バトロインの男気
「バトロイン、あんた親父と面識があるのか?」
ナックスが尋ねると、バトロインは昔を懐かしむような目で語る。
「お前の父親ザラックスとは何度かバッティングしたことがあるからな。奴のことはよく知っている。あいつは凄腕の傭兵だった…」
ザラックスとバトロインが知り合いだったことはナックスにとって意外だった。だが考えてみればどちらも有名な傭兵なので、交流があっても不思議ではないのかもしれない。
「お前がザラックスと親子だったことにはたまげたが手加減はしねェぞ。悪いがこっちも仕事なんでな」
バトロインは再び身構える。それに応じてナックスもファイティングポーズをとる。
「せいっ!」
老兵は物凄いスピードでナックスとの距離を詰める。そして鋭い斬撃でナックスを襲いまくる。バトロインは数多の傭兵の中でもトップクラスの実力者だ。やはり剣の攻撃は速い。ナックスもどうにかして強化した拳で攻撃するが、ちっとも当たらない。
「どうしたザラックスの忘れ形見!お前はこの程度の男かぁ!?奴の血を引いてるんなら俺に根性を見せてみろぉっ!」
バトロインは喋りながら攻撃を続ける。熟達した剣士にパンチを当てるのは困難極まる。ナックスはバトロインの強さに苦慮する。
(こいつ、強い…どうすればいいんだ…)
ナックスは劣勢を覆すことができない自分が歯痒い。
(俺がここで負けちまったら夏希の負担が増えちまう。それじゃあセラを守れなくなるかもしれねえ…)
この不利な戦局でナックスの脳裏をよぎったのは仲間達の存在だ。バトロインに手も足も出ないことがもどかしい。仲間達を守れない自分が許せない。非力な自分が許せない。そんな焦燥感が予想だにしない現象を起こした。ナックスは無力感を味わいながらパンチを放つ。するとその感情の乗った鉄拳は十倍以上の大きさになってバトロインに激突した。
「うぐおっ!?」
「腕がでかくなった!?」
ナックスは自分の右腕が急激に巨大化したことに驚愕する。ナックスの能力は『拳の強化』だ。『拳の強化』はあくまで腕の筋力、速力、硬度を上昇させるもので、決して肉体を大きくする能力ではない。なぜ腕が巨大化したのかナックス自身にも分からなかった。
「てめえの能力は『拳の強化』だろ?なんでパンチがバカデカくなったんだ?」
ナックスはとりあえず不測の事態にうろたえるバトロインを攻撃する。十倍以上に巨大化させた両腕でだ。大きすぎる拳でひたすら殴り続ける。
「ぐわああああっ!!!」
十発以上殴打されたバトロインはぶっ飛んで壁に衝突する。流石のバトロインもこれだけダメージを受けたら虫の息だ。
(何で腕が大きくなったんだ?)
ナックスは元の大きさに戻った腕を見つめながら、謎のパワーアップについて思考する。
(もしかしてセラから与えられた能力だからか…?)
ナックスの能力は自然に発現したものではなく聖戦の巫女が『奇跡』の能力で授けたものだ。通常の『拳の強化』とは違う特性があるのかもしれない。ナックスが思いを巡らせているとバトロインに話しかけられる。
「さっさと止めを刺せボウズ。お前の勝ちだ」
見苦しい命乞いをしない老兵に催促されるが、ナックスは拒絶する。
「できれば人を殺したくねえ」
「傭兵を目指してる奴の言動とは思えねェな。殺生する覚悟も無いんじゃあ聖戦の巫女を守り抜けねェぞ」
「何とでも言えよ。俺は俺のやり方で生き抜く」
「甘い半端者だな。ザラックスによく似てる…」
バトロインは呆れながら笑う。その表情からは悔しさやストレスは感じられない。むしろ楽しそうだ。どうやら昔のことを想起しているようだ。
「ジャン・バトロインは野良犬に敗れたのか…」
ナックスが声が聞こえた方を見ると、そこには黒い制服の上に黒いマントを羽織った男がいた。
「バランシャ!お前もこの塔に入ってたのか…」
「また会ったな野良犬」
いつの間にか広間に入っていたバランシャ・タルボガイアは右手で春奈の頭部を掴んでいる。春奈は重傷を負っている。
「春奈!?バランシャに負けちまったのか…!?」
「そういうことだ」
バランシャは不適な笑みを浮かべながら春奈を掲げる。
