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 深夜。

 皆が寝静まり、束の間の静寂が訪れていたアマディアスの街に、突如喧騒が巻き起こった。

 警備隊が鳴らす警笛と警鐘、馬の蹄と焦りを含んだ怒号。宿の宿泊客たちの眠りを妨げるには十分であり、フランシスたちが目覚めたのは言うまでもない。

 フランシスはベッドから跳ね起きるや、廊下に出る。同じ部屋で寝ていたスオウの姿は既にない。

「フラン、こっち!」

 クリスティが、廊下のバルコニーから一足飛びで宿の屋根に上がり、フランシスもそれに続く。

 屋根には、スオウの姿があった。

「……かなり近いぞ」

 すでに「切り替え」を済ませているらしいスオウは、夜の街並みに目を凝らしながら言った。

 この宿は周りに比べ高さが頭一つ抜けているため、かなり遠くまで見渡すことができる。喧騒の中心は、フランシスたちの宿から、街の中心方面に数百メートル程度の場所。高い三角の屋根と、鐘楼のある建物――聖堂のようだ。

 この時間に、この騒ぎ。例の怪盗が現れた可能性が高い。

「急行する」

 四階建ての宿の屋根から、スオウが跳躍。着地の瞬間に膝で衝撃を和らげながら、身体を捻りつつ前転すると、何事もなかったかのように走り出した。

「僕たちは階段から行こうか」

「そうだね」

 眠気眼で部屋から顔を出したパトリシアに一言告げて、フランシスたちも夜の街を走り出す。

 スオウの姿は、すぐに見つかった。百メートルほど進んだところで、地面に伏して聞き耳を立てている。

「遅いぞ」

「無茶言わないでよ。いくら竜人あたしたちでも、普通ためらいもなくあんな無茶できないって」

「…………まあいい。向こうだ。急ぐぞ」

 若干失礼な物言いのクリスティに顔色一つ変えることなく、再びスオウが走り出した。

「泥棒の足音が分かるんですか?」

 併走しながらフランシスが尋ねる。

「警備隊の者どもの足音から人の流れを読んだ。盗人の足音を直接聞いたわけではない」

 ひとりの足音を聞き分けるのは困難だが、それを集団で追跡する者たちの足音なら聞き取れる。そして、その集団の先には目的の人物がいる、ということだろう。

 やがて、進行方向に警備隊らしき集団が見えてきた。何ごとかと家を出て来た野次馬に、解散を命じているようだ。

「……目立ちたくない。上から行くぞ」

 手近な商店の軒先を足がかりに、スオウはその建物の屋根に跳び乗った。二人も後に続く。屋根から屋根へと、曲芸のように跳び移りながら三人は進む。

「うーん……」

「どうしたの? 難しい顔して」

「僕もいつの間にかこういう無茶に慣れてきたなぁ、って思うと変な気分に」

 数ヶ月前まで、田舎の村で慎ましく暮らしていたフランシスのことだ。未だに時折、竜人の力に違和感を覚えることがある。

「あんなでかい炎竜倒しちゃった奴が、今更なに言ってんのさ」

「それはそうなんだけど……」

 と、先を走るスオウが足を止めた。

「見えた」

 視線の先には、複数の騎兵と、それに追われる一つの人影が。どうやら、件の怪盗に間違いないようだ。金持ちの邸宅が立ち並ぶ区画と、庶民が暮らす区画の境目あたり。大きな通りの真中を、怪盗は爆走していた。

