4モフ目
飯テロ案件あり
鳥の声で目を覚ませば窓の外はまだ暗く。メニューで時計を確認すれば6:00。
睡眠時間は現実の半分のはずなのにしっかり寝ている気がする。まあ、24時間ログインを可能にするために病院でも何かしらの処置を行っているんだろう。
「きゅーい?」
「まだ寝てていいよ、淡雪」
「きゅいー」
同じベッドで丸くなっていた淡雪が頭を持ち上げるが、すぐにまた眠りの海へと沈んでいく。
さすが幼体。よく寝る。
昨日、モフナーがログアウトする前に行ったベッドの上のマグロ亭。前に見た掲示板の通り、カルパッチョがうまかった。
食事をしながらモフナーがしゃべることしゃべること。
意識不明だったとき、毎日そばにいてくれたそうだ。初日も僕がいる病室の隣からログインしていたって。ありがたいけど病院に迷惑だからやめなさい。
さて、今日はどうしようか。生産活動でもしようかな。
昨日狩ったウサギの皮があるから、まずは鞣しからだな。出来上がるのに時間がかかかるから、朝食前に作業を始めよう。
まずは皮から革にするために、鞣し(なめし)の工程だ。鞣しにもいくつか方法があるけど、とりあえずタンニン鞣しで言えば。
皮を水につける
石灰で脱毛する
濃度の違うタンニンに順番につけていく
漂白する
油をひく
と、おおざっぱにいえばこのような工程で出来上がる。
タンニンというのはお茶の苦味のあれだ。
で、このタンニン鞣しをまともにやろうとすると一か月もかかったりするんだけど、そこはこのゲーム世界。桶に水を張ってウサギの皮を入れ、鞣しキットに入っている薬を入れればあっという間。
ウサギの革
鞣された革。つぎはぎにすると耐久性が落ちる。
あっれ、思ったより早くできた。まあジャケットとか、一枚で大きい面積のある物は難しいということ。ちゃんとパーツごとに作って縫製すれば問題ない。つまり僕のコートはうまく作ってあるということだ。
これで後は作るだけ。
さて。
「淡雪起きろー。ご飯行くぞー」
「きゅい♪」
「おっちゃーん。今日の朝飯はー?」
「きゅっきゅいー?」
「パンとベーコンと目玉焼きだ」
「ラピ○タパン!?」
これで食欲がそそられないわけがない。
焼きたてのライ麦食パンの上に、焼き溶けた香ばしい脂香るベーコンと半熟の目玉焼き。
完璧な逸品だ。
ごくり
神妙に手をあわせ
「いただきます」
うまい
「ベーコンを出てきた脂で揚げるように焼くのがポイントな」
テイストキングも口から光線を出しながら叫んで納得するだろう。それなんてドラゴンブレス?
「やっぱりこの宿当たりだよな」
「きゅい」
「うれしいこと言ってくれるじゃねぇか」
「ごちそうさん」
「あいよ」
そして作るものといえば、現状絶賛放置プレイの鞄だ。直線に縫うだけだし、入門用に丁度いい。
サイズは腰の後ろにつけれるくらい。ウエストポーチというよりは腰につけるボディバッグという感じかな。
上から蓋を垂らす形で開閉が楽なように磁石付きのコンチョを飾り兼ストッパーにして。
うん。デザインはこんなものか。
ここから型紙を起こして、包丁で裁断。接着剤で貼り合わせて菱目をあけて、後はひたすら。
革は布を縫うようには縫えない。一本の糸の両側に針をつけ、縫い目の穴の中で交差するように縫いこんでいく。初めて革を縫ったときはうまく縫い目が整わなくて苦労したものだ。
縫うべし。
縫うべし。
縫うべし。
縫うべし。
縫うべし。
はい、こちらが出来上がりとなります。
ウサギの鞄
ウサギの革で作った鞄。糸目があまりそろっておらずみずぼらしいが、実用には耐える。
うるさいやい。現実で作るときはちゃんとそろうんだい。スキルレベルが低いのが悪いんだい。
ぐすん。
淡雪をもふるのでしばらくお待ちください。
「気を取り直して【付加】だな。ってあー!」
【付加】に必要なものを用意してないじゃないか。
道具屋で見た限りは入門キットなんてなかったから、本から拾い出したものを一から用意しないと。といっても必要なのは丈夫な布、魔石、塗料なんだけど。
塗料は革の染料を転用しよう。
丈夫な布はどっかの店で手に入るだろう。
魔石。うーん、魔石。道具屋でも露店でも見なかったしな。RPGのパターンとしてはモンスターの核か採掘するものだよな。
「……とりあえず露店行ってみるか。淡雪、出かけるよー」
「……ゅい」
あ、息も絶え絶えな状態になってたの忘れてた。
パイルダーでオンしていけばいいか。
「いやー、あったあった」
夜に狩りに出ていった奴らがアンデット系モンスターからとってきたらしい。現状使い道がないということでお安く手に入れることができました。
ついでに昼飯も食べてきた。
さあ、【付加】の取得といきますか。
まず黒の染料を小分けして、そこに魔石を砕いたものを入れます。……革細工用のハンマーじゃ【槌】スキルは生えないみたいだな。
しばらくすると魔石の粉が溶けるので、これで布に指定された魔法陣を書きます。縁で囲まれた六芒星の頂点のうち、一つだけにまた円がついてる感じ。
これで乾燥を待ちます。
次に鞄を作ったときに出た端革に六芒星を刻みます。
「【付加】のためだからな! 厨二じゃないからな! あくまで【付加】のためだからな!」
よし。誰も聞いてないけど言い訳完了。
布の方は乾いたかな?
