第7章 「機動隊援護指令」
私達が武装特捜車を飛ばして駆け付けた産業振興センターの有り様は、それはひどい物でしたの。
間断なく鳴り響く銃声に混ざり、時折轟く炸裂音。
頬を赤く照らす爆炎に、鼻腔を刺激する硝煙臭。
その光景たるや、正しく市街戦。
防人乙女である私達が、その命を賭して臨むべき修羅の巷でしてよ。
「彼奴等は一体、何者でありましょうか!鉄十字機甲軍のようでありますが!」
誰に言うとなく叫んでいらっしゃるのは、堺市立石津川高校に2年生として在籍の小野紅梅一曹でしたの。
石津川高校と言えば、我が御子柴高校で美術科目の教鞭を御取りの茨木瑞生先生が、大学時代に教育実習をされていた高校でしたわね。
「何ですと、鉄十字機甲軍?そんな、バカな…!」
女子高生としては1学年上の先輩に該当する部下が指差す方向に視線を向けた私は、我と我が目を疑ったのですわ。
産業振興センターの階段や通路で歩兵銃を乱射し暴れ回る、カーキ色の詰襟軍服に身を包んだ兵士達。
硬質なヘルメットとガスマスクに覆われているので表情は窺えませんが、その軍装は紛れもなく「鉄十字機甲軍」の物でしたの。
かつてヨーロッパ全土を凶悪無比なテロリズムで震撼させた極右過激派民族主義団体が、事もあろうに日本でも猛威を振るうなんて…
しかし私には、どうしても解せない事がございましたの。
このアトランティス・ゲルマンの末裔を名乗ったナチス崩れのテロリスト共は、我等が人類防衛機構ヨーロッパ支部が誇るエリート部隊の「レッドベレー隊」によって殲滅されたはず。
ヨーロッパ支部長のシャルロッテ・ベルリヒンゲン元帥閣下によって安全宣言が出されたのは、未だ記憶に新しいニュースですの。
「差し詰め、ヨーロッパの本隊が殲滅されて日本に取り残された残党共が、焦って無差別テロに走ったという所でありますか?」
天乃さんの呟きは、私達の思いを代弁するかのようでしたわ。
このように追い詰められたテロリストというのは、何をしでかすか分かった物では御座いませんの。
日本には「窮鼠猫を嚙む」という諺が御座いますが、今の彼奴等の置かれた状況こそ、その典型ですわね。
「多分そうだけど…そんな悠長な詮索は後回しだよ、天乃ちゃん!」
ダガーナイフを得物とする銀髪の少女への応答もそこそこに、葵さんは目下の敵をキッと見据えましたの。
「だって、ほら!まだ避難出来てない人達が残っているんだもの!」
ガンブレードを構えながら見据えた先では、スーツ姿の民間人が右往左往しておりましたの。
折しも産業振興センターでは、新卒者向けの合同企業説明会が開催中。
リクルートスーツ姿の年若い男女は就活中の大学生で、年嵩の方々は出展企業の採用担当者でしょう。
誰も彼も、焦燥感と戦慄に顔を引きつらせておりますわね。
戦火が間近に迫った現状では、それも無理からぬ事でしょう。
このままでは、彼ら民間人の命運は風前の灯火ですわ。
そんな民間人達を庇いながら戦っていたのは、特命機動隊の曹士達でしたの。
「ああっ、江坂芳乃准尉!」
やにわに声を荒げたのは、かつては機動隊の曹士として戦っていた銀髪の特命遊撃士でしたわ。
注視して見ますと、民間人を庇いながら部下達へ的確に指示を出しているその曹士は、今年で勤続20年になる江坂芳乃准尉で御座いましたの。
ヘルメットからはみ出ている炎のような赤い御髪、万に一つも見誤る事は御座いませんわ。
考えてみれば江坂芳乃准尉は、曹士時代の天乃さんにとっては直属の上官。
一刻も速く救援に向かいたいと、気が急いていらっしゃるでしょうね。
「私と葵さん、並びに西来天乃中尉は遊撃戦を展開。天神川分隊の皆さんは援護を願います。目下の目標は、敵対勢力と交戦中の江坂班の援護と民間人の避難誘導です!」
「はっ!承知しました、フレイア・ブリュンヒルデ准佐!」
その場に居合わせた最高位の特命遊撃士として指揮を執る事になった私ですが、天神川分隊と西来天乃中尉による息の合った答礼を耳にしますと、俄然自信が漲って参りますわね。
「頑張ろうね、フレイアちゃん!」
されど私の闘志を真に鼓舞して下さるのは、葵さんの愛らしい笑顔を置いて他に御座いませんわ。
「ええ!勿論ですわ。背中はお任せしますわよ、葵さん!」
ガンブレードを構えた葵さんに応じるようにして、私もエネルギーランサーを起動させましたの。
スイッチ1発で生成されたエネルギーエッジは、まるで私の闘志を反映するかのように、紫色の力強い輝きを帯びていましたわ。