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ドラゴンズヘブン  作者: 田崎 将司
老人と竜
29/60

 いつもの酒場に到着した一行。『跳ねる野牛亭』は、フロンティアの豊かな大地で育まれた鳥獣の肉料理が名物となっている。

「おじさん、とりあえずビールね! 甕で!」

 フランシスの歓迎会のときのごとく、ビールが甕で注文された。

「あと肉だ! 豚の骨付きばら肉の炙りを一本丸ごと頼むぜ」

「エドガー、もっと早く出てくるものも頼めよ。鴨の燻製とピクルスの盛り合わせ、たまねぎのフライも頼む」

「お前ら、この季節は野鳥や野獣の肉じゃろうが。雉か野兎はないかの?」

「……鶏の砂肝のコンフィ。それとナッツ入り田舎パンを」

「えーと、デイジーは葡萄のジュースでいい?」

「あたいは別に酒でもいいんだけどね」

 身体を使うのが仕事である軍人が七人も集まれば、注文をするだけでも大騒ぎである。他の皆が矢継ぎ早の注文で女給を困らせている中、フランシスが各々のタンブラーにビールを注いだ。

「お爺ちゃん、乾杯の音頭取ってよ」

「うむ、では僭越ながら……ゴホン。え~、本日は晴天で空も高く、このようなよき日に、新たな仲間を迎えられることは実に喜ばしいことじゃ。万人に一人と言われる竜人を、偶然にも迎えられたのも全ては髪のお導きというものじゃろう。折しも、コルドア入植開始より七十年の節目の歳。第一次入植でコルドアに入ったわしももう六十九歳。思えば色々なことがあったが……」

「爺さん、前置きが長げぇよ」

「まったくだ。歳をとるとこれだからいかん」

「やかましいわい! ……とにかく、新たな仲間を大いに歓迎するぞ。乾杯!」

 皆の声が合わさり、タンブラーがぶつかり合う音が店内に響いた。

「くぅ~~~、美味しい!」

 エドガー、クリスティは早くも杯を干し、二杯目を注いでいる。アルフレッドも、高齢ながら飲むペースは速い。甕一杯分のビールは、あれよあれよという間に底をついてしまった。

