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6モフ目

お読みいただきありがとうございます

「さて、今日はどうするか」

「きゅい?」

 生産もしたい。戦闘もしたい。馬具もどうにかしたい。

「やっぱりあの写経教室かな」

 どうせならさっさと行ってしまおう。あからさまに怪しくて気になりすぎる。

「ごちそうさん」


「たのもー」

 裏通りの写経教室。今日は入口の扉が開いていた。

 って、ドアノブあるくせに引き戸かよ。

「なんじゃ、そうぞうしい」

「表の写経体験の看板見てきたんだけど」

「ひょーっ、お前さん、体験希望者か。まあ、上がれ上がれ」

 出てきたのはひげをたくわえたじいさん。人間ベースに耳と尻尾が付いた、……あれは、イタチか?全身がないと判別しにくいな。

 そのまま押されるように、いや、押されながら連れていかれる。

 何か硬いものが当たっているんですけど!?

 テーブルセットに案内されて、じいさんがお茶を淹れてくれる。

 どうせなら女の子が淹れてほしい。

 あてられるのも、どうせならやわらかい膨らみゲフンゲフン。

「で、だ。まずは自己紹介から行こうかの。わしの名前はウィーセリン。東の亜大陸から我が国の文化を広めるためにやってきた」

「僕は毛皮丸。冒険者兼駆け出し生産者だ。こっちは淡雪」

「きゅい」

 淡雪さん、暇だからって頭の上に登らないで。あああああああ、耳かまないで、舐めないで!ぞくぞくしちゃう!

「毛皮丸じゃな。ところでお前さん、【写本】スキルは持っているのか?」

 じいさんは淡雪のことを気にしない。いや、時折視線は行くから、つっこまないようにしているだけか。

「レベル3だけど、ある」

「それは重畳。最近のもんは【筆記】すらめんどくさがってやろうとはしない」

 まあ、基本プレイヤーは戦闘か生産かで、趣味的なスキルを取る奴はあんまりいないだろう。

「とりあえず、この本を写せ。【写本】がレベル5になったら一つスキルを教えてやるでな」

「【写経】か?」

「確かにそうじゃが、そう先を急ぐでない。まずは写せ」

 まあ、スキルレベルを上げて悪いことはないから、素直に写すか。

 久々の正座だからか、はたまたVR空間だからまたシステムが違うのか。

 もぞもぞするも落ち着かない。

 何が言いたいかというと。

 あ、だめ淡雪。今そこそこまじめなとこ。だめだって。足、さわるっつぁ! 痺れてるから! さわっちゃだめだっちゃっ!鬼のようなびりびりする宇宙人みたいになっちゃうから!

 つんつんらめえええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 あふん


「おちついたかの?」

「お見苦しいものを」

「はっはっはっは。竜種にそこまでなつかれておるのだ。悪いやつではあるまい」

 僕がぴくぴくしている間にやってきたドーマンさん。見事に狩衣を着こなしている。獣率が比較的多めの、タヌキかな?

「で、お主は【陰陽】の取得希望ということで良いのか?」

「【陰陽】?」

 新種のスキルか?

「ドーマンよ、まだ話がそこまで進んでおらぬでな」

「ぬ、そうなのか」

「さて、そろそろ写本はおわったかの?」

「みたいです」

 僕が淡雪につつきまわされている間にも、【写本】は仕事を続けていたようです。

「もしかして必要なのは筆、ですか?」

「お主、筆のことを知っておるのか?」

「【写経】を得る前でしたので熟練度としては0ですが」

「説明する手間がはぶけたな。まずはウィーセルについて【写経】するのだ。それを見て入門をどうするか決めよう」

「はい」

 実のところ、筆の扱いも多少心得がある。小学校の時、習字教室に通っていたからな。

 しかし何でスキルの名前が【写経】なのか。書道でいいと思うんだけど。

 まあ、ここの運営だから趣味で終わる気もする。


 だいたい二時間がたった頃だろうか。ようやく一枚の写経が終わった。

「ふむ。特に問題はないようじゃな」

「そのようだな。では改めて毛皮丸よ。【陰陽】の道に進むか?」

「よろしくお願いします」

「うむ」

 こうして僕は魔法使いの弟子、もとい、【陰陽】使いの弟子になった。


 場所を移してドーマン……師匠の家。

「丁寧に書くように」

「はい、師匠」


陰陽の符(火)


