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超能力の守護者  作者: プラナリア
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第十七話 水底と頼み

 新菜は空き家になっている一階の部屋の前で、準備運動を終えてトンファーを握る。新菜の団地の駐輪場と建屋の間には芝生があり、新菜は昔から大きく動く自主トレはここで行っていた。今でこそ住んでいる者はいないが、前の住居者とは新菜がトレーニングを始めた直後の幼いころに一回トラブルになった。新菜はひどく反省したものだが、断ってくれればいいと住人は笑って受け入れてくれたのも新菜はよく覚えている。今は特に断る必要もないので、遠慮なく使わせてもらっている。

 芝生に足を置き、昨日師範代に言われたとおり、型から鍛錬を始める。といっても、空きスペースのような狭い場所で出来る型は限られてしまう。ないわけではないからとその型を行う新菜だが、なんとも難儀なアドバイスを貰ったものだ。

 しかし、ちゃんと効いてもいるようだ。型の動きのほうが、現れる違和感は明らかに小さい。手順とは逆の形を取るようアドバイスをするだけの意味はあった。

 続いて細かく突きや蹴りを追っていく。しっかり、という話は後に置いておいて、とにかく違和感をどうにかするだけという状況のせいもあり、昨日ほどの苦労はなかった。

 ――ゼロじゃない分、引っかかるところは引っかかるのが気持ち悪いんだけど。

 新菜は繰り返し、繰り返し、いつまでも続けるいた。身体に疲れは見られない。

 大きな笑い声が聞こえ、新菜は顔を上げる。

 駐輪場越しに、団地の脇を歩くブカブカの制服を着た男子生徒が見えた。入学式が終わったらしい。

 ――二時間……入学式だけで終わらないはずだから三時間は経ってるわよね。

 新菜が時計のたぐいを持ってきてない事を嘆いた時、気配が彼女の身体を襲う。

 ――一年生の中に……って事は。

「なにしてるんですか。悪目立ちしますよ?」

 これまた袖を余らせた紬が、新菜の背後から声をかける。紬が歩いていたのは団地の脇を抜ける細い道で、中学から紬のマンションに向かう最短ルートだ。

 新菜は振り返り、肩をすくめた。

「悪目立ちなら昔っから。泉行小学校だと下級生にも悪評が吹き荒れてたみたいだけど……あそこのマンションは大川小の学区かしら」

「ええ、まあそうですが……そんなに頻繁に鍛錬をしているんですか?」

 紬は目を眇める。

「日々の鍛錬はいざっていう時一番物を言うもの」

「前からいざという時の事を考えていたんですか、あなたは」

「もちろん」

 新菜は紬の視線を気にせず構え直すが、すぐに姿勢を緩める。

「っと、鍛錬自体はいつもの事でも、あんまり長いと不自然か」

「……無理はしないでくださいよ」

 何かに呆れたのか、紬はつっけんどんに言って家路へと戻っていく。

 新菜は手を振って見送り、自分も家へと帰った。

 

 今日も新菜は監視を行う。ハイパースペースを歩いた新菜は、紬の家のリビングに出る。

 昨日一旦どけて、監視を終える時に戻したテーブルは当然リビングに居座っており、新菜はダイニングでのんびりとコーヒーを啜っている弘美に挨拶する。

「つけてなかったの? バンド」

「今だけだ。この時間ならあっち側を通って来るのはわかりきってる事だからな。別に着けるだけなら警報を聞きながらでも出来るさ」

 ダイニングテーブルに置いてあったバンドをつまんでひらひらと揺らす弘美。

「余裕が有るわね」

「ま、それがこの仕事の肝って事。フルタイム集中し続けてたら、なまじ寝なくて良い分、疲れが溜まっちまう。精神疲労は大敵だぜ? 身体の疲れと違ってバイタルで代替が効かない」

