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勇者は戦わない  作者: ツナ
砂漠の少年編
19/45

第十九話「雲外」

 本小説をお読みいただき、ありがとうございます。

 大変お待たせいたしました。次話で砂漠の少年編は終わりです。

 今回の話は、悩む人を主題にして書きました。私自身もかなり悩み続けた人生でしたので、自分なりに出した答えが、誰かの心に響いていたらいいなあと僭越ながら思っております。

第十九話 「雲外」


 昼のうだるような暑さはすでに消え去り、外は肌寒いくらいになっていた。時折吹く風が、砂を舞い上げながらオアシスの表面をかすかに揺らす。街の建物は、外側に向かうほどにどれも角ばっていて、均一な形と大きさをしている。一方、オアシスに近い場所の建物はどれも個性的な形で豪邸と呼べるものが多かった。水に近い一等地ほど、裕福な者たちが集まってくるのは自然の摂理なのだろう。


 その豪邸の群れの中の一つに、ギルはいた。サマンサの屋敷だ。彼はレース場からとうの昔に帰ってきていたが、中に入ることをせずに壁伝いに登った屋敷の屋根に座っていた。


 「     」


 満月を映し出すオアシスを見下ろしながら、唄う。


 「     」


 時折、通りを歩く人が何の歌声かと足を止めて耳を澄ませた。


 「     」


 だが、足を止めていた人々は、ものの数分もしないうちに興味を失って立ち去ってしまった。退屈な歌に聞こえたに違いない。彼らには、その歌の意味は分からないのだから。


 「     」


 遥か古代の言葉で紡がれるその歌は、童話に節をつけたものだった。子供のころに、母がよく歌ってくれた歌である。


 「     」


 それでいて、何も持っていない哀れな友人に、一番最初に教えてあげた歌だった。


 「懐かしいですねぇ」


 誰もが興味を失って、足早に離れていく中で、何者かが声を投げかけた。振り向くと、同じ屋根の上に人形が立っていた。布に綿を詰めただけの簡易な人形。かろうじて人の形とわかる程度で、髪もなければ顔もなかった。


 「もっと聞かせてくださいよ」


 口のない顔でどうやって話しているのかはわからないが、その声は確かに人形から聞こえてくるものである。人形は愉快そうに笑いながら、ギルの隣に歩み寄って腰かけた。

 ギルはその人形を軽く睨みながらも、驚く素振りも見せず唄い続けた。


 「     」


 人形はギルの顔を覗き込むように見てから、その歌にかぶせてほとんど同じように唄い始めた。“ほとんど”と言ったのは、人形の唄う歌詞はギルのものと少し違っていたからだ。顔のない身体から響く歌声は、古代の言葉ではなく、現在に生きる人にもわかる言葉であった。


 「多くの命が死に絶える中で、心を痛めたカミサマは生き物たちに魔法の力を与えました」


 「しかしカミサマの怒りをかった人間には、魔法の力は与えられませんでした」


 たった二人の合唱は続く。二つの言語が混ざって歌詞はより不鮮明になっているというのに、それ以外の節回しの部分などはひどく統率が取れていて、不気味なくらいであった。


 「困った人間を助けたのは、三種の動物でした。鷹と、狼と、猩々。彼らは自分の力を人間に貸し与えました」


 「人間はそれでようやく命を繋ぎました。人間は彼らに深く感謝し、ともに幸せに暮らしました」

 