【陰陽】に使う符。術により使う種類、枚数が異なる。


 この符の前に陰陽の符(木)が三十枚。この後に土、金、水が、これも各三十枚。書くのは単純な図形とはいえ、手が痛くなる。これで符としては一番下になり、符の力が強くなればなるほどもっと複雑になっていくらしい。

「精進せよ。【写経】の腕が上がれば上がるほど符の作成も楽になる」

「それはどれほど?」

「【写本】のような技がある」

 おおう。それは頑張らねば。

 ま、どうせ先は長いだろうけどね。


 そうこうしているうちに全部の符が書けた。

「では、実戦訓練といくかな」

 スパルタだな師匠。

ぽーん

 おっと。フレンドメッセージだ。まあ、登録相手なんかモフナーしかいないんだけどさ。はははっ。声が甲高くなるね。

「師匠、少々お待ちを。友人から連絡が」

「ふむ。手早くな」

 メッセージウィンドを開けば。

『やっほー。ログインしたけどとりあえず草原で狩りの予定。土日で継続ログイン!明日までに最低でもウサギを!』

『ウサギ頑張れ。こっちは魔法スキルの修業中。当分動けない』

『はいはーい』

 昨日ログインしなかったのは土日で遊び倒すためかな。

 ま、いいや。

「お待たせしました」

「うむ。ではいくか」

 師匠に引き連れられて門から街の外へ。そのまま外壁に沿って歩いて……ここは入江か?

 岩の隙間を抜ければ、海の青が一面に反射する幻想的な洞窟の入江。これが修業でなければモフモフして過ごすんだけど。

「まずはやってみせよう」

 そういうと師匠は符を構えて一歩前に出る。

「臨兵闘者皆陣裂在前!」

 師匠の気合いとともに符が輝いて飛んでいく。

 うん。思ったより派手だな。

「やってみよ」

 師匠に促されて前に出る。

「り、臨? 兵闘者、えっと皆陣裂在前?」

 僕が構えた符は、お情けのように非常にぼんやりと光って手から飛んでいく。

「……」

「……師匠。コメントがないのはつらいです」

「……………まあ、一応発動したから良しとしよう」

 ≪スキル:陰陽 が有効化されました。≫

 ふう。なんとか無事に有効化できたな。

「言っておくがこれで免許皆伝といくわけではないからな?」

「それはもう」

「そして今のは習得のための入門用の術のため、わしがついて行うこの初回しか使えぬので、そのつもりでな」

 えー、お手軽そうだったのに。

「とりあえず無事に習得できたことを祝ってこれを渡そう」

 これは、本と、何のケース?

「本は【陰陽】の手引書。ケースは符のホルダー用だ。腕だろうが足だろうが腰だろうが、胸につけて魔法反射を頑張ってみようが、好きにするがいい」

「師匠……」

 魔法反射ってあんた……。鏡な盾じゃないんだから。

「さて、わしは行くところがある」

「師匠?」

「本国からの指示でな。ちといろいろ回らねばならぬ。毛皮丸よ。精進をおこたるでないぞ」

 風が吹き抜け、砂を巻き上げる。

 目をかばった手を下したとき、そこに師匠の姿はなかった。

「行こうか、淡雪」

「きゅい」

 街に帰ろう。そう思って振り向きかけたその時。

「そうそう。【陰陽】の技を高めていくと、また違ったものを覚える下地ができるでな」

「師匠!?」

「しっかり手引書を読み込めよ。家に来れば連絡はつくようにしておく。では、今度こそさらばだ!」

 そういって師匠は洞窟の外へと歩いて行った。

 まったく。なんて人だ。


「あ、毛皮丸、やっほー」

 手引書を読みながら街に戻ってきたところに声をかけてきたのはモフナー。足元にはニャコと……ウサギ!?

 従魔が二体同時にいる、だと。

「あ、これ?レベルが5になったら一緒に呼べるようになったよ」

 なんだ、と……。

 思わず力が抜けて、がっくりと膝をつく。

「抜かされた……」

「そっち!?」

 なにせ僕のレベルはまだ2なのだ。

「ま、まあ、すぐに追いつけるよ! それよりさ、なんか丘の上に牧場があるらしいの。【乗馬】が有効化できるんじゃないかって話がでてるよ」

 牧場だと? それなら鞍の作り方がわかるか?

