第三話 元締めと生活
新菜に締め上げられていた袖を直した紬は、涙目のまま落とした鎌を拾い直す。
「取り敢えず超能力の説明に戻りましょう。ハイパースペースなら被害も出ませんし、何より現実でバンドをしていない状態と比べても遥かに簡単に超能力を発現させられます。やってみてください」
目元を拭った紬は、完全に新菜に襲いかかる前の状態に戻っていた。本当にケガはしないらしい。新菜は恐怖を覚えたが、それなら確かに爆発の被害も出ないだろうと頭を切り替える。
「うーん、あの時の感じだから……」
新菜は静かに少し離れた場所にある草を見つめながら、ギリリと目に力を込める。
文字通り眼筋を使うというよりは、睨みつけるイメージを更にはっきりとさせる感じだ。
意識の焦点が睨んでいる視界の焦点と綺麗に重なった頃、バンという音とともに草が爆散した。
周りの土を盛大に抉り、草そのものはどうなったのか全く伺えない状態になった。
新菜は呆然と抉れた土を見る。何分、自分がやったという実感があってもあまりに不自然な現象だ。
「威力は高い。実戦的」
セレナが端的に褒めるが、正直新菜はこんな事が出来てもどこで実戦的だと実感できるのか少し想像がつかなかった。
「万一襲われても、それだけ力を扱えれば大丈夫ですね」
紬の言葉に一瞬納得しかけて、新菜はより大きな疑問に気付く。
「いや、待って。そんなに襲われるものなの? しかもここで?」
「それなりには襲われます。その服装になったのがその理由です」
紬は鎌の柄で新菜の服を指す。完全に指示棒の使い方だ。流石に刃でないのは、さっきの反省だろうか。
「超能力は、比較的攻撃に用いやすい傾向があります。あなたの得意な能力も、攻撃に適しているとは思いませんか?」
「そりゃね。工事現場でダイナマイトの代わりに使ったほうが建設的だと思うけど」
「それはそれで破壊的な気がしますし、超能力の存在が知れてしまいます。こんな攻撃的な力が存在すると知れればわたしたちはどうなるか、想像がつきませんか?」
「確かに、他の人にどう思われるかとかはあるかも。それに、今使ったらあの事故の原因があたしって事がバレちゃうもんね。……でも、正直言うと、運転手さんとか周りの人に悪いなって思うの」
新菜の深刻そうな顔に、紬は諦観のため息をついた。
「それなら安心してください。普通なら事故で処理されるとは先ほど言いましたが、わたしたちもそうなるように根回しします。警察への電話も110番ではなく、警察にいる超能力者に直接しました」
ああ、と新菜は納得する。自分の知らないうちに自分の知らない理屈を元に動くように言われたのだから、指示に疑問を持ったのも当然だ。
通報者、という言葉でやたらと噛んでいたのも、今からすれば紬と、把握していないはずの通報者の名前を普通に呼びそうになって言いかけてごまかした結果だと考える事が出来る。
――だとすると、忍び込ませるには少し間抜けって事になっちゃうけど。
「移動するよう指示させたのはわたしのほうですが、それが実行出来た理由は、警官が半分はこちら側の人間だったからです。もちろん、あなたがカミングアウトしない代わりにそうしてくれというのなら、周りの人に悪い影響が残らないように取り計らいますよ」
紬のフォローを受け、いらぬ気を使わせてしまったかと新菜は気付く。
「ごめん。出来るのならそうしてもらえると気が楽、かな」
再び溜息をつく紬。今度は少し呆れの色が見える。
「取り敢えず、超能力者に襲われたら習っているという空手とその超能力で逃げに入ってください。並の相手なら太刀打ち出来ないでしょう。というか、わたしも少し難しいと思います」
「うん。やれるだけやってみる」
どうにも武闘派な褒められ方に、新菜はさっきと同じ苦笑いを見せた。
紬もそれ以上新菜の実力についてなにか言うつもりはないらしく、気を取り直したように再び物騒な指示棒で新菜の服を指す。
「さて、話を戻しますが、その服はバンドの機能を拡張させたものです。超能力の管理や応用、特にそれを利用した戦闘に非常に適していますので、私たちはこの服をバトルシルエットと呼んでいます。セレナも言っていましたが、自我や攻撃性との関係も強いので、いわば意識の一部のように自然と扱えるはずです。また後日お教えしますが、とりあえずそれを身につけて道具をしっかり使えば、戦いで危険はないでしょう」
「今日教えてもらったほうがいいんじゃない? 一応それなりに襲われる可能性があるなら、それがこの後すぐだったりするかもしれないわけよね?」
新菜の言葉に、首を横に振る紬。
「いえ、別の問題があります」
「何?」
「ハイパースペースに滞在していられる時間には制限がありますので」
紬の言葉に合わせるように、世界が再び光に包まれる。
◇◆◇
