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超能力の守護者  作者: プラナリア
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第九話 守護者と渡り鳥

「では、わたしの言ったとおりにやってみてください」

 新菜は再び訪れたハイパースペースで紬に促され、直前に教えられた事を実行に移す。

 ――今向いてる方向、距離は二.五キロメートル先……。

 新菜はハイパースペースを利用した移動法を教わり、実践している。

 が、やること自体は難しくない。目的地を意識して歩くだけだ。実際の行動が意思を反映し、自然と移動できる。地図を指差すような簡単さだと紬は言う。慣れれば走っての移動も出来、速度は動作に左右されるが、大抵通常の移動より速くなる。

 ゆっくりと新菜は歩き出す。その後ろを紬たちがついていく。誰かの移動についていくのは、自身が移動するより遥かに簡単だ。ハイパースペースで相手の後ろについていこうとすれば、意識も相手の後ろについていき、相手は目的地に向かって移動していくので、自然と自分も同じ場所、つまり目的地まで移動できる。

 新菜は慎重に歩き出し、不意に引っかかりを感じる。

 ――ここね。

 新菜が足を止めると、紬が合格を言い渡す。

 切絵が安堵の溜息を見せる中、四人はハイパースペースから現実へ戻される。

 まさに三十分前、新菜たちがいた紬のマンションの居間があたりに広がる。

 ――いや、今広がったわけじゃないんだけど。

 空間転移という変化に認識がついて行ききらず、新菜は当惑を覚えた。

「セレナ。弘美に連絡を。わたしは二人に説明をしておきます」

 紬は椅子に座り、二人に着席を促す。

 セレナは端末を取り出し、スイッチを入れる。昨日覚えた嫌な感覚が、新菜の背中に広がる。やはり、超能力が何かをくすぐるのはあまり心地が良くないと思う新菜。

「さて、わたしは超能力者の管理・監督・世話をしているわけですが、これは決してわたし個人の力で行えているわけではありません。一つには我々、つまり超能力者の中のそれなりの人数が肯定し、後ろ支えをしてくれているからですが、さらに別の力として、一族が地盤を固めているというものがあります」

 紬は雄弁に語り始める。

「各地にそれなりの家があります。例えばわたしの家、天道本家は上の中くらいでしょうか。取り敢えず、一族総出で超能力に関する由無し事を纏めるためのスクラムを作っているわけです。これを行っている集団をわたしたちは大家と呼んでいます。大家の仕事は先ほど話したダミー企業を用意とその表と裏の運営の舵取り、土地の守護者の選出、従者を付けて生活も作る環境管理。細かな例で、端末の準備で実情を出しましょう。一般に流通している携帯のうち、伝手のある超能力を持つ技術者が雇われている会社の製造ラインで品質を満たさなかった廃棄品を処分業者として引き取り、技術者に横流しして改造開発を依頼します、必要な部品をまた別の企業で複数メーカーに発注し、さらにこれらを本来使うべき用途でも利用し、と相当な人数と手間をかけて無料提供を可能にしています」

 ――随分手間の掛かった首輪なのね。

 新菜は昨日、紬が端末を自分に押し付けた事を思い出した。

「それで足は付かないの? 普通なら、すぐにそんな大それた事、破綻しちゃいそうなんだけど」

「本来なら睡眠に当てている時間を割り振ってなんとかしています。バイタルがある限り常人離れした活動ができるのは、超能力者の明白な特権の一つです。少なくとも、技術と鍛錬で一発で破られてしまった暴力沙汰よりは、時間を無視した法外な実務をこなすほうが遥かに確実かつバレずに成功させられます」

 紬の暴力沙汰に言及するところにそこはかとない嫌味を読み取った新菜が、実際自分が昨日やったのだから、正直不快に思われても仕方ないとも思った。

「なるほど。で、秘物だとか秘石だとかがそこに関わってくるわけ? 権力の象徴とか?」

「それが近いです。正確には威嚇の機能も発揮しますので、象徴とともに抑止力ともなります。と言っても、すべての秘物がそこまでの力を見せるわけではありません。単純に超能力を元に、超能力がなければ説明をつけづらい効果をもたらすものを秘物として扱い、これらを超能力そのものと同様に注意深く扱ってもらえるように取り計らう事で、世間に不信感を持たれないようにしています。現実には、その注意深く扱うというのが煩わしく、我々に管理を委託する超能力者が多いのですが」

