表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハクチユウム  作者: 月刊乙女
9/9

ハクチユウム Ⅸ



 赦されるのなら、わたしが罪人でありますように。

 神よ。 行き場を失った罪に正統なる罰を。


 その掠れた声は寂れた協会に空しく響く。

 近づくと彼女は祈りの手を解き、立ち上がった。


「あなたは…」


「そう」静かに呟き、彼女は振り向いた。 「わたしが、速瀬道流よ」


 速瀬道流。 ホテルで見た死体なんかじゃない。 他ならぬ本人。 偽物を支える本物。


「可笑しなものよね、死んだ人間が神に祈るだなんて…」


 彼女は長椅子に積もった埃を指で拭き、その指先についた埃の層をじっと見つめた。 まるで、そこに過去の自分を探すかのように。


「あなた。 わたしを殺しに来たのよね。 ……野崎から聞いたわ」


 私は一瞬言葉に迷った。


「いえ、僕はただ、あなたが、速瀬道流が人間であるか、確かめに来ただけですから」


「なぁんだ」彼女は笑った。

 その笑顔は明らかに人のもの。 そこには温もりと、なぜか、懐かしさが感じられた。


「だったら逮捕でもするのかしらん?」


 ちらりと、わたしの目を覗き込み。 「それも違うようね。 さっきのお祈りだけじゃあ死刑にならないのね」


「……死にたいのですか?」


「ふふ、そうね、半分正解。  わたしはこれまで多くの人を騙してきた。 多くの人に罪を着せてきた。 ……わたしはその償いをしたいのよ」


「……」


「わたしね。 昔、って言っても十五年前、所謂ネットアイドルをしてたのよ。 当時、ネットアイドルに強く憧れを抱いててね。 思い切って投稿してみたの。 それまで自分のことは駄目な人間だ、存在価値の低い人間だって思ってたんだけどね。 コメントがひとつ、またひとつと増えていくたびに、わたしは救われたような、生きる希望が見えてきたような気がした」


 彼女は錆び付いた十字架に近づいていった。


「そんな矢先、アレが起きた。 多くの同業者がやめていく中、わたしは歌い続けた。 ……それが、ヒトに希望を与えると信じて。

 人気はどんどん上がっていったわ。 だって歌っているのなんて、わたしくらいだったもの。 ……ネットが閉鎖されるまで続けたわ。

 だけどその頃には、ただファンがいるという、そのことで満たされる快楽のようなものに、酔いたいがために歌っていた。

 だから、これを機に、もうやめようって思ったの」


 深く息を吸い、彼女は、ゆっくりと吐き出した。

 宙を舞う埃が光を反射して白く輝く。 それは光を形作り、罪の告白をする彼女に降り注ぐ。 その姿はまるで聖女のようだった。


「バット────しかしよ。 それから数年経ったある日、わたしは何の気なしにラジオを聴いてみたの。 あっ、民間の無線放送よ。 違法だけど……。 そこから、わたしの声が聞こえてきたの。 わたしの声で、わたしの歌が。

 初めは驚いたわよ。 けどね、とっても嬉しかった。 わたしのファンが、歌が、まだ残っていたなんてね。そう、思ったわけ」


 彼女は続ける。


「さらにバット、────だがしかし、よ。 その無線はCDとかデータじゃなく、肉声放送だったのよ。 信じられる? 自分の歌が自分の声で聞こえるのよ。 驚くなんてモノじゃないわ。

 それから分かったの。 速瀬道流という存在は、ファンたちから神格化され、『わたし』という個人から独立し────質量を伴った実体へと顕現したの。 

それから、わたしは、彼女を探したわ。 血眼になってね。 色んな人に手伝ってもらったわ。 ……そして、とうとう見つけた。 ……二年程まえかしらね。 会ってみて思ったわ。 一体────何のために探したのかしら、と。

家族でもなければ何でもないのよ。 ただの偽物。 なのに、なぜかわたしは最盛期が再び訪れた、そう思ったのね。 ……いえ、当時は思わなかったけど、そう感じたのは事実よ。

