
(なんで……俺には……)
炎の獣が迫る瞬間、目の前で謎の白い光が弾け炎の獣が怯んだ。疑問に思う前に俺は、その一瞬の隙を突いて洞窟の入り口へ無様に逃げ出した。
そのまま命からがら入口付近に辿り着くと意識を失いそうになる、その瞬間にまだ追って来ていた炎の獣を、また白い光が弾けて吹き飛ばしていた。そこで俺は完全に意識を失った。
◇
その翌日、俺、炎央院黎牙は奥座敷の当主の間にいた。目の前には現当主、父の炎央院刃砕が居る。先ほどまで親族などに囲まれ散々と罵倒されていた。一門の人間からも同様だった。
「黎牙。先ほど一門の人間で出した結論を改めて伝えよう。今日限りで貴様は一族から追放だ」
「はい。分かり……ました」
「荷物をまとめ明日には出て行くのだ。餞別としてこれを渡しておく」
そう言うと父は俺にプラチナカードとパスポートを渡した。手切れ金と言うやつだろう。そしてもう一つはそう言う意味か……震える手でそれを受け取ると、もう用は終わったと言わんばかりに父は座敷を去った。後にはもう俺しか居ない。
(部屋に戻ろう……荷物をまとめなきゃ……な)
部屋に戻るとそこには二人の男女が居た。二人とも俺より幼い子で小学生だ。ちなみに俺は今年15歳、中学三年で間も無く卒業する。
「に、兄さん……あの……」
「どうした? そんな顔して? これで晴れてお前が次期当主だぞ?」
「な、何言ってんだよ!! 兄さん!! 今からでも父さんにもう一度お願いしに行こうっ!!」
相変わらず甘い奴だ。コイツは俺の弟の炎央院 勇牙俺とは違い才能も有り性格も真っすぐ育った文句無しの才子。それに既に聖霊を従わせる火の聖霊使い、『炎聖師』だ。俺が昨日突破出来なかった『炎の祠』の試練を去年、若干9歳で突破した史上最年少の天才だ。
「一五まで待ってくれた現当主や周りの者にむしろ感謝しなくちゃ……いけないんだ……分かる、だろ?」
「本当にその通りですね。無能な元嫡子、黎牙兄さん。あなたのような『無能』が現れた事が一族の恥と、姉さまも常々言ってました」
俺と勇牙の話に割って入って来たのは俺の従妹の炎央院 炎乃華、俺より四つ下で、そしてコイツも天才だった。深紅の髪に赤い瞳、炎央院の血筋を色濃く受け継いだ少女で、彼女も既に試練を突破している。
そして腰に下げた昨日まで俺が抜けもしなかった我が家の宝剣にして神器の『火影丸』を当主以外で唯一使える炎聖師でもある。
「黎牙兄さん、せめてもの情けで貸した火影丸を危機的状況ですら抜けず、情けなく逃げ帰ったと聞きましたが?」
「ああ……そうだ……」
「やめろよっ!! 炎乃華!! 兄さん、やっぱりおかしいよ一門で兄さんに剣で勝てる人は居ないんだよ!! 聖霊術が使えないくらいでっ!!」
ありがとう、勇牙。お前に悪意がこれっぽっちも無くて庇ってくれるのは本当に嬉しい。一門には無能と蔑まれて年下にバカにされて何も言い返せない無能な兄を庇ってくれて……だけどな、この聖霊術の、しかも日本で最高峰の炎聖師の宗家の嫡男がそれじゃダメなんだよ……。
「どうしましたか? あら黎牙、まだ居たのですか?」
「は、母上――――「違います。黎牙、当主から追放された者は私とは完全に無関係なのです。最後に『無能』のあなたに教えてあげましょう。今後は他人ですから安易に母と呼ばないようになさい」
「なっ!! 母さん!! 兄さんに何て事をっ!!」
そうだった……忘れていたよ。この人はそう言う人だった。俺が剣術の才に溢れると分かった時だけは褒めてくれたが、聖霊術が使えないと分かると徐々に冷遇され最後は勇牙を溺愛し俺は無視されていた。
「も、申し訳……ありっ、ません。奥方……さま……部屋の整理をして、いました。次期当主の勇牙殿のために……」
「まあ、そうでしたか。当主から当座の支度金は渡されたのでしょう? 終わり次第出て行きなさい。それと勇牙、当主から話が有ります。炎乃華も火影丸の事でお呼びだそうです」
「なっ!! 僕は兄さんの処分が撤回されるまで――――「ゆ、勇牙殿、私は……大丈夫ですのでお行き下さい……」
これ以上、俺を惨めにしないでくれ、お前の優しが辛いんだ。情けない兄を見ないでくれ。母だった人が去った部屋に何とも言えない空気が流れた。
