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ドラゴンズヘブン  作者: 田崎 将司
老人と竜
33/60

 ところは、デブラ台地。

 かつて、フランシスとアルフレッドが調査任務に赴いた際、二次キャンプ地点として選んだ場所である。

 時刻は夕刻。現在、この地点には琥珀竜討伐のための中継基地が設営され、大量の物資が集積されていた。この日はここで野営し、翌朝早くに出発する予定である。

「少佐、モーガン中尉から伝令であります!」

 先発隊として、一足先に琥珀竜の監視についているスオウから、繋ぎが入った。

「読み上げてください」

「はっ! 『一五〇〇現在、竜は休眠中。指示を請う』」

「ニューマン殿、作戦予定地に辿り着くまでの行軍で、竜は起きてくるでしょうかどうか。今一度聞いておきたいのですが」

「うむ、半々といったところじゃろう。一人二人の足音ならば気にも留めんじゃろうが、なにせこの大所帯からな。ただ、それでも作戦予定地から十五キロあたりまでは、恐らく安全じゃろう」

 ダイアナは、口に手を当てて考える。作戦は事前に詳細に煮詰められているが、当然ながら、実際に現場に入れば思い通りに行かないことのほうが多い。今回の誤算は、行軍速度が思ったほど出ないということだった。十五キロ地点までは、安全に物資を運搬できる。ダイアナも、このことは予めアルフレッドから聞いている。そこからいかに作戦予定地まで早く辿り着き、いかに早く設営を終わらせることができるかが、この作戦の肝だった。

 十五キロ。現在の行軍速度だと、2時間半はかかってしまう。一方、竜のねぐらから作戦予定地までの予想到達時間は2時間だ。

「まあ、スオウの奴なら竜を引きつけて一時間くらいは余分に時を稼げるはずじゃよ」

 それでも、作戦予定地に着くまでの時間はこちらが二時間半、竜は三時間だ。設営には三十分しかかけられないことになる。

「作戦を変更し、竜に気取られぬよう少量ずつ物資を運び、陣を完成させる方法に切り替えてはいかがでしょうか。時間はかかりますが」

 と、ダイアナの補佐役を務める士官、ジョンソン大尉が具申する。

「その案は考えていましたが……」

 しかし、それだと何かの弾みで途中で竜が起きてしまった場合、半端な陣営で戦うことになる。電撃的に、一気に物資を運搬する現行の作戦と比べ、リスクはあまり変わらない。それなら、大量の武器を用意できる現行の作戦をとったほうがいいだろう。ダイアナは、そう結論を出した。

「というわけです。ベイカー少尉、いかがか」 

 砲兵隊長のスコットに話が振られた。

「それだと、砲を固定したり、きちんと照準を合わせる余裕もなくぶっ放すことになりますな。個人的な職業意識には反しますが……まあ、仕方ないでしょう」

「無理は承知の上です。では、よろしくお願いしますよ」


 一方フランシスは、自分を含む数名が泊まる天幕を建て終え、クリスティ、パトリシアと焚き火を囲んでいた。

 パトリシアは、数少ない琥珀竜を見る機会を逃すまいと、無理を言って付いて来た。ダイアナとしては、成功確率の低い作戦に非戦闘員を随行させるのは本意でなかったのだが。

「とうとう琥珀竜をこの目で見られると思うと、興奮が止まらないわ。今晩眠れるかしら」

「パティは相変わらずだね」

 そう言いながら、フランシスは火にかけたケトルに乾燥茶葉を投入した。こうした野外での炊爨も、すっかり手馴れてきた様子だ。

「あ、フランお茶持ってきたんだ。あたしにもちょうだい」

「もちろん。パティもどう?」

「いいわ。お茶なんか飲んだら、ますます眠れなくなっちゃう」

 フランシスは、金属のカップに茶漉しを添えて、ポットの中身を注ぐ。あたりに茶葉の香りが漂った。

「それにしても、電気で身を守る、か。何だかピンとこないや」

「まあね~。あたしも、さすがに雷に打たれたことなんてないし」

「電気自体、ごく最近概念が確立されたばかりのものだからね。そう思うのも無理はないわ。……まあ、実際体験するのが一番速いかしら」

 そう言うと、パトリシアは上着の袖で身体をこすり始めた。その上着は騎士団の支給品で、厚手のフェルト地でできている。

「フラン、ちょっとこっち来てみて」

「ん、なに?」

 フランシスが近づいたところに、パトリシアが指を伸ばす。指がフランシスの頬に触れようとした瞬間――

「痛っ! なにするんだよ、パティ!」

 パチッという音とともに、フランシスの頬に刺すような痛みが広がった。

「今のが電気よ。クリスも経験あるでしょ?」

「ああ、毛とか絹の布をこするとぱちぱちするやつ? 髪の毛が逆立つのが楽しくて、子供の頃よく遊んだけど。あれが電気なんだ」

「そういうこと、琥珀竜の身体に流れているのは、これが物凄く強化されたものと考えればいいわ」

「うーん、確かにそれは攻撃したくないかも」

 先ほどの痛みが何十倍にもなって襲ってくる、というのはフランシスにとってあまり想像したくないことだった。

「でも、琥珀竜はどうやって電気を作ってるのかな」

「仕組みは、今のと同じ感じね。電気がどうやって生まれるのか、ってのはまだ詳しくわかっていないけど、ある種の物質同士の摩擦がその要因のひとつだってことははっきりしてるから」

