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ドラゴンズヘブン  作者: 田崎 将司
老人と竜
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「ふむ、どうしたものか」

 対竜部隊隊長、レナードが唸った。彼の頭を悩ませているのは、辺境騎士団本部から送られてきた一通の指令書である。

「正式な指令書ですので、本来拒否することはできないのですが……」

 副官のダイアナが、語尾を濁らせる。「本来は拒否することなどできないが、レナードならば話は別」と、言外に含ませている。

「通常の指令ならば、きっぱりと断ることもできよう。しかし、今回の指令書は『コレ』だからな」

 レナードが、執務机にその書類を投げ出す。要約すれば『わが国にとって、きわめて重要な鉱物資源が存在する可能性あり。早急な再調査といち早い竜の討伐を求む』、という内容だが、かなり強い調子が伝わってくる文面であった。

 ことの起こりは、つい最近騎士団本部に送付した、とある竜の生態調査報告書である。

 竜の討伐は、最低でも数百人規模の人員と相応の装備を投入する、大規模な軍事行動だ。討伐作戦を行う際は、対象となる竜の綿密な調査を行い、その結果を辺境騎士団本部が吟味し、正式に認可が下りた時点ではじめて実行に移される。調査の際にはその土地が耕作に適しているか、また何らかの資源があるか、ということも同時に調べられ、開拓の優先度が低いと判断された場合は、討伐作戦は後回しにされる。

「『討伐には困難が予想される』と申し送りしたにも関わらず、この指令でですか」

「うむ。本部がここまで必死なのも珍しいことだ」

 調査の対象は、とある丘陵地帯に生息する竜だった。起伏が激しい地形に加え、強固な地盤。砲撃やトラップに不向きな地形であり、竜の撃破には困難が伴うと報告書には記された。耕作には全く適さない土地であることだし、この竜の討伐は先送りになるだろう、レナードもダイアナもそう考えていた。

 しかし、問題は報告書とともに送った岩石のサンプルだった。

金剛石ダイアモンド、か。あんな土地から採れるとはな」

 金剛石の美しさは昔から知られていたものの、あまりの硬さに加工が難しいため、そこまで珍重はされていなかった。しかし、近年、旧大陸において画期的な加工法が考案され、その価値は一気に跳ね上がった。

 ブリーディアはコルドア産出の金によっておおいに潤ったが、一方で金は供給過剰ぎみで価値は下落傾向にあった。金に代わる新たな収入源を得る、といのはコルドア総督府が本国から課せられた重要課題である。

「加えて、相手は琥珀竜ときている。まったく厄介なことだ」

 コルドアに棲息する竜のうちのひとつ、琥珀竜。英雄レナード・パーシヴァルに渋面を作らせるほどなのだから、相当な強敵であることは間違いない。もっとも、こと竜においては組し易い個体など存在しないのだが。

「ここで議論しても仕方ないじゃろ。ほれ、指令書をよこせ。とっとと済ませてくるわい」

 ここで、部屋の隅に気配もなく控えていた老人が口を開いた。『大鷲』の最長老、アルフレッド・ニューマンである。

「……仕方がないか。しかしアルフ老、ここ最近ろくに休みも取れていまい。今回はスオウに任せてゆっくり休んだらいかがか」

「ふん、心配は無用じゃ。これしきのことで参っちまうほど老け込んではおらん」

 アルフレッド老人は、そう言って胸を張る。

「ニューマン殿、それは結構ですが。今回の調査には、アマディアスから派遣される地質学者を随伴させろ、とのことです。到着までは数日を要しますので、その間はごゆるりとなさってください」

「それに、アマディアスに出張に行っていた連中もじきに戻るころだ」

「おお、そういえばそうじゃったな。なんでも、新たな仲間が見つかったとか」

「うむ。詳しいことはまだわからないがな」

「それは楽しみじゃわい。胸と尻がでかいおなごだとええのう」

 ダイアナが眉根に皺を寄せるのも気にせず、助平な笑みを浮かべるアルフレッドであった。


 アマディアスでの出張から戻ったフランシスたちは、元怪盗少女・デイジーを伴い、本部基地内を練り歩いていた。デイジーに基地の案内をしながら、仲間たちに彼女を紹介するためだ。

「お、そいつが例の怪盗少女か」

 練兵場にて、フランシスはサイラスに出鼻をくじかれた。いきなりデイジーを紹介し、驚かせようと思っていたのだ。

「あれ、もう知ってたんですか」

「ああ。少佐から話は聞いてるぜ」

「ええ~、知らなかったのあたしたちだけだったの?」

 ライオネルのちょっとした悪戯に引っ掛けられたのは、フランシスたちだけだったようだ。

「どうでもいいけど、怪盗呼ばわりはやめてくれよ。あたいはもう足を洗ったんだから」

「ハッハッハ、すまねぇな。俺はエドガー・ノリスだ。エドガーでいいぜ」

「俺はサイラスだ。よろしくな」

「ああ。基礎訓練が終わるまでの短い間だけれど、よろしく頼むよ」

 デイジーが、二人と握手を交わす。

「さて、新人が入ったからには早速今日アレをやらなきゃな」

 サイラスが、ニヤリと笑った。

「アレってまさか……」

「ああ。もちろん歓迎会だよ」

「……子供に酒を飲ませるつもりか」

 スオウが眉をひそめる。

「酒場に行ったからって酒を飲まなきゃならねぇわけじゃねぇだろう。あの店は料理だってなかなかだしな」

 あの店とは、『跳ねる野牛亭』のことだ。フランシスも自分の歓迎会以降数度訪れており、その料理の味は保証済みだ。

「でも、今日は僕たちは休暇だけど、サイラスさんたちは通常勤務ですよね。少佐に見つかったらまずくないですか?」

 出張から戻ったばかりのフランシスたちは、レナードの配慮でまる二日間休暇扱いとなっているため、門限を気にする必要がない。急な話なので、サイラスやエドガーが休暇申請を出しているはずもなかった。

