五
討伐作戦の出発前日。
いつものごとく、主だった士官と『大鷲』』の面々が集まり、作戦会議が行われた。
「手元の資料を見てください。まずは、グラッドストーン博士より琥珀竜についての説明があります。琥珀竜との戦闘経験がある者は少ないでしょうから、不明な点がああれば随時質問するように」
ダイアナの前置きに続いて、これまたいつものごとくパトリシアの解説が始まる。
「琥珀竜。その名の通り、琥珀色の鱗に包まれた竜ね。鱗の硬さは炎竜と同程度、足はあまり速くないわ。正直、サンプルが少なすぎて私からもあまり説明できることはないのだけど……最大の特徴といえるのは、ブレスを吐かないことね」
ブレスを吐かないのなら比較的安全な相手なのでは――幾人かはそう考えたに違いない。そうした表情を読み取ったのか、ダイアナが注意を促す。
「油断禁物です。ブレスがなくとも、この竜には大きな武器があります」
先日琥珀竜の調査に赴いたフランシスも、それは初耳だった。フランシスが見たのは、狩りを終えてねぐらに戻ろうとするところと、休眠期に入ろうとしているところだけだったのだから、仕方のないことではある。
「それは、雷撃と呼ばれているわ。その名の通り、雷に良く似た現象を、ある程度自在に操ることができるのよ。まあ、私も実物を見たことはないのだけど」
「実際の落雷ほどの威力はないのですが、常人が喰らえばまず昏倒は免れません。竜人でも、痛手を被るのは避けられないと聞いています」
「一発の威力は大したことなくても、ブレスと違ってわずかな予備動作で発動できるのが脅威であると言えるわね」
「それって避けられないの?」
クリスティが、挙手して質問した。部隊一のスピードを誇る自分ならば、という考えがあってのことだろう。
「空の雷を見たらわかりそうなものだけど……正確に測る手段はないけれど、一瞬で何十キロという距離に届いてしまうスピードよ。あなたたちの反射速度でも、放たれるのを視認してから避けるのは絶対に無理」
「射程は数十メートル。この距離に立ち入るのは基本的にわれわれ竜人兵のみですが、そのわずかな予備動作を見落とさないようにしないと、確実に雷撃の餌食となってしまいます。ニューマン大尉」
ダイアナに指名されたアルフレッドが壇上に立つ。こと竜の生態に関しては、レナードでもダイアでもパトリシアでも、この老人に敵うものはいない。
アルフレッドは首を曲げ、下を向いてみせる。
「こうじゃな。こう、項垂れたあと、すっと頭を上げる。頭が上がった瞬間、雷撃が放たれる。基本的に雷撃は顔の正面に向けて飛ぶから、この動作に気が付いたら、竜の正面から飛びのくことじゃ」
アルフレッドが実演するさまを、フランシスはしっかりと心に刻み込む。
「それと、もう一つの特徴が、身体全体を『電気』で覆っているということね。電気ってものは知らない人がほとんどだろうけど、詳しい説明は省かせてもらうわ。大事なのは、この電気に触れてしまうと、雷撃と同じように雷に打たれたような衝撃を受けるということ。雷が金属目掛けて落ちる、ってことは知ってる人も多いと思うけど、特に金属武器にはこの電気が流れやすいの」
「つまり、俺たちが近接攻撃をしようとしても、その電気とやらに阻まれちまう、ってことか?」
挙手して質問したのは、サイラス。
「そうね。雷撃ほどの威力ではないらしいんだけど、本気の一撃を打ち込めなくなるほどには衝撃を受けるそうよ。このあたりは、隊長から直々に聞いた話だから間違いないはず」
「そいつは、厄介だな」
エドガーが唸る。全力で打ち込むことができないと、いかに竜人兵といえどその鱗を破ることはできない。
「少佐の『吼狼』なら?」
今度はスオウが挙手した。
「それも難しいのよ。弾丸の貫通力は入射角、つまりこう――弾丸が対象に命中したときの角度」
パトリシアが、右手の人差し指を開いた左の掌にぶつけるしぐさをしてみせる。
「この入射角が垂直に近ければ近いほど、貫通力は高まるわ。少佐が狙撃する際も、必ずこの入射角を気にしているはず」
パトリシアの言葉に、ダイアナが首肯する。
「この竜の身体に流れる電気ってのは、撤甲弾の弾芯の金属に微妙に影響を与えるの。そして、着弾をほんのわずかに狂わせる」
「つまりは、私が完璧な入射角を保って狙撃したつもりでも、着弾にわずかなズレが生まれ、弾丸が弾かれてしまう。そんなことが起こり得るのです」