「そういうものかしら」

 弘美は、要は固くなんなって事、と新菜に椅子をすすめる。

「で、そっちはどうだい? 慣れてきたか?」

 新菜は椅子に腰を下ろす。目の前の弘美に習い、少し肩の力を抜いてみる。

「ううん。逆に違和感が気になり出してきたわ」

 弘美はテーブルに肘を付く。

「だろうな。そろそろとは思ってたけど、きっかけは?」

「昨日切絵に違和感が出る状況を教えてもらって……空手の稽古に行った時、師範代に何か変わったかと聞かれて困ったかな」

 ふんふん、と落ち着いて聞く弘美。

「そういえば昨日の夜は空いてなかったな。空手の稽古だったのか。で、まだ気になるか?」

「多少は」

「そうか……タイミングがいいわけじゃないが、他にいい時もなさそうだ」

 弘美は一度目を閉じ、肘を付くのを止め、背筋を伸ばしてから新菜の方を見た。

「超能力を放棄すれば、違和感は無くせる」

 新菜はもちろん、さっきまでどこか力の抜けていた弘美の目も、真剣さを帯びていた。

 弘美は新菜に、超能力と違和感の関係を話す。

 大筋は、昨日切絵が語ったとおりだ。そして、何故自分たちの側から言わなかったのかの説明が始まる。

 まず、超能力によって身体を動かす事自体には、目立った危険性はない。

 超能力者の歴史の中で、これが直接の原因で超能力者に異常が起こった事例は報告されていない。それが遠因となり、それこそ昨日の新菜のように、他人が違和感に気付く事で問題になった例はあるが、これもそこまで多くはない。理由は簡単で、動きをつぶさに観察される状況が存外多くないからだ。

 そして、そのような環境にいる、つまり問題視されかねない超能力者の中には、超能力を放棄する者もいる。

 単純な競技で超能力の影響があれば、それは邪魔なだけである。よしんば率先して使おうとする者が大成した場合、今度は超能力者の側が黙っていない。そのため、大規模な大会に出るような有望な選手だった者は板挟みを避けるのだ。

 そして、今まで切り出さなかった理由に話が移る。

 実のところ、新しい超能力者がどのような環境にいるのかは、紬たちの側からしてみるとわからないのだ。例えば新菜が空手を習っている理由も、スポーツとしてなのか、護身術としてなのか、精神鍛錬の類なのか判別がつかない。

 そして、何より十把一絡げに競技に打ち込む人間の超能力を放棄させるつもりは超能力者の側にもない。

 放棄するよう圧力をかける事もあるが、その基準は単純に多くの目に触れるか否かだ。小さな集まりで超能力を使われる事は、基本気にしない。その集まりの中でオリンピック級の活躍をするところまでは完全にスルーする。フロックや誤解で話を済ませられるからだ。定期的に大会などに参加をし始めるあたりから土地の守護者たちは問題と捉え、検討し始めるが、そこまで行く人間は実のところそう多くない。得意な超能力が身体機能に影響するものでもない限り、パフォーマンスが劇的に向上するのはハイパースペースにいる時ぐらいである。新菜が超能力による影響をプラスではなく違和感としてしか捉えられておらず、師範代からも腕が落ちていると評価されたように、現実世界での超能力による身体能力の変化は、技術や実務上ではマイナスに振れることも多い。

 超能力が身体を無理に動かそうとしたところで、どこかで身体や物理法則自体がついていかなくなってしまうのだ。

 しかし、単純な力仕事などでは明白なプラスになる。

 睡眠が減る事で出来る事が増えるように、筋力や体力向上のおかげで作業が楽になったりする場面は多々ある。

 そういう人が何も感じていない段階でこんな話を聞かされた場合、選択に強いバイアスがかかりかねない。なので、土地の守護者や周りの超能力者は、この変化についてのアドバイスやその後の身の振り方についての指示は率先しては行わない。睡眠と違って絶対に変化を実感するわけではないので、いずれこの変化をどうにかしたいと言ってきた時に助言するに留めている。

