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超能力の守護者  作者: プラナリア
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第八話 一閃と札束

 さて、と新菜は広がった空間を見渡す。昨日とは一転、曇り空の荒れ地だ。平坦な地面に石がゴロゴロと転がっている。

「急ぎますよ。後について来てください。遅れたら置いていきます」

「わかった」

 走りだす紬と、それを追う新菜、セレナ、切絵。

 切絵はその姿を青い和装に変え、腰に日本刀を佩いていた。

 新菜はその姿をチラリと見て、紬の背中に視線を戻す。

 ――切絵らしいわね。これなら、あたしよりも力になれるはず。

 切絵の家は居合剣術を教えていて、彼女もそこの門下生だ。剣の扱いには慣れている。

 全力疾走を始めてから十秒足らずで、新菜は三つの気配を感じる。

「来やがった!」

 直後に聞こえた声は、

「あ、さっきの……」

 ニット帽の男の物だった。

「う、何で四人……って、てめぇはそっち側かよ!」

「それはこっちの台詞よ! 人の親切心に漬け込んで!」

「何の話だ!」

 新菜とニット帽がごちゃごちゃ話している中、

「これが現実ですよ。理解いただけましたか?」

 紬が鎌を男に振り下ろす。

「あっぶね!」

「嫌ってほど納得したわ……」

 男が慌てて鎌をかわす様子を見ながら、新菜は苦々しく顔を歪める。

「警察に突き出せないんなら、せめてとっ捕まえるわ!」

 新菜がギリリと相手を睨みつける。

 ニット帽の男にガリガリに痩せた男、屈んで何かを抱えている女性の三人だ。

 新菜は瞬時に三人の得物を把握する。

 ニット帽はナイフを右手に持ち、痩せた男は両手に棍棒を握っている。女性は特に武器を携帯しているようには見えない。

 代わりに抱えているのは紙の束だ。クリップでまとめられた物を幾つか持ったまま、他の二人と違い慌てている。

 ――だったらまずは目の前の二人か。

「ソレーヌさん、フォロー任せていい?」

「かまわない。あと、セレナでいい」

 新菜は返事を聞くなり、ニット帽の方へ飛び込む。

 まずは右のトンファーを振り下ろす。飛び込む前から様子を伺っていたニット帽は腕で受け止めるが、とりあえず攻撃を通す事が目的ではない。通るに越したことはなかったが、一旦受け止めさせれば、今は十分だ。

