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昨日の敵は今日の友。
この言葉は現実にあり得るのか?
レイカは内心溜め息を盛大につきながら、そんな事を考えていた。
ただでさえ城内は落ち着かない上に、レイカの心情はそれ以上に落ち着かない今、余計な悩みを増やしたくない。
まったく…よりによって「あの男」に呼び出されるなんて…。
美しく整った容姿のレイカだが、頭の中では悪態をついていた。
原因は「あの男」こと、内務大臣の1人である「ダリル・サーザント」。
若干30歳前にして内務大臣の位につく、優秀で切れ者と言われるサーザント家の次男坊だ。
レイカが言うところの、いわゆる腹芸が得意なタイプの男である。レイカ自身も似たようなところがあるが、そこは同族嫌悪というやつか。
はっきり言って、お近づきにはなりたくない人物の1人だった。
そもそも、ダリル・サーザントと、レイカの上司にあたる宰相は普段からあまり仲がよろしくない。
その理由はレイカの同族嫌悪とは違い、宰相であるオーバの家とダリルの家とは昔から敵対関係にある貴族で、何かと家同士が張り合ってきたようなのだ。
貴族ではないレイカからしてみれば、そんなくだらない理由でと思うが、歴史のある貴族の家系ならではの対抗意識というものがあるのだろう。
そんな内務大臣ダリルから、今朝方、執務室へ来るよう呼び出されたレイカは、呼び出される心当たりがあった。
十中八九、ラヴィの件だろう。
レイカとラヴィが仲が良いのは、城内で働く一部の仲間には分かっていることだから、いつか事情を聴くために呼び出されるだろうとは思っていた。
レイカが、友人であるラヴィを匿ったり逃したりしていないかを、とうぜん疑われるはずだ。
実際、上司のオーバにも幾つか質問をされたのだ。
もちろんオーバからの質問には、何も知らない風を装い、友人のまさかの行いにショックを隠せない様子を演じておいた。
これにはオーバも信じこんだようで、あれから何も聞いてはこないし、疑われている様子はない。
念には念をと、しばらくは演技を続ける予定ではあるけれど。
あの切れ者の内務大臣がどんな態度を見せてくるのかしら…。
相手の腹芸にどれほど付き合わなければいけないのか、想像するだけで疲れてくる。
そんなレイカの内心とは裏腹に、内務大臣ダリルは思わぬ言動に出た。
「私は、状況をすでに理解しています。国王の暗殺を計画したとされる女官は無実です。暗殺を企てていた本当の犯人は、宰相閣下です」
ダリル・サーザントの言葉があまりに電光石火すぎて、レイカは思わず息をのんだ。
相手の執務室に入り、勧められるままにソファに腰を下ろした途端、ダリルはレイカにそう告げたのだ。
「あ…あの、サーザント大臣。どういうことでしょうか?」
レイカは向かいに座る無表情のダリルを前に、戸惑いを隠せなかった。
内務大臣の位に就くには早すぎる若さのダリルは、体格はそれほど大きくはなく、けれど痩せているわけでもない。
衣服のせいで分からないが、おそらく程々には鍛えていそうな体つきだ。
深い茶色の髪は短く揃えられており、清潔感がある。
30歳前とは思えぬ落ち着きを持っている彼は、自身も意識してのことか、表情の変化があまり無く周囲からは感情が読みにくい。
そのためレイカは、ダリルの様子を注意深く観察しながら会話しなければいけないため、非常に疲れる。
しかも、上司である宰相のいわば「天敵」。
相手の腹を探りながらの会話は必然的になる。
「レイカ殿。貴方は宰相閣下の直属の部下であると同時に、今、手配中の女官・ラヴィの親友でもある。違いますか?」
「…違いません。ラヴィは、私の親友です」
被った仮面を外さずに、レイカは答えた。
「では、ラヴィの親友である貴方と話したい大事な話があります。職務上の立場はひとまず置いておいて、私とゆっくり話しましょう」
ダリルの口角が、ほんの少し上がる。
普段無表情をとおしている彼の珍しい様子だ。
けれどレイカにしてみれば、「胡散臭い」笑みにしか見えなかった。
***
時を同じくして、レイカとダリルの話題の中心人物であるラヴィは、人生でもう何度目かの命の危機に瀕していた。
「ラヴィ!頭を下げてください!」
暗闇の中からガイの声が聞こえる。
夜の視界の悪いなか、何者かに襲撃されているというのにガイからは、口調は鋭いものの、緊迫した雰囲気すら感じない。
むしろ余裕がありそうだ。
ラヴィは言われたとおりに、その場で頭を下げて、できるだけ姿勢を低くした。
ラヴィとガイが出会った河岸から、その日の夕方頃には森にある小さな狩猟小屋についた。
2人はその小屋で夜を明かして、翌朝に出発する予定でいたのだが。
ガイの持っていた非常食や、森で見つけた木の実などで質素な夕食を食べようとしていた矢先に、再び襲撃に合った。
小屋の中で、小さな灯りを挟んでいると、ふとガイが外の気配に反応したのだ。
態度などには大きな反応はなかったが、彼の瞳が急に険しくなったので、ラヴィにはすぐに追っ手が来たのだと分かった。
ガイのほうも、ラヴィが瞬時に身体を固まらせたのを見て察したようだ。
「僕が出ます。君は小屋の中にいてください」
緊張感を感じられないような声音のガイに、ラヴィはコクンと頷く。
念のため、なにかあってもすぐ動けるように身支度を整え、ドアにやや近い壁側に寄る。
ドアをあけても姿は外から見えない程度の場所に。
一方ガイは、ドアをバンッと勢いよく開けて、自分はすぐには飛び出さず、しゃがんで身を隠している。
すると、シュッという音と共に、矢が小屋の入り口めがけて飛んできた。
地面に突き刺さった二本の矢を確認した途端、ガイは素早く外に駆け出して行った。
ガイは強いから、きっと大丈夫…。
心の中でそう自分に言い聞かせて、ラヴィはふと、突き刺さったままの矢を見た。
矢尻の近くに小さな彫りが見える。
見覚えのある彫りだった。
手に取って、もっと近くで見ようと、思わずラヴィはドアから少し身を出した。
その時、暗闇の中からガイの鋭い声が聞こえた。
「ラヴィ!頭を下げてください!」
声にハッとして、ラヴィは言われたとおりに頭を下げて、咄嗟に自分の身も後ろに下がった。
すると、ラヴィが下がった直後に先ほどの二本のすぐ脇に、また別の矢がズサッと刺さった。
ガイが呼んでくれなければ、危ないところだった。
外では声などは聞こえないものの、人が動く気配と音がする。
迷ったが、自分が足手まといになるといけないと思い、ラヴィはそのままの体勢でじっとしていた。
瞳だけは、小屋の床に刺さったままの矢を見つめたまま。