「ま、切絵ちゃんは新菜ちゃんがどういう状況にいるのかかよく知ってたから助言してくれたんだろう。そこは完全にオレたちの把握不足だ、済まない」

 弘美が頭を下げる。

 対して新菜はあまり木にしている様子がない。

「大丈夫。丁度今の自分を見つめなおす機会になったから、それはそれで良かったわ。降りるつもりは毛頭ないし」

 超能力を放棄すれば、当然この一件から身を引くことになる。新菜にとって、それはどうにも見捨てるようで気が引けることだった。問題を知らなければ考え方も変わるかもしれないが、新菜はすでに首を突っ込んでいるのだ。

「そうか。じゃあ、この件はこれで」

 弘美は顔を上げる。話は終わったはずだが、その目は真剣そのものだった。

「降りないんなら、一つ頼みを聞いてくれないか? 検討してくれるだけでいいんだが」

 少し身を乗り出す弘美。

「紬の側にいてやってほしいんだ」

 新菜は弘美の言葉を聞き、逡巡の後眉をひそめた。

「どういう事? 今起こってることからも降りるつもりはないわよ?」

「いや、そうじゃない。多分昨日のアイツで終わりだ」

「リーダーだから?」

「そうだ。グループ同士の横の繋がりなんて、基本的にねーんだ。今回みたいな真正面からの権力争いやるなんてなると相手さんも怖いから繋がりたくなるだろうが、終わった後は身内から優遇できる人数なんてたかが知れてるし、それ以前に誰の手柄にするかで自分たちが争う事になって面倒だ。細かな事はこれから吐かせるけど、数日様子見たら収束宣言も出せるさ」

「じゃあ、あと数日だけそばにいればいいって話?」

「それも違う。その後だよ」

 弘美は更に身を乗り出す。

「事件が解決してから?」

「ああ。紬は慎重な子だ。今はそれが有難くもある。ただな、この先ずっと、なんて話にはならない。あいつはずっとあの調子なんだ。だから、新菜ちゃんみたいな人が必要になる」

 弘美は静かに、紬の事を語り始めた。

 紬は、天道家でも随一の才能を持っていた。超能力者の親には超能力者の子が生まれる。親の超能力の影響を濃密に受けるからだ。必然、紬の家族は全員超能力者となる。

 その中で一際人の目を気にし、気を払い、的確に動く娘が紬だった。

 だから、紬は幼くして守護者などという職を任されている。これは名誉な事ではある。紬もそれを拒否しなかった。自分のできる事を自覚し、その上で守護者を務めなければならないと判断した結果だ。これも、周囲の期待にしっかり応えたいとの判断で、今のところ大きな失態もない。非常事態にまず話を通しやすい姉を呼んでくるというのも、的確といえる。一両日中には新しいスタッフを招集し、よりしっかりとした守りを固める算段もつけた。ことを必要以上に荒立たせずこれらを済ませるための根回しもしっかりやった。急遽取り立てる形になった新菜たちの責務を早く終わらせ、「わかっている」超能力者だけで事態を収集させられる環境を作ろうという判断だ。これは間違いなく正解だ。冷静に、大人でも抜けが出かねないことをそつなくこなし続け、天道家の外にほとんど話を持ち出さずに事を進めている。

 しかし、紬はあくまでも十二歳の、今日中学生になったばかりの子どもである。

 大人びているといえば聞こえはいい。目の前の世界へひたすら邁進しているのは、ある意味では素晴らしい。しかし、超能力者の世界に進んでいくという事は、それだけ超能力者以外の世界から遠ざかる事でもある。

 超能力者は身を隠すため、自然と閉じた社会を形成する。家が大きな位置を占める紬の周りは、すでに閉塞しきっている。

 世のあり方も知らない内に、そんな閉じた社会に身を置くのは、少し危険だ。

 心というのは、時にポッキリ折れるものだ。折れたら最後、超能力者でいる事が嫌になるかもしれない。その時回りにいるのが身内の人間だけでは、その人々の目が気になって息継ぎもおぼつかない。耐えられる状況をオーバーしてしまえば、溺れて窒息するしか無くなってしまう。

