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 コルドア首都アマディアス。新大陸発見者の名前を取った、コルドア政治経済の中心地だ。コルドア西の海岸線から十五キロほど内陸に入った場所に位置し、人口は二十万人ほどで旧大陸の大都市には及ばない。しかし人口増加率は世界一の水準を誇り、百年のうちには世界有数の大都市になるだろうと言われている。

 街の中心の小高い丘の上にあって、ひときわ目を引く大きな建物がコルドア総督府だ。数本の細い尖塔が配された美しい城で、最新の建築様式が取り入れられている。旧大陸の歴史ある城の多くは、戦の際の砦としての役割が大きいために、おおむね頑強で無骨な造りだ。しかし、東方遠征終結を記念してごく最近建築されたこの城は、繊細で優美な外観を持っている。

 総督府の周りには総督府に入りきらなかった官公庁、聖堂、上流階級の人間の邸宅が並び、さらにその周りを市場や一般市民の宅地が取り囲む。丘の上にある総督府から、標高が下がるにつれて建物の高さも低くなっていくため、総督府の高さが余計に際立って見える。

 時刻は夕方に差し掛かっていた。照りつける夕日が総督府の白亜の壁を赤く染め、まるで絵画のような情景をかもし出す。

「見てよ、クリス! うわー、凄いなぁ! 大きいなぁ!」

 フランシスが、馬車の窓から見える光景に思わず感嘆の声を漏らす。おのぼりさん丸出しであった。

「ちょっと、街に入ってからはあんまりはしゃがないでよ、恥ずかしいから。――でも、あの総督府は確かに凄いよね。王都でも、あそこまで綺麗な建物は見たことがなかったし」

 と、御者を務める上等兵が声をかけてくる。

「モーガン中尉、すんません。道が混んでいて、第六の本部まではしばらくかかりそうなんですよ」

 一行の目的地は、総督府の近くにある第六騎士団本部である。到着の報告と、今後の任務に関する指示を受けるためだ。

 しかし、市街地に入ってからは馬車の進行速度が極端に遅くなっていた。

 街道はたくさんの人、馬、荷馬車で溢れている。収穫期ということもあり、様々な物産が流入しているのも混雑の原因の一つだろう。仕事終わりの人々が一斉に街にあふれ出す中、比較的図体の大きいフランシスたちの箱馬車は、いかにも身動きが取り辛そうだ。

「この調子だと、歩いたほうが早そうだ。お前たちも、それでいいか」

「もちろん。そのほうが街並みを見られるしね」

「クリス、遊び気分は駄目だよ。仕事中なんだから」

「分かってるってば。さっきまで子供みたいにはしゃいでたフランには言われたくないよ」

「頭脳労働者の私としては、余計な体力は使いたくないのだけれど。しょうがないわね」

 三人のやりとりに、スオウはわずかに苦笑する。

「そういうことだ。ご苦労だった、馬車を預けたらこれで一杯やるがいい」

「はっ! ありがたく頂戴いたします!」

 スオウが、その若い上等兵に心づけを渡すと、彼は威勢よく敬礼をして去っていった。

「……さて、行くか」

 夕刻の雑踏の中を、4人は歩き出した。

「へぇ、シラーズの街と違って随分魚屋さんが多いんだ」

 市の中を通り抜けながら、フランシスが呟く。

「ここは海が近いからね。フランは魚介料理なんてほとんど食べたことないでしょ?」

「うん。考えてみたら、秋に取れる川魚くらいかなぁ」

 生まれてこの方、コルドア内陸で暮らしてきたフランシスである。秋に川を遡上する鮭、鱒の類のほかは、小型の川魚程度しかお目にかかる機会はなかった。

「すっごく美味しいんだよ。あ~、晩御飯が楽しみ!」

「……今の季節なら、鱈にメダイ、太刀魚。カワハギなども美味い」

「スオウさん、詳しいんですね」

「俺の父の祖国の人々は、特に魚を好んで食べる民族だったそうだ。父も、そうだったのでな」

「どうでもいいけど、やることはやってしまいましょう。晩御飯の話はそれから」

 食事には頓着しないタイプのパトリシアだけは、あまり興味がなさそうだった。

「……それもそうだな。急ぐぞ」

 第六騎士団本部の閉門時間を過ぎると、辺境騎士団の士官といえど入るのに手続きが必要になってしまう。一同は、足を速めて騎士団本部へと向かうのだった。

 閉門時間直前に本部に滑り込むことができた4人は、入り口に控える兵士に身分と用件を伝える。しばらくして、一同は警備部長の執務室に通された。

 警備部は、都市の治安維持を専門とする部署であり、無論今回の連続盗難事件の捜査を担当している。

 部長は五十手前のでっぷりした大尉であり、名をフレイザーといった。

「……モーガン中尉以下3名。特命により参上した」

 三人はぴしりと敬礼する。しかし、フレイザー大尉は不機嫌そうな顔を隠そうともしない。

「ふん。上も余計なことをしおって。我々の管轄の問題に、外部の人間を呼ぶとはな」

 明らかに、歓迎されていない雰囲気だ。

「まあ、命令だから仕方ない。ほれ、これが捜査資料だ」

 そう言って、フレイザーは机に紙の束をぞんざいに放った。温厚なフランシスでさえ、その態度には思わず眉をしかめてしまう。クリスティなどはこめかみに青筋を立て、その表情に露骨に怒りを露にしている。