 サイラスはいつものごとくワインを追加し、アルフレッドとスオウは度数の高い蒸留酒をやりはじめる。注文した料理も次々運ばれ、宴はますますの盛り上がりを見せる。

「よく飲むね、あんたら。あたいの育ったアマディアスの下町も酒飲みばかりだったけど、こんなに飲むのはいなかったよ」

 デイジーは、あまりの飲みっぷりに呆れ顔だ。

「僕もはじめは驚いたけど……でも、この身体はあんまり酔っ払わないらしいからね」

 フランシスが、ビールをちびちびと飲みながら答える。

「大人ばかりが盛り上がっているようで、すまんな」

「いいってことさ。あのでかいの、エドガーが言ってた通り、料理は美味いしね。ところでスオウ、あんたの体術は凄かったね。ああいうの、どこで教わるんだ?」

「父祖伝来の格闘術だ。極めれば、徒手空拳で巨像をも屠る、と言われている。俺はまだまだ未熟だが」

「へえ。詳しく聞かせてくれよ」

「元は、虐げられた民が自衛のために編み出したものだ。得物を取り上げられた状況でも、素手や身近にありふれたものを武器にして、多数の敵を征圧することを目指している」

 いつになく饒舌なスオウ。自らの技術に誇りを持っているということもあるが、酒がスオウの口を軽くさせているのだろう。

「使い方によっては、相手に傷を負わせることなく無力化することができる。アマディアスでの一件では、俺も少しやりすぎてしまったが」

 怒りに任せ、ならず者たちに無用な怪我を負わせたことを、多少なりと後悔しているらしい。

「凄いねぇ。でも、それってあたいの仕事にぴったりだな。今度教えてくれよ」

 訓練が終われば、デイジーは密偵として働くことになる。素手で相手を制圧できるスオウの格闘術は、デイジーにの仕事に向いていると言えるだろう。

「……それは、構わんが」

 目を輝かせるデイジーに押されるように、スオウが承諾する。

「なんか、すっかりスオウに懐いちゃったみたいだね」

 その様子を見ていたクリスティが、フランシスに話しかけた。

「うん、そうだね。アマディアスでのスオウさんは大活躍だったもんなぁ」

「まるで、劇の主役みたいだったもんね」

 アマディアスでは、デイジーを助けて、百人からの悪人相手に大立ち回りしたスオウである。デイジーの目には、彼が英雄のように映ったのかもしれない。

「なんじゃ、まだビールなんぞやっとるのか。男ならこいつをやってみい」

 不意に、アルフレッドの声がかかる。突き出されたグラスには、薄い緑色をした液体が。フランシスは、恐る恐る口をつける。

「うわっ! これってなんなんですか?」

 強いアルコールと、甘さと苦さが混在した独特の風味に、フランシスは思わず顔をしかめた。

「こいつは薬草酒じゃ。ブランデーに薬草を漬け込んだものでな、土地によっては薬や気付けに使われる。しかし、一人前の男ならこのくらい平気で飲み干せるようにならんとの」

「でも、それそのまま飲むのなんてお爺ちゃんくらいじゃん。普段はお菓子や料理の風味付けに使う、ってここのおじさんが言ってたよ」

「戦場では、このくらい強い酒がいいんじゃよ。さっき言ったように気付けになるし、身体が温まるのでな。特に、わしらのように長期にわたって野に潜まねばならん任務に付く場合、この種の酒はまさに命の糧となるんじゃ」

 そう言いつつ、アルフレッドはぐびぐびと薬草酒を飲み干す。

「ほんと、元気な年寄りだよねー」

「ふん、若い者にはまだまだ負けんぞ。『こっちの方』でもな」

 アルフレッドは自らの下半身を指差して言う。すかさず、クリスティの平手打ちが飛んだ。アルフレッドが、椅子から転げ落ちる。

「あいたたた……まったく、お前さんは容赦がないのう。酷いと思わんか、フランシスよ」

「今のはアルフさんが悪いと思いますけど……」

 まるで懲りていない様子に、フランシスも呆れるしかない。そのうちクリスティに撲殺されるのではないかと、本気で心配になる。アルフレッドはというと、今度は女給にちょっかいを出そうとして、お盆で殴られていた。フランシスは、サイラスが歳をとったらああなるのでは、などと失礼な想像をする。

「全く、娑婆にいる間くらいはサービスしてくれてもいいじゃろうに」

 フランシスは、スオウの言葉を思い出す。「任務中は声を出すこともできない状態が続く場合もある」と。この老人がここまではしゃいでいるのは、その反動なのかもしれない。

「調査隊の仕事って、大変なんですか?」

 以前スオウに聞くも、あまり多くの言葉が返ってこなかった質問をしてみる。

「うむ、まあ……地味で地道な任務じゃよ。前線で身体を張ってるお前さんたちに比べりゃ、取るに足らんことじゃわい」

「そんなことないですよ。調査隊がいなければ作戦が成り立たない、って少佐も言ってましたし、パティも調査隊の集めた情報が随分役に立ってるって」

「ほう、嬉しいことを言ってくれるの。やはりお前さんはいい若者じゃ」

「まあ、フランシスの場合、少々老成しすぎてる感はあるがな」

「若いうちは、もっとはっちゃけちまってもいいと思うぜ」

 と、サイラスとエドガーが茶々を入れる。

「そうですね……村でも、よくつまんない奴って言われましたし」

「フランのそういうところ、あたしは嫌いじゃないけどね」

「……うむ。フランシスの奥ゆかしさは美徳と言える」

「ふむ、気に入った。近頃稀に見る若者じゃ。……そうだ、お前さん今度調査隊に参加してみんか?」

「えっ、僕がですか?」

 突然の提案に、困惑するフランシス。

「うむ。ちょうど、再調査が命令された案件がある。なに、相手は動きがのろくて耳も良くない。初心者にぴったりな任務じゃ」

 フランシスの肩をがっしり掴んで、アルフレッドが返答を迫る。

「でも、僕には通常の訓練が……」

「何ごとも経験じゃよ。一の現場は、百の訓練なんぞよりよほど身になるぞい」

 酒臭い息を吐きながら、アルフレッドが顔を近づけてくる。フランシスは、クリスティらに助けを求めようとするも、皆は「もう諦めろ」という表情だ。

「よし、決まりじゃな。レナードの奴にはわしから言っておく。スオウは今回は休んでいていいぞ」

 こうして、フランシスはなし崩し的に調査隊に参加することになってしまった。

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