第三十話 葡萄の髪飾り
新菜たちはハイパースペースを抜けるなり、病院へと駆け込んだ。
超能力者の治療自体はどの医者でもできるが、紬の傷は明らかに非常識なものであり、それでなくとも超能力者の身体異常の回復速度は常識の上をいくため、専門医――と言っても自身も超能力者で生態を知っている以外は何の変哲もない医者なのだが――の世話になる。
紬の治療を行った安藤外科医は、紬の言ったとおり、この傷は致命傷にはならず、バイタルが回復すれば平気だと診断を下した。
彼女の特異な超能力は生態の解剖・結合という代物で、所見を終えて手術として紬の傷をメスで閉じる彼女の手技を目をそらせずに見ていた新菜は、傷が本当に跡形もなく消えていく様にめまいを覚えた。
が、そのおかげなのか、紬は翌日にはピンピンした様子で立ち上がり、身の回りの事を一人で済ませるようになった。
身も蓋もなく言えば、見た目は腹部に裂傷があったとは思えない。が、見えないところには後遺症が残っていた。
バイタルの回復が見られない。
最後まで立っていた新菜はもちろん、弘美やセレナ、切絵も翌日には普段通りのバイタルに戻っていたのに対し、紬のバイタルはとても弱く、平時の五分の一にも満たなかった。
秘石使用の後遺症だと安藤女医は言った。
端的に言えば、バイタルに擦り傷が出来たので、バイタル自身の回復にバイタルを消費している状態だという。
例外的な事をすると大抵起こる事らしく、紬や弘美、セレナもそういうものだと気にはしていなかったため、新菜は自分も自分にそういうものらしいと言い聞かせ、新菜がやらなければならない事を済ませていった。
平然と学校に通いつつ、超能力者として夜を過ごして、それから一週間。
「入院とはいいものですね。学校に縛られず、残務を整理できます」
紬は安藤の発行した領収書のチェックを終え、かばんにしまう。
今日が退院日である。
紬は言葉通り、この入院の期間を残務整理に当ていてた。秘石に関する報告書、そして秘石の使用と、新菜自分の守護者に任命した事、新菜と切絵を徴用した事に関する是非の判断を受けるための上申書、並びに滞っていた普段の手続き、手助けを呼んだ絡みで発生した金銭のやり取り、更にそれらをキャンセルせず、事後調査に回ってもらったために上がってきた報告書のチェック、その他山のような書類仕事を全部病室に持ち込んで済ませた。
「ほんとに休まないで済むのね」
新菜も上申書を書いており、また、天道本家と紬の間に入り、せっせと必要なものを紬と天道本家に運んでいた。それには強い誠意を見せる事で、紬の各種行動の正当性を強く主張する狙いもあった。守護者の仕事として、紬の立場を守るために動いた形だ。
今日も最後の書類の持ち込みに来ており、ついでにと退院準備の手伝いをしていた。
仕事絡みの物が多かったため、纏めた荷物でボストンバッグ二個がパンパンになった。
「ではそちらを持ってください」
紬は軽い方のボストンバッグを指差す。
「体調が優れない人間が無理はしないの」
新菜は手を降って拒否し、重い方のボストンバッグを手に取る。
そんな新菜に、紬が眇めた目を向ける。
「回復しているんですけどね」
紬もボストンバッグを一つ持ち上げる。
二人は超能力者だ。
バイタルが完全回復した紬と、元より傷を追わずに終わった新菜にとっては、ボストンバッグ二つは大して重いものではない。まとめて運ぶのも朝飯前だ。
しかし紬は、新菜に手助けしてもらう事を選んだ。
新菜にかつて言われたとおり、荷物を減らしたのだ。
自分の守護者となった、新菜に任せる事で。
「長かったですね。結局二週間かかりました」
「おかげで、この身体にもなれたわ」
新菜は首を回す。二週間でそれなり以上に疲れを感じていた。
――あれだけ動いた結果が「結構疲れた」って事自体、この身体の変化のおかげよね。
自動ドアをくぐると、短い新菜の髪の毛が風にふわりと踊る。
耳の近くの髪をまとめる、金色の葡萄の髪飾りが一緒に舞った。
天道家の家紋であり、天道家に守護者として認められた者が渡される、超能力者にとっての名誉の証である。
――ま、そのおかげで紬の力になれたんだから、良い変化よね。
新菜は紬と二人、新緑の見え始めた桜の下を歩く。
どちらが前でもなく、同じ場所に並んで。
完
これにて完結です。ありがとうございました。




