第十五話 タッグとリーダー
二人の稽古は正拳突きの繰り返しから始まり、メインは型の確認となった。
新菜が基本かつ、あまり音を立てない型をなぞりながら、パワーの影響を感じていた時、
ダイニングに警報が鳴り響く。
「亀戸井のアパート」
「人数はお一人ですわね」
自ら紙に書き出しただけあり、新菜は貼ったメモの内容をかなりしっかり覚えていた。切絵も口頭で聞いた事を覚えており、二人はその場から動かず警報音を静かに聞いて確認した。
そこへ、警報を聞いた紬たちが部屋から出てくる。
「……何をなさってるんですか? 人の家で」
紬は目を眇めた。新菜は構えを取ったまま警報音に耳を済ませ、切絵もまた新菜の腰に手を当てたまま同じ事をしていたのだが、その姿はなんとも理解し難い体勢ではある。
「ちょっとね……それより行かないと」
新菜は構えを崩す。
「相手は一人だ。二人に行かせたらどうだ?」
弘美の言葉に、セレナが待ったを出す。
「良いテストにはなるけれど、実力差があると危険」
頷く弘美。
「ま、誰が出てくるかわからねーのも事実か。じゃあ俺が監督についてく。二人がどんだけできるか見た事ないし」
「でしたらそれで。代わりに姉さんは相手を逃がさないように」
紬が鋭い目線を送る。
「信頼ねーのな。いいけどさ」
弘美は肩を竦める。
「普通の信頼は寄せてます。緩手を取るからには責任を持てと言ってるんですよ」
紬に諌められ、竦めた肩を下ろす弘美。
「……ってなわけで、戦闘は二人に任せていいか?」
「お任せください」
振り返った弘美に力強く答える切絵。
「やれるだけ、やってみます」
新菜もまた、拳に力を込めた。
「よし。ケツは持つから、遠慮なしにぶつかれ。行くぞ」
弘美がバンドを取り出し、腕に巻いて力を込める。
今度の光の向こう側は荒れ地だった。
弘美の姿は黒一色のシャツとパンツで、新菜はカラスみたいだと思った。
――カラスって渡り鳥じゃないわよね。
そんなどうでもいい事を考えているうちに、切絵と弘美が走りだしたので、新菜は慌てて二人を追いかける。
目の前に現れるのは、白髪まじりの男だった。髪だけ見ると年齢を感じるが、顔はかなり若い。
「……ふーん、こいつなら手を貸す必要はないな。よーし行って来い!」
弘美は片膝をつき、号令を出す。待機や休憩の姿勢にしては力が入っているなと思いつつ、新菜と切絵が男に駆け寄る。
先行したのは新菜だ。
左腕で払い、右を突き、腕を返して打ち込む。新菜の習っている流派の初段の型だ。
――動くには動けるのよね。しっかり力も入ってるし。
新菜は違和感を確認しつつ、相手を追い詰めていく。あくまでも規範となる動作であり、それだけで戦いを完遂できるものではないが、まずは打てるところまで打ち込む。常日頃なぞり続けてきた経験を活かし違和感に対応する余裕を持つ狙いがあった。
――少なくとも、ここで闘う分には問題なし!
