ハクチユウム Ⅵ
あれから三日後、私は再びアキバの地を訪れていた。
掃除は必要ない。 斎藤はそう言った。 まさにその通り、私たちの仕事は終わった。 ALICEの死体(?)をハルにスキャンさせ、上に提出してしまえば報酬自体はもらうことができる。 誰がやったとかやられたとか、そんな情報を上は求めていない。 私たちが結果だけを持って帰る。 それで上は満足なのだ。 少なくとも、ご多忙なMを悩ませるタネを解消させるだけのものではある。
そう、だからこれ以上は趣味の領域だ。 私のような使い捨ての駒はプライベートで何をしようと、誰も気にも留めないのだ。
主な動機としては、速瀬道流を殺した人物への好奇心だ。 ……いや、ただ単に、速瀬に抱いた好奇心が未だに残影のように、さながら、残響のように、私の中を跳ね回っているに過ぎないのかもしれない。
三日前とは一変して、アキバの地は淋しいものだった。
人っ子一人いない、とまではいかないが、ちらほら、数人の無個性な若者が見えるだけだった。
このことは斎藤には言っていない。 趣味だから、というのもあるが、邪魔をされたくないという思いが強いと思う。
三日前のコンサート会場はただの広場になっていて、そこにあったはずのグランドピアノはどこかへ運ばれた後だった。
私はピアノのあった位置に立ち、しばらくじっとしていたが、特になにを感じるということもなく、それがわかるとすぐに飽きてしまった。
次に向かったのがホテルだった。 一階エントランスの広々としたスペースに点々と置かれたテーブルと、一人掛け用のソファ。 あの時となにも変わっていない。
私は彼女の座ったソファに掛け、彼女との対話を思い出す。
レンズをとうして見る彼女の瞳は、静かな夏の湖のように波ひとつたちはせず、並々ならぬ存在感を放っていた。
彼女の泊まっていた部屋に再び入った。 そこにはすでに彼女の体はなく、血の後も綺麗に掃除された後だった。 カーペット自体新しいものに変えたのだろうか。 血の臭いも死体の放つ臭いも、何もなかった。
なくしたものなんて何もないが、なぜかおしいことをしたという風の焦りにも似た感情が湧き上がってくる。 だが、それも一瞬のことで、確実に私の頭の中を染めるにはいささか薄すぎた。
彼女のはずなのに彼女じゃない、とさえ思える。
やはり、それも彼女がALICEだからなのだろうか。
彼女の部屋を出た後、私はマネージャーの部屋に向かおうと思った。 彼女の唯一と言っていい手がかりとなる存在、なんとしてもあのマネージャーと話がしたかった。 しかし、彼女はすでにこのホテルにはいなかった。 ホテルマンによると、彼女は三日前の夜、予定よりもはやくチェックアウトし、このホテルを出て行ったそうだ。
普通に考えてマネージャーは怪しい。 普段なら重要参考人としてひっぱりたいところだが、これは趣味。 もしかしたら速瀬が死んだことによりALICEで活動していたことが警察にばれたと悟ったマネージャーが逮捕を恐れ逃げたか、ALICE共々殺されることに怯え逃げたかのいずれか。 その両方という可能性もある。 ……可能性を語り出したらキリがないが。
ともかく、私は犯人に会いたい。 会って、そして、話がしたいのだ。 狙っていた獲物を横取りされたとか、手柄を取られたといった嫉妬の念は、ない。
この仕事に嫉妬心を抱かせるほどの高尚さなんて毛ほどにも存在しない。