「で、それが狙われたと」

「ええ。秘物にも様々あるといいましたが、今回狙われた『秘石』は特に威嚇の機能も発揮する重要なものです。これを盗まれれば、わたしは威嚇する力を失い、おそらく現在管理している地域を盗んだ者に割譲することになるでしょう」

 紬の想定に、新菜は首をかしげる。

「え? それなら盗むだけ得じゃない。取り返さないの? それこそ相手を締めちゃってもいいじゃない」

 新菜はそこが少し理解できない。自分のことを大元から締めるから元締めと言ったのは紬自身だ。

「普通の秘物であればそうします。秘石は威嚇の機能も発揮する、と言いましたが、それは利用されれば何らかの被害が出るという意味です。極論、戦争のような様相を呈する事もありえます。そんな抗争を起こしてしまえば、流石にすべてを隠したままでいられる保障はなくなります」

「超能力の存在が露見するというわけですわね」

 隣で黙していた切絵が低い声で差し挟む。

「はい。超能力者全体はそのような事態を避けようとします。理由は影響が自分たちの周りに及ぶからです。これを避けているとは、昨日話しましたよね?」

「そうね。周りに影響があるからあたしが爆発を起こしたって言うなって」

 新菜の言葉に首肯する紬。

「超能力者の慣習として、そのように表沙汰になる抗争の元を無くすため、『大家であるから影響の大きい秘物を持ち、管理する権利がある』というような考え方はせず、『影響の大きい秘物を持つ者が作るコミュニティを大家、あるいはそれに準ずるものと定義する』形をとっています。なので、正直盗み得なのは事実です。これを避けるために手は打ってありますが、そのうちの一つが秘物の守護者という役職です」

 新菜は首を傾げる。

「守護者って紬の事よね。この辺りを管理するから守護者って話だったけど、秘物の守護者とは別の話なわけ?」

「別です。守護者という言葉はいわば役職です。どのクラブ活動にも部長がいますが、それぞれ自分の部活という領分の長であり、他の部活まで管理しないのと同じようなものですね。守護者は文字通り何かを守る人全般を指します。秘物の守護者に限って言えば、持ち主か委託された大家の誰かがその任につきます。秘石の場合はわたしです。所在をわたしの管轄地域にある事務所に求めたのは、これが理由でしょう。重要な秘物の守護者はその秘物の力を圧力を加える際の礎としてますので、土地の守護者を兼ねる場合が多いのです。もちろん、簡単に場所が割れるような管理はしていません。そういった責を負い、また行動にも出るのが秘物の守護者としてのわたしの仕事です。なので、お二方がこれ以上巻き込まれる事はありませんので、安心してください」

 紬は話を終える。

 新菜は黙した。

 想像以上に危ない話だったからだ。

 普通の盗難事件なら、警察に助けを求める事が出来る。

 しかし、話を聞く限り、その役目を担うのこそが紬だ。

 金も出すわけだ。普通に自分より幼い子がポンと札束を見せつけたのとは違う。必要な金をしっかり払っただけにすぎない。

 そして、それが危ないというのは最初の印象と近い。

 非常識な金が、非常識な理由で乱れ飛んだのは事実だだから。

 金は価値基準の一つだ。故に飛んだ額の大きさは、行き交った情報の重さに比例する。

 ――それに、切った張ったもあるわ。

「それって、あなたが危険って事よね」

 新菜は身を乗り出す。その目は強い意志に燃えていた。

「織り込み済みのものですが、そうだといえばそうですね」

「だったら捨て置けないわ」

 新菜はテーブルを乗り越えるように、更に紬に近づく。

 紬はあまりに間を詰められたせいで少し身を引いた。

「手ぐらいは貸させて。せっかく出会ったのに、知らんぷりで何かあったりしたら耐えられないわ」

「お気持ちだけで――」

「じゃあ、その気持ちを受け取ってよ」

 紬が話さえ遮る新菜の押し付けにうろたえた時、あたりに超能力者の気配が漂う。

「そろそろ準備をします」

 気配に反応した新菜に一瞬だけ生まれた隙をこれ幸いとついた紬は、逃げるように椅子から立ち上がり、鳴ってもいないインターホンを眺める。程なくして作動したインターホンを取った紬は、来客を迎え入れる。