付加陣の布
【付加】で使う魔法陣が描かれた布。初心者用。
うっせ。
こほん。
まあ、うまくいったみたいで。
中心の六芒星の上に端革を、小さい円に魔石を置いて。つけたい効果に対応する呪文を唱えれば。
ウサギの端革
パーツを切り出した後の残りの革。小物くらいは作れるかもしれない。
付加:耐久力向上
うし!うまくいった。
≪スキル:付加 が有効化されました≫
よしよし。うまくいった。
さて、本番だ。
同じように鞄と魔石をセットして。
ごにょごにょごにょらーた。
ウサギの鞄
ウサギの革で作った鞄。糸目があまりそろっておらずみずぼらしいが、実用には耐える。
付加:内容量拡張 スケルトン一体分
おい! 具体的な数値で出しやがれ!
一度全部装備してみようか。
頭:
体:麻の服
上半身:ウサギ革のコート
腕:
手:ウサギ革のグローブ
下半身:麻のズボン
腰:
足:
靴:端革の靴
右手:
左手:
その他:ウサギ革の鞄
うん。ちょっとそろってきた。
時間は18:03、か。夕飯食べても時間があまるな。
トトもまだ呼んでないし、魔石ゲットのためにも夜の狩りと行きますか。
時刻は19:06。現実では9:30を過ぎたところだ。平日の朝となればさすがにプレイヤーの姿は少ない。道具屋に寄ってきたがまあまあの時間だろう。
「さて淡雪。トトを呼ぶから交代な?」
「きゅい!?」
「大丈夫だって。また呼ぶから」
「きゅう」
ああ、寂しそうな淡雪もかわいいなぁ。
「それじゃあ、淡雪を送還っと」
スキル:召喚
我が呼び声に応えよ 汝我が友トト 来たりて現れよ
お馴染みの魔法、陣?いや、淡雪のと色が違う。淡雪はオレンジで今は黄色だ。
個体か種族で色が違う?
ま、気にしてもしょうがないか。
「よろしく、トト」
「ぷう」
さて、普段はプレイヤーがいて遠慮していたところを回ってみますかね。
草原に入って十分。そいつは音もなく目の前に現れた。
ソルジャーアント メス
兵隊アリ。巣の外に出て餌を集めたり外敵を駆除したりする。顎の力は強力。
「トト、やれるか?」
「ぷう」
トトは前傾姿勢になり後ろ足に力を貯める。やる気は十分のようだ。
ギチギチギチギチ
ソルジャーアントも顎や体の節を鳴らして威嚇してくる。
では、戦闘開始だ。
蟻はまずトトに狙いをつけたようだ。
二匹が瞬間にらみ合う間に、ステップを踏んで蟻の横に回り込む。
「せいやっ!」
足の節にこぶしを叩き込むが、微妙にねらいがそれて外骨格が阻む。たわんで衝撃を逃がされたようだ。
だが、意識がトトから外れてこちらに向く。
トトはその隙を逃がさずサマーソルトキック。が、蟻は寸前に察知し後退。
僕は正面から追撃して触角を狙う。
今度は外さない。蟻の動きが鈍くなった。
トトが頭に飛びつき触角をかじる。さすが重歯目の歯。するどい。触角の一つが落ちた。
そのまま正面から踏み込んでアッパーカット。トトはすでに離脱している。
以外に軽い?浮いた体にボディーブローだ。そのままひっくり返れ。
蟻はじたばたもがいている。
さあ、どっか調べの、何かあった時に言ってみたいことNo.1。
「こんなこともあろうかと!」
ロープで蟻の足をひとまとめにする。出てくる直前、閉店ぎりぎりの道具屋に飛び込んだかいはあったな。
ほんと、備えあればだな。
さて、どうやってとどめをさすかだけど.虫なら穴があるよね。ね。
てなわけで。
「せいやっ!」
腹の穴を確認して拳を突き込む。穴に突っ込む。……ごくり。
ギチギチギチギチと蟻がうるさいが気にしてはいけない。
突き込んだ穴、気門から内臓を握って引きずり出す。呼吸ができなければ死ぬしかないだろう。
しばらくのたうち回ってようやく息絶えた。
「ふう。トト、おつかれ」
「ぷう」
さすがに疲れた。狩りは続けるにしても、少し休憩したい。が、まずは解体しないとな。
ソルジャーアントの胸殻
兵隊蟻の胸部外骨格。軽くて丈夫。耐衝撃性に優れる。
いい物が剥げた。これで胸当てでも作ればいい防具になるだろう。
こんな大きなものでもサイズに関係なく収納できる鞄さん、最高です
「トト、おいで」
「ぷう」
近場にあった岩に登り、トトを抱える。首から背中にかけて撫でてやれば、
「うーん、モフモフ」
夢中になりすぎないように注意せねば。
「トトもそのうちブラッシングしようなー」
「ぷう」
二十分ほど座っていただろうか。気づけばトトの感触に夢中になっていた僕は、体で振動を感じた。
「地震?」
ゲーム内で地震が起きる?何かイベントか?
