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黒衣の騎士に捧げる花束  作者: すずな
7/12

6

東国の森でラヴィを拾った男性は、名をガイと名乗った。名乗る時に真っ黒なフードを外して顔を出してくれたが、まだ若くおそらく20歳前後くらい、ラヴィとたいして変わらない歳のように思えた。

濃い茶色の髪に、藍色の瞳。

どちらも東国人に多い特徴だ。

人当たりの良さそうな、穏やかそうな顔立ちの青年だと思った。

彼は言葉遣いが丁寧で、自分より年下であろうラヴィにも敬語を崩さない。

訳あってこの森にいたと言うが、一体どんな訳なのかラヴィは内心怪しんだ。まぁ、人には言えない事情くらい誰にも一つや二つあるし、何より自分自身が他人に言えない事情を抱えている。余計な詮索はしてはいけない。

ガイはとても礼儀正しいし、親切で優しく、怪我をしたラヴィに薬草をくれたりと、気の効く若者だった。

感情の変化が乏しいわけではないだろうけれど、あまり表情を大きく変えたりする事はなさそうだ。

しかし無表情というわけでもなく、ちゃんと向き合って見ていれば、僅かだが彼の些細な表情の変化が見てとれた。

それに、ラヴィが川を流されたまま越境した事にも驚いていた。


「…驚きました。これじゃあ、国境にある関所の意味もないですね…」


思わずラヴィも、他人事のようにガイの言葉に頷いてしまった。


「ホントね…。てっきりまだ西国にいるんだとばかり思ってたわ」


目を丸くして我が身に起こった事に素直に驚くラヴィ。

そんなラヴィの様子を、ガイは不思議そうに、観察するかのように見ていた。

ラヴィを岸に上げた際に、ラヴィの脚に布袋が引っかかっていたらしく、流されてしまったと諦めていた自分の手荷物が見つかりラヴィは安堵した。


「良かった!荷物まで流されたかと思って焦っちゃったわ!」


中身をガサガサと改めると、彼女は更にホッとした。中は、城を脱出する際にレイカからもらった貴金属や換金できそうな高価な布。

石や装飾品などは、受け取れないと断ったのだが、どうしてもとレイカに押しきられてしまった。

実は、レイカは城内で働く男性陣に割と人気があり、そんな男性達からの貢ぎ物なのだが、そこまでの事情はレイカはラヴィに話さなかった。

けれど、事実を知らない律儀なラヴィは、「出来るだけ貴金属は売らないようにして、布や自分の身につけている少しの装飾品を売って、目的地までの旅費にしよう」と考えていた。

なにせ、言葉どおり慌ただしく城を後にしてきたのだ。

時間があれば旅支度を整えられたけれど、追われる身でさすがにそれは無理だった。

咄嗟に機転をきかせたレイカが、旅費になりそうな物や携帯食だけ用意してくれて、ラヴィはおそらく宰相が知らないであろう城内の抜け道を使って、城から王都の外れまで逃げきったのだ。


「君は何処かへ向かう予定なんですか?」


先ほどラヴィは「追いかけられて」と言っていたが、気になるその部分にはガイは触れずに尋ねた。

一方、ラヴィは昨夜からの命からがらの逃避行を思い返していたのだが、ガイの言葉に我にかえった。


「…えぇ。東国の王都に用があって…」


目の前のガイは、おそらく追ってではないはずだ。

だって、気を失った自分を害そうとすれば幾らでも時間があったのに、親切に助けてくれた上に怪我の治療まで申し出てくれた。

でも、詳しく事情を話す訳にもいかないし…。

無関係の彼まで巻き込むわけにはいかないもの。

早く別れたほうがいいかもしれない。


「あの、ガイさん。助けてくれて本当にありがとうございます。もっと、ちゃんとお礼をしたいんだけど、私、わけあって追いかけられている身なので、これ以上あなたと一緒にいるとあなたまで巻き込まれてしまうから…。もう行かないと」


