表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超能力の守護者  作者: プラナリア
18/30

第十八話 度胸と彫刻

 家に戻ってもなお、新菜は紬の事を思った。今この時も、キリキリと胃が痛むような覚悟で監視を続けているはずだ。

 表には出さず、周りになにか言う事もなく。

 夜中、新菜は自分の部屋の隣にあるピアノの部屋にあった本を一冊持ち込んで、部屋で読みふけっていた。

 題は「素直になって」。

 自己啓発本の一種である。

 弘美に頼まれた紬との関係を築くために、手にとった。

 チャンス自体ははいくらでもある。

 ほかならぬ紬の意向で監視は続いているのだ。

 新菜の側から無理を言って上がり込む必要はない。

 それこそ明日、日付変わって今日の夜、いくらでも話はできる。

「あなたが素直になれれば、相手にも素直になれるゆとりが生まれます、か」

 本で繰り返し強調されていた言葉をわざと口に出しながら、新菜は深呼吸。

 ――決めた以上は、あたしが動かないとね。

 決意を新たに、外を見る。

 空が白んできた。夜が明ける。

 そういえば学校の準備をしていなかったと慌ててカバンを広げた新菜は、

「しくじったわ……」

 転がって出た手書きのメモを見て苦虫を噛み潰すようにつぶやいた。


   ◆◇◆


 今日の授業は二時限しか無い。

 三時限目は部活動説明会。新入部員獲得のため、一年生に部活のプレゼンテーションをするイベントである。

 各部活、趣向を凝らし、一年生にアピールする。

 場所は体育館。一年生を前に、各部活のデモンストレーションが繰り広げられる。

 野球部はエースピッチャーが唸るストレートをキャッチャーに投げ、実技を見せる。

 理科部はゴム動力飛行機を飛ばし、研究と実験の素晴らしさを語る。

 吹奏楽部は楽器を持ち出し、音としゃべりで一年生の耳を惹きつける。

 そんな派手なパフォーマンスの脇で、新菜は一人ブツブツとつぶやいていた。

「わたしたち美術部は、このように作品を作成し……じゃなくて制作し」

 今朝出てきたメモを手に、必死に口を回しながら、舌を噛み噛み美術部の紹介文を身体に叩き込んでいく。

 新菜は先日の美術部の集まりで、部活動紹介のマイクを任されていた。特に拒否する事もなく受けたのだが、一昨日三年生の先輩が作った原稿を渡された頃には秘石の一件が動き出していたため、完全に意識の中からその事が抜けていた。

 ――昨日一晩使えば、じっくり準備が出来たのに。

 心のなかでぼやきつつも、一通りチェックし終える新菜。

「次美術部ですよ」

「はい」

 生徒会の男子生徒に促され、一年生の前に出る。

 ――って、代わりに悩みを引きずってもあれだったしね。

 マイクを握って、先輩が作品を掲げたところで、新菜の顔がさっぱりしたものに切り替わる。

「はじめまして、美術部の西ヶ野新菜です」

 スルリと滑りだす語り。

 動き出せば、後はただ原稿を読むだけ。もっとも、それが一番難しく、緊張が走るものなのだが……。

 ――よし、噛んでない。

 新菜はそれだけを念頭に、説明をつつがなく進めていく。

 元々、彼女は度胸が据わっている。

 それが理由でマイクを任され、紬の一撃を見切り、助っ人に入り、戦いを切り抜け、弘美に信頼を向けられたのだ。

 説明を終える頃には、余裕まで生まれていた。

 ――ほんとに真面目よね。

 おしゃべりしたり、あくびを噛み殺したりする生徒の中で、視線を一切そらさず新菜の話を聞いている紬の性格を慮れるほどに。

 

   ◆◇◆


 余裕は気配りを生む。

「じゃあ、これはあたしが持ってきますね」

 先輩に声をかけ、彫刻に手をかける。先輩の作った力作で、当人でさえも持ち歩くのに苦労し、説明会では一年生に見えるように持ち上げるのに二人がかりとなったが、様々な作品の中からそんな扱いの難しい物を出してくるだけあり、完成度は高い。

「よいしょっと」

 力を込めるためではなく、自分の中で力を切るためのスイッチとして、あえて声を出して持ち上げる新菜。

 元々基礎トレーニングを欠かさなかった新菜は運動神経が抜群で、体育で男子と競ったりもしたが、普通なら苦労するものを軽々持ち歩けるほどの筋力はなかった。

 元々筋肉の付きにくい体質なのか、純粋な筋力は目立つほど強くなく、男子と競るのも技術が大きく介入する競技だけだ。

 当然この彫刻も軽くは持てないはずだが、超能力が軽々と持ち上げさせてくれそうになったので、あえて自分をセーブした形だ。

 持てるからと言って軽々と持つと、それはそれで見た目がおかしくなる。

 ――流石に前のあたしじゃ軽々とは持てなかった……はずよね。

 流石に先輩の手前よろけないようにしつつ、パワーを最小限に抑えこみ、筋肉で抱える。未だ超能力の影響は拭い切れないが、十分に重さと辛さを感じられるレベルに調整する。

 ――便利なだけならそれはそれでいいんだけどね。

 慎重に美術室への道を歩きながら、新菜は超能力の因果さを感じた。

「相変わらず力持ちなのね」

 純粋な力ではなく、技量で上手い事力を引き出している新菜は、周囲から力持ちだと思われている。

 新菜も、力の一部は技量によって生まれるものだと思っている。

「鍛えてますからね」

 先輩にそんな考えで一声応え、美術準備室に彫刻を戻した新菜の額には、自然と汗が浮かんでいた。

次回は3月17日金曜日更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