第5章 「母から受け継ぎし誇りの刃」
「そうそう…天乃さんの個人兵装は、確か御母様から引き継いだ品だとか…」
これは些か力業な話題転換かも知れませんわね、我ながら…
「はっ!おっしゃる通りであります、フレイア・ブリュンヒルデ准佐!」
打てば響くが如く。
明朗にして快活な返事は、運転席の後方から飛んできたのですわ。
どうやら私の危惧は杞憂に終わったようですわね。
「このソニックダガーは、元々は母が特命遊撃士時代に個人兵装として用いていた物であります。」
柔らかい銀髪が目にも眩しい西来中尉が、遊撃服の内ポケットから注意深く取り出した、一振りの軍用ナイフ。
刃渡りは20センチ程でしょうか。
一見すると単なるダガーナイフのようですが、毎秒10万回の高周波振動により、抜群の切れ味と殺傷能力を誇りますの。
「江坂分隊から遊撃士養成コースに転属した小職が、全課程を修了した日。母から『修了祝い』と称して拝受した品であります。」
天乃さんのように、特命機動隊へ入隊した後に特殊能力「サイフォース」を発現させ、特命遊撃士に転属される方は、決して少なくありませんの。
そういう方は曹士時代の実戦経験で下地が出来ており、飲み込みも上達も速く、養成コースでも一目置かれる傾向にあるのですわ。
「『癖のあるグルカと違って、ダガーなら貴女にも扱えるでしょう。』と、母から1対1でナイフ戦闘術を改めて叩き込まれました物です。」
ソニックダガーの細い柄を愛しげに撫でながら、天乃さんは遠い目をしながら語り続けるのです。
恐らくは、御母様との戦闘訓練を思い出されているのでしょう。
「天乃ちゃんのお母さん…いや、違う!西来志摩乃参謀閣下は、遊撃士時代はナイフ2刀流で鳴らしたって評判だからね。」
世俗的で気安い呼び方をしてしまった葵さんが、その細首を右へ左へ小刻みに振っておりますわね。
背中まで伸ばされたピンク色の御髪が、ダイナミックに揺れているではありませんか。
葵さんの席が左端で良う御座いましたよ。
これが真ん中にでも御掛けでしたら、御髪が私と天乃さんの両方に当たっていた事でしょうね。
とはいえ、このまま葵さんに間抜けな振る舞いをさせるのも忍びない話。
友人の間抜けな醜態を取り繕うべく、些か力ずくで話題を切り替えさせて頂きますわ。
「左手のソニックダガーで繰り出される突きに気を取られた敵の首を、右手のソニックグルカで一刀両断。訓練風景が資料映像として残っておりますが、それは目にも鮮やかな御手並みでしたわ。」
「ありがとうございます、フレイア・ブリュンヒルデ准佐。きっと母も喜びます。」
相も変わらず力業な私の話題転換に、これまた素直に応じて下さる天乃さん。
貴女が所謂「大人の対応」が出来る方で、本当に助かりますわ。
「ソニックダガーを譲り受けたものの、ナイフ戦闘術の腕前は母には及びません。そこでソニックダガーを銃剣としても運用出来るよう、手を加えた次第です。母の許しを得て…」
こうして天乃さんに示されたナイフを注視しますと、アサルトライフルの銃剣と同じ細身の柄に取り換えられている事に気付かされますわね。
「天乃ちゃんとしては銃剣術が性に合ってるの?やっぱり、特命機動隊上がりだから?」
新たな話題に早速興味を惹かれたのか、葵さんったらグッと身を乗り出して来ましたわね。
「恐らくは仰せの通りであると存じ上げます、神楽岡葵准佐。現行の23式がどのタイミングで機種変されても大丈夫なように、アサルトライフルは出動の都度お借りしているのです。」
天乃さんが身軽なのは、そのような事情が御有りでしたのね。
仮に今回の巡回パトロールで有事が発生すれば、天神川分隊が予備兵装として保有されている23式アサルトライフルをお借りするのかしら。
まあ、そのような事態はゆめゆめ起きてはならないのですが…