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どうしよう?まずは逃げる?
それとも…誰かを頼る?
ラヴィは迷いながらも走るのをやめなかった。
自分は大変な事を聞いてしまった。
誰かがテダ王を暗殺しようとしているかもしれない。
それを立ち聞きしてしまった自分を、そのままにしておくだろうか?
とにかく、頭が混乱しているから落ち着いて考えたい。
しかし、今立ち止まれば追っ手に捕まってしまうかもしれない。
思考がまったく進まず、ラヴィは困惑していた。
そのまま廊下の角を曲がった途端、誰かに腕を掴まれた。
…しまった!
咄嗟に片足を一歩下げて、身を翻そうとしたラヴィの目に、見知った顔が飛びこんできた。
「ラヴィ!私よ!」
見知った顔の正体は、ラヴィと同じく王城で働く少女、レイカだった。
レイカは髪の色と同じ黒い色の瞳をもつ、聡明で仕事のよく出来る娘だ。
年はラヴィよりも二つ程年上だが、2人は日頃から気が合うせいか、とても仲が良かった。
「…あ、レイカ…!どうしてここに!?」
動揺が収まらないラヴィの腕をレイカは引っ張り、
「見つかるといけないから、とにかくこっちに来て!」
レイカはラヴィを連れて、小さな小部屋に入った。
中は薄暗いが、ここは城の女官達が使う掃除用具などを置いておく小部屋だ。
「ここなら少しの間は見つからないわ」
「レイカ、ありがとう。私、とんでもない事を聞いちゃって…たぶんそのせいで追われてるんだと思う」
何から話そうかラヴィは迷った。
「ラヴィ。私、さっき宰相様の仕事部屋に忘れ物を取りに戻ったの。そうしたら、宰相様が兵士を呼んで、すぐにあなたを捕らえるようにって命令されたわ」
「…!?」
レイカはラヴィのような女官という立場ではなく、女官よりも立場の高い宰相付きの秘書のような仕事をしている。
それは彼女の実家が位の高い貴族であり、レイカ自身も王立学校を首席で卒業したという経歴がある為なのだが。
「ねぇ、ラヴィ。あなたに捕まえられる理由があるとは思えない。何か事情があるなら教えて」
レイカはラヴィよりも冷静だ。
この切羽詰まった状況の中ですら、ラヴィを落ち着かせて事情を知ろうとしている。
ラヴィは、自分があの部屋の前で立ち聞きをしてしまった事などをすべてレイカに話した。レイカはラヴィの話に驚きながらも、すべてを黙って聞いてくれていた。
「レイカ、宰相様が命令を出したって言ってたよね?って事は、あの部屋で話していたのは宰相様だと思う。テダ様を暗殺しようとしているのは…宰相様よ」
ラヴィの言葉に、レイカは目を見開き驚いた様子で黙ってしまった。
驚くのも当然だとラヴィは思う。
自分の上司にあたる人間が、国王の命を狙うなんて。
しかもよりによって、国王の右腕と言われる宰相。
ラヴィだって信じたくはなかったけれど、自分が兵士に追われているこの状況が、すべてを物語っている。
「…捕まるわけには、いかないわ」
ラヴィは呟いた。
「ラヴィ…城から早く逃げて。きっと捕まれば…宰相様のことだからラヴィの言い分なんて聞いてくれないかもしれない…。最悪は…」
「分かってる。テダ様の暗殺を考えるくらいの相手だもの。私1人くらい簡単に口封じできるはずよ」
状況を飲み込め始めると途端に頭が整理されて、ラヴィは先ほどよりは冷静になれてきた。
「私は城から出る。レイカは私に会った事や私から聞いた事は絶対に誰にも話しては駄目よ」
「う…うん。でもラヴィ…」
レイカはまだ不安そうだ。
彼女はいつもは落ち着いていて、どんな事があっても動揺せずに淡々とした様子なのだが、さすがに今はそうもいかない。
「レイカ、一つだけ頼みがあるの。でも、あとは私に考えがあるから、大丈夫」
暗闇だけれど、ラヴィはレイカの瞳をしっかりのぞきこむ。
「テダ様を、助けるのよ」