 二十は越えているだろう女性だった。

 黒い服は、どことなく紬と似たセンスを思わせる。

 顔形も似たものが見える。

 その理由は、彼女の自己紹介で明かされた。

「天道弘美。弘美でいい。紬の姉だ」

 新菜と切絵は自己紹介を返し、次いで新菜が自分の意志を告げる。

 紬は新菜の処遇について、助けを求めるように弘美に意見を求めたが、

「へぇ。実力もある。率先して助太刀に入ってくれる。受けるべきじゃないか?」

 弘美は短い右前髪をかきあげながら、新菜の肩を持った。

「……無茶ですよ、流石に」

「無茶させるような事をさせなきゃいい。ってか、話聞いてると無茶なんてさせたくてもさせられなさそうじゃねーか」

 拗ねたような視線を向ける紬に、弘美はあっけらかんという。その様子はサバサバしたものいいと言葉遣いもあわせて、新菜にはとても男性的に見えた。

「大体な。どうせ手助けはオレ一人じゃ足んねーんだ。どっかから引っ張ってくるのには時間もかかる。猫の手でも借りる場面だろ?」

「それはあくまでも気持ちについての比喩です。実際に猫の手を貸すと言われて、ありがとうと言う人もいないでしょう」

「猫ならそうだろ。けどな。実際に貸すって言われてるのは猫どころか良くしつけられた軍用犬だ。って、人間相手にこの比喩はやめたほうがいいか。とにかく、紬が嫌ならオレが依頼する」

 弘美は射るような視線をぶつけてくる紬を無視し、新菜の方に歩み寄る。

「こんな姉だが、オレ自身の事は置いといて、妹には協力してやってほしい」

 弘美は恭しく頭を下げる。

「もちろんです」

 新菜も立ち上がって頭を下げつつ、はっきりと断言した。

 深い溜息をつく紬。

「これ以上抵抗しても無駄ですね……本当によろしいですね?」

 新菜の方に向けた目は、冷静で真剣な物に戻っていた。

「二言はないわ」

「では、もう少しわたしたちの事を説明します」

 紬は椅子に座る。その背筋は、元通りまっすぐになっていた。

 超能力者のトラブルは、元締めが解決するのが基本だ。しかし、土地の守護者人数は地域に一人である。当然、一人でこなせる量には限りがあり、また大きさにも対抗できなくなるラインが存在する。

 そのため、従者を常に置き、トラブル解決に奔走するが、それでも完全にすべての問題に対応はできない。

 例えば今なら、相手となる犯罪グループがいつ、どんな次の手を打つかわからない。

 このような人手や実力を要求される場面で重用されるのが、弘美のような存在だ。彼女は紬たち各種守護者やセレナのような従者とは違い、フリーランスとして全国各地で問題解決に携わる。東奔西走、そこらじゅうを渡り歩く事で生活を成り立たせるため、これを季節によって住処を替える事に例え、渡り鳥と呼ぶ。

「ま、オレは自分の家が優先だ。ココらへんの自由が効くのが渡り鳥の利点さ。緊急事態には優先して動ける人間がいれば役立つから、他の奴らもそれなりに贔屓の相手がいたりするもんなんだが」

 紬の説明に軽く付け足した弘美は、次いで新菜に自制を促す。

「ま、要はこーいう事の専門家ってわけだ。ほんとに猫の手も借りたいところなのは確かだが、紬が言ったとおり無茶はするな。つっても、殴り合いになった時に身を守れとかそういう話じゃない。自分の生活を優先しろって事」

 新菜が頷くのを見て、弘美はにやりと笑う。

「よし。普通の生活と両立して出来る限りの手助けをしてくれりゃ、オレたちはその分世の中から外れてる部分をきっちり活かせる。元よりオレとセレナは超能力絡みだけで食ってるが、それでも頼める部分を頼める相手が多いのはありがたい。助力に感謝するぜ」

 弘美が右手を差し出し、新菜は手をにぎる事で答える。

「やれるだけ、やってみます」

「オーケー。何が出来るかの判断はこっちでもしていくよ。胸はって『任せる』って断言できる事だけを任せるさ」

 ガッチリと握手する二人に置いてけぼりを食った切絵は、

「あの、そういうことでしたらわたくしも……」

 気圧されつつ、自分も助太刀に立候補したのだった。

次回は1月6日更新予定です。

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