ラヴィがそう言うと、ガイは少し驚いたような表情をした。


「全てが終わって落ちついたら、改めてお礼しに行くので、あなたの住んでいる場所を教えてくれない?」


ラヴィの言葉に、今度は先ほどよりはっきりと驚いた様子のガイ。


「…僕は、旅をしている途中なので…」


「そうなの?じゃあ…どうやってあなたを探せばいいかしら…。そもそも、いつになったら状況が落ち着くのか分からないし…」


ブツブツと呟き考え出すラヴィ。

そんなラヴィを、ガイは面白いものを見るかのように眺める。


「君は変わってますね…」


「え?」


ラヴィにとってみれば助けてくれた恩人にお礼をしに行くのは当たり前な事なのだが。

ましてや、今は追っ手がどこまで追いかけて来ているのかも分からない状況で、しかもラヴィの最優先事項は逃げる事ではない。

どうしたらいいだろう?と真剣にラヴィが悩んでいると、近くにいたガイの周りの空気が変わったように感じた。

彼を見上げると、表情にやや緊張の色が見えてとれる。

ただごとじゃない。

そうラヴィが気づいた途端、ガイに左腕を引かれ、そのまま体をガイに寄せるような形になってしまった。

そして、驚いたラヴィから少し離れた足下に、矢がザッと突き刺さった。


***



室内はピリピリした空気に満たされている。

この部屋の主はここ数日、イライラをつのらせていた。初めこそはそれを隠すかのように振舞っていたが、今では書類を乱暴に机に放り投げたり、ドアの締め方や足音からもイラついている様子があからさまに伝わる。

部下への物言いも横柄になり、とうとう素が出始めたなと、レイカは感じていた。

西国の宰相、オーバ・グレイクスは数日前に城で働く女官に指名手配をかけた。

それは、女官が西国王の暗殺を企てたという理由だった。

現在城に西国王は不在なため計画は実行されてはいないが、暗殺を企てただけで処罰する理由にはなる。

ところが、その処罰するべき女官が、王城から逃亡したのだ。

すぐに宰相は兵を動かし捜索させたのだが、城はもとより、かなりの兵の数をもって王都を探したにもかかわらず、女官はいまだ見つかっていない。


(ここまでこの方を怒らせたのは、ラヴィが初めてなんじゃないかしら)


苛立つ上司を視界の隅で見やり、レイカはティーセットを用意していた。

レイカは女性の身でありながらも、文官の位を持つ稀有な存在であった。しかし、その能力の高さを買われて、オーバの部下として働き始めてそろそろ数年がたつ頃だ。

別に女官でも良かったのだが、彼女の生まれ持った才能と、男性社会で上手く立ち回る事のできる器用さのおかげで、かなりの高待遇の仕事に就く事になった。


(でも、そろそろ今の役職ともお別れかしらね)


西国王の暗殺計画の黒幕が、オーバだと知った今は、この先の自分の身の振り方も考えておかなければいけない。

しかし、何も自分の保身のために無実のラヴィを助けたわけではないのだ。

ラヴィはレイカの大事な友人だし、何より国王を暗殺しようなどと考える輩は、絶対に断罪されるべきだ。

本当ならば、すぐにでも告発したいくらいである。

しかし、相手はこの西国の宰相。

国王の右腕と呼ばれる男。

迂闊に動けば返り討ちにあうだけだ。

まずはラヴィを助け、オーバを黒幕だと知らしめる証拠が必要だ。

あの日オーバが、ラヴィを国王暗殺の指名手配犯だと言いだした時に、レイカはすぐに動いた。

何故なら、「あり得ない」事だと確信があったから。

ラヴィは、西国王に恩を感じてはいても殺意など感じるはずがない。

他に動機になり得る片鱗すらないのだ。

それを知らなかったオーバは、その時点でまず過ちをおかしていた。

レイカはすぐにラヴィを匿うつもりだった。自分の上司と仕事を選ばず、友人と西国王の命を助けるために。

すると、友人はレイカの予想を遥かに上回る行動に出たのだ。


『レイカ、私、今から東国へテダ様を追いかけて行く。テダ様の命が狙われているなら、その事を伝えて助けてくる』


ラヴィは自分が暗殺犯の濡れ衣を着せられているにもかかわらず、自分よりも先にテダ王を助ける事を優先したのだ。

さすがのレイカも驚き、友人を止めたのだが、ラヴィにはそんな制止の声は無駄だった。

すでに城中に兵士が放たれていたというのに、ラヴィはいとも簡単に城から王都へと脱出してしまった。

どうやって脱出するかも、レイカに疑いがかかるといけないから、と言って教えてくれなかった。

それくらい徹底して、ラヴィの決意は固かったのだ。

そして、未だにオーバの差し向けた兵はラヴィを捕らえられていない。


「…あの小娘が…!」


忌々しそうにオーバが眉間に皺を寄せている。


(…かなり腹をたてている。もしかすると、追っ手の兵にはラヴィの生死は問わないとでも言っているかもしれないわね…)


この宰相はもとより激情型な人間だ。

国王の横では穏やかな仮面を被っているにすぎない。

いまレイカに出来るのは、逃走中のラヴィの幸運を祈る事くらいだ。





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