「馬ならまかせろ!」

 淡雪を送り返して、シンシナティを呼び出す。

「え? 馬!?」

「ああ。テイムした」

「ぶるるる」

「なんだかんだ言って私より先に行ってるじゃない」

 いやいや。ログイン時間が長いのにレベルで負けるのは悔しいですよ?


 街の門をパスして、蟻と戦ったとこを越えてさらに進む。

 蟻のことを考えたおかげでフラグがたったか、前と同じソルジャーアントに襲われた。夜じゃなくても出てくるのか、こいつ。

「蟻?」

「戦ったことない?」

「うん」

「打撃系の攻撃は通じにくいから注意して」

 モフナーに声をかけて符を引き抜く。本邦初公開!

「迦具土炎槍!」

 さっき読んで覚えた付け焼刃を食らいやがれ!

「おお!」

「こいつもだ!」

 ハードマチェットを引き抜き、足の節に叩き付ける。

 拳だけで苦労したのがうそのように足が切れる。うん。これはいい物だ。

「負けてられないね」

 モフナーも自分の鎌を構えて切りかかる。

 人数も増え、武器も変わったことで、以前とは比べ物にならないくらいの速度で戦闘終了した。


「見えたよ」

 モフナーの指さす方向、丘の中腹あたりに木製の柵が見える。その中には何頭かの牛、馬、羊。


ホルスタイン メス


言わずと知れた乳牛。運がいい子が牛乳を注文すると丸ごと冷凍されて送られてくるかもしれない。


眠りひつじ オス


夜眠れないときに召喚する。一万匹を超えても眠れなければ返品推奨。


 さらに進めば牧舎と家が見えてくる。看板には[ミノス牧場]となっている。

「こんにちはー」

「はいはい、いらっしゃいませ。ご用向きは何でしょう」

 声をかけて出てきたのは、看板に偽りなしの牛の獣人、ミノタウロスのおっちゃんだ。

「【乗馬】を教えてもらいたいんですけど」

「あと、出来れば馬具の作り方」

 少し困った顔をするおっちゃん。

「【乗馬】は、まあ1時間1000Fのコースで慣れてもらえれば覚えれると思います。ですが、馬具の方は我々も職人の方から仕入れてますので……」

 そりゃあそうか。

「要はご自身の馬の馬具が欲しいということですよね?」

「ええ、まあ」

「でしたら、うちの馬具で合うものがあればお譲りすることもできますが」

「ほんとうですか!?」

 これはいいな。弟子入りしなくても現物が手に入るかもしれない。

「早速合わせてみますか?」

「お願いします」


 結論から言えばシンシナティに合う馬具はあった。なんとか、というレベルだけれど。

 牧場の馬と比較してようやく分かったことだけれど、どうも普通の馬に比べて一回りほど体が大きいようだ。

「なんとかあってよかったです」

「お手数おかけしました」

「いえいえ」

 馬具は2万F。まあ、許容範囲だな。モフナーの乗馬代も含めて僕が一緒に払っておく。

 ……ああそうさ。見栄だよ。安いプライドだよ

 認めるからさ、尻尾を甘噛みするのやめてくれないかなぁ、シンシナティさん。腰回りがぞくぞくしちゃうから。

 そ、それ以上したら腰砕けに…………。

 あふん


 馬具はサイズさえ合えばベルトなどは自動で調整されるようだ。さすがゲーム。

 馬具をシンシナティに装着した後は馬場に案内された。

 そして十分後。僕はシンシナティに、モフナーは牧場の馬に、それぞれまたがって馬場の中をぐるぐる回っていた。

「はい、いい調子ですよー」

 どのあたりがいい調子なのかわからないけどいい調子らしい。

「うちの牧場はダメなときはダメって言いますけど、それ以外は例え平凡でもいい調子って言いますよー。だからいい調子ですよー」

 運営正直すぎるだろう!?

