第二十二話 趣味とフライトと怒声
「うわ、凄い……」
新菜はドアを開くぐるなり、目を見開いた。
勉強机とベッドは普通だったが、その横のサブデスクとPCテーブルが言葉通りの状態だった。
サブデスクには、複葉機からジェット旅客機まで、様々な飛行機のプラモデルが並んでいる。
PCテーブルには操縦桿が据え付けられており、その周囲にも入力デバイスがいくつも置かれていた。
「もう少し時間をかけられれば、見栄えもするものになるんですけどね」
紬は丁寧にプラモデルを持ち上げる。複葉機の形は新菜も見覚えがあった。
「学校で見た気がする。最初の飛行機だっけ?」
「ライトフライヤーです。わたしの目から見ると機構が独特なので、とても楽しんで作れました。作業は大変でしたし、わたしの作り方が悪いのか、壊れやすいですが」
ディスプレイ用の台座に戻されるライトフライヤー。細かいパーツの多さから、詳しく知らない新菜でも紬の苦労が忍ばれた。
「こちらは……ゲームですか?」
「普通のパソコンとしても使えますが、もっぱらフライトシミュレーター用です。セレナもパソコンを持っているので、相談の上こちらはシミュレーターに特化させています」
にこやかな笑顔を見せながらパソコンの方に寄っていく紬。
「他の用途を犠牲にする以上、出来るのならコンソールは単一メーカーで揃えたかったのですが、会社毎に出している種類が違うので、上手く行っていません」
デスクの上の電卓のような機械を指差す紬。言われてみると、並んでいるものに統一感がない気がしてくる新菜。もっとも、こういうものなのだと言われればそれで納得できる気もしていたのだが。
「じゃあ、フライトシミュレーターでそれ全部使うの? 確か神浜の科学館にそんな感じのあったわよね?」
「あれはまた作りが違うので比較できませんが……ちゃんと連動するものだけをつなげています」
「じゃあちょっと見せて貰えない? 面白そうだし」
新菜の顔も興味で明るくなっていた。
「いいですよ。あまり面白みはありませんが」
紬は謙遜しつながらも楽しそうな笑みを浮かべ、パソコンを立ち上げた。
OSの起動を待ち、フライトシミュレーターを起動させる。
紬は地図が表示された画面を出しつつ、読み込みの合間を縫ってパソコンの脇からB6の本と地図を取り出す。
「何するの?」
「フライトプランの作成です。今日は簡単なものにしましょう。出発経路、巡航経路、着陸経路をこの本で調べて、その間の想定経路を航空地図上でチェック。最低高度等を検討した上で航路を決定し、これらをフライトプランの項目に入力して……」
紬ははっとして後ろを振り向く。二人が顔をポカンとさせている。
「失礼しました。取り敢えず、前回作ったものを使ってみましょう」
紬は保存ファイルを読みだすと、画面上の地図に線が現れる。
線は空港から出てくるりと回り、若干大回りするようにして北上、やがてまたくるりと回転して途切れる。数字もたくさん書かれており、新菜は理解が追いつかなくなった。
「これを……手作業で作ったわけ?」
「ほとんどソフトの機能ですよ」
紬が画面をクリックすると、画面表示が変わる。飛行機の計器越しの空港が表示され、スピーカーからエンジン音が響き、同時にデバイスに光が入る。
紬は座り直し、左から右に視線を走らせ、デバイスの状態を確認する。
「さて、行きましょうか。しばらく地味な作業が続きますが……」
紬は言いながらスロットルを動かす。エンジン音が大きくなり、機体がゆっくりと前に動く。
「こっから飛ぶの? 滑走路めちゃくちゃ短いけど」
「無理ですよ。滑走路まで移動します」
「確かに、飛行機は出発前に地上を走りますわね」
切絵は飛行機に乗ったことがあるため、なんとなく理解した。実際に操作している紬も同じだ。新菜は飛行機に乗ったことがないため詳しくはわからないが、二人の言葉で理解に至る。
