第十一話 お人好しとあの日
新菜は前日と同じく二時間で起き、本棚の積み本を一冊消化して朝を迎えた。
「さて、やる事やっちゃいましょうかね」
本を置いた新菜は伸びをして、部屋をぐるりと見回した。
新菜の部屋は六畳で、ベッドと本棚、机が並んでいる。新菜はあまり広く整理されたスペースを好まず、物も多いため狭く感じられる。
その部屋の中央に作ったスペースを使い、新菜が身体をほぐしていく。
ドレッサーには、何もかかっていないハンガーが一つ。
本来は制服のかかっているはずのハンガーだ。
――今日こそ取りに行かないと。
新菜は居間に向かい、朝食を食べながら心に決めた。
時計をチラチラ眺めつつ、クリーニング店の開店時間には着けるように家を出る新菜。思い立ったが最後、きっちりきっかり行動しようとするのが彼女の性質だった。
新菜は一昨日事故に巻き込まれた信号から目と鼻の先、昨日は切絵と待ち合わせに使ったマーケットの前に差し掛かる。クリーニング店は信号を渡った先の街区の端にある。
「あれ?」
新菜はそこでセレナを発見した。マーケット内にあるスーパーの列に並んでいる。開店まで後数分あり、他にも何名か並んでいた。
「買い物?」
「そう。忙しくなるので少し買い込む」
セレナはエコバックを見せていった。その中には小さくたたまれたエコバックが更に十個入っていた。
「これ、一人で持てるの?」
「問題ない」
セレナは普通に答えるが、エコバックの数は十一個だ。仮に筋力的に持てたとしても、二つの手で持てるか怪しい数だ。
「数が多いと持ちにくいわよね? 手伝おっか?」
「助かる」
申し出を受け、セレナは軽く頭を下げた。
列に割り込む訳にはいかないので、新菜は店内で合流する約束をして、列の最後尾に並ぶ。
開店とともに客がスーパーに吸い込まれ、それぞれが目当ての売出品に向かう中、セレナは新菜と合流してからゆっくりカートを準備する。
「買い込むのは特売品じゃないんだ」
「同じものばかりだとすぐ飽きる。長期戦になった時、食事による精神的な満足感はいい方向に作用する」
悠々と店を歩きながら、肉に魚、冷凍食品に米、野菜とバラエティー豊かにカゴに入れていくセレナ。特に冷凍食品が多い。
二人ともカゴを二つずつ持ってレジに向かう。日数にすれば二、三週間は困らない量だ。
セレナが会計を済ませる間に新菜はエコバックの準備をする。
「これはこの袋。それは小分けのビニールに包んで」
カゴを抱えてやってきたセレナの指示にキビキビと動き、エコバックをいっぱいにしていく新菜。
セレナもセレナでテキパキと物を分けていき、十一のエコバックが満杯となる。
「紬のマンションにもってけばいいのよね?」
「当然」
新菜が五個、セレナが六個の袋を持って、トコトコと紬のマンションに向かう二人。
――買い物する様が様になってるっていうか、映画に出てくる召使いみたいね。冷凍食品が多いけど。
セレナの手早い買い物に、新菜はそう感じていた。
「あなたは何を考えているんですか?」
新菜を迎え入れた紬は、呆れを隠さずに言った。
「自分もやる事があるから外出したんでしょうに」
紬の苦言を気にもせず、新菜はエコバックの中身をダイニングのテーブルに並べていく。
「まあそうだけど、まだまだ時間に余裕はあるから」
セレナは冷蔵庫に買い込んだ食材を仕舞い、新菜が持ってきた冷凍食品を冷凍庫へ。
「酷いお人好し。助かったのは事実だけど、必要はなかった」
二人の反応に自分も呆れる新菜。
「揃いも揃って罵倒って……別にありがたがってもらいたいわけじゃないからいいけど」
さっぱり割りきったらしい新菜の背中を、セレナがじっと見ていた。
紬のマンションを後にした新菜はクリーニング店から返ってきた制服を片手に自分の家に帰る。
五階建て団地の五階にある新菜の家にはピアノが置かれた部屋がある。新菜はその部屋の壁に並んだ父の書棚から文庫本を適当に取り出し、ピアノ椅子に座って表紙を開いた。
――休みも後半になるとやる事がないのよね。
ペラペラとページをめくってみたものの、特に面白くなかったので本棚に戻す。
本当なら宿題をやっているはずだったが、それは一昨日の夜済ませてしまった。一冊読みたい本があったが、それは昨夜読み終えた。携帯はあんまり長く触っていると家族に心配されるので、昼間から使いたくはなかった。
――それにしても、あんなにいろいろ言われるなんてね……あの時のあの子だったら、どう答えたんだろう。
新菜は結局、新しくする事も見つけられず、机でボーッと考えていた。
次回は01/20金曜日更新予定です