あたりを見回せば何もなく、いや、土のにおい?今まさに掘り起こされたような土のにおいが漂っている。トトも鼻をぴすぴすさせて、かわいいなぁ、もう。
じゃなくて。
目を凝らせば街道の向こうから土煙が近づいてくる。
かすかに聞こえるのは馬の鳴き声か。こんな時間に何に追われてる?
「トト、様子見に行くぞ!」
「ぷう」
街道にたどり着いて確認すれば。
どっごぉぉん
「は?」
馬が爆発した!?
ひひぃぃん
ひぃぃぃん
目の前を群れが通り過ぎる。馬の背中に、こぶ?
爆裂ドリアン
森の中にはえる果物。熟すと少しの衝撃で爆発してすさまじい臭いをまき散らす。爆発しないように上手く処理したものは美味。
モンスター食材? 爆発力は結構あるな。馬の数がどんどん減って…
「って、くさっ!!」
ドリアンが臭いとは聞いたことがあったけど、こんなに臭いのか。
…トト、涙目になるほど臭いんだね。
こうしている間にも次々と馬が吹っ飛んでいく。これは素材ゲットのチャンスか?
とりあえず見える範囲の馬から解体する。
野生馬の毛皮
馬の皮。家畜の馬に比べ少し硬い。
野生馬のコードバン
馬の尻の革。かなりの運動をこなしてきた馬からしか取れない。
馬肉
生でよし。焼いてよし。運営は馬刺し好きが多い。
最後の情報いらねぇよ!?
ドリアンもいくつか不発弾が残っていた。これも食材アイテム扱いで収納できるようだ。
解体しながら群れを追いかけること三十分。あたりが静かになっていることに気が付いた。全滅したか?
先頭に追い付くと十頭ほどの馬が一塊になって倒れていた。いや、一頭だけ折れた足で立ち上がろうともがいている。
競馬の世界では、足の折れた馬は安楽死させるらしい。だが! モフモフ好きとしてはこの状況を放ってはおけない! 放っておいてはいけない!
ホース メス
一般的な馬。乗用としてよく使われる。
買っておいたポーションをアイテムボックスから取り出して、馬に近づく。馬はもがくのをやめてこっちをじっと見つめる。警戒しているわけではなさそうだ。かといって生きるのをあきらめている感じでもない。
馬の前からぴったり三歩。そこで足を止める。
「なあ、その足、治させてくれない?」
声をかけて一歩近づく。嫌がるそぶりはない。
一歩。もう一歩。
見つめられるがただそれだけだ。
ポーションの栓を抜き、患部に振りかける。びくっと反応するもただそれだけ。骨折はすぐに治り、馬は戸惑うように立ち上がる。でも、逃げない。
これは、もしかするか?
「なあ、一緒にこないか?」
「ぶるるる」
肯定、と受け取っていいかな。
「スキル:テイム!」
≪ホース メス のテイムに成功しました。名前を登録してさい。≫
いよっし!
「ぶるる」
「さて、名前だな」
ホース:シンシナティ Lv:2
HP:65
MP:13
STR:21
VIT:18
DEX: 3
AGI:28
INT: 5
MIN: 5
スキル:疲労軽減 障害踏破
おお。なんかステータスがすごい。
「よろしくなシンシナティ」
「ぶるるるる」
≪召喚可能枠がありません。送還されます。≫
白っぽい魔法陣が展開されてシンシナティは送還された。
やっぱり魔法陣の色が違うんだよな。気にしてもどうにもならないけど。
せっかくテイムできたからやっぱり乗りたいよな。馬具を作って【乗馬】の有効化。蟻の鎧も作って。
「やることが一杯だ」
「ぷう」
それに、召喚可能枠。どうやったら増えるのかねぇ。
「帰ろうか」
「ぷう」
楽しくなってきた。