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幽霊相談

約束

作者: 白黒犬

幽霊が見える青年の話です。

ありふれてそうな怪談にちょっとアレンジを加えて見ました。

ホラーなので苦手な方はご遠慮ください。

夜の7時を回ったころだろうか。

1人のOLが自宅への道を歩いていく。表の通りから外れているため、街灯があってもあたりは暗かった。

ここを通る理由は単純に自宅への近道だ。少し遠回りをすればもっと明るく安全な場所はあるが、遠回りになってしまう。道は車が2台すれ違うほど余裕があるし、夜間はそこまでスピードを出すものもいない。不審者が出没するという噂もなく、仮に怪しい人物がいても少し走れば民家はあるし、叫び声を上げれば聞こえないというほどでもない。

だからOLはいつものようにその道を歩いていた。その視線がいつもとは違うものに向けられる。

ランドセルを背負った少女だ。少女はちょうど道路の反対側に立っており、どこか困ったようにこちら側、自分が歩いている歩道を見ている。

もしもこれがもう少し、中学生か高校生ほどの年齢だったらOLは「夜も遅いのに」と思いながら通り過ごしていただろう。だが、小学生、しかも日が暮れたこの時間を、ランドセルを背負ったままという状況に足を止めてしまった。

一応周りを見回すが、あたりに保護者らしき人物はいない。迷うような場所ではないが、迷子かもしれないし、もっと犯罪めいたなにかが絡んでこんな時間に、ここにいたのかもしれない。

仕方なく、OLは車が来ないのをしっかりと確認してから反対側にわたり、恐怖心を与えないように「ねえ、おねえちゃん」と優しく声をかける。

少女がOLのほうを向いたので、こんどはなるべく自然な笑顔を浮かべながら、いつだが保育所に勤めている友人が言っていた「上から声をかけると子供はおびえる」というアドバイスを思い浮かべつつ、少女と目線が会うように腰を曲げて話す。

「いきなり声をかけてごめんね。お姉ちゃん1人?お母さんかお父さんはいる?」

少女が少し寂しそうに眉をよせ、首を横に振る。

「そっか。もうお空真っ暗だけど、どうしてここにいるの?お父さんかお母さん、待ってるのかな?」

「……ママ、病院にいるの」

幼い声でそう答えた。そういえば、すぐ近くに病院があるのをOLは思い出す。ここからなら歩いて数分の距離にあったはずだった。

「私、ママに会いたいの……だけど、会いに行けないの」

「どうして会いにいけないの?病院までの道、わからない?」

「……お母さんが、道路は1人で渡っちゃダメ、って」

泣くのを我慢するような声でそうつぶやいた少女に、OLは「そっか」と答える。

おそらく、この少女は病院に入院している母親に会いに行きたいのだろう。もしかしたら父親に内緒で会いに来たのかもしれない。だが、道に迷って暗くなってしまい、どうしようか途方にくれているのだ。

(こんな時でもお母さんの約束を守るなんて、優しい子ね)

自分が幼いころは平気で道路を渡ったりして、怒られていたのを思い出しながら、OLは演技ではなく、自然と笑顔になる。

(でも、それならなおさら1人にはできないわよね……よし)

「ねえ、よかったらお姉ちゃんが病院まで連れてってあげようか?」

OLの言葉に少女が少し不安そうな顔をする。道路を1人で渡らない、という約束も守るような子だから、知らない人についていかない、ということも知っているし、守ろうとしているのだろう。

もしそうなら、断られるかもしれない。しかし、OLの予想に反して少女はしばらくして「いいの?」と聞いてきた。

OLが頷くと、少女はわずかだが笑顔になる。

「……ありがとう」

「どういたしまして。さ、道路渡るから手をつなごう」

そういってOLが手を差し出すと、少女はおずおずと手を握る。

小さくてかわいらしい手だ。予想以上に冷たい掌に少しびっくりしたが、きっと長い時間ここにいたのかもしれない。

少女を連れてOLが反対側の道へと足を踏み出したとき、少女も横を歩きながら言った。

「同じだね」

「うん?」

「おかあさんと、同じだね」

そういって少女がOLを見る。その少女の顔を見て、OLが思わず「ひっ」と声を上げた。

街灯で照らされている少女は、さきほどとの姿とは変わっていた。

少女の頭が割れて骨が見え、

額は真っ赤な血で汚れ

瞳は血走って光がなく

頬の肉はえぐれて

体のいたるところが、ぼろぼろだった。

「道路を渡るときは大人と手をつなごうって」

「でもね―――」少女が笑う。


私はそれで死んじゃったよ?