「捜査をするなら貴様らの勝手にしろ。ただし、我々の邪魔だけはするな。話は以上だ」

 まるで取り付く島もない。四人はその場を退散するしかなかった。

「なに、あの態度! 3日もかけて来てあげたのに!」

 本部を出るや、クリスティが怒りの声を上げた。

「仕方ないんじゃない? 彼らにも面子があるのよ。わざわざ外部の者を招聘する、ってことは自分たちが無能だって言われているようなものでしょう」

「まあ、それは分かるけど……」

「それにクリス、あの部長さんは竜人のこと知らされていないんじゃないかな」

「……あの口ぶりだと、そうだろう」

 竜人のことを知らなければ、わざわざ外部からフランシスたちが呼ばれた理由も当然分からない。フレイザー大尉としては、自らの職責に対するプライドを傷つけられたようなものだ。

「でも……やっぱり、腹が立つものは腹が立つの!」

 いまだ憤懣やるかたなし、というクリスティである。

「クリス、いつまでも怒っていないで。美味しいご飯でも食べて忘れようよ」

「……ん、わかった」

 ご飯という言葉を聴いて、クリスティの機嫌はいくらか上向きになったようだ。

「独自に捜査できるのは逆に好都合だ。第六に気を使わんで済む」

「まあ、それはそうかもね」

「とりあえず、宿を探すぞ」

「えっ、宿を?」

 一同は、第六騎士団の宿舎を借りて寝泊りする予定となっていた。御者を務めた上等兵も、一足先にそちらに向かっているはずだ。

「そのつもりだったのだが……あのフレイザー大尉の様子ではな」

 居心地の悪い思いをするかもしれない、スオウの言葉はそういうことだ。

「それに――一度使ったことがあるが、第六の宿舎は飯が不味い」

「なるほど、それは大問題ですね」

 クリスティを横目に見ながら、フランシスは苦笑した。

「それなら急いだほうがいいわね。なにしろこの人出だから、うかうかしてたら泊まるところがなくなっちゃう」

 パトリシアの言葉に、一同は足を早めるのだった。


 数件の宿で満室と断られた末、一行はようやく空室のある宿を見つけた。金持ちの邸宅が並ぶ区域から程近い場所にあり、賊が出没した場合都合がいい。宿の主に最長二週間の滞在になることを伝え、数日分の宿泊代を先払いする。取ったのは二部屋で、それぞれフランシススオウの男性陣と、クリスティ・パトリシアの女性陣に分かれることになる。

 部屋に荷物を置き、平服に着替える。 

「とりあえず、酒場に行くか」

「やったー! やっとご飯が食べられるよ」

「情報収集も兼ねている。飲みすぎるなよ」

 浮かれるクリスティに、スオウが釘を刺した。

「私は遠慮するわ。ああいう煩い場所は苦手だから」

「晩御飯はどうするの?」

「宿の亭主に頼んで何か簡単なものを作ってもらうから。気にしないで行ってきて」

「まあ、パティがそう言うなら……じゃあ、行ってくるよ。何かお土産買ってくるから」

「ありがとう。行ってらっしゃい」

 こうして3人は、夜の街に繰り出した。

 夜のアマディアスの喧騒は、シラーズのそれをはるかに凌ぐものだった。食堂や酒場が立ち並び、呼び込みが仕事帰りの客を奪い合う。裏路地に目を向ければ、まだ夕飯時だというのに、多数の街娼が男たちに手招きをしている。食料品の店も、これが最後の書入れ時と、大きな声を張り上げていた。

「……ここにするか」

 3人が選んだのは、表通りの喧騒から外れた一軒の酒場だ。どちらかといえば住宅地に近い場所で、表通りの店ほどの客入りはない。

 知らない土地での情報収集の基本は、酒場である。店主は幅広い客から様々な話を聞くし、酔った客はついつい口を滑らせる。この店を選んだのは、客の流動性が高そうな表通りの店よりも、いわゆる地元の常連客が多そうだ、という理由からだ。