 そうやって馬に乗ること、いや、乗せられること?一時間弱。歩いたり走ったり飛んだり飛ばされたりカップルを追いかけている奴がけられたりしているのを見ていると。

 ≪スキル:馬術 が有効化されました。≫

 ここで来るか。システムメッセージ。

「はーい、慣れてきたようなのであとは頑張って乗ってくださいねー」

 こうして【馬術】講習は終了した。


「さてどうしよう」

 空は徐々に赤く染まっていく。

 夕飯に行くには微妙に早く、かといって狩りに行くには少し時間が足りない気がする。

「私は一度落ちてリアルでご飯」

「そっか。それじゃあ僕はせっかくだからシンシナティと走ってくるか。な?」

「ぶるるる」

 視線を向ければ特に嫌がっている様子は見えない。

「たぶんモフナーが戻ってくるころには僕は寝てるから」

「うん。じゃあ、こっちではまた明日、だね」

「おう」

 互いに手であいさつを交わし、モフナーは街の方向へ、僕はシンシナティにまたがり街から離れる方向へ、それぞれ進む。


 シンシナティの速足に揺られて三十分ほど。あたりの風景は森へと変わってきた。

「お前がもともといた森かな」

「ぶるるるる」

 どことなく緊張気味、か?まあ、ひどい目にあった場所だからそれもしょうがないか。

「うわあああ」

「なんだ!?」

 突然聞こえた悲鳴。近いな。

「シンシナティ、悲鳴の方へ!」

「ヒヒーン」

 気合を入れて走り出す。でも、いきなりの疾走は尻が痛いよ、シンシナティ。

 悲鳴の主はすぐに見つけることができた。羊の獣人が粘液状のモンスターに取り込まれかけている。


スライム


不定形の体を持つ自然界の掃除屋。いろんな意味で定番。


 いろんな意味って何!?

 それは置いておき、不定形の体だと打撃とか効きにくそうだよな。下手したら刃物も。攻撃手段は【陰陽】だけか。

 こうして考えると、うちのメンバーは僕も含めて物理偏重だよな。ちとまずいか。

「迦具土炎槍!」

さすが属性付というべきか、一撃でスライムの体が縮む。

「もう少し頑張れ!」

「ごめん、助かる」

 もう一撃、火の符を引き出して術を叩き込むことで、ようやくスライムが倒れた。さて、なにが剥げるかな。


魔石(小) 


モンスターが落す魔力の結晶。使い道いろいろ。人生いろいろ。


 ……突っ込んだら負けだ。

 ≪おめでとうございます。プレイヤーがレベルアップしました。任意のステータスに2ポイント割り振ってください。≫

「改めてありがとう。助かったよ」

「ちょっと待って。レベルアップしたから先に処理させて」

 お礼を言う彼に待ったをかけてレベルアップの処理をする。

 さて、何を上げよう。


プレイヤー:毛皮丸 Lv:3 up


 HP:78 up

 MP:51 up



 STR:13

 VIT:10

 DEX:16

 AGI:12 up

 INT:12 up

 MIN:10


 少し魔法を強化だ。

「お待たせ」

「ううん。レベルアップは大事だよ」

「いまさらだけど、プレイヤーだよな?」

「うん。薬剤師志望のDr.白衣」

「お前か!」

「えっと、どこかで会った?」

「毛皮丸って言ったらわかるか?」

「あ」

「てか、攻略組じゃあなかったのな」

「ノリと勢いでやった。今は後悔している」

 どこの犯罪者だよおい。

「一人なのか?」

「ああ、うん。掲示板のメンバー、リアルで知り合いなんだけど、今日はみんな都合がつかなくて」

 まあ、そんなこともあるか。

「街まで送るか?」

「助かるよ。採取依頼のアイテム、集め終わったとこで喰われたから」

 とりあえずパーティー申請を出す。

「あ、毛皮丸くん。なんか、状態異常かかってる?」

「え?」

 そんな特殊攻撃受けた覚えがないけど。

「自分を【識別】してみるとわかるかも」

 なんですと。


毛皮丸:状態異常 毛根ダメージ

部位:尻尾


 貴様かシンシナティ!!!

 どう思っても甘噛みが原因です、ありがとうございました。

 視線を向ければ、しれっとそらしてくれる。

 じーっとみつめてやる。

 そらしたまま。

 じーっと

 じーっと

 じーーーーーーー

「えっと、道具屋でリンスとかトリートメントのアイテム買って、風呂で使えば解消すると思うよ」

「ほう」

「そんなようなアイテムを昨日作ったんだけど、いったい何に使うのかと思ってたら」

 運営め。こんな遊び心いらんぞ。

「ほうっておいたら禿げたりしてな」

「ははは、まさか」

「僕もまさかとは思うさ。でも、ここの運営だぞ?」

「…………うん」

 急いで帰るぞ!

 Dr.白衣君とフレンド登録をして、全力で街に帰った。

 ええ。それはもう全力で。

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