結論を出した新菜は、個別の技に移っていく。違和感や齟齬はハイパースペースで戦う分にはじゃまにならない。攻撃と次の動作への無理のない身体捌きの中でトンファーが舞う。
白髪まじりの男は完全にされるがままだ。殴られ、蹴られ、押されていく。
新菜は一瞬だけ横を向く。
切絵が静かに構え、すり足でにじり寄って来ていた。
新菜は男の胴に蹴りを入れ、軸足と男の胴に入った足を使って後ろへと大きく飛ぶ。
足蹴にされた反動でフラフラとよろける男。
そこへ、切絵が足を進め、白い光が一閃、男を切り伏せる。
男の気配が消え、切絵は白髪の男が気絶しているのを確認し、静かに刀を鞘に納める。新菜も着地して構えに移った身体から力を抜いていく。
「見えましたか?」
「無理だった。やっぱり危ない物があるってわかってるとダメね。なんかの力……多分パワーが出てきたのは感じたけど」
パワーラインが見えたか否かを確認する二人と、成すすべなく倒された男をただ眺めていた弘美は、
「……ほんとに腕は確かじゃねーか。隠し玉持ってる奴が出てこなきゃ俺たちがいる理由がないぜ」
片膝をついたままの姿勢で、あっけにとられながらつぶやいた。
弘美は男を抱え、二人を連れて紬のマンションの方へと戻る。
「矢鱈と息があってたな。二人して何かしてたのか?」
弘美の問いに、新菜と切絵は目を合わせて苦笑いする。
「小学校の頃、少し喧嘩の仲裁を……」
歯切れの悪い新菜の言葉に、
「仲裁って、あんなに息合わせなきゃ出来ない事じゃないだろうよ」
弘美は訝しむ視線を投げる。
「そもそも、実戦では一度、話で纏まらない喧嘩を実力行使でお止めしただけですわ」
切絵は、懐かしむように空を仰いで言った。腰を揺らさず石を踏みしめていく。
「ですが、それはただの蹂躙になりました。強かに叱られましたが、以降仲裁は穏便に済ませられるようにもなりました」
「そりゃ、剣術に空手であんだけできる奴が出てきたら、だれだってビビるわ」
「流石に学校に刀は持って行っていませんが」
「そうじゃねーよ! ってか、本当にそれだけか?」
なお伺うような弘美に、新菜は困ったような笑みを見せた。
「仲良かったから、それから時々トレーニングとか、稽古とか一緒にしてたのよ。遊びのついでっていうか、それもまた遊びみたいな感じで」
「わたくしの家には道場がありますので、場所には困りませんでした。お互い、正式な立ち合い以外での打ち合いは禁止されていましたから、自然とお互いの動きを見るような事ばかりでしたが」
「だからお互い、結構手の内を知ってるの。あと、考え方も」
弘美は呆れた様子で二人を見る。
「そりゃまたけったいな遊びだな」
「自分でもそう思うわ」
新菜と切絵は自嘲的な笑いを見せるが、それは先の苦笑いに比べて、随分と明るいものだった。
荒野の上で、新菜たちは紬・セレナと合流する。バンドを外していないためだ。
「いやー、ほんとに強いな、この二人」
「なので手を借りているわけです」
何故か誇らしげに弘美に言う紬。
「真壁?」
セレナは地面に下ろされた白髪まじりの男を指差す。
「だろうな。確認はしなきゃなんねーけど」
紬も顔を確認する。
「状況とも符合しえますね。部屋に資料があります。戻りましょう」
「ちょっと。その人知ってるの?」
新菜は引き止めるように疑問を呈するが、
「ま、詳しい話は調べながらする」
弘美は力を抜き、ハイパースペースを脱した。
「一応、紬やセレナはここらへんの超能力者を全員知ってる」
紬が資料を引っ張りだし、男の顔を確認している横で、弘美が新菜に説明を始めた。
「学生扱いってわけじゃないが、理屈は担任が生徒を覚えてるみたいなもんだわな」
新菜はこの言葉に自分の担任を思い出してしまうが、あれが特殊なのだと思い直す。
「まあ、その方がやりやすいわよね」
「人数も少ないからな。犯罪元々の事もあるから、略歴ぐらいは提出させて、写真も取らせてもらってる。そうでなくても、一回は顔を見せてもらわなきゃ、お互い都合がわるいしな。本当に狡っ辛い奴は写真の提出を断ったりするが、大抵どっかしらで結局提出する事になる」
弘美は後ろを見る。書類を見ている紬と、倒れたままの男がいる。
