ハクチユウム Ⅶ
ホテルを出てすぐ、つけられているのに気がついた。
おおよそ二人。 上手い下手で言えば下手な方に分類されるであろうその尾行は、こちらが気の毒になるほどの殺気を放っていた。
カーブミラーやガラスから背後をうかがう。 やはり二人、素人丸出しであった。 しかも二人ともまだ若い。
アキバは路地が多い。 まくのは簡単だったが、せっかくのチャンス、私のことを追っかける様な物好きの顔を見てみようじゃないか。
私は特に人気の少ない小道に入った。 そこで尾行者を迎え撃つ。
ベタな作戦だが、今回の相手にはベターな対応だ。
鳩尾にきれいに一発入り、不意打ちは成功した。
「まったくねぇ」
呻き、アスファルトに倒れ伏す男に、さらにもう一発、もう一発、と徹底的に潰す。 男は胃の内容物を吐き出し、痙攣しだした。
このにようやく二人目が駆けつけた。 二人目の男はどこで手に入れたのか、銃を持っていた。 相手が照準を合わせるより先に距離を詰め、銃を蹴り飛ばし、次いで横顔に蹴りを入れる。 脳震盪を起こし、世界が歪んで見えるであろう男の覚束ない足を払う。 あっけなくこけた男の首に足を入れ意識を奪った。
三秒間の出来事。
一人目の男を入れると十秒は超えるが。 三秒は今のところベストタイムだった。
「……まったくねぇ」
と、ひとつため息をついた。 なかなかの満足感。 格好良く一服したいところだが、生憎私はタバコはやらないのだった(そもそも法律違反だ)。
「動くな」
不意に後頭部に硬質な感触。 見えてないがきっと銃だろう。
私は両手を挙げ。
「もう少し余韻に浸らせてくれないか」
しくじった。 あの素人は囮だったか。 こっちが本命というわけだ。 だが、全く気配を感じなかった。 同業者か? 或いはその手の人間か。 どちらにせよ、囮とはいえ仲間二人をボコボコにしたのだ、今度は私がボコボコか? まったく、ついてない。
「ゆっくりとこっちを向け」
指示に従い、後ろを向いた。
「…………!」
「よう、新十郎」
こちらに銃を向けている男を私は知っていた。
「…………野崎、か?」
野崎 守。 私のいる部隊で主にスナイパーを勤めていた腕利きの殺し屋。
しかし任務で右腕を失い引退したはずだったが……
「どうして? お前、こんな所に」
「どうして? それはお前がアキバを嗅ぎ回っていたからだ」
「それってどういう…… なあ、腕下ろしていいか?」
「駄目だ。 挙げられる腕があるだけ感謝しろ」
「意味がわからない」 私は呟き、後ろを見やる。
「あれは、お前の仲間か」
そんなもんだ、と野崎は答える。
「いいか、一つ忠告する。 速瀬道流に関わるな」
私は笑った。
「どうして僕が速瀬道流について調べてるって分かるんだ?」
銃口をこめかみに押し付け、野崎は眉間にしわを寄せた。
「いいからもうアキバには来るな。 分かったか」
嫌だ。 というのが本音だが、ここで野崎とやりあうのは不味い。
ここは一旦下がって様子を見た方が良さそうだ。