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ラヴィがガイに拾われた森は、東国の端を縦に連なる森だった。
そのため、森を抜けて人の住む街に出るのは比較的簡単らしい。
更には、広く整備された街道を通れば、楽に都に出ることができる。
西国の国王一行も、その街道を通ったはずだ。
けれど、ラヴィは森から迂回して1度街道に出るよりも、このまま森を進んで最短距離で都に向かうことを選んだ。
道なき道を選ぶよりは街道のほうが人通りもあるが、追ってには見つかりやすいのではと考えたのだ。
できるだけ問題は避けて通りたい。
それに、少しでも早くにラヴィは西国王の一行に追いつきたかった。
ラヴィが立ち聞きしたオーバの企みが、いつ決行されるのかが分からない。
早いうちにテダ王に危険を知らせたいとラヴィは思った。
が、そんなラヴィの事情を知らないガイにしてみれば、ラヴィの行動は自らを危険な目に合わせるだけの無謀以外、なにものでもない。
「この森は危険な野生の生き物だっているし、場所によっては山賊の隠れ家もあります。街道から外れて敵の裏をかくつもりかもしれないけれど、けして安全とは言えないんですよ」
何度となくガイに意見されたが、ラヴィは考えを変えるつもりはなかった。
「君は何故そんなに街道に出たがらないのですか?」
森の中の道なき道を、ガイの誘導で進みながら2人は歩いていた。
歩きながら、ガイは理解できないという風に尋ねる。
「…事情があって、急いでるのよ」
それくらいなら言ってもいいかなと思い、ラヴィは答えた。
「…自分の身の安全よりも、優先したい事情のようですね」
「えぇ。でも、出会ったばかりの人を巻き込みたいとまでは思ってないのよ?出来れば自分一人で行きたいんだけど」
淡々と答えるラヴィ。
案に、そろそろガイと別れて自分だけで進みたいと伝えてみるが、ラヴィの意向を理解しているはずなのにガイは頷いてはくれない。
「なるほど。君には事情があって急いでいる。しかし、濡れ衣をきせられて命まで狙われている。…ますます、一人にしておくわけにはいかないようですね」
「…もうっ!!なんで分かってくれないの!私と一緒にいてあなたが得する事なんてないのよ!?」
得しないばかりか、損しかしない。
ラヴィは我慢ならずに、とうとう声を荒げた。
「…やっぱり、君は面白いですね。どうして出会ったばかりの相手の損得の心配をするんですか?」
ガイは心底不思議そうに言う。
「何言ってるのよ!あなたの身の心配をして何が悪いの?あなたは私の命の恩人だし、私の事情に巻き込みたくないだけよ!」
「なるほど。理にかなっています。でも、そんな甘い考えのままでは世間ではやっていけませんよ?世間知らずの君を野放しにしたら、あっという間に野垂れ死にますね」
冷静に言われ、しかしなんだか馬鹿にされた感もあり、ラヴィは腹がたった。
「…優しそうな人だと思ったけど、あなたは人を怒らせる天才かも…」
内心、歯ぎしりでもして、怒りを露わにして叫びたいのをラヴィは我慢した。そのかわりに、自分の出来る限りの怒りを込めてガイを睨んでやる。
「出会ったばかりなのに、よく気づきましたね。実は親しい友人から同じ事をよく言われるんです」
柔らかな微笑を浮かべながら、まるで他人事のように言うガイ。
そんなガイを、ラヴィは呆れたように後ろから眺めた。
見た目は全身黒ずくめの怪しさ満載な姿だが、フードをはずした素顔は穏やかそうで柔和な顔立ち。
物腰も落ち着いていて、口調や素行に粗野な様子は見られない。
しかし、剣の腕はたつ。
ラヴィの知る王宮騎士などとは違う、実践の戦いを知る人間の腕だ。
やはり、人は見かけによらない。
それに、会話をしていても一見落ち着いた話し方をするように感じるのだが、彼は内に感情を秘めているだけだとラヴィは気がついた。
本心を内に秘めている事を相手に感じさせない。そういう人間は西国にもいた。
ラヴィが頭の中でガイの分析をしていると、ふと当の本人が振り返った。
考えが読まれたわけでもないのに、タイミングが良すぎてさすがにラヴィもドキッとしてしまった。
「この先に、今は使われていない狩猟小屋があるんです。近くに町はないし野宿よりはましですから、今夜はそこで休みましょう」
ガイの言葉に内心ホッとしながらも、ラヴィは無表情で頷いた。