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勇者は戦わない  作者: ツナ
狼編
11/45

第十一話「始まり」

 本小説をお読みいただきありがとうございます。

 最近、遅れ気味ですみません。何とか完結まで書き上げたいと思っていますので、まだまだ長い道のりですがよろしければお付き合いください。

第十一話 「始まり」


 洞窟の中には、食べ尽くされた獲物の残骸がわずかに残っているだけであった。骨の中でも比較的柔らかい肋骨は飢えた小さな人狼の少年によって食べ尽くされ、後には噛み砕けないほどに大きな脚の骨だけが残されていた。食事を終えたはぐれ狼達は昼寝をしたり、雑談をしたりと各々の時間を過ごしている。


 「今って何時頃なの?」


 座ったままのギルが尋ねる。


 「まだ昼前だ」


 ウルのその言葉に、ギルは目を伏せて少し考えるような素振りを見せた。何かしら思案した後にやがて、体をもぞもぞと動かして洞窟の壁に近づき、右手をつけて立ち上がろうとし始めた。


 「もう、昼前か。早朝に歩き始めたから、かなり寝ていたんだな」


 「なんだ、もう行くのか?」


 「うん、仲間とはぐれたんだ。もしかしたら俺のことを探しているかもしれない。ただでさえ足手まといなのにこれ以上の迷惑はかけられないよ」


 壁づたいになんとか立ち上がったギルに、ウルが肩を貸す。


 「そうか、なら森を出る前に仲間を探さねえとな」


 そう言い、他の人狼達にウルが声をかけようとした時であった。


 「ウル!」


 洞窟の外から先ほどの、一番体の小さな人狼が慌てた様子で駆け込んできた。その様子にだらけきった他の人狼達も、何事かと起き上がって身を構えている。


 「なんだ」


 ウルは顔をしかめるだけで、冷静な声を出した。


 「スタビーがこっちに向かってくる。もうすぐそこまで来ている」


 息を切らしながら答える小さな人狼。その言葉に、彼らの間で戦慄が走った。皆、素早く立ち上がってウルに詰め寄る。


 「ウル、どこへ逃げればいい?」


 「また俺たちを殺しに来たんだ、急がねえと手遅れになるぞ」


 「落ち着け、お前ら。ノア、こちらに向かって来ているのはスタビーだけか?」


 「いいや、ほかに二人いた。珍しい格好をした、見たこともない奴らだった」


 珍しい格好という言葉に、ギルは少し眉をあげる。


 一方、ノアと呼ばれた小さな人狼の言葉に、ウルは少し考える様子を見せていた。他の人狼達は慌てて彼を急かす。


 「ウル、早く指示をくれ。このまんまじゃ死人がでる」


 「いや、本気で俺たちを殺すつもりならもっと大人数で来るはずだ」


 「それなら、きっと偵察だ。この場所がバレたら一気に襲ってくるぞ」


 「ああ、もう手遅れだろうな。ここは捨てる。お前ら、準備しろ」


 そう言いながら、ウルは洞窟の出口へと足を向けた。


 「ウル! どこへ行くんだ」


 「少しでも時間をかせぐ。準備ができたら様子をみて先に行け。北へ向かうんだ。大丈夫、すぐに追いつく」


 後ろも見ずに言うと、他の人狼たちが止める間も無く駆け出した。ノアや他の人狼たちは後を追おうとするが、ウルの「来るな!」という怒声に皆、萎縮して立ち止まってしまった。その場に呆然と立ち尽くす彼らの様子を見たギルは、フラフラとその前に立ちふさがった。


 「みんな、お世話になりました。多分、そのスタビーとかいう人と一緒にいるのは俺の仲間です。ちゃんと話して、ウルのことも連れ戻して来ます。これ以上風波を立てないためにも、俺に任せてください」