 二人が歌い終わったころには、通りの人はいなくなっていた。皆、家路についたのだろう。

 ギルは小さく深呼吸をして、人形に言葉を投げかけた。


 「わざわざ現代語訳なんてしたんだね」


 人形は目のない顔でクツクツと笑う。


 「ええ。あの役立たずのでくの坊が、なかなか城から出してくれないので暇でしょうがないのです」


 人形は小さな体を起こし、唐突にギルへ頭を下げた。


 「本当はこんなぼろ人形でなく、ちゃんとあなたにお会いしたかったのですが……」


 「御託は良い、要件をいってくれ」


 ギルの口調はいつもよりも鋭いものになっていた。人形は頭をあげると、自分の首元に手を持って行って襟を正すような仕草をした。


 「いえ、ただの挨拶ですよ。ただ、あなたのお答えをもらえるのであれば、こちらも万々歳なのですが……」


 「……」


 ギルは人形から目を離して街の様子に目を向ける。ふと、目に入った家の窓から、幼い兄弟が楽しそうにおもちゃの剣を振り回しあっているのが見えた。


 「……はあ」


 人形はその様子を見て大きなため息をつく。


 「あなたも随分と丸くなられましたね。非常に残念です」


 「そう思うなら放っといてくれていいのに」


 ギルは家の方から目をそらさずに、少し笑いながら答えた。


 「いいえ、そうはいきません。これでも私、あなたのことを気に入ってしまっているもので」


 じっと見ていた家の窓から目線をそらし、その先にいる人物すら見通せそうな目で人形を見つめた。


 「俺のどこがいいんだろうね」


 人形はまた愉快そうにクツクツと笑う。


 「さあ? ただ昔の自分みたいだなあって思うことがよくあります」


 今度は人形が、先ほどまでギルが見つめていた家へ体を向けた。


 「あそこに兄弟がみえるでしょう? あんなに楽しそうに遊んでいますけれども、あの兄は今日もまた学校で気弱な子をいじめていたんですよ。他の友人と寄ってたかって殴ったり、その子の持ち物を隠したりしてね」


 人形は、また別の家に体を向けた。


 「あそこで夫にキスをしている女は、先ほどまで別の男のところで愛を囁いていました。」


 次はくるりと体を回して反対側を向いた。


 「あそこで娘に手土産を渡している男は、理不尽なことで部下を怒鳴りつけていましたねぇ」


 人形は楽しそうに笑いながら、あれも、ほらあそこの奴も……と次々に腕をあげてその人の悪行を懇切丁寧に説明していった。


 やがて、すべてをあげていてははきりがないという風にギルの方へ向き直ってまたクツクツと笑った。


 「私は、愚かな生き物が大嫌いです。みんな死んでしまえばいいと、そう願っているんですよ」


 「……」


 「あなたなら、そんな願いを理解してくれるでしょう。私はあんな役立たずではなく、あなたと契約を結びたかったんですよ。……本当はあなたが魔王になるはずだったのに」


 人形の先にいる人物は、ひどく口惜しそうにつぶやいた。


 「さっきの歌、あなたはどう思います? “感謝して幸せに暮らしました”なんて、嘘っぱちだとは思いませんか? そんな風に反省して変化できる性質なら、カミサマの怒りなんて買わなかったでしょう」


 ギルはひどく顔をしかめる。


 「アバドーン……」


 複雑そうな表情で、その人形の主の名前を呼んだ。


 「あなたも同じです。どれだけ“勇者”という称号を持っていたとしても、どんなに笑顔で飾り建てしても、あなたの本質は変わらないんですよ。そうやって“いい人”のまねごとを続けて、何になるんですか?」


 それだけのことを言うと、アバドーンの人形はくるりと背を向けた。


 「……よく考えてみてください。あなたが、どうしたいのか。……私はいつまでもお待ちしております」


 その言葉を最後に残し、人形はぱたりと力なく転がった。人形を拾い上げてみる。もう、これが動くことは決してない。夜の砂漠に紛れ込んだ悪魔は、すでにどこかへと消え去ってしまっていた。

 



 サンド=グレイスでも有数の豪邸。そのリビングで三人は食卓を囲んでいた。ランプの光に照らされ、食卓には豪勢な料理が並んでいたが、誰一人として声をあげるものはなく、皆ただ黙って黙々とフォークとナイフを動かすのみであった。


 いつもなら騒がしいグラーノも、例外ではない。黙って手と口を動かし、時々何かを考えるようにぼうっと斜め上を見つめていた。


 コンコン、と玄関の扉が叩かれる音がする。ビクッと体を跳ねさせるグラーノを横目に、サマンサが


テーブルナプキンで自分の口を拭きながら立ち上がった。ガチャリと扉を開けて客人の姿を確かめる。サマンサは初め自分の正面に視線を向けていたが、そこには誰の姿もなかった。不審に思い、キョロキョロとあたりを見回すが、やがて自分の足元で視線を留めた。