「心配するなって。バレないようにやるのも醍醐味って奴だ。監視の目を盗んで忍び込むのも乙なもんだぜ」

 サイラスは、たびたびこの手の軍規違反を犯してはダイアナにこっぴどく叱られる――時には折檻に近い罰をも受けるのだが、全く懲りた様子がない。それどころか、フランシスには規則破りを楽しんでいるような節すら感じられる。サイラスは、時折こうした子供っぽい一面を見せることがあった。

「何だか面白そうな話じゃないか」

 さすがは元怪盗、帰りは忍び込まなければならないという話を聞きながらも、デイジーは乗り気であった。

「本人もこう言っていることだし、決定――ひゃっ!」

 と、クリスティが突如悲鳴を上げる。――音も気配もなく忍び寄った何者かが、クリスティの胸を背後から揉みしだいているのだ。

「なんじゃ、相変わらず育っとらんのう」

「~~~~~っ!」

 その言葉に、クリスティの顔が見る間に真っ赤になる。声の主は、言わずと知れたアルフレッドだ。クリスティはぐっと強く拳を握り締めると――

「余計なお世話だっ!!!」

 怒号とともに、右の拳を振りぬいた。しかし、拳は空を切る。

「わしとて、いつもいつも同じ手は喰らわんよ――ぐぎゃぁっ!?」

 老人とは思えぬ軽やかなステップでクリスティの拳を避けたアルフレッドだが、クリスティが続けざまに放った後ろ回し蹴りまではかわせなかった。鼻血を噴いて地面に倒れ伏す。

「や、やるな……これなら合格じゃ……」

「何が合格じゃ、だよ!」

「ちょっとクリス、そのへんにしときなよ」

 倒れたアルフレッドに追撃を加えようとするクリスティを、フランシスが羽交い絞めにする。

「フランシス、お主は相変わらず老人に優しいのう。そのうちきっといいことがあるぞい」

 アルフレッドが首を左右に捻りながら立ち上がった。さすがに竜人だけあって、鼻血はすでに止まっている。

「で……そっちのちっこいのは?」

「ああ、この子は――」

「あたいはデイジー・ロックウェルだ。よろしくな、爺さん」

 フランシスに先んじて、デイジーが自己紹介した。

「すると、噂の新人とやらは嬢ちゃんじゃったのか。わしはアルフレッド・ニューマンじゃ」

 残念そうな表情を見せたのも一瞬のこと、アルフレッドはニッコリ笑うとデイジーと握手を交わす。

「しかしお主ら、聞いていたぞ。わしの居ないところで飲みに行く相談なんぞしおって」

「すまねぇな。もちろん爺さんにも声をかけるつもりだったんだぜ」

「まあ、実を言うとわしも先ほどまでレナードに呼ばれていたところじゃからな」

 ちなみに、隊長であるレナード・パーシヴァルをレナード呼ばわりできるのも、部隊ではアルフレッドのみである。

「調査に不備でも?」

 スオウは怪訝顔である。アルフレッドがレナードに呼び出されるのは、調査に関連する案件があるときだけだ。

「うむ、まあ……それはおいおい話すとしよう。とにかく、飲みに行くならさっさと行くぞ! おまえらもとっとと支度せんか」

 そう言うと、アルフレッドはずんずん歩いて行った。

「元気な爺さんだなぁ……あの人はいつもあんな感じなのか?」

 そうデイジーに聞かれるが、フランシスもアルフレッドとの付き合いは短い。フランシスの代わりに答えたのはクリスティであった。

「まあ、だいたいあんな感じだね。あたしとしては、もっと年寄りらしくして欲しいんだけど」

「調査隊の任務では、長期間にわたって荒野に身を潜め、声すら立てられない状態が続くこともある。基地にいる間、多少羽目を外すのは勘弁してやってくれ」

 同じ調査隊であるスオウだからこそわかることもあるのだろう。アルフレッドに代わって弁明する。

「ほれ、話はあとだ。爺さんの言うとおり、とっとと準備しようじゃねぇか」

 エドガーに促され、一同は身支度を整えるため自室に向かうのだった。


 酒場に向かう道すがら、アルフレッドは前回の調査の顛末について語った。

「琥珀竜、ですか」

「あたしは見たことないなぁ。エドガーは?」

「俺もねぇなぁ。少なくとも、俺が部隊に入ってからは一度も出てないはずだぜ」

「うむ、東方遠征でも討伐記録はかなり少ないからのう。黒鉄竜よりも数は少ないじゃろう」

「強いんですか?」

「うぅむ、強いというよりは倒しにくい、というのが正しいじゃろうな」

「どういうこと? お爺ちゃん」

「……人通りが増えてきた。この話はまた今度にしてはどうだ」 

 スオウが話に割り込んだ。基地は郊外にあるため、街に近づくにつれ人通りが増えてくる。作戦に関わることなので、そうそう人に聞かれていい話しではない、という配慮である。

「しかし……あんたら、本当に竜と戦ってるんだな。アマディアス育ちのあたいにはなんだかピンとこない話だったんだが」

「フロンティア育ちの僕だって、あの時までは竜なんて自分には関係ないものだと思ってたんだよなぁ」

「なんだい、あの時って」

「ふふっ、デイジーが騎士団入りした理由も珍しいだろうけど、フランの場合はもっと凄いんだよ」

「クリスの入団の経緯も、結構凄いと思うけど……」

「面白そうな話じゃないか。聞かせてくれよ」

 互いの身の上などを話しながら、七人は酒場に向かうのだった。


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