 それだけのことを早口で言うと、まだふらつく足どりで洞窟の出口へと向かっていった。

 残された人狼たちは、何もできずにただ、黙って顔を見合わせるだけであった。





 「この辺だ、あの洞窟が怪しい」


 白い狼の姿から人間の姿へと変化したスタビーが、後ろに続くマーヴィとグラーノに声をかける。


 「なあ、お前らそのはぐれ狼たちと戦っているんだろ? そんなに便利な鼻があるならなんで今まで野放しにしていたんだ」


 草むらに屈んで、背を低くしながらマーヴィが尋ねる。スタビーは、申し訳なさそうに眉を下げてうなだれた。


 「ああ、そうだな。ぼくの責任だ。ぼくが早くあいつを仕留めていれば……」


 「オイオイ、なにを勘違いしてやがる。俺はお前を責めてるわけじゃねえ。質問の通りだ、あいつらを今まで追えなかった理由があるのか」


 真っ黒の目を見開いて、じっとスタビーのことを見つめる。スタビーは、少し困ったような顔でこちらを見上げた。


 「あいつらはこの森のいたるところに現れるんだ。この森全体が奴らの縄張りなんだよ。あちこち歩き回って匂いを残して、村の人狼たちを撹乱しているんだ」


 「それじゃあどうしてスタビーはここに来れたの?」


 今度はグラーノが怪訝そうな声を出した。


 「ぼくは村の人狼達の中で一番鼻がきく。匂いの強さからある程度正確な時間を割り出せるのはぼくだけなんだ」


 洞窟をじっと見たまま、答えるスタビーの言葉にマーヴィは確信した。


 「はっ、なるほどな。つまり、お前に本気で探す気があるなら、今頃はぐれ狼たちは一匹残らず根絶やしになってるわけだ」


 スタビーは相変わらず、洞窟の方をじっと見据えている。マーヴィは目を細めた。


 「お前、何か迷っているんじゃないか」


 しばしの沈黙。前を向いたまま、スタビーが口を開こうとした瞬間であった。


 「おーい。スタビー、いるんだろ?」


 ガサガサという草をわける音とともに、低音の声がその場に響いた。


 「ここだ、ウル」


 そういいながら、スタビーは立ち上がってあたりを見回した。洞窟のほうから、何かがこちらに向かって来ているようである。やがて、草をかき分けて姿を現したそれは、真っ黒の髪をもつ人狼の青年であった。


 「っ!? スタビー、こいつ!!」


 グラーノが瞬時に腰を落としてサーベルに手をかけるが、飛び出していこうとするその首根っこをマーヴィが掴んで止めた。


 「なにするんだよ!」


 「ガキは黙ってみてろ」


 対面する白と黒を見つめるマーヴィに、グラーノもつられてそちらを向く。


 「また俺を殺しに来たのか? スタビー」


 黒い狼は、不敵に笑っていた。


 「今日は違う。人探しをしているんだ」


 「へえ、そりゃあご苦労なことで。でもいいのかよ?今おれは一人だ。他の奴らも来ない。チャンスだぞ」


 クツクツと笑いながら挑発するウルに、スタビーは大きなため息をついた。


 「どうしていつもお前は死にたがるんだ。ぼくと戦うときも毎回ふざけた戦い方しやがって。ぼくのことを馬鹿にしているのか」


 スタビーは少し声を荒げた。


 「まさか、おれはお前に殺されたいだけさ。それがおれの業だからな」


 「まったく、迷惑な話だ。ぼくはお前のことなんか、なんにも知らないのに」


 ウルはニヤリと笑顔を浮かべると両手を頭の後ろで組み、スタビーに数歩近づいた。


 「おれは知ってるぜ。お前が生まれた時からずうっとな」


 「気持ちの悪いやつめ」


 人の姿のまま、睨みあう二人の人狼。やませが吹き渡り、その冷たさにカサカサと草木は身を震わせた。舞い上がった長い自分の黒髪を、ウルが右手でかきあげたその時であった。


 「マーヴィ! グラ!」


 ウルの後ろから、スタビーとはまた別の白が飛び出して来た。その姿を見たグラーノは、険しい表情をとかして歓喜の声をあげた。


 「ギル!」


 サーベルから右手を離し、いつものニヤケ面に飛びつく。


 「よかった、本当に! もうダメかと思ったよ」


 ギルはその体を受け止めて、グラーノの頭をわしゃわしゃと撫でた。


 「ごめんね、グラ。マーヴィも……」


 そう言いながら、二人の元へ近づいてきたマーヴィに顔を向ける。


 ギルの視界はマーヴィの顔を一瞬だけ捉えてすぐに反転した。マーヴィがその拳で、ギルの頰を殴ったのだ。


 「いたい! 突然どうしたの!? 俺、今は回復魔法が使えないんだけど」


 自分の左頬をさすりながらマーヴィのことを睨むが、目の前に仁王立ちする悪鬼のような形相を見てすぐに畏縮してしまった。マーヴィは座り込んでいるギルの胸ぐらを掴み、軽く持ち上げる。


 「そうか、今ならお前を殺せるな。勇者を消したい連中からすれば絶好の機会だ。もし今、襲撃を受けてお前が死んだなら、オレたちも故郷へたどり着けずに変身魔法が解けて死ぬ。一石三鳥じゃねえか」


