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ガイは地面に転がっている3人の男に視線を向けた。
昼間に襲ってきた者達と、戦い方が似ていた。おそらく、狙った相手の命を奪う訓練を受けている謂わゆる暗殺者だろう。
手際よく、手にした縄で3人を木の幹にしばりつけていく。
そうしながら、暗殺者を差し向けられ命を狙われている少女について考える。
顔色が悪かった。
昼間に襲われた時は気丈で落ち着いた様子さえ見えていたのに、先程は、やや取り乱していたようだった。
ラヴィは国から命を狙われた、と口走っていた。それに、覚悟は決めていたはずなのに、とも。
つまり、国をあげて命を狙われると予想はしていたが、実際にそうなってみて多少なりともショックを受けてしまった、という事なのだろう。
国と、あの矢柄の紋章。
そこまでガイが考えを進ませていると、小屋から出てくるラヴィの気配があった。
振り返ると、足取りのしっかりとしたラヴィが、こちらに近づいてくる。
顔色は悪いが、表情は落ち着いている。
「ラヴィ、おそらく昼間に襲ってきた1人と、その仲間だと思います。」
ガイが静かに言うと、その声が聞こえたのか、3人のうちの1人が「うう…」と呻いて身じろぎをした。
ラヴィは黙ったまま、その呻いた男の前に、やや距離をあけてしゃがみこみ、男の顔を凝視した。
「…あなた、確か2年前にオーバの部下になった人よね。今年の春くらいに、中庭でオーバと歩いてるのを見かけたことがある」
ラヴィの言葉で男は一気に覚醒したようで、肩がビクっと揺れた。
まさか顔を覚えられているとは思っていなかったのだろう。
「一応聞いておくけど。今回の事はオーバ1人での企みなの?それとも、他に繋がっている人間がいる?反対勢力の貴族とか」
ラヴィは言葉を選びながら尋ねた。
ガイに「宰相」や「国王陛下」や「暗殺」などという言葉を聞かせないためだ。
けれど、尋ねられた男は何も答えなかった。
***
いくら追っ手をかけられようと、命を暗殺者に狙われようと、ラヴィはここで目的を変えるつもりはない。
テダ王が誰かに暗殺される前に、ラヴィが暗殺計画を伝えて、テダ王の命を守る。
ついでに、自身の身の潔白を証明できればそれでいいのだ。
よし、問題ない。
計画どおり。
「あれで良かったのですか?昼間追い払って夜にまた奇襲するほどですから、そう簡単に諦めないんじゃないですか?返討ちにされたと知れたら、さらに追っ手をよこすかもしれない。」
ラヴィの思考を邪魔するのは、もちろん隣を歩く全身黒ずくめ男のガイだ。
ガイの懸念はもっともだった。
ラヴィは刺客達の命をとる必要はないと思い、ガイはラヴィの要望どおりに刺客達を木の幹に縛り付けたまま、森に置き去りにした。それもどうかと思ったが、縄を解いて逃してやれば、再び襲ってくるだろうし面倒だ。けれど命をとる事だけは、ラヴィは良しとしなかった。
「どうせ暗殺を生業に生きている連中です。こちらが甘い顔をしていれば、逆に寝首をかかれる事になる。そうなる前に手は打っておくべきです。」
そろそろ日が昇る頃だろうか。
東の空が白み始めている。
自分の向かう先も、朝日がのぼる方角だ。
朝日に向かって歩きながらも、先程からラヴィが黙っているせいか、ガイの説教じみた厳しい意見は止まらない。
「あなたは甘すぎます。あんな連中、もっと脅しておけばいいのに。あんな事を言ったって信じる訳がないですよ」
「あんな事って…あなたと私は関係ない人間だから、追うなら私だけにしろって言った事?」
歩きながらラヴィも答える。
ガイは散々反対はしたのだが、刺客達を殺す事はラヴィに頼まれて、仕方なしだが諦めた。その代わりに剣の柄で殴り、再び気絶させたのだが。命を狙われたのだから、これくらいは当然の報いだと言って彼は聞かなかった。
ラヴィはラヴィで、刺客がガイに殴られる前に「この人と私は偶然会っただけで、まったく関係ない人だから、この人の命までは狙わないで」と刺客に念押しをしていた。
「彼らが逃げて、黒幕に伝えるかもしれないわ。だから念のため。あなたは強いから問題はないだろうけど、それでも何度も襲われるのは面倒でしょ?」
「僕が言っているのは、そういう事ではありません。君の言うことを、暗殺者が素直に信じる訳がないと言ってるんです」
ガイの説教は止まない。
あまり感情を大きく見せたりはしないが、彼なりにラヴィを気遣ってくれているのだろう。
それに、もっと無口な人間かと思っていたが、そう言う訳ではないらしい。
言うべき事ははっきりと口に出すけれど、言葉に感情をあまり乗せないタイプなのかもしれないなと、ラヴィは思った。
それに、彼は困った人を見捨てられない優しい人のようだ。
今朝、川で行き倒れていたり、暗殺者に命を狙われていたラヴィを、見返りを求めずに助けてくれている。
いや、もしかしたら見返りは求めてくるのか?
まだ言われていないだけで。
どうしよう。
彼に渡せる物は何かあるだろうか。
着の身着のまま状態で城を出たのだ。
レイカから預かった物は出来るだけ使いたくないし、自分が身につけている僅かな装飾品は、細い腕輪と足環。両耳のイヤリングと小指の指輪。西国では、これくらいの装飾品を身につけるのは庶民でも当たり前なのだが、まさかこんなところで役に立つとは思いもよらなかった。
「ラヴィ、聞いていますか?」
ふとガイに尋ねられて、
「大丈夫よ。街で換金すれば、東国でなら多少の値がつくはず!」
「…何の話をしているんですか?」