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ハクチユウム  作者: 月刊乙女
3/9

ハクチユウム Ⅲ





「まったく、五日ぶりの仕事がこれかぁ」


 電車の中で斎藤は浦切からもらったマニュアル本を筒状に丸めて肩を叩いた。


「それより、これから速瀬道流を見つけ出さなきゃな」


「A地区つってもどんだけ広いか分かってんのか!? 砂漠に落とした針を見つけ出すようなもんだぞ」


「適切な喩えだな」


「それに、ここ最近のアイドル活動の発見件数、ほぼゼロじゃねぇか。 これじゃあ目星も付けられねぇ」


 そう、今私たちを悩ませているのはその情報の少なさだ。 アイドル活動はほぼゲリラ的に行われるため、場所が一定にとどまらないという性質がある。 知りもしない相手の行動を読むなど不可能と言っていい。


「結局はシラミ潰しだな」


「戦略についても考えなきゃならんな。 新十郎、試験監督者はお前がやれ。 俺はバックアップに徹する」


 そう言うと斎藤は電車の座席に横になった。


「やれやれ」


 思はず私はそうつぶやき、目的の駅まで眠ろうと思った、その時。


 止まった駅から大勢の人間が乗り込んできた。


「なんだぁ?東京ビッグサイトは十年前に潰れたはずだぞ」


 飛び起きた斎藤は阿呆みたいに周囲を見渡した。

 斎藤の言う通り、祭りにでも行くような人数の多さだ。 それに、その人々はみな変なTシャツやペンライトを持っている。


「おい、こいつらゲリラライブの場所、知ってるかもしれないぞ」


 私は、斎藤に耳打ちした。

 よし、ついて行こう、と斎藤は頷いた。

 自分たちもファンの一人であるように振る舞い、他のファンたちの会話に耳を澄まそうとしたが、しかし、それは杞憂だった。

「みんな~っ! 今日は集まってくれてありがと~っ!」と、大音量で車内アナウンスが鳴り響いた。

「うおおおっ!」とそれに答えるかのような男共の雄叫び。

 三半規管が耳小骨ごと掻き混ぜられるような錯覚がする。

 いけない、こんな感覚が現覚化したら、私の脳が一瞬にしてぱあになってしまう。 必死に意識を保ちながら、私は斎藤が無事か視線を向けた。

 斎藤は、ノリノリだった。 歌に合わせて手拍子を入れ、隣にいる豚のような男と肩を組み合っている。


「アホかお前は!」


 私は斎藤の腹に拳を食い込ませた。

 産まれて初めて、怒ったかもしれない。


「おい新十郎、こいつは危険だぞ!俺の脳ミソを掻き混ぜやがる。 狂っちまいそうだ」


「ああ、これでお前の頭が少しはマトモになるかもな」


 とりあえず、全員逮捕するぞ、と、アイコンタクトをした斎藤は運転席の方へ、人を掻き分けて行った。 私も後を追う。

 道中、斎藤は何人か殴り倒したらしく、数回柔らかいものを踏んだ。 先頭車両は、さらに人が多く、人口密度が増していった。

 自然と、斎藤の餌食になる人も増える。 なるほど、これではゲリラライブの摘発件数が激減するわけだ。

「きゃあっ! はなして!」女の声が響く。

「全員逮捕だ!」斎藤の声が響く。

 先頭に着き、捕えたアイドルはしかし、速瀬道流ではなかった。




××××××××××




「なあ、いい加減教えてくれよ。 黙ってちゃあ分からんだろう」


 苛立たしげに眉間にシワを寄せ、斎藤はマジックミラー越しに両手を挙げた。


「歌う以外の声帯の使い方を知らんのか、あの女」


 斎藤は、取調室の扉を荒い手つきで閉めた。


「次はぼくが行こう。 彼女には聞かなきゃいけないことがたくさんある」


「速瀬道流か」斎藤は言う。


「まあ、それもあるけどね」


 取調室に入る。

 電車内でアイドルをしていた女は、私が入っても私の姿を見ようともせず、俯いたままじっと何かに耐えるように派手なスカートを握りしめていた。


「ぼくは聴取ってのが苦手でね」


私は言う。


「単刀直入にきかせてもらう、君をプロモートしているのは誰だ」


 単刀直入とは言っても速瀬道流の事をきくつもりはない。 ただ彼女に繋がる糸を手繰り寄せて、本星を暴き出す。 まずはプロデューサーからだ。 たかがアイドル風情、それも未成年があの規模のライブを催せるはずがない。

「もう一度いうよ」できる限り優しく言う。


「君らアイドルをプロモートしている人物がいるよね。その人について教えてもらえないかなぁ」


 彼女は黙ったままだった。


「言ってくれたら情報提供料として君の罪を軽くしてあげるよ」


 そのとき、彼女の唇が小さく動いた。


「……ない」


「え?」


「……私なんかどうでもいい」


彼女は小さく震えていた。


「プロデューサーに迷惑、かけたくない」


 どうやらずいぶんとそのプロデューサーに入信しているようだ。

 だが、もうあとは簡単だ。


「なんだ。その心配ならいらないよ」


 私は努めて明るい声を出した。


「大丈夫。 安心して、プロデューサーからは別件についてちょっと聞きたいことがあるだけだから。 逮捕はしないよ」


 私がそう言うと彼女は顔を上げ、驚いたような目で私を見た。


「本当に?」


「本当だとも。 アイドル活動は、実際にはそんなに重い罪ではないのさ。 事情を聞いお金を払ってもらったら、それでおしまい」


 彼女の表情が一変して明るくなった。


「本当に? プロデューサー、逮捕しないって約束してくれますか?」


 私は阿呆みたいに何度も頷いた。


「ああ、約束する。 君のプロデューサーには、容疑者としてではなく、重要参考人としていくつか質問するだけだから。 僕を信じて」




××××××××××




「お前、ひっでぇ奴だな」


「何がだよ」


 私は斎藤を振り返る。


「お前とは約束できねぇわ」


「約束ってなんだよ」


 ほら、あの子との、と言われ、私はようやく思い出す。


「ああ、あれか。 ん? でもきちんと守ってるぞ? 約束した内容」


「お前は酷い奴だ」


 改めてそう言われてしまった。

「そりゃどうも」と私は返し、目の前に転がる若い男の髪をつかみあげる。 ぐああ、と男は低いうめき声を上げる。


「言う気にはなりました?」


「……知るか。 ……クソッ」


 男の腹を蹴り上げる。


「もう一度言う。 言う気にはなりましたか」


「知らない、ほ、本当だ! 信じてくれ!」


 男は懇願するような目で私を見た。 血でブーツが汚れてしまった。 まったく、最悪だ。


「速瀬道流は、お、おれたちの神だって、おれはそれしか知らねぇよ! たまに一斉配信でライブの招待状がくるだけなんだよう!」


 もう一度蹴りあげようとしたとき、斎藤が私の肩に手を置き抑制した。


「そいつは本当にそれ以上知らないみたいだぜ」


 そう言って渡されたのは、男のスマートフォンだった。

 そこには『ミチル。 明日午前五時アキバにて』と題された空メールがある。

 気が付くと男、またはプロデューサーはアワを吹いて白目を剥いていた






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