気が付くと、新菜と紬は和室に二人で立っていた。
椅子は元通りダイニングテーブルにあり、セレナはそこに座って一人ダイニングにいた。
――思ったほど動いてなかったのね。
時計の長針はハイパースペースに移動してから五つ横にずれていた。
午後五時四十七分。
新菜はそろそろ帰らないと家族に怒られる。
「さて、あまり長く拘束しても迷惑でしょう。あと四つ話して今日は終わりとします」
紬はダイニングに戻りながら新菜に言った。
小休止――主に紬と新菜の――としてセレナが出したお茶を飲み、紬が話を始める。
「わたしはこの土地の守護者を担当しています。セレナはわたしの従者。つまり部下です」
ふんふんと頷く新菜。
「超能力者の管理者ってとこ?」
「そうですね。大元として管理して締め上げるので、元締めとも呼ばれます」
「締めあげるんだ……」
新菜の言葉に、偉そうに少しだけ胸を張る紬。
「ええ。超能力が公になったら洒落になりませんので」
「じゃ、あたしは締め上げられるために呼ばれたわけね」
「いえ。管理の方です。わたしたちは指導の方に重きをおいています。未然に防げさえすれば、締め上げる手間は省けますから」
紬の行動と口ぶりからすると、さっきの戦いは指導の一環らしい。確かに最中の会話はその目的に沿っていると言えなくもなかったが、果たしてどれだけ効果があるのだろう。
そんな新菜の疑問の表情に、紬は半目で返答した。
「言っておきますが、一発叩きこんだら終了でしたよ? ケガをしない事を肝に銘じてもらえればこちらの目的は達成なので。あそこまでこじれるとは思っていませんでした」
「口頭で伝えればいいじゃない」
「お互い有効打の一つも入れられてないのに平気だと判断できるほど理解が及ぶ方はそういませんよ。実際に襲われた時、知識だけでは対応しきれなかった結果被害が拡大した例が過去にいくつもあったんです」
「なるほど」
新菜はなんとなく納得する。
刺された! と思った時、もう無理だ、と思って判断を鈍らせれば更にやられる事になる。普通の事件でも逃げれば被害だけは小さく済んだという話は聞く。それらはあくまで結果論でしか無いが、一回刺されて傷を負わないというのが大前提ならば逃げたほうが被害を避けられる可能性は当然高くなる。
「で、何でその説明が後回しなわけ? 先に言ってくれれば話が早いのに。無駄に凌がないで一発試しに受けるだけで済んだし、あなたも確認ついでに腕を捻られたのはただの損でしょう?」
「なるべく襲われるのと同じ状況を作りたかったんです。避難訓練と避難は趣が違ってきますよね? 避難訓練でパニックを起こさないのは、目的が訓練である事を知っていて、同時に避難すべき問題が起こっていない事を知っているからですが、そのせいで実際に問題に直面することでパニックを起こす事例が発生します。わたしが超能力者の管理指導を受け持っていると明かすタイミングをずらすだけで、訓練であるという前提を薄める事が出来ます。これで、実際に襲われる状況を疑似体験できるわけです。あなたにはいらない配慮だったようですが」
――普通いらないと思うけど……。
先例があると言われると、そう思っても反論できる自信はない新菜だった。
「さて、次の話に移りましょう。わたしたちに共通する特質についてです」
「超能力が使えると出来る事、みたいな感じ?」
「ええ。例えばバンドが巻けるのは超能力の影響といいましたが、その根底にあるのは超能力の特性の現れです」
紬が指で空中を指し示す。新菜は一瞬何かあるのかと思ったが、彼女が指先をくるくる回し始めるのを見て、どうやら先の鎌と同じように説明の時は何かを振るのが彼女の癖らしいと解釈した。
「これは他の超能力者に感じる気配の元でもあり、超能力を発揮する事自体にも必要なもので、我々はバイタルと呼んでいます」
「活力の意味」
紬の口にした単語の意味を即座に補足するセレナ。さっき新菜がセレナの口にした言葉の意味が理解できなかった事を受けて、意味のある単語はちゃんと意味を明かさねばと思ったらしい。
「生命って意味なら聞いた事があるけど」
「どちらも正解です。取り敢えず、この場合はどちらの意味もある程度含みます。バイタルは超能力者の活力であり、生命に根ざすものです」
「じゃあ、それがあるから超能力者は生きてるって事?」
「そこまでは行きません。超能力者『として』生きるのに必要なものです。体力のようなもので、枯渇すると超能力が発揮出来なくなります。ハイパースペースで切られてもケガをしないのは超能力の影響なので、バイタルが枯渇するのは危険です」
「枯渇、って言うけど、そもそも増えたり減ったりするの? 生命って」
