今後
泰斗とティオが家に帰ると、ソファーで寝ているフィーがいた。
病み上がりだったので、いきなり働いて疲れたのだろう。
泰斗とティオは起こさないようにしつつ、フィーを部屋に運んで寝かせる。
フィーの寝顔は幸せそうな顔をしていた。
「泰斗さんは何処で寝ます?」
「俺はソファーで寝るよ」
「ダメですよ、ソファーで寝たら風邪を引いてしまいますよ!」
「じゃあ、何処で寝たらいい?」
泰斗が寝る所は何処にするか、という質問にティオは顔を赤くしながら答える。
「も、もし何もしないのでしたら、わ‥私の部屋で一緒に寝ませんか?」
泰斗はそれを聞いて体が固まった。
こんな美少女が隣で寝ているのに眠れるワケがないし、理性がもたない。
思春期真っ只中の泰斗にとっては生き地獄のようなものだ。
「じゃあ、私がお母さんの部屋で寝るので、泰斗さんは私の部屋を使って下さい」
ティオとしては、恋人になったとはいえ、泰斗に自分のベッドで寝られるのは恥ずかしくて悶えそうだ。
しかし、そうしなくては泰斗とフィーが寝るということになる。
実の母親であるが女性のフィーと恋人である泰斗が一緒に寝るのは耐えられない。
つまり、ティオのちょっとした独占欲であった。
「あぁ、わかった。おやすみ、ティオ」
「おやすみなさい、泰斗さん」
そう言って二人はそれぞれの部屋に行く。
部屋の中はフローラル系のいい匂いがしている。
そして、泰斗はティオのベッドに寝転がる。
ベッドはふかふかしていて、寝心地がとても良かった。
フローラルの匂いに包まれながら、泰斗は眠りについた。
翌日、泰斗が起きたのは朝五時だった。
季節は夏で晴れていたので、外は昼のように明るい。
泰斗は顔を洗いに部屋を出た。
洗面所に着くと、そこにはバスタオルを巻いたフィーとティオがいた。
少しの沈黙の後、ティオが赤面しながら慌てて叫ぶ。
「泰斗さんっ⁉︎み、見ちゃいけません‼︎」
「あらあら、泰斗さん。そうだ、義息子になるんだから泰斗と呼ばせてもらうわね。
泰斗さんも一緒に水浴びする?」
「お、お母さんっ⁉︎なんてことを言うんですかっ⁉︎」
「いいじゃない、ティオは恋人なんだから。ティオも嫌じゃないでしょ?」
「嫌じゃないですけど……恥ずかしいです」
蚊の鳴くような声で恥ずかしがるティオは、また一段と可愛かった。
しかし、泰斗にはその声、というか最初のフィーの言葉から聞こえていなかった。
洗面所に入った途端、中には美女と美少女がいたのだ。
こんなラッキースケベに慣れていないので、泰斗は固まってしまった。
泰斗がフリーズしているのに気付いた二人は声をかける。
「泰斗さん、大丈夫ですか?」
「泰斗、大丈夫かしら?」
「…………はっ⁉︎し、失礼いたしましたっ‼︎」
そう言って洗面所を出て行った。
泰斗は見かけのクールな外見とは異なり、心は初心であった。
フィーとティオがお風呂から出てきた後、どうして朝に風呂に入っていたのか聞いてみると、『獣人は朝に一回、夜に一回と一日に二回お風呂に入る習慣がある』らしい。
泰斗は不可抗力とはいえ、二人の半裸を見てしまったので素直に謝る。
「不可抗力とはいえ確認もせずに入ってしまい、申し訳ない」
「私は別に気にしてないわよ。一緒に入っても良かったのに」
そう言ってちょっと拗ねたような表情になるフィー。
恋人の母親だが、その大人の色気がある艶やかな表情を見て、泰斗はドキッとする。
そんなやりとりを見て、ティオが会話に入ってくる。
「お母さん‼︎泰斗さんを誘惑しないで‼︎」
そう言って母から泰斗を守るようにして抱き着くティオ。
泰斗はその嫉妬しているティオの行動を愛おしいと思い、そのままティオを抱きしめる。
ティオは一瞬そのことに驚いたが、すぐにティオも抱き返す。
そんな娘と義息子のいちゃいちゃにフィーはニコニコしている。
フィーが見ていることに気付いた二人は、どちらも顔を真っ赤に染めて、二人して俯く。
そんな二人を見て、フィーは二人をからかう。
「孫はいつ生まれるのかしら?」
「フ、フィーさんっ⁉︎孫というのは⁉︎」
「そうですよ、お母さんっ‼︎私が子供を産むと言う事は、泰斗さんと……その……」
そう言って二人して慌てる。
そんな二人を見て、フィーは幸せに思う。
たった一人の最愛の娘が、こんな表情を見せてくれるとは。
そして、娘の相手がこんなにも娘を愛し、最高の義息子と言える様な人物であるとは。
フィーは亡くなった旦那の分までティオを育てていった。
旦那はティオが物心つく前に亡くなったので、ほとんどフィーが一人でティオを育てた。