 掴んだ胸ぐらを自分の方に引き寄せて顔を睨みつける。


 「いいか、お前の命はお前だけのものじゃねえ。傷つけねえ信念はご立派なもんだか、その前に為すべきことを為せ。その短剣は、飾りじゃねえだろ」


 そういうとギルの左腰に目線を移した。そこには、天使のレリーフが施された短剣がベルトにくくりつけられていた。


 ギルもつられて短剣を見ると、苦笑をもらした。


 「うん、そうだね。ごめん、これからはちゃんと気をつけるよ」


 マーヴィの言葉に気が咎めたのか、眉を下げて素直に謝るギルに、マーヴィもため息をつきながら手を離した。


 その様子を見ていたスタビーは、自分の側に立ちふさがり、捉えどころのない笑みを浮かべるウルに向き直った。


 「今回ばかりは助かった。ありがとう」


 「なんのことだ? こいつはおれの非常食だぞ? もういらねえがな」


 そういって振り返ると、ウルは洞窟の方へと歩き出した。スタビーはフッと笑いながら何もせずにその背中を見守る。


 ウルが数歩足を進めた時であった。ギルが彼に小走りで彼に近づき、その手を掴んだ。おそらく、自分を助けたことを悟られたくないのであろう彼に配慮して、その耳元で小さく囁く。


 「君に悪役は似合わないよ。さっきの悪そうな喋り方も全くもって不恰好だった」


 「うるせえよ。お前の慇懃無礼な喋り方よりマシだ」


 予期していなかった言葉に、ギルは面食らった。そんなことを言われたのは人生で二度目だ。少しばかりの懐かしさを感じながら微笑む。


 「ああ、やっぱり君は優しいね。だからこそ、ひとつだけわからないことがある。どうして森の外の人間や村の住人とは、一切関係を絶っているんだ」


 黒い人狼は、ギルの顔を見下ろしてにやりと笑った。


 「みんながおれのことを怖がるからさ。おれは不幸を呼ぶ狼だからな」




 「ウル、雨の匂いだ」


 スタビーたちと別れたウルは、はぐれ狼の群れに戻り、北へ行くその先頭を歩いていた。


 「ああ、こりゃあ土砂降りになりそうだ。早く今夜の寝床ぐらい見つけたいところだが」


 人間よりもはるかに発達した彼らの耳は、遠くに響くごろごろという雷の音を聞いていた。


 「嫌な感じだ」


 徐々に暗くなっていく空を見上げながら、ウルは呟く。不安感からか、ひしめき合って生えている幹の間に、何か目のようなものがある気がする。生い茂った木々が一斉にこちらを向いているようで、ひどく不気味だった。睨みつけるその目は、まるで空腹に耐える獣のようで……


 「っ!? お前ら、伏せろ!!」


 振り返り、叫ぶウル。その声に他の人狼たちは素早くその場に伏せた。その上を、巨大な体躯が飛び越えていく。見るとそれは、大きな二対の角を持ったドラゴンであった。素早く変身魔法を解いた狼たちが四本足で立ち上がって身構えるが、そのドラゴンは小さな翼を揺らしながら狼たちには見向きもせずに走り去っていってしまった。


 「あれは……この辺に生息している小型のワイバーンだ」


 一人、狼の姿に戻らなかったウルがポツリと呟く。


 「どこへ向かっているんだろうな」


 左目に傷のある、少し年配の人狼が人間の姿となって問いかけた。


 「ああ、少し様子がおかしかったし、気になるな。あの方向は……まさか」


 考える素振りを見せていたウルは、途端に何か思いついたというように目を見開いた。


 「どうした?」


 「急いで後を追うぞ。あっちの方向はシェントの村がある方だ」


 狼たちは、その言葉に驚きを隠せないといった様子で互いに目を見合わせた。

 すぐにウルも変身魔法を解いて真っ黒の狼の姿へと戻る。息もつかずに駆け出した彼の後を、困惑しながらも他の狼たちは追いかけた。

 

 森の木々の間を、数十匹の狼たちは走った。降り始めた雨に濡れながら、やがて彼らは走っているのが自分たちだけではないと気付く。周りには数えきれないほどの魔法生物……いや、その尋常ではない様子からして彼らはおそらく、凶暴化して「モンスター」となってしまった個体なのだろう。モンスターたちは、わき目もふらずに村の方へと向かっている。バシャバシャと、雨で柔らかくなった地面を蹴りながら…… 

 

 

 

 

  



 















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