父が遺していったモノ
僕の名は小隈蒼太19歳。
僕が存在する世界は今、平和な時代もしくは混沌の時代とも言える状態といえるだろう。
今から30年前、二つの世界が繋がるという出来事があった。
繋がった当初は、世界同士で対立が発生し、犠牲が発生したものの、それぞれの代表者の努力の末、二つの世界の間で共存関係を築く事が出来た。
内容としてこちら側は、『労働力の提供・両者間の貿易関係の締結・提示可能な情報の共有・種族間の平等化』を提示した。
あちら側は、『自世界の行き来の制限・その上でこちら側の世界の行き来の自由化・生きる上で必要不可欠な魔素という物質を通過させる事』を提示し、締結した。
内容自体に平等性を感じられないが、魔法など未知の技術を駆使して戦うあちら側とのこちら側の武力の差がこの条件を飲むしか無かった理由であるというのが有力とされている。
だからといって、重大な問題が発生している訳ではなく、それ以上にあちら側との貿易関係を築く事が出来たおかげで、技術の進歩などがあった為、悪い事ばかりではないのだ。
時が流れるにつれ、魔法を扱えない僕たちを『砂漠の人』と呼び、あちら側の住人である者達が自分達を『泉の民』と呼ぶ為、その呼び名が定着していった。
僕の父親である小隈優市は、異世界の研究の第一人者で、異世界の存在を証明、異世界の住人との交流、こちらの世界と異世界との関係を築かせたのも父親が居たからだという。
しかし、世の中から異世界人が街を闊歩することに違和感を感じなくなった2年前。
父は謎の病によってこの世を去ったという。
関係者からの話では、父はその病についての研究をしている最中だったとの事だった。
僕は、物心つく前から親戚の元で暮らしており、父親とは面識は一切無かった。
母親は、僕が産まれて直ぐに亡くなったという。
別に本当の両親が居ないからと寂しいという考えはしなかった。
父親だという人はテレビや雑誌にたびたび出てくる人物で、母親はもうこの世にいない人物。それだけだった。
それに、おじさん達家族は僕を本当の子どものように接してくれていたので、寂しいとは感じなかった。
しかし、一度だけ興味本位で二人の顔を見てみたいと思い、父親代わりだったおじさんに頼んでみたが、親戚付き合いやら何やらは一切無かったようで、写真は無いと言われてしまっていた。
そんな父親から僕宛に手紙が届いた。
手紙には、父が研究などに使っていた自宅兼研究所を僕に授けるという事や、これからの生活に困らない様に作っていたという秘密の口座番号などが書かれていた。
どうやら父親は随分と前からこの手紙を用意していたらしく、自身が死んだ後に時間を置いて届く様にしていたらしい。
今更になって何故こんな手紙が僕に対して送られて来たのか?と疑問に思ったが、最後の文で目を疑った。
『最後に、蒼太。お前の兄弟となる汐華の事を頼む。』
僕の兄弟となるというこの汐華とは誰なのか。父親はどんな人物だったのか知りたいという気持ちが一気に溢れ返り、僕はその家に向かう事を決めた。
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「手紙の通りならこの辺なんだけど…」
手紙に書かれている場所を頼りに該当する家を探すも、一向に見つからないでいた。
見慣れない街並みの中探し回るも見つからず、気がつくと、もう空は夕方になり暗くなり始めた。
「困ったなぁ…今からおじさんの家に戻っても深夜になっちゃうな…まぁ、見つからなかったらネカフェで一晩泊まるとしようかな…」
半分冗談でそう考えていたが、この後も一向に見つからなかった。
「…ほ、本当に、ネカフェ泊まりになるかもしれん…。どうしよう…ネカフェなんて初めてなんだが…」
そう思い、ネカフェについて調べようと考えた時、路地裏から何やら騒音が聞こえてきた。
恐る恐る覗いてみると、そこには猿のようなシルエットをした何かが3匹が赤髪で背丈が180はあるのではないかと感じる程の女性を取り囲んでいた。
「グギギ…グギャッ!!」
1匹の猿が女性に飛びかかった。がしかし、猿は半分に分かれて地に落ち、塵のように消滅していく。
「はっ!!鉄級程度のエテ公相手に負けるわけないだろが馬鹿め」
女性の手にはいつの間にか血のような赤色をした剣があった。
どこにそんな物を隠していたのかと考える間もなく、女性が残りの猿に斬りかかる。
1匹は反応して避けたが、もう1匹は剣の餌食になり、また塵になった。
「2匹目!…全く、作戦の一つも立てられないのかお前たちは…?」
2匹目がやられたのを見て、避けた猿はその場から逃げようと走りだす。
「仲間がみんなやられたらすぐ逃走…全く…ワンパターン過ぎて反吐が出るよ…‼︎」
女性は逃げ出した猿に狙いを定めると、持っていた剣が変形し細い槍になった。それを猿めがけて投擲した。
「ギャッ⁉︎」
投擲した槍は見事命中し、猿の動きを止めた。
「はぁ…鉄級程度でも同時ならもうちっと骨があると思ったのに見当違いだったみたいだな…」
そういって、女性は投げた槍を手に取る。すると、槍は溶けるように流動体に変化し、女性の手のひらに吸い込まれるように消えていった。
(や、ヤバい現場を見てしまった気がする…!!)
僕はそう思い、その場を立ち去ろうとするが、ピコリンと通知音がした。
「誰だ!」
女性にも聞こえたらしく、こちらの存在に気付かれてしまった。
僕は、ここで返事をしたらあの猿みたいに殺られると考え、息を潜めた。
「…もう一度問う。そこにいるのは誰だ。出てこなければ…」
女性は、先程手にしていた剣を再度出し、こちらに構えたらしい。
僕は女性から殺意を感じ、すぐさま飛び出した。
「す、すみません!!この事は誰にも言いませんので、見逃して下さい!!お願いします!!」
飛び出してすぐに僕は出来る限りの謝罪をした。
僕の必死の謝りを見て、女性は戸惑いを見せる。
「お、おう…正直に出てきたのならそれでいいよ」
「ほ、本当ですか!?殺したりは…?」
「しねぇよ!?誰が好んで人を殺すかよ、全く…新しい魔獣かと思ったのに無駄な気を使ってしまったな…」
そう言って剣をしまった女性からは、先程まで感じた殺気は感じられず、ホッとした。
「で、あんたこんな路地裏で何してるんだ?」
女性が、僕に問いかけてきた。
「あー…ちょっとある家を探してて…」
「家?なに、道に迷ってんのか?…ははは!!それで路地裏にって、あんた面白い奴だな?」
女性は膝を叩きながら大声で笑い始めた。
「反論出来ないのが悔しいけど…とにかく!この家を探しているのだけど、知りません?」
僕は、女性に手紙を見せてみる。
すると、先程まで笑っていた顔が不思議そうな面持ちに変わった。
「なんだ?ここって前の私の家の場所じゃないか」
「…はい?それってどういう…」
思いがけない返答に一瞬戸惑ったが、すぐにある事を思い出した。
「あなたの名前は…?」
僕が女性に尋ねると、女性は神妙な面持ちで応え始めた。
「…なる程ね。あんたが父さんの実の息子か。不思議な物だね、こんな形で出会うなんて…。私は小隈汐華。小隈優市の娘だよ」
「貴女が…汐華さん…?」
こうして僕と汐華は妙な出会いをしたのだった。