「で、そんな中から犯罪者になれば、当然こっち側も資料を元に追うようになる。で、情報の共有は渡り鳥とも行う。俺なんかはここらへんの揉め事を再優先にするから、情報は結構仕入れさせてもらってるんだ。後々犯罪に手を染めたほうが得だと考える奴もいるし、最初っから犯罪が出来ると思って嘘を言う奴もいるが、写真まで誤魔化すのは難しい」
紬が立ち上がる。書類との照会が終わったようだ。
「間違いないです。真壁ですね。ホクロの位置も同じです」
「オッケー。じゃ、俺が本家に連れてく。説明の続きを任せる」
弘美は男を担ぎ上げる。
「説明の前に……一旦バンドを外してください」
紬がバンドを外しながら二人に促す。理由がわからないままに服の袖をまくり、左二の腕に巻いたバンドを外す新菜。切絵もバンドを外す。
弘美が玄関へ歩いて行く間にセレナも外した。
男を担いだまま玄関で靴を履いた弘美は、
「じゃ、行ってくる」
挨拶するなり、光を放って姿を消した。
ハイパースペースに移動したのだ。
「案外気楽に使うのね」
「まさか、人を担いだまま外に出ていけるなどとは思いませんよね」
新菜もそれはまずいと気付く。超能力元々に関係なく、目立ってしょうがない。
「確かに」
「では話の続き……と行きたいところですが、どこから話せばいいのでしょうか」
紬に問われ、新菜は「超能力者に写真と略歴を提出させている」という弘美の話を繰り返す。
「成程。そして、あの男の事ですが――」
「ちょっと待って」
新菜は顎に手を当て、話を遮った。
「何でしょう?」
小首をかしげる紬。
「あたし、何も提出してないわよ?」
新菜の言葉に、紬はああ、と納得する。
「そうでしたね……本当なら説明を更に進めたところでその話になるところでしたが、忘れていました。すみません」
紬は頭を下げる。
「いや、謝罪までされる事じゃない気がするんだけど」
新菜は逆に居心地が悪くなる。話を聞く限り、完全に紬たちがどうするかの話であり、ここで齟齬が明らかになった事で困るのは紬たちの方で、新菜ではない。拒否する理由もないので、新菜には単に写真を取られるか、あるいは後日渡すかを決める程度の問題しか発生しない。
「いえ、不手際には謝罪が必要です。後日説明もなく写真を要求しては、新菜を困惑させるだけになってしまいます。それに、写真を渡す必要があるのなら助太刀も断っていたと言われても、わたしたちには返す言葉がありません」
新菜は頬を掻き、わかったからと取り敢えず頭を上げさせ、後日写真を持ってくる事とした。
「で、さっきの人は何なの? 知ってる理由はわかったけど、話を聞いてる限りだと一昨日の人たちとか一昨昨日のあたしに声をかけてきた人とかも知ってたんでしょ? 何で対応が違うのよ」
「真壁の場合には少し事情がかわるんです。わたしたちは彼を追っていました。犯罪グループのリーダーとして、です」
新菜はああ、と納得する。要は指名手配犯をとっ捕まえた形だ。前に捕まえた相手は全員がグループとしてつながっていたと、情報を引き出す時に新菜は聞いていた。
「じゃあ、その真壁って人が今回の黒幕なわけだ」
「そうとは限りませんが、重要な話は聞けるでしょう。ご指摘の通りそれで終息となる可能性もありますし、そうでなくとも彼の身柄は一旦こちらで確保したいところでしたので、天道家の本家にお連れする事にしたわけです」
紬はふう、と息を吐く。
「取り敢えず、調べがつくまではまだ我々の動きを変えるわけには行きません。今後も変わらず監視を続けたいんですが、よろしいですか?」
「それは構わない。いつまでも付き合うつもりよ」
きっぱりと言い切る新菜。
時計は四時を指す。新菜と切絵の監視は午後五時半までだ。
「じゃ、監視に戻るわ」
「ええ。後はよろしくお願いします」
紬が部屋に戻るのを確認して、新菜はふう、と息をつく。セレナはとっくに部屋に戻っていた。説明の手助けは不要だと判断したのだろう。
――さて、あたしはあたしでやる事やらないと。
新菜はリビングのカーペットの上で、静かに構えを取る。
「戦闘が間に挟まりましたが、如何ですか?」
「んー……向こうでしばき合う時の感覚は良くなったけど、こっちは良くも悪くも変わんない、かな」
新菜は突きを繰り出して確認しながら言った。
次回更新は2月24日金曜日予定です