「普通に生きている場合とは少し話が違いますね。バイタルは諸々の理由によって弱り、やがて枯渇します。と言っても減少の理由は大抵攻撃を受ける事なので、トラブルに巻き込まれなければ気にする必要はありません。回復も睡眠で済ませられますので、危険な時に意識する必要が発生する程度の代物です」
「じゃ、毎晩寝なきゃいけないってわけか。あと、夜中に襲われでもしたら危ない」
紬は首を横に振る。
「いえ。さっき言いましたが、減少の理由は大抵攻撃を受ける事です。普通に活動している分には、バイタルが身体を補うため、睡眠さえ不要になります。超能力の一番の恩恵は、この睡眠を取らずとも生活できることにあるといえるでしょう」
目を眇める新菜。
「え? それって滅茶苦茶生活リズムが壊れない?」
「壊れますが平気です。休憩不足や睡眠不足、栄養不足の影響がバイタルにだけ出る形になりますから。なので、一日一食、睡眠は二時間ほど取ったほうが健康にいいです」
「おもいっきり不健康な生活じゃない、それって」
新菜は渋い顔をする。紬の話は、典型的な体を壊す生活である。
「超能力を持たない人から見れば、ですけどね。まあ、生活サイクルは自分で掴んでみてください」
紬は平然と言ってのけた。
「取り敢えず、特質の話はこの程度でいいでしょう。次にわたしたちの連絡手段の話です。超能力者がただいるだけであれば別ですが、わたしが管理している、というように超能力者同士には繋がりが存在します」
セレナがテーブルの脇の棚からスマートフォンを取り出す。
「その繋がりを維持するのに使う連絡用端末。持っておいて損はない」
新菜はじっくりスマートフォンを見る。普通の携帯端末で、変わった点は見られない。
「……いくらなの?」
「取り敢えずただです。端末は持っていてもらえれば管理が楽なので、代金は必要経費としてわたしたちが持ちます。というか、持っていてもらう事がこちらの利益になるので、お金を持ってないからと端末を所持してもらえないのはわたしたちが困ります。意地でも受け取らせます」
「有無を言わさないのね。首輪をつけられた犬みたい」
「考え方は似たようなものですね。管理者から被管理者へ課す法定外の義務です」
法定された義務があるのかと突っ込みたくなった新菜は、同時に超能力者を対象にした法律があったら、超能力者がいると皆が考えると一人納得し開きかけた口を閉じた。
「あと、口外の厳禁も課します」
「さっきは努力目標みたいに言ってた気がするけど……まあ、寄ってたかって超能力者に襲われるよりはマシよね」
新菜の言葉に、紬はニヤリと笑った。
「襲うよりはクレバーな手段で潰しに行きますよ。あくまで超能力者だと口外する事に関してだけですが」
「了解。流石に堂々とは言えないわよ」
新菜は肩を竦めて端末を手に取る。説明書の入った箱を入れたビニール袋が、さらにセレナから手渡された。
「あ、どうも」
「通常の通信網は利用せず、超能力を遠方へ飛ばす専用線を利用する。通信料はかからない。動力は超能力。充電不要、超能力者以外にデータを見られて超能力が露見するリスクも低い」
「なんだか、普通に成立してるのね、超能力者の社会って」
「でなければ、わたしたちはとっくに散り散りで、わたしの仕事が成立しませんよ」
紬は今度はニッコリ笑った。どうやら驚きが強いのは新菜だけらしい。
――あたし一人が新入りなんだから、当然か。
「さて、手早く済ませられるのはこのくらいです。後は明日話をしましょう」
「わかった。明日の午前は学校で用事があるから、午後からでいい?」
「構いません。ところで学校はどちらですか?」
「泉行中学校だけど」
新菜の言葉に、紬はピクリとする。
この辺りは泉行中学校の学区である。私立の名前が出て驚かれるなら多少はわかるが、公立校で驚かれるとは想像だにしていなかった。
「どうしたの?」
「いえ、高校生だと思っていたので……」
「ああ、そういう事ね。よく間違われるわ」
新菜は高校生どころか、大学生に間違われた事もある。身長が高いのが一番の原因だ。
「しかし、泉中ですか……」
「どうかしたの?」
「いえ。今度わたしも入学するので……」
急に歯切れの悪くなった紬を、新菜は訝しんだ。
紬はそれに気づき、慌てたように話を進める。
「詳しくは明日話しましょう。明日の午後でいいですか? 時間は一時がありがたいです」
「午後は予定がないから、それでお願い」
両者合意が取れたところで、紬が立ち上がる。
「では、今日はこれで解散にしましょう。さっきの一戦で多少疲れてると思うので、家で休んでください」
「ありがとう。じゃあね、天道さん」
「紬と呼んでください。敬称はあまり得意ではないので……呼ぶ人は呼びますが」
「わかった。じゃああたしも新菜で」
玄関で頭を下げ、新菜はエレベーターの方へ向かう。右手には端末の入ったビニール袋が下がっていた。
次回更新は11月25日予定です。