 パトリシアは足下に落ちていた木の枝を手に取ると、地面に図を描き出した。

「琥珀竜の体内には、こう、中空で螺旋状の器官があって、これがれいの鞴腹と繋がってるの。で、鞴腹からは外気を高速に送り込むことが出来るようになっている。外気に含まれる細かい粒子とその器官の内壁とがこすれ合って電気が生まれる――それが現在私たちが立てている仮説」

 空気という目に見えず掴みどころのないものが摩擦を起こす――フランシスにとってはピンと来ない話ではある。

「まあ、生み出した電気をどうやってコントロールし、任意の方向に打ち出しているのか。それはまだわかっていないのよね。アルフさんの言葉を聞く限り、頭の角が鍵を握ってるということは推測はできるんだけどね」

「ふぅん……炎竜にしても黒鉄竜にしても、うまいことできてるもんだなぁ」

 フランシスが、感嘆の声を漏らす。体内で可燃性物質を生成し火炎を放射する炎竜の灼熱呼気、周囲の砂礫を取り込んであらゆるものを粉微塵にしてしまう黒鉄竜の。どれも、現在の人間の科学力では再現すらできないなのだ。

「本当ね。正直、私たち人間の科学者よりも、竜のほうが自然界の仕組みってものをよく理解しているのかもしれないわ」

 そう言って、パトリシアは肩をすくめるのだった。


「全軍、全速前進! 速度が命だ! 死ぬ気で押せ! 走れ!」

 ダイアナの号令が、岩山の間に轟く。

 その号令を合図に、対竜部隊は一斉に移動を開始した。ある者は騎馬で、ある者は徒歩で、そしてある者は馬が引く荷車を後押しする。

 突出しすぎず、遅れすぎず。足場の悪い岩石地帯で、出しうる限りの速度を保ちながらも、隊列にはいささかの乱れもない。日頃から、弛まぬ訓練を続けてきた精鋭、対竜部隊だからこそ可能な行軍だ。

 先頭に立つのは、竜人兵サイラスとエドガー。ダイアナが中央で指揮を執り、クリスティ、フランシス、アルフレッドは散開して周囲に気を配る。目指す先は、十五キロ向こう。そこまで、いかに早く着けるかが作戦の成否を左右する。

「スオウの狼煙を確認! 赤です!」

 クリスティから、ダイアナに報告が入る。赤い狼煙が示すのは、『竜が行動を開始した』ということ。

「踏ん張れ! ここからが正念場だ!」

「イエス、マム!」

 いっそうの気合を入れ、隊員たちが行軍の速度を速めんとする。

「砲を撃つばかりが砲兵の仕事じゃねぇ! 現場まで砲を運んで、撤収するまでが俺たちの仕事だ! 気張れ!」

 砲兵隊長スコット・ベイカーが、自らも荷車を押しながら部下に発破をかける。

「俺たちは荷物が軽いんだ、砲兵隊に負けたら承知しねぇぞ!」

 こちらは、工兵隊長サムソン・ノックス。今回の作戦では設置できるトラップが限られるため、工兵隊の荷物は少なめだった。

「おい、ダイアナ嬢ちゃんや」

 周辺警戒に当たっていたアルフレッドが、ダイアナに駆け寄る。いつものことながら、嬢ちゃん呼ばわりに軽く眉を上げるダイアナ。しかし、今は細かいことを気にしている場合ではない。

「足音を読む限り、スオウのやつ、なかなか上手くやっとるようじゃ。竜は相当大回りをさせられとるぞい」

「竜が平原に出てくるのはどのあたりになるでしょう」

「地図でいえば……このあたりじゃな」

 と、アルフレッドは地図の一点を示す。少しでも時間を稼ぐためとはいえ、想定していた地点とはかなりのズレがあった。余分に大回りして竜を誘導する分、部隊の設営予定地からの距離が遠くなってしまっている。

「目標との接触予定時刻は」

「一時間十分後になるじゃろう」

 こちらは、想定していた時間より十分長くなっていた。ダイアナは頭の中で計算する。

「ベイカー、ノックス!」

 ダイアナが、二人を呼びつける。

「予定が若干変更になりました。第一接触地点は、こちらになります」

「ふうむ、砲の設置予定地からは遠くなってしまいますな。しかし、今から設置場所を変えるのは難しい。行軍路にも変更が必要ですので」

「砲の設置場所は、そのままで構いません。命中率が下がるのには目をつぶりましょう。ノックス少尉、そちらはどうですか」

「仰ったとおりに竜が平原に侵入してくるなら、平原の間口の部分でネットによるトラップを仕掛けることは可能でしょう。しかし、距離が離れたので、設置場所まで辿り着くのに時間を食ってしまいます」