突如耳に鳴り響いたクラクション。

OLの体を真っ白な光が照らす。それが車の物だと気づくのが一瞬遅れ、

(逃げ―――)

そんなことを思い浮かべた時、OLの体は衝撃と共に宙へとはね飛ばされた。



事故多発注意。

そんな看板がある道を入りながら、僕は夜の道を歩く。

しばらくすると少女が路上にいた。噂の通り、少女は赤いランドセルを背負い、不安そうにうつむいている。

「やあ」と僕はためらいなく声をかける。

少女は不思議そうにこちらを見る。構わず、僕は声をかける。

「君、病院に行きたいんだろう?僕が案内してあげる」

「---おにいちゃん、誰?」

「ちょっとしたおせっかいだよ。君のママの知り合いさ」

僕はそういって少女に手を差し出す。少女は「そうなんだ」と僕の手を握る。

冷たい、死人のような手を握りしめながら、僕はそのまま元来た道を戻りだす。少女はなにも言わず、黙ってついて歩いてくる。

しばらく歩いていくと、少女は口を開く

「道路、渡らないの」

「ああ。渡らないよ。だって危ないからね。大人と一緒でも、道路を渡るのは危ない」

そう答えてしばらく進む。しばらく進むと反対側へと渡れる信号が見えた。

信号は青だった。しかし、僕はその信号を渡らずにまっすぐに進む。

少女が不思議そうに言う。

「信号、渡らないの」

「ああ。青信号でも車は通れるからね」

「手を上げて渡るんだよ」

「手を上げようが旗を掲げようが、渡らない」

少女が不安そうな顔をする。

それに気づきながら僕は歩調をゆるめず、歩き続ける。

やがて、少女の足が止まった。

「それじゃあ、病院に着けないよ」

「つけるとも」僕は間髪入れずに答え、そのまま進む。

少女の僕を握る手に力がこもる。怒りか恐怖か、わからないが僕は歩く速度を緩めない。あの場所に着くまでは。

少しだけ、信号からほんの少し歩いただけの場所に到着した僕は「さあ、渡ろうか」と言った。

少女が唖然としているのがわかる。僕は笑顔のままいった。

「さあ、渡ろうか。ここなら渡れるよね」

歩道橋を前にして。

少女が信じられない物を見るような目をしていた。

「君のころにはなかったよね。でもさ、今はあるんだよ。子供でも安心して渡れる、安全な道が」

動こうとしない少女を誘導するように、僕は歩き出す。少女は震えるように、なんども僕と歩道橋を見ながら、ゆっくりとついてくる。

道路を渡る上で、もっとも安全であろう場所を、少女と僕は手をつないで進んだ。ちょうど道路の真ん中を渡ったあたりで、車がもうスピードで下を通過した。当然だが、僕にも、少女にも車は衝突しなかった。

道路を渡り終え、歩道橋から降りた時、少女は顔をうつむいたままだった。

やがて、涙で汚れた顔をこちらに向け「ありがとう」とだけつぶやくと、そのまま走り出した。その後ろ姿は、すぐに煙のように消えていく。

消えた少女の背中を見ながら、僕は振り返る。

かつて少女が囚われていた道路。十数年前に、病院に向かう少女と母親を制限速度を無無視した車が事故を起こした。その車はそのまま逃走し、その先で交通事故にあって運転手は死亡した。

暗闇の中から車のライトが映る。よく見れば、その車の前面はまるで何かを撥ね飛ばしたようにつぶれている。

「少女と母親を轢いてしまい、逃げた自責の念から解放されたい……そんな幽霊だったら僕も少しは同情するよ」

車のライトがあるからだろう。運転手の顔は見れない。

それでよかった。もし見えていたら、もっと気分が悪くなっただろう。

「お前みたいな幽霊は、救えない。救いたくもない」

運転手の顔が笑っていたのが、気配でわかった。

調べてわかったことだが、運転手だった男は、何件もひき逃げ事件を起こしていた。今回、少女と母親を撥ねたのも初めから狙っていたのだ。その興奮のせいか逃げる際にハンドル操作を誤り、事故死した。

人を、少女を撥ねることに喜びを得てしまった運転手は、死んだ後も少女の無念を利用し、なんども人を撥ねていたのだ。

車が動き出す。もうここには用がないとでもいいたげに、クラクションを一度だけ鳴らして、夜の闇へと消えていった。

少なくとも、これでここで事故が起こることはほぼないだろう。

遠目に見える病院を見ながら、僕は息を吐く。今頃、あの少女は病院にたどり着いただろうか。母親の約束を守り、1人で道路を渡らない、素直なあの子は。


数日後、新聞にその病院でなくなった人の中で依頼人の名前を見つけた。

十数年前に病院の近くで車でひき逃げされた母娘がいた。娘のほうは即死。母親はすぐ病院に運ばれ一命をとりとめたが、ずっと意識不明だった。しかし、数日前の夜に突然死亡した。それはまるで、自ら死を受け入れたかのように。

これは僕の勝手な想像だが、おそらく少女は依頼人―――母親に会えたのだろう。母親はほとんど生霊の状態で、病室からあの道路を見ていた。

なんども自分の娘が轢かれるのを見て、それでも助けにいけない自分をどれだけ母親は苦しんだのだろうか。きっと、僕では想像もできない。

その苦しみがなくなり、母親はきっと娘と共に成仏したのだ。そう思いたい。

「まあ、報酬がないのが残念で仕方がないけど―――」

自嘲するようにつぶやく今の僕には、通帳を見る勇気がない。



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