第二十一話 訪問と叱責
切絵が紬の家の電話に連絡すると、ピンと張り詰めた声が帰って来た。
端末を使わなかった理由は、新菜が端末を起動する時に覚える悪寒を嫌ったからだ。自分の体質が特異でないかぎり、紬も切絵もそれを感じるはずだ。通常であればそれでも端末で連絡を取ることになっているのだが、今は緊急事態の最中である。何かあったのかと思わせてしまって、余計な負担をかけるようなことはしたくない。
『重ね重ね済みません。それもこちらの不手際です』
紬は丁寧に詫び、これから時間を取って指導を終わらせておきたいと申し出てきた。
「本当は確認だけのつもりだったんだけど、確かに時間がある時に済ませておいたほうがいいわね。じゃあよろしくお願い」
『はい。こちらの不手際で休日を潰すことになってしまい、申し訳ございません』
自分の考えを伝えつつ承諾する新菜に、紬は更にお詫びの言葉を重ねる。
「そこまでかしこまらなくてもいいわよ。切絵と話す予定が、三人で話す予定に変わったようなもんだし、大丈夫」
新菜は電話口でニカッと笑う。表情の見えない受話器越しの声でも新菜の思いは伝わり、電話口から紬の安堵の息が少しだけ響く。
「場所はそっちに出てったほうがいいわよね?」
『そうですね。では、お待ちしております』
携帯を切った新菜は、切絵と共に言い訳を考え始める。
特に工夫をするつもりは互いに無かったので、単純に遊びに行くと言い訳する事は早々に決まった。
どこに行くかぐらいは先に決めておいたほうが話を合わせやすく、切絵と紬の面識を切絵の家族が知っている事から、切絵の友人であり新菜とも知り合いである紬の家に出向くと素直に伝えると決め、二人は切絵の母に出かける旨を告げる。
新菜は切絵と共にマンションへと歩いていく。
経路にはマーケット近くの信号が含まれている。
先日の事故の痕はほとんど綺麗に片付けられ、所々に黒い焦げた痕が残るだけになっていた。
――当然だけど、こうなっちゃうとあんな事があったって気がしないわ。
新菜は青になった横断歩道を渡りながら思った。
紬のマンションに入った新菜を待っていたのは、弘美による説教だった。
「テストするって話だったろ? 説明も終わってないのはまずいだろ」
怒り顔で紬に言って聞かせていた弘美だが、新菜たちに気づき、振り返って笑顔を投げる。
挨拶をしつつ、新菜はその顔から意図を察する。
「疲れてるんじゃない? ずっと頑張ってたでしょ」
「だな。取り敢えず重てぇ話はここまでだ。後は説明を終わらせて休め。オーバーワークなんだよ、大体」
新菜のアシストをもらった弘美は紬にも明るい顔を見せ、叱る口調は諭す口調に変わる。
「新人が来たってだけなら問題ない。新生活が重なっても、切り分けて対応できるはずだ。でもそこに事件まで絡んできたら、流石にリソースを大きく食われて何かしら疎かになる。それ自体は仕方ないさ。ここまで重なったら完璧にこなせない守護者だって多い。ただな、そういう時のためにオレ達がいる。両手が埋まってたら新しいもの持つのも苦労するだろ?」
「はい」
紬は下を向き、かなりしょげていた。
「ま、気を取り直しましょ。今はリカバー」
新菜が紬の肩を叩く。
「済みません。でははじめましょう」
「んじゃ、オレたちは監視に戻るぜ」
弘美はコーヒーを淹れにキッチンに行っていたセレナに声をかけ、リビングへと移動する。
新菜たちはダイニングに残り、セレナに入れてもらったコーヒーをすすりながら話を始めた。
「では、最後のカリキュラムです。と言っても、口頭での説明のみですから、簡単にすみます」
紬は膝に手を置き、新菜の顔を見た。
最後のカリキュラムは三つだった。それぞれはさして難しくない。単なる説明だ。
一つ目。土地の守護者の権限。