「そんなところから始めるんだ。ほんとに本格的ね」
「かなり簡略化してますが、もっと通常のフライトに沿った手順も踏めますよ。あくまでもシミュレーターですので」
細い道を曲がりつつ、一際太く長いアスファルトの前で停止する画面。紬はキーボードを操作しつつ、英語音声が流れる合間を縫ってデバイスもいじる。
「あと少しで離陸です」
二人の方を見る紬。新菜の目は画面に釘付けだったが、切絵の方は若干飽きが見えた。
「退屈でしたら、切り上げましょうか?」
「お気遣いなく。もういいと思ったなら、席を外させてもらいます」
「離陸した後はもっと退屈なんですけどね。特に傍から見ていると」
切絵と会話しつつ、飛行機を滑走路に侵入させる紬。
「離陸許可が出ました」
言うやいなや、スロットルを全開にする。エンジンの音はいよいよ大きくなり、画面の景色も加速する。
速度が上がったところで、操縦桿を少し引く紬。景色が揺れ、下へと消えていく。
「あ、飛んだ飛んだ!」
「あのまま地上を走ってどうしますの……」
無邪気にはしゃぐ新菜に、切絵は呆れた顔を見せる。
他方、紬は画面を注視しつつデバイスをいじる。操縦桿を回しつつ、何やらダイヤルで数字を合わせている。
「何してんの?」
「フライトコンピューターとオートパイロットの設定です。機体の大まかなコントロールはそれに任せます」
「へぇ。じゃあ跳んでる間は手間なし?」
「そうでもありませんが……おそらく新菜さんが想像されているよりかは遥かに作業が減ります。のんびり出来ますよ」
新菜は話を聞きつつ、色々なデバイスに目を光らせ、これは何なのかあれはどういうものか等々首を突っ込んでいく。紬は段々と丁寧な、詳しい話に入っていく。
「少し席を外しますわ」
切絵はついについていけなくなり、宣言通り席を外す事にした。
飛行機は巡航高度に上昇し、航路も北北東、まっすぐのルートに入る。紬はたまに無線をポチポチ弄るだけになった。
「今のは何?」
「管轄の管制塔が変わるので、その連絡を」
「場所ごとに変わるんだ」
「はい。旋回操作に興味が行っていて気づいていらっしゃらなかったようですが、離陸直後にも空港の管制から関東の管制に切り替えました」
「へえ」
新菜はしげしげとパソコンの周りを眺め直す。思いの外、興味をくすぐられていた。
「ねえ。良かったら今度教えてよ。学校生活に慣れてからでいいから」
「いいですが……それよりご自身の事を考えた方がいいと思いますが?」
「学年が上がるだけだから変わらないわよ」
紬は溜息をつく。
「守護者になっていただく以上、忙しくなってしまいます」
「そんなに大変なの?」
「審査の方は新菜なら失敗はないと思いますが、その後にもいろいろと覚えて、動いてもらいますから」
うーん、と新菜から唸り声が上がる。
「そうよね。わざわざ試験まで受けるんだから」
「荷物を分けてほしい、と言ったのはあなたですからね」
「もちろん。じゃ、お互い落ち着いたらで」
「それならいいですよ。こっちは案外簡単です」
「楽しみにしてる」
二人が笑い合い、画面に視線を戻す。
「さて、ここからは少し景色を見ていきましょうか」
紬は新菜の方を見て、キーボードを操作する。
視点が機外に移り、地面が見える。建物は多くないが、これは処理の関係やソフトの作り込みの問題だという。プレイする上での実害はあまりない。
「さて、では――」
次の話題を紬がふろうとした時、不意に二人を悪寒が襲う。
ダイニングで端末が起動したらしい。
話を中座させ、しばらく様子を伺っていると、
「お前それじゃ意味ねーだろ!」
リビングから弘美の怒声が飛んで来た。
次回更新は4月14日金曜日予定です。
4月7日更新:サブタイトル表記が他話数と異なっていたので修正しました。本編に変更はありません。