「まあ、貫通力頼みでない、弾自体に重さがある大砲なら、影響を受けない程度のものなんだけど。『吼狼』の狙撃は繊細だから」
トラップや砲撃に向かない土地であるのは資料を見れば明らかだし、竜人兵の近接攻撃や『吼狼』による狙撃も困難。隊員たちは一様に、いったいどうするんだ、という困惑の表情を浮かべる。
「この程度の作戦しか考えられなかったこと、恥ずかしく思いますが……地図のこの地点、わずかに開けた場所に竜をおびき寄せ、運びうる限りの砲で一斉攻撃。……この作戦、成功率が低いだろうことはパーシヴァル閣下もご承知です。撃破が困難だと判断された場合は、無理をせず早めの撤退をするようにとのことです」
そう話すダイアナの唇は、わずかに歪んでいる。一見冷静なタイプに見えるダイアナだが、その実かなりの負けず嫌いだということは、フランシスも薄々気が付いていたし、多くの隊員が知っている。失敗を前提とした作戦が、ダイアナの矜持を傷つけていることは想像に難くない。
「おおよその説明は以上となります。他に質問のある者は……では、解散。各員、明日の出発に備えるように」
ダイアナの言葉に、隊員たちは席を立って退室していく。
「でも、なんか悔しいなぁ。あたしたちなんにもできないってことでしょ」
歩きながら、クリスティが漏らす。
「うん。何かできることはないのかな」
「金属製の武器は駄目だ、って話だったように思うが。ゴドフリーの親方に相談してみるか」
「お、そいつは名案かもしれねぇな。俺も、撤退の支援以外なにもできないまま帰ってくる、なんざ我慢ならねぇ」
そうしてフランシスたちが向かったのは、基地内にある工廠だ。
工廠長のゴドフリー・フォースターは、その道一筋四十年という熟年の武器鍛冶である。彼は、銃火器から工兵用のつるはしに至るまでを一手に製造する工廠の最高責任者だ。白いものが混じった頭髪を短く刈り込み、顎には豊かな髯を蓄える。頑固一徹の職人を絵に描いたような風貌の持ち主であった。
「金属以外の武器? そんなものはねぇな」
ゴドフリーに相談を持ちかけた返ってきたのは、いたって単純な言葉だった。
「えぇ~、何かないの? ほら、石とかさ」
クリスティが、不満げに口を尖らせる。
「相手が普通の獣なら、石斧か何かでも十分有効だろうよ。しかし、お前たちの相手は竜だ。いくら硬い石を使っても、石には伸びたりしなったりする性質がねぇから、竜の鱗にぶつけりゃあっという間に砕けちまう。武器に使われる素材が鋼に統一されてるのは、結局のところ鋼が一番武器に向いているからなんだよ」
「そうですか……お仕事中にお邪魔して、済みませんでした」
踵を返して立ち去ろうとするフランシスたちを、ゴドフリーが呼び止める。
「待て、待て。金属以外の武器はないとは言ったが、『琥珀竜向け』の武器がないとは言ってねぇぞ」
そう言うゴドフリーは、なにやら怪しい笑みを浮かべている。
「作ったはいいが、琥珀竜自体がなかなか出てこんで蔵入りになっとる武器がある。それを持って行け」
ゴドフリーの笑顔に一抹の不安を覚えるフランシスたちだったが、とりあえずはその武器を見せてもらうことにする。
「中距離から有効な打撃を与えられないか、っちゅう発想で作ったのがこいつらよ」
そう言ってゴドフリーが示した一角には、奇妙な武器が並んでいた。たとえば、巨大な金属の輪。輪の外縁は鋭く研がれた刃になっており、内縁にはいくつかの取っ手が付けられている。たとえば、鎖の付いた棘のある鉄球。鉄球が人の頭ほどの大きさであることを除けば、一見フレイルのようにも見える。しかし、鎖の先は棒でなく把手になっていた。どれも、武器としてはあまり一般的でない形状であり、中には本当に武器なのかということさえ怪しいものまである。
「面妖な」
スオウが思わず呟いたのも、無理からぬことであった。
「喜べ、まだ誰も使ったことのない武器ばかりだ。言ってみりゃ初物だぜ」
ゴドフリーはガハハ、と豪快に笑う。
「俺たちを試作品の試し切りに使おうって腹か、親方」
サイラスが眉をひそめる。
「そう言ってくれるな。兵器開発には失敗がつき物なんでな。実戦で試してもらえると大いに助かるんだよ」
「……じゃ、じゃあ、とりあえずいくつか借りていきますね」
「おう、帰ったら使い勝手や威力についてたっぷり聞かせてもらうぜ」
こうしてフランシスたちは、いくつかの怪しげな武器を携え、作戦に赴くことになった。