土地の守護者は、地元の超能力者を守り、管理する。そのため、強権を個人で発動する事が出来る。例えば、今の新菜たちの立場は問題ではあるものの、最終的にはこの強権による徴用という扱いで、それ以上の問題にはならない。本人の承諾が必要な物が多いが、強制的に何かを取り上げるというような文字通りの強権を発揮する事も少なくない。問題の対処に必要であればあるほどその発動要件は軽くなる。揉め事を封じ込めるのが土地の守護者の勤めだからだ。
続いて、守護者の上、大家に相談すべき事柄。
各守護者はどこかしらの大家の下についている。例外的に独立した人間が守護者に就いている場合は身柄を何処かの大家が預かり、この代わりを務める。
大家がバックに付いて果たす役割は、主に守護者に信用が置けない場合の受け皿である。例えば自身を巻き込んで犯罪を起こしていると疑う場合などが当てはまる。また、守護者が動けない緊急時には大家が業務を一部代行するため、大家へ直接連絡を取る場合も生まれる。
これらの場合には、普段超能力者同士の仲介を業務の一つとする土地の守護者の権限を無視して、仲介をヘずに大家へ連絡をとる。緊急時のバックアップなのだから、当然問題にはならない。
最後に、連絡先について。
通常、端末を用いて連絡を行うのが超能力者のしきたりであり、外部に漏れる事を恐れる超能力者にとっては必須といえる「取り決め」に近いものだが、当然不可能な場合は幾つも出てくる。今回のように、負担や不安を避ける事態も無いわけではない。
手段は普通の電話やメールで良い。超能力を使って端末を起動できない状態などが想定されるため、超能力を必要とするものはバックアップとしては十分ではない。特殊なものは用いないほうがいい。
新菜と紬は電話番号を交換した。お互いの携帯だ。念のため、紬の家の電話番号も新菜に伝えられた。
「携帯の番号くらい、最初に交換しちゃえばいいのに」
新菜の疑問に、紬は困ったような顔を見せた。
「一応、信頼してもらえるかは未知数ですので。今の状況を思うと、確かに順序が逆でも問題なかったでしょう」
「現状が例外なのですわ。大きな事に唐突に巻き込まれた時、普段通りの対応は時に最善と言い難くなります。新菜も、急に超能力を告げられて、そのまましっかりとした説明もなく電話番号を聞かれたとしたならば、警戒はなさったでしょう?」
切絵がフォローに入った。新菜は難しい顔を見せる。
「まあ、信頼できなかったらそうよね。信用しちゃった時点でなんとも言えなくなっちゃったけど」
「取り敢えず、説明カリキュラムは以上で終了です。後は、端末か携帯に連絡をくだされば対応します」
「直接訪問はだめ?」
「ええ。先日、マンション近くに現れた超能力者を察知した監視装置は、基本的にわたしとセレナ、そしてわたしたちがつれている第三者のみをフィルタリングします。姉さんでもこちらから来てもらうようお願いしたり、先に連絡を入れておいてもらわなかったら引っかかりますし、現状ではお二人も通常はフィルタの対象外になっていますので、来るとわかった段階で一旦警報のスイッチを切っています。今後の状況がはっきりするまではフィルタリングの設定にまで手が回りませんので、先に連絡が可能であるかぎり、そちらを優先させていただけると幸いです」
「了解。アポくらいはとっといたほうがいっか」
新菜の言葉に目を眇める紬。まるで、最初から答えに想像がついていたような言い方だったからだ。
「では、何故聞いたんですか?」
「確認よ。連絡取っていい、って事になって、ついでに親しくなったら遊びにくることぐらいならありえなく無いでしょ?」
「そもそも、親しかったらですけどね」
紬は目を眇めたまま、ため息を付いた。
「いいじゃねーか。親しくなりゃいい」
リビングから弘美の声が飛んだ。弘美はダイニングと逆、ベランダへ出る窓の方を向いていて、表情は伺えない。
「そうね。一緒に休みを楽しみましょうか。紬は何か趣味とか無いの?」
新菜に促され、紬は少し目元を緩める。
「たしなむ程度ですが、それなりに」
三人は紬の部屋へと歩いて行く。
リビングからは、気を抜くなとたしなめようとするセレナと、それを諌める弘美の声が聞こえた。
次回は4月7日更新予定です




