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ハクチユウム  作者: 月刊乙女
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ハクチユウム Ⅰ

僕の不注意のせいで月刊乙女さんにはご迷惑をおかけしましたorz






“Whatever the learned say about a book, however unanimous they are in their praise of it, unless it interests you, it is no business of yours”


W・S・Maugham




××××××××××




 世界がまだ“まとも”だった時代、父がよく言っていた言葉がある。

 その言葉は事あるごとに私に勇気を与えてくれ、そして生きる指標のようなものを導いてくれた。


「いいかい。 成功を掴みたい時には、何かひとつ健全なアイディアを持ち、それを信じ続けるのだよ」


 今の時代、『信じる』ことは罪だから、この言葉は既に、ジョークになってしまうわけだが、私は父を誇りに思っているし、この言葉を信じ続けている。


 ごくたまに、父を夢に見ることがある。

 それはずっと遠くにあったはずの記憶。

 置き去りにして、忘れた頃にやってくる昔の思い出だ。

 懐かしいはず、楽しいはず、喜ばしいはずなのに、なぜか、毎回うなされる。


 なぜかは分からない。

 わからないのだが、その夢を見続けることによって何か答えが、現状を打破しうる希望があるような気がしてならない。




××××××××××




「どうしたんですか? ひどくうなされていたご様子でしたが」


「夢見が悪かったんだよ」


 携帯電話から聞こえてくる人口音声に私は短く答え、ベッドから起き上がった。


「ハルが子守唄でも歌ってくれていたら、少しは寝つきも良かったかもな」


 バスルームに向かいながら、私は携帯電話にはに向かって話しかける。


「歌を歌うこと、聴くこと、また、配信することは違法です」


 私は舌を鳴らし、バスルームに入る。

 シャワーを浴び、寝汗を流した。

 それからキッチンで簡単な朝食を作り、リビングへと持って行く。


 リビングではハルが携帯からテレビへと移動して、朝のニュースを読み上げた。


「昨日から今朝にかけての事件、事故、その他事例件数はゼロ。 スバラシー!」


 パチパチパチ、と合成音声。


「素晴らしい」 私はそう言って、サンドウィッチを齧った。



 『ALICE事変』が起きてから、人々は互いに傷つけ合う愚かさに気づいたのか、まったく皮肉なことに、事件性のあるニュースが流れる日は少ない。

 バラエティ番組、ドラマ、アニメが絶滅した今、ニュースの無い日にはテレビはただの薄い板も同然だ。

 使われなくなったテレビを並べて、墓地に見たてるなどといったパフォーマンスも行われたほどだ。


 一週間に二、三度事故が発生し、たまに傷害事件があるのが今現在、人間の関係するニュース事情だった。

 そして、テレビの存在意義の九割を占めるのが、


「……続いて、ALICEによる被害報告十三件です。 詳細について聞きますか?」


「片っ端から読みあげろ」


 いつも言ってるだろ、ポンコツAI。 私は心の中で独りごち、苦いコーヒーをすすった。


 ALICEによる被害報告、と言うのは基本、全国放送されるされることはない。

 理由としては、ALICEは広まり易いからだ。

 事変が起きた当時、世界中で怪奇現象が起こった。

 ヨーロッパでは空を魔女が飛び、神話の中の悪魔が地面から生まれた。 永遠に登り続ける階段が現れ、インドでは魔人が村を破壊した。

 噂によるとテレビから髪の長い女が這い出てきたと言う。

 まるでファンタジーだ。 いや、まさにファンタジーなのだろう。

 そしてこの夢物語が爆発的に広まった背景にメディアがある。 つまりそれはテレビであり、ネットであり、ラジオであった。

 各国に早急な決断が迫られ、その中で日本はメディアの大半を廃止した。

 同盟、連盟、協定、その全てが千切られ世界は古代以前の状態に戻った。

 連絡手段のほとんどが切れ、隣国が今現在どのような状況にあるのかも分からない。


 日本政府はこの状況を危機と見なし(当たり前だ)ある組織を作った。

 それが、私の所属している、『国家公安特別平和維持部隊』だ。

 長ったらしい名前だが(政府や警察組織のお偉方というのはたいがいが複雑な名前をつけたがる傾向にある)、この組織は主に、ALICEの調査や削除、あと反政府軍に関する仕事を行っている。

 中でも削除にあたる部隊、対ALICE部隊i分遣隊に私は所属している。

 その仕事内容から周囲からは『掃除屋』などと揶揄され、さながら私は『清掃員』というわけだ。


 『掃除屋』は基本、上からの呼び出しが来るまでこれといった仕事はない。 そのためほとんどの『清掃員』たちが、自主トレーニングをしたり、釣りに行ったりと思い思いの時間を過ごす。


 朝食をとった後、私は簡単なトレーニングをし、友人の斎藤の家に行った。 そこで私達はいつも古い映画を見るのだ。もちろん、映画は違法だ。 発覚すれば一瞬で二人の首が飛ぶ。

 だが斎藤は、「ばれなきゃいい」と言って仕事のない日は一日中映画を流し続けるのだ。 私も映画は好きなので(父がよく見ていた)告発する気にも、咎める気にもならない。 もしこのことが発覚して首になってしまっても仕方が無いと割り切れてしまう。 と言うか、職業柄、映画を見ないとやっていけないのだ。

 だから、言い訳がましくなるかもしれないが、鑑賞する映画はどれもドキュメンタリーかノンフィクションものの、泣けるやつばかりだ。

 想像してもらいたい、大の大人が、それも男二人が『ゴッドファーザー』とか『マリと子犬の物語』をハンカチ片手に大号泣して見ているところを、贔屓目に見てもあまり気持ちのいい絵面じゃない。


「なぁ、次は『僕はラジオ』観ようぜ。 こいつは泣けるんだ」


デリバリーピザを食べながら斎藤が言った。 さっきまで『ものすごくうるさくてありえないほど近い』を予告の段階で涙を溜めていたというのに。


「まったく、俺らってなんなんだろうな」


 DVDプレイヤーがディスクを読み込む間、斎藤がぼそりと呟いた。


「さぁな、呼び出しがくるまで延々泣いて、依頼が来たらこなしてまた泣いての繰り返しだろう。 僕たちは掃除屋だ。 夢を壊すのが仕事だ。 それ以上でも、以下でもない」


 私がそう答えると斎藤は「そりゃそうか」と自虐的な笑みを浮かべた。


「さて、と。 思っきし泣くぞ、水分は足りてるか? 涙を枯らすんじゃないぞ!」


 そう言ってピザを三枚まとめて口に放り込む斎藤。

 私は笑顔を作ってごまかしたが、「涙を枯らすんじゃない」という言葉が頭の中を反芻していた。






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