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超能力の守護者  作者: プラナリア
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第一話 事故と爆発と出会い

 西ヶ野(にしがの) 新菜(にいな)は、横断歩道の信号が変わるのを待っていた。

 その脇を、黒い服の少女がするりと抜けていく。

 この信号は公営団地の街区を区切るように走る、片側一車線の道路を横断するためのものだ。

 確かに、午後二時三十分という今の時間帯の交通量は少なく、信号を待たずとも渡れなくはないのだが、少女は信号を無視し、一歩踏み出していった。

 ――危ないなぁ。

 と、新菜は目を眇めた。

 そこへエンジンの音が響いた。

新菜は右を見る。

 近くのT字路から左折してきた青いセダンが、アクセルを踏んで加速した音だった。

「危ないっ!」

 新菜は反射的に叫び、道路へと飛び出す。

 少女は新菜の声で右を向き、車の接近に気づき、一歩後ずさるように立ち止まる。

 ――走って避けてくれたら一番楽だったんだけど……

 姿勢を低くし、新菜は左を確認。

 新菜が飛び出したのは、少女をかばうためだ。

 反対車線には車の姿がない。

 このまま反対車線へ少女を押し出し、かばいながら受け身を取れば轢かれずに済む。

 とはいえ、決して安全とはいえない行動だ。上手くいっても打撲は免れない。

 それであればむざむざ轢かれるのを見送るのよりはマシだろうが、最悪の場合は二人揃って轢かれるだけで終わっしてしまう。

 新菜は少女を目の前にして、タイミングを図ろうと車を睨みつけた。


 ――できれば来ないで!


 彼女がつい願い混じりにそう思った瞬間、

「え……」

 車のボンネットが轟音を立てて爆発した。

 満開の桜の花が、爆風に煽られて散る。

 新菜は突然の出来事に思考を停止させてしまう。

 車のボンネット中央に空いた穴からは、ガソリンによる火柱が上がっている。

 新菜は勢いのまま少女にぶつかり倒れこみ、何とか少女を庇った代償に左肩を地面にぶつけてしまい、そのまま滑るように横向きに歩道へと転がっていく。

 車は爆発の衝撃でバンパーを地面に擦り付け、横断歩道を削る勢いで大きく滑って停止した。

 新菜は歩道で少女を抱えてひっくり返ったまま、エンジンルームが炎上している車をぼんやり視界にとどめ続けていた。

 新菜は当惑していた。

 車が爆発したことそのものに対してではない。

 爆発する瞬間覚えた、新菜は今まで体験した事がない感覚に対してだ。

 ――何? 今の。

 何かが自分から車へと走ったような違和感。

 さりとて自分に何かが出来るわけがないともわかっていたが、この感覚はそんな常識を塗りつぶしてしまうほどにはっきりとしたものだった。

 助けた少女が平然と黒い服の裾を払いながら立ち上がる。

 ――そう、あたしも落ち着かないと。

 新菜は自分を叱咤するように一度強く瞬きし、身体を起こす。

 少女の我関せずという落ち着いた様子に、新菜もまた冷静さを取り戻していった。

「大丈夫? ケガはない?」

 そのままどこかへ歩いていこうとする少女に声をかける新菜。

「あなたが庇ったのですから、それくらいはわかるでしょう?」

 少女は振り返りもせずに言った。

「違和感でいっぱいなのに、よく他人の心配をしている余裕がありますね」

 少女の言い草に、新菜は困惑して下を向き、少し考え込んでしまう。

 確かに新菜は違和感を覚えている。少女の言葉はそれを的確に射抜いていた。

 しかし、事故に巻き込まれたのは新菜と少女だけではない。頭を振り、新菜は頭を切り替える。

「じゃあ、大丈夫ね」

 新菜の心配に、遠回しに「新菜がヘマをしていなければ問題ない」と軽い皮肉を交えて言える余裕のある少女が、大きなケガに気づかないことはないだろう。

 新菜はその冷静さをありがたさく思いながら、少女の脇に歩いていき、肩に手をおいた。

「携帯電話は持ってる?」

「はい。警察に通報しておきます」

 新菜の問いに先回りして答える少女。

 少女は冷静なだけでなく、判断もしっかりしている。

 ――これなら作業を分担できるわね。

「じゃあお願い。あたしはちょっと向こうを見に行ってくるから」

 新菜は頼むなり、燃え上がっている車へと走っていった。

「本当に余裕があるみたいですね。わたしはあなたのほうがよほど心配なのですが」

 少女はひとりごちながら、取り出した携帯にパスコードを打ち込み始めた。


 新菜は事故車両の右側、運転席を窓から覗く。

 車は爆発で無残に変形しており、バンパーは外れ、カウルがタイヤに食い込み、フロントガラスには蜘蛛の巣のような細かなひびが走っている。

 未だボンネットとエンジンルームは強く燃えているものの、車内にまで火は回っていない。

 パステルイエローのトレーナーの袖で手の甲を申し訳程度に保護し、運転席ドアの窓ガラスを数回叩く新菜。

 エアバックにもたれかかってぐったりしていた若い男性が、ゆったりと顔を上げた。

 新菜は虚ろな様子の運転手の男に大声でシートベルトを外すよう指示し、ドアの鍵を開けてもらう。

 歪んだドアを二人がかりで開き、新菜が運転手を引っ張りだす。

「あの、何があったんです?」

「自損事故です。今、救急車を呼んでもらっています」

 新菜はふらふらとした様子で尋ねる運転手に肩を貸しつつ、一旦近くのマーケットにあるベンチに座らせる。

 ぼんやりと運転手が「事故?」と呟いた頃、少女が新菜の脇にやってきた。

「事故の状況を教えてほしいそうです」

 少女が差し出した携帯のスピーカーからは女性の声が聞こえた。

『運転手にケガはありませんか?』

 どうやら、自分と少女に目立った外傷が無い事は既に伝わっているらしい。

 新菜は少女から携帯を受け取りつつ、運転手の全身をなるべく丁寧に確認する。

「見てわかるものは額の擦り傷だけです」

 ふむ、と女性は一旦言葉を止める。

「でしたら、緊急車両を回しましたので、後はこちらに対応を任せて下さい。あなたとつ……通報してくれた方は歩くのに問題はないようですので、お近くの整形外科へお願いします」