 そして『想い』を、わたしの『意志ウィル』を、彼女に託そうって、引き継がせようって、そのことで頭がいっぱいになったわ。

 そうして、わたしは彼女のマネージャーをやることにしたの。

 最初は良かったのよ? 娘ができたみたいだったし、可愛い衣装や振り付けで観客を楽しませている彼女を見ていると、心が躍ったわ。

 だけど、回を重ねる毎にわたしの中で、彼女に対する嫉妬のようなものが、ふつふつとわきあがってきたの。

 駄目だって思ったわ。 こんな状態じゃ、とてもじゃないけど彼女と一緒にいられない。

 だから、死のうと思った。 わたしが死ねば、偽物は本物になれる。 そう、考えた。

 だけど死のうとしたら、野崎に止められたの。 やめてくれ、あなたは私たちの象徴シンボルなんだ、って。 流石のわたしも、そう言われてしまうと躊躇ったわ。

 それから野崎の仲間内で何かあったみたいで、その内の数名が彼女を狙うようになった。 彼女が死ねば、わたしが自殺しなくなるって。

 そしてあの日、彼女が殺された。

 わたしはもう、死ぬ理由が無くなった」

彼女の頬を、ひとすじの涙がつたった。


「───わたしは雨の夜の羊。 ただ、じっとその時が来るのを待つ───」


 彼女は詠うように、口ずさんで、わたしを振り返った。


「おしまい、よ」


 笑顔で言ったが、その表情には、まだ涙が残っていた。


「あの、速瀬さ───」


 その時、二発の銃声が響き渡った。


 一発目の弾丸は、正確に速瀬道流の左胸へと吸い込まれ、二発目の弾丸は、私の頬を掠め、彼女の頭蓋を撃ち抜いた。


 ドサリ、と力なく倒れる彼女。 まるで電源が落ちたように床に墜ちる。


 振り向いた。 その先には、斎藤がいた。


「目標の死亡を確認。 オーバー」


 無線を入れ、斉藤は同情的な視線を私に送った。


「囮にして悪かったな。 新十郎」


 何が起きたのか理解出来ない。


 彼女が死んだ。

 死んだ?


「おい、大丈夫か?」


 胸に一発、頭に一発。 撃たれて死んだ。


 斉藤が、撃った。 彼女を。



 私は、ガバメントを抜き、照準を合わせた。


「……………何のつもりだ」


 そして、引き金を引いた。





×××××××××





「だから何のつもりだっ!」


 長椅子に身体を滑り込ませ、斉藤は身を隠した。


「なぜ彼女を…」


 私は次々と長椅子に穴を空けていく。


「落ち着け! 上からの命令だ。 俺はお前を殺すつもりはない」


 空になったカートリッジを入れ替える。


「もう一度言う! 俺はお前に危害を加えるつもりはない」


「彼女もお前に危害を加えるつもりはなかった」


 なのに殺した。 だから殺す。


 私は弾丸を撃ち続ける。


「お願いだ。 落ち着いてくれ。 これが最終警告だ」


 ぼくはいたって冷静さ。 呟いて、私は足元に薬莢をバラまいていく。

 だが、ガバメントなんて弾薬の数もたかが知れている。

 弾薬が切れたのを見計らって、斎藤が飛び出した。


「いい加減にしろ!」


 その銃の照準は私を捉えている。


「弾切れしてんのは分かってんだ。 いいな? 両手を上げろ」


 斎藤の言う通り。 もう弾を持っていない。

 だが、こんな世界だから使えるものがある。

 私はガバメントを捨て─────


「何のつもりだ?」


 私は、手を銃の形にして照準を合わせた。


「ばん」





×××××××××





 二人の死体が残る穴だらけの教会を後に、特に何も考えずに、何も感じずに、誰のとも分からない黒い墓石に背をもたれた。

 今回の件で分かったことといえば、速瀬道流は人間だったということ。 彼女が生きていたこと。 ついさっき死んだこと。 私が囮だったこと。 そして、この世界はどうしようもなくクソったれだということ。


 墓石に身体を預けたまま、私はただ、じっとそのまま動かずにいた。 雨の夜の羊のように。

 そして、左頬にできた傷を指でなぞった。






×××××××××




楽しんで頂けたら幸いです。『ハクチユウム』は私の好きな作品や大切な作品の大好きなシーンや表現を、天村真さんの設定に乗せてつくった、いわばオマージュです。「あ、このシーンあの作品からパクったのかな(パクってなどいませんよ?参考にしたまでです!)」とか「この表現知ってる」と思って頂ければすごく嬉しいです。

とは言っても、私もパクってばかりなどではありません(言い訳ですが)少しは考え出した表現もあるのです。「パクリだ!」と思っても責めないで下さい。ごめんなさい(泣)


 ここでひとつ天村真についての人物批判をしてみようと思います。しかし、この文章を掲載するのは他ならぬ天村真であって、もしかしたら検閲に引っかかり削除、隠蔽されてしまう可能性があります。そこのところお気をつけ下さい。


天村真とは、ずばり変態の代名詞である。(おしまい)



短い間でしたが、これまでお付き合い頂き誠にありがとうございました!

それではまた、縁があったら!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