「ファウラー、ノリス、ガーランドを派遣します。何とか間に合わせてください」

「了解しました」

 本来ならば、取って置きの戦力である『大鷲』メンバーには、無駄な体力を使わせたくないというのがダイアナの本音だ。しかし、とにかく時間との勝負となる今回の作戦では、そんなことも言っていられない。人並みはずれた腕力、脚力を持つ3人なら、工兵隊にとって心強い援軍になるはずだ。

「目標地点まで三キロを切りました!」

 前方から、伝令の声が響く。

「もう一踏ん張りだ! 対竜部隊の誇りを見せてみろ!」

 これが最後とばかりに、ダイアナが号令をかけた。


 そして、遂に部隊は作戦予定地となる平原手前まで辿り着いた。ダイアナが懐中時計を見る。出発から二時間十三分。想定より、十七分早く到着することができた。しかし、ダイアナはここで隊員たちを褒めるようなことはしない。

「予定よりも遅れているぞ! 急げ! 竜の餌食になりたいか!」

 隊員たちの尻を蹴飛ばすがごとく、さらに大きな声を張り上げる。

 フランシス、エドガー、サイラスの3人は工兵隊を手伝い、アルフレッドとクリスティは斥侯としてスオウと竜が現れるのを待ち構える。

「砲の固定はナシだ! とにかく設置でき次第弾を込めろ!」

 スコットの指示の声が響く。

 通常対竜部隊の大砲は、着弾を集めるために砲架をしっかりと固定し、水平を取り、すべての砲の基準となる方角を合わせて運用するのだが、この作戦では時間が命。それらの過程を飛ばし、とにかく設置を急ぐ。予め行われる弾道学に基づく弾道計算も、試射も、今回は省略された。完全に砲手の勘と経験頼りなのだ。逆に考えれば、これこそが砲手の腕の見せ所である。部下を叱咤するスコット・ベイカーの声にも気合が漲っていた。

「キーツ少尉から伝令! 十一時方向より、銃声ひとつとのことです!」

 先行するクリスティから、ダイアナへの伝令。この銃声は、『あと十分で竜が作戦予定地に到達する』、というスオウからの合図だった。

「各員、準備はどうか!」

「砲兵隊、あと七分で全門発射可能!」

「工兵隊、なんとか設置完了しました!」

 厳しい表情はそのままに。――何とか間に合ったか。ダイアナは内心ほっとする。無理な行軍、そして休む間もなく急ぎ足の設営と、並みの部隊では到底できない芸当だ。作戦終了後には、何がしかの手当てを出してやらなくては。そんなことを考えるダイアナだったが、未だ作戦開始前という状況を思い出し、ぴしゃりと頬を叩いて気を引き締めた。

「まったく、こんなドタバタな作戦は初めてだぜ」

 トラップ設置を終えたフランシスたちは、本陣まで下がっていた。エドガーが、思わず愚痴をこぼす。

「それに、少佐が作戦前に失敗の可能性を口にする、ってのも初めてだったな」

「ああ。でも、あの少佐のことだ。内心では、絶対に成功させたいと思ってるんじゃねぇか」

「やっぱりですか。負けず嫌いっぽいとは感じてましたけど」

「負けず嫌いっつーか、プライドが高いっつーか。それでいて部下を死なせるのを一番嫌がる人だからな。難儀な性格だよ」

 サイラスが、肩をすくめた。

 そこへ、斥侯に出ていたクリスティも合流する。

「もう、すぐそこだね」

 竜の足音は、もはや竜人でない一般の兵にもはっきりと聞き取れるようになっている。

 クリスティと同じく斥侯役だったアルフレッドは、ダイアナのもとへ向かった。

「そろそろじゃぞ。少し、皆を黙らせてくれ」

「わかりました。――皆、静粛に!」

 辺りが静まり返ったところで、アルフレッドが地面に耳を付ける。

「……竜の進路は予定通り。……あと一分じゃな」

「砲兵隊、射撃準備は!」

「完了であります!」

「よろしい、第一射に備ええよ!」

「イエス、マム!」

 沈黙があたりを支配し、竜の足音だけが大きく響く。竜が現れるはずの地点を、部隊全員が固唾を呑んで見つめる。

 まず現れたのは、小さな人影。ここまで竜を誘導してきたスオウであった。

 そして、どしん、どしんと荒々しい足音を轟かせ。遂にこの台地の王者が、琥珀色の鱗をきらめかせながら姿を現した。


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