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最高の報酬

作者:藤村ひろと
 
「あなたが作れる、最高の鏡が欲しい」


 男は入ってくるなり、そんな生意気なセリフを吐いた。

 こりゃあ、じっちゃんの雷が落ちるぞ、と思いながら太郎は恐る恐る店の奥をうかがう。太郎のじい様は日本一の鏡職人だ。世界一の反射望遠鏡を作るときも、最終的に仕上げをしたのは太郎のじい様だってくらい、この道の第一人者なのだ。

 腕のいい職人のご多分に漏れず、じい様は偏屈だ。気に入らない仕事は、どんなに金を積まれてもやらない。逆に望遠鏡のときなんかは、3週間ぶっ続けで働いて、一銭の報酬も受け取らなかったくらいだ。

 店の奥から、じいさまがのそりと顔を出すと、太郎はじい様が怒鳴るのを覚悟して、首をすくめて待機していた。じい様の怒声は、近所でも有名な馬鹿でかさを誇る。近所の子供が悪さをしたときなど、母親が「鏡屋のじい様が来るぞ」と言って脅かすくらいのものだ。


「なんだって 、そんな鏡が要るんだ?」


 意外に穏やかなじい様の言葉に、男は太郎をはばかったのか、じい様のそばに寄って小声でなにやらボソボソと話し出した。しばらく話を聞いていたじい様は、難しい顔をして腕組みすると深くうなずいた。


「わかった。なんだかよくわからねえが、要はそれくらい正確な平面の鏡がほしいんだな?」


 男は 勢いよく、すがりつくような切羽詰った表情でうなずく。どうやらじい様は、男のもってきた仕事を気に入ったようだ。こりゃあ、またただ働きになるなぁと思いながら、太郎はため息をついた。店の金銭を管理するのは、太郎の仕事だからだ。



 しかし、大変だったのは、むしろこの後だった。

 じい様が丹精こめて作った鏡に対して、男はいとも簡単にダメだしをするのである。なにやら不思議な機械でその精度を測ると、残念そうに首を横に振るばかり。 しかも、あの偏屈で短気なじい様が、それに対してヒトコトも文句を言わずに、すぐに次の鏡作りに取り掛かるのだ。

 これは驚くべきことだ。

 反射望遠鏡の時だって、気に入らないことがあれば、それがたとえ世界的に有名な外国の科学者だったとしても、あたりまえのように怒鳴りつけていたじい様が、何ひとつ文句を言わないのだ。

 男の態度に、太郎はだんだん腹が立ってきた。

 じい様の鏡は日本一だ。世界最大の反射望遠鏡にさえ使われている。じい様の腕は、いわば無形文化財とか国宝クラスといってもいいのだ。そのじい様が丹精こめて作った鏡を、いったいどんな理由で気に入らないと言うのだ?

 しかし、じい様が怒らない以上、太郎が文句をいうわけにも行かない。

 ただ黙って、じい様と変な客を見守るばかりだった。



 結局、まるまる三ヶ月かかって、男はようやくOKを出した。

 太郎はものすごく不機嫌な顔で、男に向かって料金の請求をしようとした。

 ところが、男が答える前に、じい様が怒鳴る。


「報酬なら、もうもらってる!」


 文句を言おうとしてじい様の顔を見た瞬間、出納係の太郎はしぶしぶあきらめた。

 三ヶ月もただ働きしたので、家の貯金はすっからかんだ。またじい様の目を盗んで、安い鏡を作る仕事をしなくちゃならないなぁなんて思っていると、男がやさしい顔で言った。


「おじい様が受け取ってくれないんで、報酬はあなたに残してゆきます。お世話になりました」


 太郎が答える前に、男は店の外に出る。

 太郎がその後をついてゆくと、男は表に停めてあった軽自動車くらいの乗り物に乗って、太郎の家の庭まで入り込んできた。そして、庭でごそごそ乗り物をいじりだす。じい様の鏡も、その乗り物の中に取り付けられたようだ。

 太郎が黙って見ていると、作業を終えた男は乗り物に乗り込み、太郎に向かって片手を上げる。

 え? と思うまもなく、男の乗った乗り物は、ごうごうと音を立てて空に舞い上がった。

 と、次の瞬間、 その不思議な乗り物は、はるかかなたへ飛び去ってしまった。


 太郎は慌ててじい様に報告にゆく。

 しかし、じい様はふんと鼻を鳴らしたきり、奥の部屋に引っ込もうとした。

 太郎はじい様に、どんな仕事を請け負ったのかたずねる。


「よくわからねえが、とにかくおっそろしいほど平らな鏡がほしいって話だった。望遠鏡のときの何千倍の精度の鏡をな」

「あの乗り物に、それが必要だったのか……」

「なんだか、「がんませんれえざあ」がどうとか言ってたな」


 太郎は飛び上がる。

 エックス線やガンマ線をレーザーにするには、ものすごい精度の平面鏡が要求される。許される誤差は10-16以下だ。そんなもの、現代科学では製造不可能である。おそらくあの乗り物は、ガンマ線レーザーを出力にして飛ぶのだろう。あの飛翔速度も、それなら説明がつく。

 つまり男は、この星の人間ではなかったと言うことか!



 太郎は、驚きにぼーっとしながら、彼の飛び立った庭へ向かった。

 と。

 なにやら庭一面が、美しく輝いている。

 よく見てみれば、庭の樹や土、生垣まですべてが、ダイアモンドの皮膜に覆われているではないか。高出力のガンマ線レーザーによる、三重水素のプラズマ核融合が、庭一面をダイアモンド皮膜で覆ってしまったのである。

 驚きからさめた太郎は、つぶやいた。


「なるほどね。これが報酬って訳か」


 それから、奥に引っ込んだじい様に、その旨を報告しにゆく。

 話を聞いたじい様は、舌打ちして眉をひそめた。


「あの野郎。報酬はもらったって言ったのに」

「いいじゃないか、せっかくくれたんだから。だいたい、報酬なんてもらってないだろう?」


 言いながら顔を覗き込んだ太郎の頭にゲンコツをくれると、じい様は晴れやかな顔で言った。


「注文のときによ、野郎が言ったんだよ。 『この世界の科学ではこれほどの精度の鏡を作ることはできない。あなたなら作れるか?』ってな。現代科学で作れないってわかってるものを、俺に注文しに来やがったんだよ。嬉しいじゃねえか」

「だから報酬はいらないって言うのかい?」

「太郎、おめぇは何にもわかっちゃいねえな。俺に取っちゃ、ヤツが俺の鏡を受け取ったって事が、何よりの報酬なんだよ」


 言ってから、照れくさくなったのだろう。

 じい様は、太郎の頭にもう一度ゲンコツを落とした。



出典:明石散人 鳥弦坊

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