第3章 「銀髪の防人乙女、西来天乃中尉」
1階のロビーでルームキーを返却して宿直室をチェックアウトした私達は、その足でパトロール勤務の集合先である会議室に向かいましたわ。
「お疲れ様です!フレイア・ブリュンヒルデ准佐、神楽岡葵准佐!」
入室した私達を待ち受けていたのは、特命機動隊の曹士達による美しい敬礼の姿勢でしたの。
写真映えするのは捧げ銃の最敬礼ですが、アサルトライフルを用いない通常の敬礼も、これはこれで捨て難いですわね。
「お疲れ様です!フレイア・ブリュンヒルデ准佐、出頭致しました!」
「神楽岡葵准佐、出頭致しました!」
私と葵さんも、右拳を左胸に押し当てる人類防衛機構式の敬礼姿勢で、曹士の方々に答礼させて頂きましたわ。
「今日の巡回パトロールは天神川分隊の子達と御一緒みたいだね、フレイアちゃん。」
美しい敬礼姿勢で整列されている曹士の方々を一瞥した葵さんが、屈託のない無邪気な口調で私に語りかけてくるのでした。
天神川分隊の方々は私達とも顔見知りなので、気心の知れた巡回パトロールになりそうですわね。
「そのようですわね、葵さん。しかし…私達以外の特命遊撃士の方は、何処にいらっしゃるのかしら?」
巡回パトロールは通常ですと、3人以上の特命遊撃士と特命機動隊1分隊とで行いますの。
ですから少なくとも今1人は、特命遊撃士が参加していて然るべきなのですが…
そんな時でしたの。
「失礼を致します。西来天乃中尉、只今出頭致しました!」
再び開けられた会議室のドアから、初々しい防人乙女が1人、駆け足気味に姿を現したのは。
「あっ…!申し訳御座いません!この西来天乃中尉、准佐の御2方と機動隊の皆様を御待たせしてしまうなんて、何たる不覚…」
入室するや否や、遊撃服姿の少女は初々しい童顔をサッと青ざめさせ、美しい10度の角度で頭を垂れるのでした。
既に整列されている天神川分隊の皆様に、彼女達と向き合っている私達。
この中尉の子と来たら、私達が既にミーティングを始めていると勘違いをしてしまったようですわね。
それで、「自分は遅刻してしまったんだ…!」と思い込まれたと。
「そんな恐縮しなくても大丈夫なのに!まだ集合時間の5分前だよ。私達が早く来過ぎただけだって。」
このような時のフォロー役は、明朗快活な葵さんが適任ですわね。
「は…、はい!ありがとうございます、神楽岡葵准佐!」
件の中尉さんも多少は緊張が解れたようですし、これで一安心でしょうか。
「お疲れ様です!フレイア・ブリュンヒルデ准佐、神楽岡葵准佐!自分は今回の巡回パトロールで御2方と御一緒させて頂く、西来天乃中尉であります!」
早くも落ち着きを取り戻されたのでしょう。
西来天乃中尉は直ちに背筋を伸ばして顎を引き、戦闘シューズの踵を鳴らして美しい敬礼の姿勢を取られるのでした。
物静かで気品ある可憐な美貌に、柔らかくボリューム豊かなセミロングの銀髪。
こうして改めて観察致しますと、この西来天乃中尉もまた、高水準の美少女と言って差し支え御座いませんわね。
「天乃ちゃんは確か、御子柴中の2年C組だったよね。私とフレイアちゃんも御子柴中出身なんだ。内部進学したら、再来年には御子柴高で会えるかもね。」
「はっ!おっしゃる通りであります、神楽岡葵准佐!自分も御子柴高への内部進学を希望しておりますので、入学の際には何卒宜しくお願い申し上げます!」
葵さんの高い社交性もさる事ながら、素直な姿勢の西来天乃中尉にも好感が持てますわね。
そんな素直で生真面目な天乃さんには、特命遊撃士の制服である遊撃服が、誠によく御似合いですわ。
金色のダブルボタンと腰の黒いベルトで飾られた白いジャケットに、黒いセーラーカラーの衿元を飾る深紅のネクタイ。
目にも眩しい絶対領域を構成している黒ミニスカと黒いニーハイに、ダークブラウンのローファー型戦闘シューズ。
何処を取りましても、一分の隙も御座いませんね。
私と葵さんの場合は、遊撃服と同じ強化繊維で仕立てた御子柴高の制服を支局の許可を得て着用しているのですが、こうして改めて見てみますと、遊撃服もお洒落で趣深い物ですわ。
「天乃さんも御子柴高に進学されたら、強化繊維製の制服を仕立てて頂いて、それを支局に認可申請してみてはいかがかしら。」
衿元を飾るリボンタイに手をやりながら、私は思わずブレザーの胸を得意気に張り、軽く腰を捻って斜を作りましたの。
遊撃服と同素材で誂えた在籍校の制服を認可して頂いている特命遊撃士は、やはり少数派。
支局内の着用を許されている御子柴高仕様の赤いブレザーは、私と葵さんの個性にして誇りなのですわ。
「私やフレイアちゃんと同じように、だね!」
相槌のタイミングも絶妙ですわよ、葵さん。
それでこそ、私の最愛の親友。
私の肩に軽く肘を置いてしなだれかかる気安さも、葵さんらしい人懐っこさに満ちておりますわ。
「天乃さんなら、きっと御似合いでしてよ。」
「ありがとうございます、フレイア・ブリュンヒルデ准佐!しかし、せっかくではありますが…母の手前もあります故、自分は遊撃服を引き続き着用させて頂こうと存じます。」
そのように頭を丁重に下げられては、仕方がありませんわね。
そもそも西来天乃中尉の御母様は、近畿ブロック参謀局に御勤めの西来志摩乃参謀閣下。
考えてみれば、人類防衛機構の高官の娘ともあろう者が遊撃服を差し置いて在籍校の制服を着るなど、あってはならない事ですわね。
まあ、いずれにせよ…
此度はこの11人で巡回パトロールに繰り出すのですから、こちらの西来天乃中尉とも円満な信頼関係を築きたい所ですわ。