「かなり速いね」

 かなり、というクリスティの言葉は、竜人の身体能力を基準にしたものだった。怪盗の速度はそれほど凄まじい。馬で追う警備隊たちも、もう撒かれる寸前だ。

「やっぱり竜人? でもどうして――」

「考えるのはあとだ、フランシス」

 スオウは無言でクリスティに目配せする。

「あたしの出番だね」 

 怪盗の足は確かに速いが、それでも部隊一の快足を誇るクリスティならば追いつけない距離ではない。

「じゃ、先行するね!」

 クリスティが手近な塀を蹴りつつ、屋根から下りる。着地と同時に、一気に加速し始めた。

「やっぱり、クリスは速いな!」

 走りながら、フランシスが感嘆の声を漏らす。

「あの分だと、じきに追いつくだろう」

 フランシスは、スオウとともにクリスティの背中を追いかけた。

 やがて、クリスティが怪盗を視界に納める。

「こら、待ちなさーい!」

「自分から存在を主張してどうするんだよ、クリス!」

「…………」

 大声で叫ぶクリスティに、スオウとフランシスは呆れるほかない。追っ手を撒いたと思っていたのだろう怪盗は、当然後ろを振り返って三人の存在に気付く。黒い外套に、顔を半ばまで覆うフードという出で立ちだ。あっ、と口元が動いたものの、驚きを見せたのは一瞬。ニヤリと口の端を上げると、横道に入っていった。

「逃がさないよ!」

 挑発めいた笑みに腹を立てたクリスティが、物凄い勢いで横道に入っていく。が、直後、短い悲鳴と何か物が盛大に崩れる音が響く。

 後を追って横道に入ったフランシスたちが見たのは、飲食店のものらしきゴミの山に頭から突っ込んで倒れるクリスティの姿だった。よく見ると、膝頭あたりの高さにロープが張られている。クリスティは、これに足を取られて転倒したのだろう。

「クリス、大丈夫!?」

「俺は、先に行くぞ」

 クリスティに駆け寄るフランシスの脇を、スオウがすり抜けていく。クリスティは大した怪我はしていなかったものの、生ゴミを頭から被って酷い有様だ。

「クリス、しっかり! って、うっ……」

 ゴミの悪臭に、フランシスは思わず顔をしかめる。クリスティはというと、あまりの怒りに身体をわなわなと震わせている。

「……もう絶対許さない! ぶちのめす!」

「あっ、待ってクリス! 頭に魚の骨が!」

 怒りの形相も露に走り出すクリスティを、フランシスが追いかける。

 一方スオウは、一人怪盗を追っていた。怪盗は土地勘があると見え、複雑な裏路地をすいすい進んでいく。クリスティの例を見ているので、怪盗が角を曲がるたびに罠がないか注意を向けなければならない。そのため、スオウもなかなか距離を詰めることができなかった。

 付かず離れずの追跡が続き――ふと、怪盗がスオウを振り返った。口元しか見えないが、「まだついて来るのか」と言わんばかりの、うんざりした表情なのが見て取れる。

「それはこちらの台詞、だ」

 毒づきながらも、スオウは感心していた。いくら土地勘に勝るといえど、竜人三人相手に見事な逃げっぷりだ。感嘆に値する。

 と、怪盗が角を曲がった。罠に注意しつつ、スオウが後を追うと――そこに怪盗の姿はなかった。

「――上か!」

 スオウは、脇に立つ民家の屋根に駆け上がる。見回すと、数件先の民家の屋根から飛び降りる怪盗の姿が。慌てて後を追うスオウだったが――

「……やられたか」

 怪盗が飛び降りた先、それは夜の街――歓楽街だった。深夜にもかかわらず、通りには人が溢ている。なけなしの金をはたいて女を買いに来た下層民から、お忍びでいけない遊びをしに来た貴族まで。多種多様な客たちと、それを奪い合う客引きたち。立ち並ぶ娼館のバルコニーでは、どぎつい色の衣装に身を包んだ娼婦たちが、通りに向かって手を振っている。

 この時間帯に、唯一多くの人間が集まる場所だ。フードと外套を脱ぎ捨てて雑踏に紛れ込まれれば、もはや怪盗を見分ける術はない。どぎつい香水の臭いが街全体に立ち込めているため、竜人の嗅覚も役に立たないだろう。

「スオウさん!」

 フランシスたちが、ようやくスオウに追いついた。

「……すまん。取り逃がした」

「ええ~っ!? じゃあ、あたしのこの怒りはどこに向ければ……」

 地団太を踏んで、クリスティが悔しがる。

「これからどうしましょう」

「警備隊のフレイザー大尉に、詳細を聞いてくる。お前たちは先に宿に戻れ」

「あたしも行く! このままじゃ寝てもいられないよ」

 未だ怒りが収まらぬクリスティが、声を張り上げて主張する。が、スオウは眉をひそめて言った。

「……お前は、とりあえず身体を洗え」

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