 新菜は横目に痩せ男の方を確認する。切絵が刀の柄を手で握り、鞘を左で抑えつつジリジリと間合いを図っていた。

 新菜は左右と攻めを続けながら女の方も確認する。

 わたわたとしているうちに紬に間合いを詰められ、刃を突きつけられていた。

 ――分断成功ね。

 後は個々に倒していくだけだ。新菜は目の前の男の守りを確認する。新菜が上段を攻めているからか、両腕で思い切り頭部を守っている。

 ――視界まで覆ってるのは失策ね。

 新菜は冷静に、踏ん張るので精一杯なニット帽の脛を蹴り上げる。

「あがっ!」

 悲鳴を上げ、腕の力を緩めてしまう男。

 新菜はそのままニット帽のこめかみを右で払い、一旦引っ込めた左腕と振りぬいてから返した右腕で同時に男の脇腹をぶっ叩き吹き飛ばす。

 ――身体が軽いのは、超能力の恩恵かしら。

 いつもとは段違いに動けている自分を意識しつつ、新菜は吹き飛んだ相手に小さくジャンプして追撃を入れ、押さえ込む。

 地面に倒れたニット帽を抑えこみつつ、新菜は切絵の方を見る。紬は犯罪者を締めると言っていたのだから、こういう場にも慣れているはずだ。

 新菜は切絵のほうが心配だった。彼女も武闘派なのたが、それは普通の状態での話だ。

 切絵は抜いた刀を一つ二つと痩せ男に振りぬいている。が、昨日新菜が看破した通り、痩せ男の身体に傷は入っていない。

 よろけている相手を睨んだまま、刀を鞘に戻す。

 そして、滑るように間合いを詰めた刹那。

 白い光が痩せ男を襲った。

 切絵必殺の一閃の軌跡だけを、新菜がかろうじて目で追えた結果生まれた印象だった。

 痩せ男はばったりと倒れたまま立ち上がる様子を見せない。

「痛い、痛い、死ぬ……」

 気を張ったまま切絵の方に意識を向けていた新菜にギリギリ抑えこまれていたニット帽の苦悶の声に、新菜は自分の側に意識を引き戻される。

 ――いけない、隙だらけだった。

 新菜は尚の事抑えこむ腕に力を込め、紬が女を確保したと告げる頃には、ニット帽は死にそうな痛みにバイタルを完全に削られ、意識を失っていた。


 ◇◆◇


 ハイパースペースを抜けた一同は、コンクリート打ちっぱなしの部屋にいた。

 セレナが隅にあるダンボールから縄を取り出し、女とニット帽の男を縛って転がす。切絵に倒された痩せ男は、微動だにせずほっぽかれたまま床に倒れている。

 新菜は三人から気配も感じられない事に気づいて紬に問うと、彼女はあっけらかんとバイタル切れの結果だと告げた。活力が完全に切れ、その影響で気を失っている。そして、バイタルは気配の原因でもあるので、空っ穴になれば気配の発しようもなくなるという。

「起こすのは縛ってからです」

 セレナが縄を取り、痩せた男も縛っていく。それなりに普通の棚や机が並んでいる中で、ただ置かれただけのダンボールとその中に何本も縄がある状態は見た目にも浮いており、新菜は何のためにそんなものがあるのか一瞬困惑してしまった。

 が、マンションに連絡が入った事や、それを受けて手早く動きを決めた紬の事を思い出し、嫌な気分ながらも納得した。

 ――こういう手合が他にもいるってことよね。そりゃ手慣れるわ。

 セレナが淡々と仕事を済ませる中、紬は女性の持っていた書類を確認して、部屋にある金庫を開ける。番号を見るわけにもいかないので新菜が目をそらしていると、セレナが全員を縛り上げ、頭を小突いて起こしていた。

「予想はついていましたが、金庫は開けても金銭は無視して書類だけ取ろうとしたようですね。『秘物』狙いでしょう」

 紬は金庫を閉めてから、三人の方を見て言った。

「さーてね」

 目をそらすニット帽に、紬はつかつかと歩み寄る。

「殴ってみろ。警察に駆け込むぜ」

 睨みつけるニット帽。

「捕まえた上で殴っても意味はありませんよ。捕まえるために殴るだけです」

 紬は視線を意に介さず、ポケットから札束を取り出す。

「えー……」

 思わず困惑の声を上げてしまう新菜。マネーパワーをちらつかせる子どもの姿におもいっきり引いたのだ。

「とりあえず取引と行きましょう。あなたを雇います。知っている事を話してくだされば仕事の手付金をお渡しします」

「……『知ってる事』を話しゃいいんだな?」

「ええ。知ってる事『だけ』で結構です」

 身も蓋もないやり取りにうろたえる新菜をよそに、紬とニット帽の男は話を進めていった。

 ニット帽の語ったところによれば、三人は犯罪者が組むグループの仲間だという。今回はニット帽の元に、女と痩せ男を連れて事務所に忍び込むようグループのトップから依頼が入った。トップとは数回あっただけで、素性は知らないというニット帽だが、親密度の高いグループでもなければお互い素性を知らないくらいのほうがやりやすい、と紬は彼の証言に理解を見せた。

「で、具体的に何を狙ったのですか?」

「『秘石』ってやつだ。情報は何も見つからなかったけどな。……行っとくが本当だ」

「あなた方が漁った書類を調べれば本当か嘘かはわかりますよ。ご協力感謝します」

 紬は話を終える。

「で、何であたしに声をかけたわけ?」

 今度は新菜が詰問した。

「何も知らねぇガキなら適当にだまくらかせると思っただけだ。人数は多いほうがいい。最悪鉄砲玉ぐらいにゃなるかと思ってよ」

 悪びれずに他人を捨て駒にしようとしたと明かすニット帽に反感を覚えつつも、締める分には十分痛い目に遭わせているので、それ以上何をするでもなく新菜も話をやめた。

 セレナが三人を連れ出す間、新菜は紬にここが何なのか質問する。

「事務所です。超能力者の問題を片付けるための道具として、いくつかわたしの家でダミー企業を作っているのですが、そのうちの一つです」

 紬は答えて、新菜に登記簿を見せる。もっとも、新菜はそれが何なのか知らなかったが、証明になるものなのだろうとは理解した。

「家でいくつか企業を作るって……なんとかホールディングスとかそんな感じなの?」

「いえ……別に会社経営が主たる目的ではありませんし、繋がりを知られても困るだけなので持ち株会社制は取っていません。取り敢えず、あくまで法人格を持ち、特定の業務を堂々と行える建前さえあればいいので、わたしの家が持っているというのも少し違いますが……そのあたりの話はしていませんでしたね。事が事なので、今回の件も絡めて、一旦わたしの家に戻って説明いたします」

 紬の表情は少し固くなっていた。

次回更新は12/30金曜日予定ですが、翌日コミケにサークル参加するため自動投稿を利用する予定です。

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