「なっ……に、兄さん!! ぐっ……待ってて、兄さん!! 僕が父さんに言って来るからっ!!」
「勇牙、やめてあげたら? ほんと無様ですね黎牙兄さん……さようなら。もう二度と会う事も無いでしょう。あなたに教えて頂いた剣術だけには感謝しています。それでは……」
「炎乃華!! くっ、こんなの僕は認めないっ!!」
そう言って二人は出て行った。当主は明日までと言っていたが今日中に出て行かないといけないらしい……これ以上、あの人達や一門の人間に言われるのもな。俺は二年前から用意していた旅行カバンとリュックそれにポーチにそれぞれ大事な物を詰めて部屋を後にした。
◇
長い廊下を歩いていると聞こえるように嫌味を言う者、同情の視線を向けて来る者、様々な人が居た。この屋敷にはこんなに人が居たんだ……。そして追い出されたと言う実感に改めて震えながら正門では無く裏手の通用門を通り裏庭に出た。
「やっと来たわね。黎くん?」
「炎乃海姉さん……」
赤い髪の先ほどの従妹の炎乃華が成長したらこう言う風になるであろう女性が立っていた。彼女は炎央院炎乃海、俺の従姉で先ほど居た炎乃華の姉だ。そして俺の許嫁だった人だ。
「何か、ご用ですか?」
「あらあら、随分と他人行儀ね? でも仕方ないわね。今日まで耐えてあげていたけど『無能』の婚約者も辛かったのよ?」
「それは、ご迷惑を……」
見ると炎乃海さんの他にも何人か人が居た。気付かなかった。聖霊術でも使われていたんだろう。こんなのにも気付けないから俺は無能なんだ。
「そうだ。お前は炎央院家に必要の無い人間なんだよ。心配するな炎乃海さんは俺が幸せにするからな!! そして俺は炎央院を支え、やがては率いる男になる!!」
「若様、いえ。黎牙殿この通り我が一門は安泰ですのでどうぞ、お行き下さい」
出て来たのは昨日まで俺の指南役の里中祐司とその弟で俺と同時期に修行に入った祐介の兄弟だった。噂は本当だったんだな……祐介と炎乃海姉さんが裏で付き合ってたって……ハハハ。
そりゃそうだ。許嫁として相応しくあろうと頑張って、修行に励んで、頑張ってデートに……二人で出かけて……でも、いつもつまらなそうにしていた……当然か……。
「そう、か。お幸せに……じゃあ……これで」
「ええ『無能』な、あなただけど聖霊術以外は才能が皆無では無いのだから応援してるわ……ふふっ、じゃあね? 黎くん?」
それだけ言うと炎乃海姉さんと祐介は屋敷に戻って行った。どうやら本当に見せつけたかっただけらしい。子供っぽいけどあの二人の邪魔をしていた無能の俺には良い罰なのかな? 心が少し寒くなって来た。
「あ、あのっ!! 黎牙様!!」
二人が去った後には兄弟二人の影に隠れるように居たのは二人の妹で里中家の末の子の流美だった。手に何か包みを持っている。
「流美……これは?」
「お弁当です。どうぞ、その、旅路で食べて下さい……こんな事しか出来なくて……すいません」
「ありがとう。じゃあ行くよ。今までお世話になりました……」
それだけ言うと二人に礼をして俺は通用門から外に出た。昨日まであれだけ熱心に指導してくれた祐司も、実際お役御免で喜んでいるんだろう。最後のお勤めと言う奴だ。流美だけかな……お弁当、大事に食べるよ。
門を出るのは学校に行く時くらいしか無かった。あとは屋敷の中で過ごして外の世界は恐怖しかない。それでも俺は行かなきゃ……遠くへ。少なくともこの国、日本から離れないといけない。
当主に渡されたのはカードとパスポート……父の最後の命令に従い空港へ向かった……これが俺の長い旅路の始まり。誰も居ない暗くて光一つ無い辛く孤独な戦いの始まり……空に雪がちらつき始めた関東では珍しい。やっぱり寒いな。
(大丈夫です……あなたに光の祝福を……)
「えっ? 今のは?」
一瞬何か光ったような気がしたけど気のせいだろう。外はもう真っ暗で雪も舞っている。泊まる場所を探さなくては……もう誰も助けてくれないし教えてくれないのだから。
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