これまでにもフィーの美貌や性格に惹かれ、何人もの人が結婚を申し込んだが、フィーには旦那のことしか考えられなかったので再婚はしなかった。
だから、最愛の夫との娘であるティオはフィーの唯一の宝物だった。
そんな娘は旦那が死んだフィーを気遣ってか、『喜び』や『悲しみ』といった様々な感情を面に出さなかった。
『喜び』は父親が死んで母親が悲しんでいるのに何があっても喜んではいけない。
『悲しみ』は自分よりも母親の方が悲しいのだから、悲しんではいけない。
幼いティオはこういうふうに考えていた。
だからこそ、今のティオは『喜び』も『嫉妬』という感情が顔に出ている。
そのことがフィーにとっては何よりも幸せだった。
「泰斗、本当に感謝してるわ」
フィーは心の底から泰斗に感謝し、お礼を言う。
泰斗とティオはなんのことだか分からず、頭にはてなを浮かべる。
「お腹が空いたわ。朝ご飯にしましょう?」
フィーはそう言って朝食の準備に取り掛かった。
朝ご飯を食べ終えた泰斗達は今後について話し合う。
まず、フィーが泰斗の意見を聞く。
「泰斗はどうしたいのかしら?」
「俺は個人的にはやはり、旅をしたいですね。俺はこの世界に来たばかりなので、この世界を実際に歩いて知っていきたいと思ってます」
「そう、ティオは?」
「私は泰斗さんに付いて行きたい、と思ってます。私は転移魔法を使えますし、泰斗さんから離れたくありません」
「あ、ありがとう、ティオ。フィーさんはどう思いますか?」
「私は病み上がりだし、もう歳だから貴方達に付いて行けないわ。貴方達は二人で旅をしなさい」
「いいんですか?」
「ティオは転移魔法も使えるんだし、時々は帰って来なさいよ?」
「はい、必ず」
「あ、そうそう。この村にはまだ泰斗のことはバレてないわ。とりあえず、村に泰斗のことを紹介したいと思うの。『勇者』と言うことも含めてね」
フィーの言葉に泰斗もティオも固まる。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。この村の人に【ドレッド王国】を怨む人はいても、異世界の『勇者』は関係ないもの。きっと仲良くなるわ」
「分かりました。今日ですか?」
「そうね、午後から皆で集まる予定なの。実はもう村長に話は通してあったのよ」
何とも手際がいい、泰斗はそう思った。
そこで何故怨んでいるかというと、やはり奴隷制度が原因だ。
【ムンバル帝国】程ではないが、【ドレッド王国】にも奴隷制度があり、獣人が多く奴隷になっている。
ここ、兎人族の中には家族が奴隷にされた者がたくさんいる。
ちなみに【ムンバル帝国】と【ドレッド王国】の奴隷制度の違いは人族が含まれるか、という点にある。
【ムンバル帝国】では、人族であろうと奴隷にする。
しかし、【ドレッド王国】では、神キースを奉っている宗教的なところもあるためか、人族を最高の存在とし、それ以外の種族を下とする。
だから、下である獣人は奴隷にしてもよい、という何とも胸糞悪い理由である。
午後になって兎人族の全員が村の中央に集まった。
まるで学校の校長の朝礼のような感じだ、と泰斗は思う。
そして、村長がざわついている民衆に言う。
「今日は皆の者に紹介したい者がいる。とりあえず、紹介する。説明は後からするので静粛に。では、泰斗くん来てくれ」
そう言われて、泰斗は村長の近くの台に上がる。
民衆の中には泰斗の姿、つまり人族がいることに嫌悪感を示す者も少なくなかった。
『なんで人族がここにいる、帰れ』
『死ね、人族。』
と、軽い野次が泰斗にとんでくる。
騒々しい野次の中でパァン、と甲高い音が鳴り響く。
泰斗が手と手をたたき合わせたのだ。
その音で騒いでいた民衆が静まりかえる。
「俺は桐谷泰斗です。異世界の『勇者』として、【ドレッド王国】に召喚されたんですが、面倒かったので逃げてきました。……あと、ティオの将来の旦那です。よろしくお願いします」
少しの沈黙の後、歓声が鳴り響く。
「おぉぉぉぉぉ異世界の『勇者』か、先に言ってくれよ。王国や帝国の人族かと思っちまったじゃねぇか」
「あれが『勇者』かぁ、随分と若いな」
「きゃぁぁ、『勇者』様よですわ。初めて見ましたわ」
「ティオちゃんの旦那だと?お似合いじゃねぇかぁ」
兎人族の皆は歓迎してくれた。
フィーさんの言った通り“人族”は憎んでいるが、異世界の『勇者』は関係なく、むしろ賞賛された。
村の人達、約100人全員と軽く話し、仲良くなった。
明日には旅立つ事を伝えると、村人全員で歓迎と送迎を込めてパーティーをすることになった。
泰斗は酒に酔ったり、腹をたらふく食べたり、踊ったり、みんなと楽しみながら交友を深めた。