十三
村人たちの前でパーシヴァルに褒められ、フランシスはもちろん嬉しくはあるのだが、恥ずかしい気持ちがそれに勝る。
「将軍の言うとおりですじゃ。隊長殿ひとりに負担をおかけしてしまい、村人は皆心苦しく思っておったのじゃ。ほんとうに、すまんかった」
村長をはじめとした村人たちは、口々にフランシスに謝罪し、礼を言った。
「皆さん……でも、僕は自分の役目を果たしただけですから。気にしないでください」
「ありがたいお言葉じゃ……おお、そうじゃ、勝利の宴を開かねばな。パーシヴァル将軍のようなお方の口に合うような馳走は、出せないかもしれんが」
「いや、それには及ばない。途中に残してきた後続部隊に指示を出さねばならないのでな。しばし休息を取ったのち、すぐ出立させてもらう」
宴と聞いて瞳を輝かせたクリスティが、レナードの言葉にしょんぼりする。
「何のお礼もさせてもらえんのじゃろうか?」
「礼など無用だ。私も、お役目を果たしたに過ぎないからな」
後続部隊にこれ以上無駄な行軍をさせない、という意味もあるが、村の冬の蓄えを出させるわけにはいかない、というのがレナードの意図するところであった。
数時間後。食事と仮眠を取ったレナードたちは、急ぎ村を去っていった。
「フラン、次に会えるのは一ヵ月後だね」
「うん。手紙は送れないけど、元気で、クリス」
名残惜しそうに、去りゆく仲間たちに手を振るフランシス。そんなフランシスの姿を見て、ドロシーはフランシスが違う世界に住む人間なのだということを再認識する。しかし、もうその心が痛むことはなかった。
時は流れ、季節は春。
分厚く積もったアスカム村の雪も次第に溶け始め、木々の梢の蕾は日ごとに膨らんでいく。街道筋では土が露出し始め、行商人の行き来が再開された。
「これでよし、と」
背嚢に荷物を押し込んで、蓋を閉める。フランシスは駐在所の隊長室で、荷造りの真っ最中だった。
ふと、部屋の窓から村を見下ろす。村で一番高いこの建物からは、村を一望することができた。
――右手に見えるのは、鍛冶屋のスミスさんの作業小屋。煙突からは黒煙が黙々と立ち昇っており、もうすぐ再開される木材の切り出しに向け、斧やのこぎりを鍛え直しているのだろう。辻で立ち話をしているのは、アシュトンの奥さんとクリントンのお婆さん。アシュトンの奥さんが抱いているのは、この冬生まれた女の子のジュディだ。あ、村の端で周りの様子を伺っているのは、ポッターさんちのアンとサムだ。また、大人の目を盗んで村の外へ遊びに行くつもりだろうか。
フランシスの脳裏に、村人たちの顔が次々と浮かんでは消える。
数ヶ月の間だったが、色々なことがあった。
村に着いたその日に熊と戦い、狼とも戦った。酷寒の中での竜の監視では死にかけ、突如村を訪れたレナードには心底ビックリさせられたものだ。そして、村の人たちと過ごした、何気ない日常。すべてが、大切な思い出だ。
「隊長、そろそろ出ないと日没までに隣町に着けないぞ」
開けっ放しのドアの外から、ハンターが声をかけた。
「はい、ちょうど終わったところです」
フランシスが、背嚢をぽんと叩く。
「しかし、この部屋も寂しくなっちまうなぁ」
ハンターが、しみじみ呟く。
「いや、今日からハンターさんがこの部屋を使うことになるんですよ」
「俺が小隊長とはなぁ。正直、ガラじゃないんだが」
この春、村を初めて訪れた行商人は、辺境騎士団本部からの辞令を届けた。内容は、ハンターをアスカム駐屯小隊隊長に任命すること、ならびにハンターの少尉昇格を告げるものだった。
「これ以上ない人選だと思いますけど」
「そう言ってくれるのは嬉しいがね。なんせ、前任者が偉大すぎるからな。後任は大変だよ」
ハンターが、悪戯っぽい表情で笑い、フランシスは苦笑する。
「……五ヶ月間、本当にありがとうございました」
フランシスが、心からの謝辞を述べる。
「いや、俺のほうこそ礼を言いたい。この村の平和が守られたのは、隊長のおかげだ」
ふたりの間にしばしの沈黙が流れ――同時に相好を崩した。
「悪い、しんみりしたのは性に合わない。今生の別れというわけじゃないしな。……さあ、下で皆が待っている。行こうか」
「はい、そうですね」
最後に一度振り返って隊長室を一瞥し、フランシスはドアを閉めた。
駐在所の1階には、アントニーとドロシーの姿があった。
「うぅっ、た、隊長、本当に今日がお別れなんですね……私は、寂しいです! えおおぉぅっ」
アントニーは、鼻水を垂らして号泣している。
「フランシスさん、これを」
ドロシーが、おずおずと何かをフランシスに手渡した。それは、楯型の生地に、クロッカスの模様を刺繍したワッペンだった。ドロシーお手製の品であるらしい。
「クロッカスは、この村のシンボルです。雪の下から芽吹いて花を咲かせるクロッカスは、決して挫けない強い心を象徴するって言われてるんです」
「ありがとう、ドロシー。大切にするよ」
このワッペンは、フランシスの礼装に縫い付けられることになるのだが、それはまだ先の話である。
そして、旧大陸ではクロッカスは「早熟な恋」を象徴する花でもあるのだが、フランシスはそのことを知らない。
「さ、さあ、村の衆が待ってお、おります」
しゃくりあげながらも、アントニーがフランシスを促した。
「うん。……アントニーさん、ドロシー、短い間だったけどありがとう」
フランシスは、2人と固く握手を交わすと駐在所を出る。
「ドロシー、あんなあっさりでよかったのか?」
ハンターが、ドロシーに耳打ちする。
「いいんです。もう、吹っ切れてますから。ほら、私たちも行きましょう」
駐在所の前には、村人のほとんどが集まっていた。フランシスは、村人ひとりひとりと別れの言葉を交わす。
「みんな、名残惜しいだろうが、そろそろ出発の時間だ」
ハンターが、村人たちに声をかけた。最後に、村人たちを代表して村長が進み出た。
「あんたには、いくら礼を言っても足りないくらいじゃ。……もし、近くに来るようなことがあれば、ぜひお寄り下され。村を上げて歓迎しますぞ」
「ありがとうございます。みなさん、お世話になりました」
最後に、万感の思いでフランシスが村人たちに礼を言った。村人たちの別れを惜しむ声に、すすり泣きが混じる。
そこへ、アントニーがフランシスの馬を引いてきた。
「では、さようなら。きっとまた会いに来ます」
まだ雪が残る街道を、フランシスは馬を進める。村人たちは、去りゆくその背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
期せずして、ドロシーの瞳から一筋の涙が流れる。村に春を運ぶ南風が、ゆっくりとその涙の跡を消していった。




