第十九話 肩の力と荷物
夜、新菜は部活動説明会で疲れたからいつもより早めに寝ると両親に告げ、布団の準備を整え、偽装を施す。
普段着を着て、ハイパースペースを歩いて紬のマンションに入る。
数日前、新菜が初めて監視についた夜と同じ白い空間に、紬が立っていた。
「バンド、外してないの?」
「いつでも動けるようにするのも仕事のうちです」
昨日の弘美と真逆の回答に、新菜はなるほどと納得した。言われてから見たせいもあるが、紬の緊張感がとても強いのがわかる。
「取り敢えず、戻りましょう」
「わかってるわ」
新菜は意図的にバンドへ注がれるパワーを抜き、紬のマンションのダイニングに出る。
テーブルの上には何もない。リビングの電気は消えており、蓄光塗料で塗られた時計の針が十一時を指している。
「紬は何かしないの?」
「何もしません」
戻るなりリビングのテーブルについた紬は、背筋を伸ばして警報機を見つめている。
ただ隣にいるだけで、新菜はピリピリとした緊張感を覚えた。
「大丈夫?」
「問題ありませんが……何か?」
ピリピリしたままで返答する紬。
――重症ね。
いつもの紬も真面目に見えたが、監視に入るとここまで硬くなるのかと思った新菜は、彼女の責任感の強さを痛感する。
新菜もまた責任感が強い。当人に自覚はあまりないが、結果としてピリピリする事は何度かあり、その経験が他人の責任感の強さに反応する下地を作っていた。
「肩の力、もう少し抜いたら?」
「楽観的ですね。終わったと決まっていない以上、力を抜く道理がありません」
新菜は思わず苦笑する。
「別に終わったなんて思ってるわけじゃないわよ。力が入り過ぎてるんじゃない? って言いたいの」
紬は思い切り目を眇める。
「そんな余裕はありません」
「あるでしょ? あたしが一緒に監視してるんだから」
紬は目を見開く。
「それはわかってますよ? 何が言いたんですか?」
新菜はため息を付いた。
「あのねぇ……そんなに気張ってたら二人一組にしてる意味がないじゃない。あたしにだって警報を聞き分けるぐらいは出来るわ。肩の力は背負ったものの重さに比例するの」
これは単なる新菜の持論だ。軽い緊張でも肩の力が入る事はままある。しかし、緊張している人間は、知らず知らずのうちに肩に力が入るのも事実である。背負ったものが重いほど、緊張もしやすいことは、他ならぬ目の前の紬が証明している。
「荷物の一つぐらい分けてよね」
新菜の言葉に、紬はキョトンとする。
「渡せるものは渡しているつもりですが」
「だったらもう一つ。あたしでも耐えられるもの、少しはあるんじゃない?」
しばらく黙りこむ紬。
「……お人好しですね。ですが、そうは行かないのです」
「何で?」
「一応わたしたちは、仕事として守護者を担わせてもらっています。単純に新菜や切絵に助けてもらっている今の状態ですら、わたしたちにとっては問題のある体制なのです。これ以上任せるわけにはいけいません。数日後に新しい仲間を用意する予定ですので、渡せるものはそちらに渡します」
――弘美の言うとおりだわ。
新菜は昨日、弘美が紬を評した言葉を思い出した。内々で終わらせてしまう。超能力者のやり方を徹底してしまう。
「じゃあ、あたしも仕事として受けるわ。試用期間ぐらいは作れるでしょ?」
「本気ですか?」
「もちろん」
紬は呆れのため息を漏らした。
「本当にお人好しですね、あなたは……では、わたしの守護者になってください」
「紬の、守護者?」
新菜は首を傾げる。
「わたしたち超能力者の秘密を守り、立場を守り、それにより世間を守る。守護者という言葉が役職であるとお話しはしましたが、我々の仕事というのは、何かを守ってもらう事に意味があるんです」
「あたしが、紬を守ればいいのね」
「ええ。もちろん口約束や適当な任命と言うわけには行きません。先ほど言ったとおり、既に新菜や切絵の立場が問題のあるものになっています。さらに推し進めるのには、少しならざらぬ問題が生まれるので、正式に徴用する必要があるんです」
強く頷く新菜。
「紬を守ることだったら、とっくに始めてるつもりよ。そこに何か付け加える必要があるんなら、やれるだけ受け取るだけよ」
「では、ちゃんと新菜に守ってもらえるように、わたしにすべき事をさせてください。審査も必要ですし、試用期間が終わればさようならとは行きませんが、いいですか?」
「わかってる。これからも、堂々と一緒にいられるように頑張るわ」
新菜はカラッとした笑顔を見せた。
「それでは、よろしくお願いします」
静かにお辞儀した紬の肩には、先程まで入っていた力がなくなっていた。
「では後日、助っ人が来たら本格的な話という事で」
「うん」
紬は棚から書類を取り出し、書き物をするから席を外してくれという。超能力者の個人情報はなるべく漏らしたくないとの話を思い出し、応じる新菜。
ここ数日、書類が溜まってしまっていたという。
時間ならそれなりにあったはずだ。その間に出来ていないという事はそれだけ他の事、秘石の事に気を取られていた証拠だ。
さっきと違い、監視中に出来る事を済ましてしまおうとする紬に、少し新菜はホッとした。
「じゃあ、コーヒーを入れてくるわ。キッチン借りるわね」
「ヤカンの笛は鳴らさないでくださいね。警報が聞き取れなくなりますから」
「了解」
ソツがないと思いつつ、新菜はヤカンを火にかける。
結局、笛を鳴らさない事に意味はなかった。
今日もまた、警報が作動せずに一日が過ぎた。
夜明け前、新菜は伸びをしながら外を見る。
今日は土曜日。学校はない。
そして、新菜・切絵・紬の三人は監視もしない事になっている。
休みの日を学校と合わせて、完全オフを作ろうと言う取り計らいだった。
「じゃ、またね」
「ええ」
新菜は紬に別れを告げて、ハイパースペースを歩く。
清々しいまでに真っ白に広がった空間は、新菜の心に無限の広がりを感じさせた。
次回更新は3月24日(金)予定です