第2章 「我が懸想人、葵さん」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
葵さんをお慕い申し上げる私の想いは、それ程までに深い物ですの。
されど、無暗矢鱈に思いを募らせ過ぎますと、私と致しましても歯止めが効かなくなってしまいそうですわね…
ここは一つ、窓から見える古墳群の威容に注意を向ける事で、少しばかり頭を冷やしましょうか。
「特に大仙公園の古墳群の木々など、青々とした新緑が目にも鮮やかで…あの溢れる生命力をキャンバスに再現出来たら、実に素晴らしいと思いません事?」
父と兄が画商を営み、母はオーケストラのハープ奏者。
芸術的センスに恵まれた家族に囲まれているためか、私は風景を絵画的に解釈する癖があるようですわ。
私ったら思わず、「御覧なさい!」とばかりに両手を大きく広げてしまいましたの。
「アハハッ!いかにもフレイアちゃんらしいね。こないだの美術の人物デッサンで、茨木先生に誉められただけの事はあるよ。」
ホワホワとした柔らかい印象の童顔に、朗らかな笑みを浮かべる葵さん。
その屈託のない無邪気な笑顔に、私は何度となく癒され、また魅了されてきたのでしょう。
私とした事が、全くいけない人…
しかし今日は珍しく、葵さんの笑顔に余分な感情が混ざっているようですわ。
まるで何か、他に気掛かりな事が御有りのような…
やがて葵さんは意を決したように、私の方へ向き直りましたの。
「だけどさ、フレイアちゃん…そろそろ服着た方が良いんじゃないかな?」
そうして我が愛しき同輩は口を開き、一息で言い切ったのですわ。
その愛らしい童顔は、僅かながらピンク色に上気しているようでしたし、私に向けた視線も、時折左右に泳ぎがちなのでした。
「起きてからこっち、ずっと下着姿じゃない、フレイアちゃん!」
「ああ、何かと思えば…そうでしたの。」
葵さんの指摘に、私は自分の身体を軽く一瞥して応じたのですわ。
私の白い柔肌と美しいコントラストを成している、薔薇のレース模様があしらわれた黒い下着。
支局の酒保で買い求めたこの下着は、防人乙女の私達が普段使いしている白い下着と同様にナノマシンを配合した強化繊維製ですので、このように生地が薄くて装飾性の高いデザインであっても、作戦行動中の着用が許可されているのですわ。
葵さんの挙動の変化を察した私の胸中に、細やかな悪戯心が芽生えましたの。
言うなれば、小悪魔の囁き声。
「どうやら葵さんったら、私の美しいプロポーションに見とれていらっしゃるのですわね。」
私は軽く斜を作り、我が最愛の親友にしなだれかかったのですわ。
白いヘアバンドで纏めたセミロングの金髪に、切れ長の青い瞳。
木目細やかな柔肌は、祖国フィンランドに降り積もる新雪のように白く、染みの1つも御座いませんわ。
日々の戦闘と軍事訓練で鍛えた肢体は適度に引き締まって、出る所も相応に出ておりますの。
特命儀杖隊の方々程では御座いませんが、私も自分の容姿に相応の自信は御座いますのよ。
「それに昨日は葵さんも、この私の肢体を存分に御覧になったでは御座いませんか。私と致しましても眼福でしたわ、葵さんの肉体美は…」
己の言葉に昂った私の脳裏に甦るのは、最良の親友にして最愛の懸想人と共に過ごした、あの昨夜の甘い一時。
あどけない童顔に似合わず、葵さんは結構着痩せするタイプなのです。
この真紅のブレザーを盛り上げている胸元とて、解放すればこのレベルでは収まる程ではなく…
嗚呼、思わず手が延びてしまいますわ…
静かに葵さんへ近づいた私は、御子柴高校の制服である真紅のブレザーの襟裏へと、ソッと手を差し入れましたの。
「嗚呼、葵さん…」
癖のないピンク色のストレートヘアーから漂うリンス入りシャンプーの芳香も、体温の温もりも。
何処を取っても愛おしいですわ…
「分っかんないかなぁ…!だからだよ、フレイアちゃん…」
「つっ…!?」
私の手を払いのけた、葵さんの仕草。
それは柔らかくて尚且つ丁重で、決して禍根を残す物では御座いませんわ。
「フレイアちゃんのそんな色っぽい格好を朝っぱらから見せつけられたら、この後ずっと視界にチラついちゃうじゃない…昼は特命機動隊の人達と一緒にパトロールなんだよ、私達。」
「あっ…!」
それには気付かずに、私ったら何と浅はかな…
さながら、頭から冷水を被せられた心持ちですわ。
「特捜車の中でフレイアちゃんに色目を使っちゃったら、私、曹士の子達に示しがつかないよ…」
私を見詰める青い釣り目は切なげに潤み、頬に浮かんだ桜色は先程よりも濃くなったように感じられましたの。
「あっ!そ…そうでしたわね、葵さん…私ったら何をしているのだか…」
頬を赤らめる葵さんの純情が、愛しいのやら申し訳ないのやら。
私はドギマギしながらも、手早く確実に身支度を整えたのでした。
白いブラウスとダークブラウンのミニスカを纏い、襟元にはリボンタイ。
仕上げとばかりに真紅のブレザーへ袖を通しますと、自ずと身も引き締まりますわね。
「御待たせ致しましたわ、葵さん。」
最後に個人兵装のエネルギーランサーが収納されたケースを肩に担ぎ、私は葵さんを促すのでした。
宿直室のチェックアウトも行わなければなりませんからね。
「あら…?」
ガンブレードのケースを手に下げながら、何故か俯き反応を示さない葵さん。
もしや先の私の戯れが、思わぬ形で葵さんの御心を害してしまったのでは…
「いかがなさいましたの、葵さん…」
そうした危惧に駆られた私が、近寄って問い掛けた時でしたの。
「だからさ、フレイアちゃん…次の当直シフトの夜にでも、またじっくり見せてよ…」
耳元で囁かれた愛しき声と、耳を擽る暖かい吐息。
「なっ、葵さん…」
あどけなくも愛らしい、無二の親友。
そう認識していた少女の見せる意外なまでの艶かしさに、不覚にも私は狼狽えてしまいましたの。
「私もフレイアちゃんに何もかも見せちゃうし、どんな事をされても良いからさ。私が好きならそうしてよ、フレイアちゃん?」
「あ、葵さん…!」
余裕さえ見せていらっしゃる葵さんとは対照的に、今度は私の方が赤くなってしまうのでした…