 続けて出てきた指示は早口で、新菜はどこかまくし立てるような印象を受けた。

 混乱や不安を増大させかねない対応に思えたが、新菜にはそれより気になることがある。

「ですが、痛みは遅れて出てくる事もありますよね?」

 新菜は痛みをほとんど感じていない。地面に強くぶつけた左肩も、最初の一瞬ガツンと来て以降、ウソのように痛みが引いている。

 新菜はこの痛みの変化に心当たりがあった。

 事故や大怪我に遭遇した直後には、脳が興奮物質を多量に分泌させ、痛みを感じないようにしてしまう事がある。

 痛みで動きが鈍るのを避け、緊急事態に対処させるための仕組みだ。

 また、実際にケガをしていても、内出血などが発生していないためにすぐにははっきりとした痛みがない事もある。

 これらの潜在的なケガの可能性は、自分の状態を把握できていない男性にも、事後処理をしようと動いている新菜や少女にもある。

「ご配慮ありがとうございます。救急車両を回していますので、救急隊員にお任せいただければ大丈夫です。三人への対応より一人への対応のほうが手早く済みます。処置が必要な場合、その差が後に響いて逆効果になりえますし、何よりつ……通報してくれた方が心配です。お二方は動けるようですので、一刻も早く動いてもらいたいのです。幾つか確認事項がありますので、電話をつ……通報者に戻してください」

 新菜は一瞬どちらのほうが早く確実だと言いたいのかと混乱し、やたらと舌をかんでいる様子にも少し不安感を覚えた眉をひそめたが、ここは素直に指示に従うことにした。

 事故現場への対応は、自分より警察の方が遥かに慣れているはずだからだ。

 新菜は男性を放っておく罪悪感に後ろ髪を引かれつつ、電話を少女に返す。

 少女は二つ三つ話して電話を切り、新菜を見た。

「では行きましょう」

 事もなげに少女は新菜の腕を掴み、歩き出す。

 自分より小さいなで肩の華奢な身体に反して、その力はとても強かった。

「え、ええ……」

 新菜は少女の違和感を見透かしたような言葉に不思議な説得力を感じていたのもあり、半ば引きずられながら道路を渡る。

 また信号は赤になっていたが、新菜にそれを確認する余裕は残っていなかった。


 二人はそのまま団地を抜けて、小学校へと続く坂を下っていく。

「こっちに整形外科ってあったっけ?」

 移動の最中に少し頭の整理を進めた新菜は、遅まきながら少女がどこへ向かっているのかわからなくなり、足を止めた。

「整形外科に行く必要はありませんよ。あなたとわたしはケガを負っていません。心配は無用です」

 少女はやはり動じる様子を見せずに歩き続ける。

 新菜は肉体的にも精神的にも置いてけぼりを食らい、目を眇める。

「じゃあどこに行くわけ?」

 新菜がついてきていないのに気づいた少女は振り返った。目は冷たく新菜を見ている。

「人のいないところです。その方が話しやすいので。爆発の原因はあなたにありますから」

 少女の言葉を聞いた新菜は目を見開き、無言になる。

 確かに、爆発の瞬間が違和感を覚えたタイミングとぴったり合うのは事実だ。少女の話が人に聞かれれば誤解を招きかねないのも事実。あの爆発が事故なら新菜は巻き込まれかけた被害者となるが、狙って爆発させたとなれば後ろ指を指されるような大問題になってしまう。

 そして、無言になる理由は他にもあった。

「確かに、ついて来ていただくために伝えておくべきことがありますね」

 少女が近づいて来るのを()()()、新菜は返答が出来なかった理由を強く意識させられた。

「あなたがわたしにだけ感じている『気配』を、わたしもあなたに感じています」

 新菜が無言になったのは、少女の言うところの「気配」のせいだった。

 確かに感じられている、違和感の一つ。

 気圧されるような存在感、あるいは雰囲気のような感覚。

 事故でシッチャカメッチャカになった頭の中が混乱しっぱなしなだけかもしれない、と新菜は思っていたが、運転手や野次馬、道中にある建物の中などからは全く感じられなかったのは少女の指摘通りだった。

「先に自己紹介だけ済ませておきましょう。わたしの名前は天道(てんどう) (つむぎ)です」

 少女――天道 紬は深く頭を下げた。

「詳しい話はわたしの家で」

 体験したことのなかった不思議な感覚に「気配」という言葉を与えられ、新菜は困惑から開放される。

「うん、わかった」

 強く頷く新菜。

 二人して歩き始めたところで、新菜は自分が名乗っていない事に気づく。

「こっちの名前も言わなきゃね」

 未だ状況に順応できていないと思い知らされた新菜は、まず自己紹介を終わらせる。

「あたしは西ヶ野 新菜。よろしく」

 新菜は少女へと手を差し出した。

「こちらこそ」

 紬は握手に応じる。

 さっきと違って、力はそこまで強くなかった。

第一話をお読みいただきありがとうございました。不慣れ故に拙い部分が多々見られるかもしれませんが、今後とも宜しくお願い致します。


11/06:新菜の心情、及び種々の状況説明を増やす形で改定。筋立てや内容に差異は出ない、微改定となります。

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