第10章 「零距離突貫!可変式ガンブレード」
ビルの壁面に広がるクレーターの中央には、見慣れたブレザー姿が昆虫標本よろしく縫い止められていたのですわ。
花弁のように可憐な唇は鮮血で濡れ、まるで紅を引いたよう。
美しかったピンク色の長髪も惨たらしく振り乱され、打ち付けた後頭部は赤く染まっていたのですわ。
「そ…そんな!?」
親友にして懸想人でもある葵さんの無残な姿に、私の手は震えが止まりませんでしたの。
『タイミングを合わせて脱出するよ、フレイアちゃん!個別に撃破されちゃったらつまんないからね。』
そんな凄惨な有り様とは裏腹に、葵さんは普段と変わらぬ快活さを保っており、至って冷静に状況を把握しておりましたわ。
「あっ…葵さん!?」
チェーンで捕縛された上体を無理に動かしながら叫ぶ私とは、まるで対照的でしたわ。
『こんな土偶野郎をのさばらせていたら、縄文考古学のイメージダウンになっちゃう!コイツが近つ飛鳥博物館に現れる前に、チャッチャと叩き壊さないと。でないと夏期特別展で他館から貸し出されている土偶達を煽動して、縄文クーデターを企てちゃうかも!』
土偶ロボットの豪腕とビルの外壁にサンドイッチにされ、プレスされようとしているに関わらず、このような軽口まで…
どのような危機に見舞われても、己がペースを崩さない強かさ。
そうした葵さんの「防人の乙女」としての持ち味に、私は何度となく励まされて参りましたの。
これまでも、恐らくはこれからも。
そして、今この瞬間も。
そう確信出来た時、私の中で何かが弾けたのですわ。
「承知しましたわ、葵さん!葵さんと私の2人が揃えば、どのような敵も恐れるに足らず!この不埒者を成敗致しましょう!」
言うが早いか、私は右手のランサーを構え直しましたの。
チェーンで捕縛されているので多少は勝手が異なりますが、そんな小細工で私達の闘志を封じられるとお考えなら、思い上がりも甚だしいですわ。
『その意気だよ、フレイアちゃん!準備は良いね?いっせーのーでっ!』
「ええいっ!」
ハンズフリーイヤホンから聞こえてくる葵さんの声に合わせて、精神を統一。
そうして体内に静脈投与された生体強化ナノマシンを上半身の筋肉に集中させ、一気に力を解放。
一瞬だけミシミシと軋む音が響き、次の刹那には砕け散ったチェーンが耳障りな金属音を立てて大地に散らばったのですわ。
それと同じ頃。
「ふんっ!」
ビルの外壁を蹴る音と同時に轟いた、裂帛の気合いがもう1つ。
私とは対照的に、生体強化ナノマシンを両足の筋肉に集中させたのでしょう。
戦闘シューズの足裏に蹴飛ばされたビルの外壁は、クレーターを中心に亀裂を広げ、遂に耐えられなくなった壁面が崩壊して大穴を穿たせたのですわ。
壁面の亀裂はみるみるうちに広がり、辛うじて無事だった窓ガラスも、窓枠ごと次々に墜落していきますの。
アスファルトの路面に叩き付けられ、砕けて宙を舞うガラス片。
キラキラと陽光を乱反射させる様は、危険な美しさに満ちていましたわ。
「ガンブレード・零距離突貫!」
そして、上空で高らかに響く2度目の裂帛。
バランスを崩された敵が拘束を緩めたのを幸い。
ガンブレードをスラッシュモードに切り替えた葵さんが、銃剣突撃の要領で豪腕を捉えたのですわ。
「もう一撃!零距離射撃、撃ち方始め!」
そうして速やかにシューティングモードへ変形させた個人兵装で、今度は至近距離からの破壊光線。
この連続攻撃で内部のメカニズムを著しく破壊されたのでしょう、怪ロボットの豪腕は内側から爆発したのですわ。
サイズの割には爆発の規模が大きいような気が致しましたが、それは些細な問題ですわね。
今の私には、何より葵さんの安否が気遣われましたのですから。
「葵さん、御無事で…!?」
「掠り傷だよ!フレイアちゃんも元気そうだね!」
拘束を脱して駆け寄る私に、軽く右手を挙げて笑いかける葵さん。
下唇に垂れた朱筋は内臓破裂による吐血ではなく、単に口の中を切ってしまっただけのようですわね。
安心致しましたわ。
「それより、コイツは厄介だよ!掌の内側に銃口があったんだ!」
口元の朱筋を拭うのもそこそこに、敵へキッと向き直る葵さん。
チェーンが切れても無線でコントロール出来るのか、怪ロボットは右手を本体と再結合させていましたの。
「何ですと、葵さん!?」
私が叫び声をあげた次の瞬間。
赤銅色の右掌から鈍く輝く銃口が伸び、内蔵されたガトリング砲が火を噴いたのですわ。
「避けましょう、葵さん!」
サッと回避した私達のいた空間に向け、猛烈な機銃掃射が情け容赦なく降り注いでいきますの。
オマケに例のレンズ状の両目から、強烈な粒子ビームまで。
毎秒何十発と乱射される銃弾を浴びて、アスファルトの路面は銃創の穴だらけ。
そこに追い打ちとばかりに粒子ビームが更に降り注ぎ、至る所にクレーターが出来ていますわ。
回避運動自体はさして難しくはありませんが、穴だらけでボロボロの路面は足場が悪く、気を付けないと踏み砕いてしまいそうですわね。
そうして足を取られてしまったら一大事。
さっさとケリを着けておきたい所ですわ。
「左手だけでも潰しといて正解だったね、フレイアちゃん!」
機銃掃射の弾丸を鮮やかに回避しながら、朗らかな笑顔を見せる葵さん。
しかし敵を見据える両目には微塵の隙もなく、シューティングモードに変形させたガンブレードで巧みに応戦しておりましたの。
「片腕だけでも、この破壊力…確かに、これで両腕が揃っていましたら厄介でしたわね!」
私も怪ロボットに肉薄し、エネルギーランサーを用いた突きを繰り出しておりますの。
怪ロボットと来たら只でさえ装甲が分厚いのに、右肘から垂れ下がる鎖で牽制攻撃を仕掛けてくるのですから、なかなか面倒ですわね。
「くっ…!」
回避したチェーン攻撃が空を切り、砕けたアスファルトの粉塵が宙に舞う。
この馬鹿力、侮れませんわ。