「このシチュエーションで俺が何を言うか予想できるよな?『このガキの命が惜しければそこを動くな!』だ。ちょっとでも抵抗すればこの女の顔面が溶岩で焼けただれるぞ。ククク」
バランシャは溶岩を纏った左手を春奈の顔に近づけてナックスを脅迫する。
「てめえ、どこまで性根が腐ってんだ!クソ外道が!」
卑劣な行為に激昂するナックスに向けてバランシャは溶岩の小さな塊を飛ばす。
「うっ!」
溶岩がぶつかったナックスは思わず膝をついてしまう。体勢を崩したナックスにバランシャは小さな溶岩の塊を飛ばしまくる。
「うあああっ!!」
溶岩を何度もぶつけられたナックスはつい悲鳴をあげてしまう。バランシャは無抵抗なナックスを見て嘲笑する。
「頭の悪い小僧だ。こんな人質なんて無視すればよかろうに…」
聞き捨てならないことを言われたナックスはすぐ反論する。
「仲間を犠牲にできるわけないだろ!てめえみたいな社会のゴミには一生分からねえだろうけどな」
「理解に苦しむな。俺は仲間や絆といったものに虫酸が走るのだ」
人質にされている春奈とナックスの目が合うと、彼女は落涙しながら謝罪する。
「ナックス…ごめん…」
春奈は足を引っ張っている罪悪感で胸が一杯だった。仲間の足手まといになっている自分が許せない。彼女にはエリート魔法少女という自負があった。自分ならばアルセデスに派遣されても上手くやれる自信があった。大好きな夏希の任務に貢献できると思っていた。だがいざ戦ってみたらこの有り様だ。不堂厳栄どころか幹部クラスに大敗する体たらく…これでよくエリート魔法少女を自認したものだ。この程度の実力で超特級魔法少女になろうなんてちゃんちゃらおかしい。
「春奈…」
ナックスは春奈の頬を伝う涙を見ると辛くなる。この子供を人質に取る卑劣漢を今すぐブッ飛ばしたいが為す術がない。
(こんな奴に利用されっぱなしなんて絶対イヤッ!)
自責の念に耐えられない春奈は重体だか何とか死力を尽くしてバランシャを蹴ろうとする。
「おっと」
しかしその蹴りは簡単に防がれる。春奈は諦めず何度も蹴りを放つがやはり防がれる。
「無駄だ小娘。そんな蹴りでは…うっ!!?」
突然バランシャの体に鋭い痛みが走る。一本のナイフが刺さったからだ。それはバトロインが投擲したものだった。
「いい大人が子供相手にこすっからいことしてんじゃねェよ」
「バトロイン、貴様…!」
「この場は退いた方がいいと思うぜ。そのナイフにはポイズンゴブリンの劇毒をたっぷり塗布してるからな」
バトロインにそう言われて、バランシャは焦る。ポイズンゴブリンは沼地に生息している魔物で、巨象を数分で絶命させる猛毒を持っている。つまりバランシャは一秒でも早く解毒しないといけないのだ。
「この老いぼれがっ…!」
青ざめたバランシャは春奈を離すと疾走して逃げる。ナックスは急いで、ボロボロの春奈に駆け寄る。
「春奈、大丈夫か!?」
「うん、ありがとう…」
春奈の命に別条はないことを確認すると、ナックスはバトロインに問いかける。
「バトロイン、どうして俺達を助けてくれたんだ?」
「俺は厳栄軍が嫌いなんだ。それにお前の親父にはでかい借りがある」
「親父に?」
老兵は昔を懐かしむような目でザラックスのことを語り出す。
「昔ザラックスと共同戦線を張っていたことがあった。ある時俺の部隊が大軍に包囲されちまってな。切迫した状況だった。その時ザラックスが囮を買って出たんだ」
「親父が?」
「そのお陰で俺は九死に一生を得た。だからお前を助けただけだ」
「…そうだったのか」
ナックスは尊敬する父親の死の真相を知って驚く。父の死は悲しいが、誰かを守る為に犠牲になったと思うと誇らしかった。ナックスが父親のことを考えていると、バトロインの仲間の傭兵達が広間に入ってきた。傭兵達は倒れているバトロインを見つけると慌てて走る。
「バトロインさーん!」
「やっと仲間と合流できたな。ナックス、お前も早く聖戦の巫女の所に行ってやれ」
老兵に優しい笑顔で指示されたナックスは春奈をおんぶして歩き出す。
「助けてくれてありがとな。バトロイン」