 だから、隠し立てなく話せる超能力者で、一度は運命も共にしながらも、天道本家との繋がりが薄い人間が隣にいてほしいのだ。

 弘美は事が収まればまたよその仕事を助けに行かなければならない。でなければ立場を維持できないからだ。しかしそれは同時に、彼女にとって別の場所という逃げ場を用意出来る事でもある。完全に投げ出さずとも、休憩のために息をしやすい場所をいくつも見つけている。それはしがらみのないものも含まれる。でなければ緊張は拭い切れない。

 紬には、それがない。

 新菜はまだしがらみが殆ど無い。それは、自らがんじがらめの状況に身を投じている紬の対極にあり、紬の手を取れる身軽さにする事もできる。

 新菜なら、すぐに紬の元へ駆け付けられる。そして、自由に引っ張りあげられる。

 あるいは、折れそうな悲鳴を聞きつけて、弱いところが治るまで支える事も出来る。

「だから、紬の側にいてやってほしいんだ。頼む」

 頭を下げる弘美に、新菜はすぐに返事が出来なかった。

 悩んだわけではない。

 彼女にも思い当たる節があったからだ。

 新菜は口元を引き結び、廊下の向こうを見る。

 紬の気配は微動だにしない。部屋で静かに座っているらしい。昨日警報を聞いて部屋から飛び出てきた時のように、休みの時間でも臨戦態勢を整えているのだろう。

 きっと、普段からそうだったのだ。

 新菜は午前中、紬に声をかけられた時の事を思い出す。

 彼女はまっすぐ自分の元に来た。

 周囲には誰もいなかった。

 話していた誰かと別れた様子も伺えなかった。

 一人で歩いていたのだ。

 泉行中学校の学区には、泉行小学校と大川小学校の学区がほとんど含まれている。

 私立に進学する子を除いて、友人も仲の良い子も知り合いも全部持ち上がるのだ。

 だから、入学式の日から、友人と登下校が出来る。

 大体の子はそうして最初のグループを作る。

 紬は、そんな環境にありながら、誰とも一緒にいなかった。

 だから一人、訝しむような行動をしている新菜のところへこれたのだ。

 これてしまったのだ。

 ある意味当然だ。

 今のようにいつ気が抜けなくなるかはわからない。わからないとわかって守護者をやっているのだから、友人と急に疎遠にならなければならない可能性もある以上、そもそも友人を持たないのも、選択肢の一つになる。

 ただ、それは確かに窒息しそうな寂しさだ。

 新菜が昨日、気晴らしのように瑠璃に話を振ったり、切絵が理由を作っては大好物のハンバーガーを食べたりする事も紬はしないだろう。

 いや、そもそも出来ないのだ。

 いつか来る危険を顧みず、いつでも動けるようにと、無関係な誰かを巻き込まないようにと、関係のある人間だけで済ませようと、紬はしている。

 だから、新菜が戦って見せた時も、手を借りる必要はないと言った。

 もう既に、がんじがらめで水底にとどまっている。

 ――だったら、あたしにはきっといる価値がある。

 もうすでに、無理を言って割り込んで、今こうして紬の代わりに監視をしているのだ。

 部外者の立場で、無理やり首を突っ込んで。

「わかった。絶対なんて言い切れないけど、やれるだけやってみる」

 新菜は言い切って、言葉通り胸を張って弘美に手を差し出す。

「有難う」

 弘美はその手を握り返し、深く頷いた。

「じゃ、ネットでも見るかな」

 弘美は携帯を取り出す。新菜の持つものの上位スペック版だった。

 肩の力は完全に抜けている。とても監視しているようには見えなかった。

「え? 仕事するんじゃないの?」

「静かに待ってりゃ仕事になる。気を抜くのが重要だって言ったろ?」

 一人悠々と携帯をいじり始めた弘美に少し呆れながら、新菜の思考は紬の方へと向いていった。

 明日は新菜と紬で監視する予定になっている。

 ――紬が何を思ってるのか、知れるはず。

 今回は警報が鳴らなかった。

 紬の気配は、全く動かなかった。

次回は3月10日金曜日更新予定です

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