 「あら、久しぶりねぇ。こんな時間にどうしたの?」


 「……」


 客人は何も答えない。


 「外は寒いでしょう。中におはいりなさい」


 それを見たサマンサはすぐに彼を家に招き入れた。そこでようやく、マーヴィとグラーノにも客人の姿が見えた。途端にグラーノは目を見開き、自分の椅子から飛び降りた。


 「ルイス!」


 自分よりも少し背の高い少年に、走り寄る。


 「どうしたの? どうしてここがわかったの?」


 「……屋根に……見慣れない人がいて唄っていたから。おばあさんなら何か知っているんじゃないかと思って」


 ルイスはうつむいたままボソボソと答える。その様子を見たグラーノは、ルイスの手を取って部屋の奥にあるソファへと引っ張っていった。

 ルイスを座らせると、食事どころではないというようにその横に座った。グラーノが心配そうに俯くルイスの顔を覗き込むと、彼は俯いたまま何かを吐き出すように話し始めた。


 「……あの後、家に帰ってからまた父さんに話してみたんだ。“父さんの言うことも理解できるけれども、ぼくはやらないで後悔はしたくない”って。そうしたら、“失敗した時の後悔の方が悲惨だからやめておけ”って。それで喧嘩になって、家を飛び出してきた」


 両足を抱えて、その中に顔をうずめる。


 「もう、疲れたよ。こんな夢、持つんじゃなかった。最初っから、父さんの言う通りにしていれば、こんなに苦しくならなかった……ぼくはきっと失敗作なんだ。もう、消えたいよ」


 消え入りそうな声で呟く彼に、グラーノもうつむいた。そうしてしばらく返す言葉を思案したあとで、膝を抱えるルイスの腕をガシッとつかんだ。


 「ねえ、ルイスの父さんはレンガ職人の生活しか知らないんだよね。それなのにどうして考古学者は失敗するだとか、その後悔が悲惨だとかわかるの?」


 サマンサとマーヴィも食事の手を止めて、二人の話に聞き入っていた。


 「そりゃあ、失敗した人をたくさん見てきたからだろう」


 しばらくの沈黙の後、マーヴィが口を開いた。グラーノが、振り向いてキッとにらみつける。


 「その失敗した人が、どれも悲惨に見えたからそんなことを言うんだ。同じ目にあって欲しくないと。年を取れば取るほど、そういうのはたくさん目についてくる」


 「マーヴィ!」


 グラーノがソファから飛び降りてその大男に詰め寄るが、大男の方はまったく意にも介さずに話し続けた。


 「おい、オレは悲惨に“見えた”としか言っていない。結局はすべてそいつの主観だ」


 その言葉に、グラーノが立ち止まる。それを見て、今度はサマンサがゆっくりと椅子から立ち上がった。ニコニコと微笑みながら、ルイスの横に腰かける。


 「ルイスは、考古学者になりたいのよね」


 ルイスはコクリとうなずく。


 「でも、お父さんにやめなさいと言われて悩んでいるのね」


 また、深くうなずく。


 サマンサは笑みを崩すことなく、横に座るルイスに 体ごと向き直った。


 「ルイス、これは私の考えだけれどもね。なによりも不幸なのは、なにもしなかった人なんじゃないかと思うよ」


 ルイスも、サマンサの方へ向き直り、抱え込んでいた膝を下ろした。 


 「失敗した人だって、その後で別の道に進んで成功したかもしれない。今成功している人だって、たくさん失敗してきたのかもしれない。それなのに、失敗したところだけ切り取ってだからやめとけなんて、それはあんまりにもずるいよねえ。人生っていうのは長いんだよ。永遠に感じられるほどにね。その中で進んだ道の一つが失敗だったからって、その人の人生が全て不幸だったなんてどうして言えるのさ」


 そこまで言うと、皺だらけの手でルイスの頭をわしゃわしゃと撫でた。


 「ルイス、あなたが本当に考古学者になりたいなら、二年後に王都の大学へ行きなさい」


 ルイスは目を見開く。


 「無理だよ、あんなに難しい学校」


 「何を怖気づいているの? あなたはそこの入学試験で主席を取るんだよ。そうすれば授業料を免除してもらえるからね。でもそこで終わりじゃあない。考古学者の地位が低いというなら、あなたが世紀の大発見をして、一番最初の偉い考古学者になりなさい」


 「でも、大学で主席を取るなんて。今の学校の勉強だけじゃあとても追いつけないよ……塾に行かないと」 


 「ならば、明日からここに通いなさい。私は寂しいただの老人だけれども、無駄に知識はあるのよ」


 サマンサは微笑みをさらに深め、満面の笑みを向ける。

 「つらかったら泣いてもいい。失敗したら、責任をもって次のことを一緒に考えてあげる。後のことを考えるのは、大人の方が得意だから。あなたは前だけを見て、進み続けなさい、若者」



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