第十話 助太刀とシフト
切絵も「新菜を受け入れた以上、断る理由はない」と紬たちに助太刀として迎えられ、一同は今後の話に移る。
「出来ればもう少し助太刀が欲しいな。武力には現状である程度対応が効くとして、技術畑から……剣野あたりを呼べないか? あいつならそれなりに戦えるから、人手不足な今は純粋な技術系を迎えるより有効だろうし、相手の通信内容を調べられれば、芋づるもやりやすくなる」
弘美が上げた名前を聞いて、新菜は昨日の夜見た、開発者の名前が剣野となっていた手書きの説明書を思い出した。
――名前が知られてるのって、こういう時に役立つのね。
ようは技術に明るいと、端末を受け取った人間に覚えてもらえる可能性が上がるわけだ。新菜は自意識が強いんじゃないかとも思ったが、無意味に名前を書いていたわけではないということになる。
が、紬はあまりいい顔をしない。
「あれは少し野心が強すぎます。新菜のように意気込みがあるのは事実ですが、剣野のそれは利権を差し込むためのものです。端末の担当を決定する際、大分地を晒していました。技術は申し分ないですが、本当のところを言ってしまうとあまり下手な情報を渡したくない相手です。端末の通信はどこかしらにログが残るわけでもありません。通信内容はわからず、こちらが狙われている事は筒抜けに、と最悪の状況になりうる可能性もあります。それなら、小折の方が信頼が置けます。昨日も手助けいただいて、新菜の存在も知っているので、漏れる情報は減るでしょうし」
「小折って誰?」
「昨日わたしの電話に出た警官です。直通の電話をつなぎ、それとなく事後処理を受け持ってもらいました。フルネームは小折 葵です。必要な時は動いてもらうので、名前は覚えておいてください」
新菜は、昨日の電話口のやたらと言葉に詰まっていた警官を思い出す。
「あー、あの人ね」
自分の立場を明かさず、電話先が緊急対応の部署でないことを隠し、紬とのつながりも気取らせないように慎重に立ち回っていた結果があのつっかえつっかえの話し方だったのだろう、と新菜は想像した。あそこまでたどたどしいとあまり頼りになりそうに思えないというのも正直な感想だったが。
「ま、勤勉なのは確かだな。でもあいつは動けないぞ。来る前に連絡取ってみたら、夜は別のグループを追っかけてて忙しいんだとか。一応、渡り鳥仲間にも声をかけてっけど、オレが連絡先抑えてる奴らは優先順位が高くない依頼は後回しだからなー」
弘美は腕組みをした。
「あと、ここらへんで手を借りれそうなのは本家の人間だけど、動かしたくねーし」
ウンウン唸りだす弘美を見て、新菜は目を眇める。
「弘美以外は応援に来てくれないの? 家族なのに?」
「ええ。天道本家――つまりわたしの実家ですね。そこが動くという事はそれだけ大きな問題が発生していると喧伝する事と等価です。守護者の権限は一人で切り盛りできる事を前提に認められています。今のわたしの評価が『盗まれたら危うい』という状況であるとすれば、本家が動いた場合のわたしの評価は『盗まれそうになるだけで危うい』となります」
「つまり能力不足とされる。そうすると、抗争以前に、守護者を務める資格が無いと判断される。その後に待っているのは没落。紬にとっては疑いのないマイナス」
「元も子もなくなるわけね」
新菜も渋い顔をしつつ、それ以上は何も言えなかった。紬を守るという事は紬の立場を守るという事でもあるからだ。
「では、現状はわたくしたちだけで動くほかないわけですわね」
「そういうこと」
「方策は我々で練ります。直接的でなければ本家の伝手をたどることも出来ますし、他にも借りれる手を借りるための根回しをするので、少し時間をください。その間に、お二人にやっておいてもらいたい事があります」
新菜は家に帰り、自分の部屋で机についていた。
机の上には生徒手帳とカレンダー、メモ帳、そして端末が並んでいる。
紬が新菜と切絵にやる事を指示し、その場は解散となった。
やる事はただ一つ。自宅で今後の生活スケジュールの確認。
今は緊急事態ではあるが、それはあくまで自分たちにとっての事であると紬は二人に諭した。
そして、二人には普段の生活がある。紬ははなっからこのような事態を織り込み済みで生きているが、切絵はそういった責任を課されてはおらず、新菜に至っては昨日の今日で責任も何も論ずる前の状態である。
当然、彼女たちのスケジュールには今回の事件に対処するために先回りして開けていた時間など存在せず、予定を事件に合わせて動かすのもまた後々に影響が生まれかねない。
そのため、スケジュールを考慮して、新菜と切絵は空いた時間に助太刀に参加する事となった。
――学校は大前提でしょ? 空手の稽古も今まで通りに出とかなきゃ、休みの連絡が来てないとか家に連絡が来かねないし、そもそもまた戦いになった時、腕が鈍ってちゃ……
新菜が方々に書き散らしていたスケジュールを一つのメモにまとめていると、背筋に寒気が走る。
端末が操作なく起動し、着信を告げる。
「やっぱり、この感覚はまだ慣れないわね」
新菜はひとりごちて通信を受ける。複数人通話機能が立ち上がり、紬と新菜が会話参加中と表示される。紬の側には弘美とセレナがいるらしく、端末越しに声が聞こえる。
呼び出し中だった切絵も数秒後に表示が切り替わり、話し合いが始まった。
「あたしが開いてるのは――」
まずは新菜と切絵がスケジュールを告げる。
『オッケー。なら日に一回、数時間は監視シフトに入ってもらえるな』
次いで、弘美がスケジュールを元に、監視体制を整えていく。
監視体制は最低二人が紬のマンションの居間につめて、警報装置が作動しないか監視する形でまとまった。
新菜と切絵、そして紬はもうすぐ学校が始まるため、朝から昼は弘美とセレナが監視につき、他の時間は五人で当たる。新菜と切絵は何をどうすればいいのかまだわかってないので、各々一回ずつ、セレナか弘美と組み、レクチャーを受ける。
若干の調整を入れつつ、予定は比較的早く埋まった。もともと出来るところだけやると決めており、更に休み無しでも動けるという超能力者の特質がプラスに作用した結果だ。
「わかったわ。じゃあまた明日」
『こちらこそよろしくお願いします』
挨拶をかわし、通話を終える一同。
「ふぅ……明日からか。きっちり休んどかないと」
新菜は自分に言い聞かせ、ベッドに横たわる。
今日の戦いの疲れからか、明日への気負いからか、新菜はすぐに現実に別れを告げ、眠りの世界に落ちていった。
次回は1/13日公開予定です