 地元の人たちの生の声には、警備部が作成した資料からは読み取れない真実が含まれていることもある。どんな些細なことも聞き逃さぬように――ドアを開ける前に、スオウが釘を刺した。

 海産物が豊富なアマディアスらしく、その店のメニューには魚介料理が多かった。

「僕は魚介料理はサッパリわからないから、二人で選んでよ」

「うん、それじゃあそうだね――すいません、このムール貝の酒蒸しとオイルサーディンのサラダ、それから鱈の香草ムニエルください!」

「……魚のアラの煮込みと、帆立のバター炒め。それから赤座海老のバジルソース。……酒は、辛口の白ワインを」

 程なくして、湯気を立てた料理が山ほど運ばれてきた。周りの酔客も驚きの量である。

「いただきます。…………うん、おいしい!」

 フランシスが、思わず舌鼓を打つ。海産物に馴染みのないフランシスにとっては、海老や貝類はグロテスクに見える。口にするのを一瞬躊躇してしまうが、一口食べてみればすっかりその味の虜になってしまった。

「あ~、新鮮な魚って久しぶりに食べたけど、やっぱ美味しいね!」

「……うむ。ここの料理人はなかなか腕がいい」

 スオウの言うとおり、調理は見事なものであった。酒場にしては、どの料理も手が込んでいる。

「いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいねぇ。しかし、良く食べるなぁ、お客さん」

 三人の食べっぷりに気分を良くした、中年の店主が話しかけてきた。自然、周りの常連客とも気安い雰囲気になっていく。

 フランシスはスオウに目配せすると、話を切り出した。無愛想である自分よりも、人当たりのいい好青年であるフランシスのほうが情報を引き出しやすいだろうと、予め打ち合わせてのことだ。

「ちょっと小耳に挟んだんですけど、最近凄い泥棒が出るらしいですね」

「ああ、今アマディアスはその話題で持ちきりさ。『怪盗・笑うラフィング・キャット』なんて呼ばれてな」

 たちまち、噂好きの常連客たちが集まってくる。

「『笑う猫』って?」

「そいつは、盗みの現場に必ず猫の落書きを残していくらしいんでね。みんなそう呼んでるのさ」

「へぇ、格好つけた真似するんだね」

 自分の存在を誇示するかのような行為だ。犯罪者にとってメリットがあるとは思えないフランシスである。

「その泥棒、一人なんですよね」

「ああ。兵隊に追われても、簡単に撒いちまうそうだ。大したもんだよ」

 盗みを働く悪人のはずなのに、客たちの口ぶりからは嫌悪感が感じられない。むしろ、好感を持っている節さえある。

「おっちゃんたち、あんまりそいつのこと嫌ってないみたいだね」

 クリスティが尋ねる。

「まあな。その怪盗は、悪どいことをして金儲けした連中ばかり狙ってるらしいからな」

「そうさ。この間怪盗にやられた穀物商のガードナーなんて、相場を操作して大儲けしやがったって話だからな。おかげで一時期小麦がバカみたいに値上がりしたもんだから、うちみたいに細々とやってる店は大打撃さ」

 小麦の出荷をわざと抑え、品薄を煽って値上がりを待つ。卑劣なやり方だが、現在コルドアにこれを罰する法律はない。

 他にも、何人かの人物について尋ねてみた。フレイザー大尉から受け取った捜査資料にあった、被害者一覧にあった名前である。

「ああ、グレシャム侯は自分が持ってる鉱山で、やたらに安い賃金で貧乏人をこき使ってるらしい」

 だの、

「金貸しのジョイスは、詐欺まがいの証文でべらぼうな利子を取ってるんだ。俺の知り合いも一人やられてる」

 だのと、どれも市井の評判はよろしくなかった。

「それに、盗んだ金を貧民街でばら撒いてるって話だ。いわゆる義賊、ってやつだな」

「へぇ、なんだかお話の中の人みたいですね」

 悪人から金を奪い、貧しい人に分配する。こういった筋書きは、大衆演劇でもありふれた話だ。

「フランシス、そろそろいいだろう。行くぞ」

「そうですね」

「あ、ちょっと待って! そこの林檎のタルト、ワンホール包んでください!」

 そう言って、クリスティはカウンター奥の棚を指差した。

「お、嬢ちゃん目が高いねぇ。そいつはカミさん自慢の逸品さ。待ってな、今包んでやるよ」

 パトリシアへのお土産に、とケーキを丸ごと一つ買い、三人は店を後にした。

「義賊、か。そんなに悪い人じゃないのかも」

「……しかし、盗みは盗みだ」

「それはそうなんですが……」

 貧しい境遇で育ったフランシスとしては、その怪盗を憎みきれないところがある。

「でも、酒場の人たちは怪盗の能力については知らなかったみたいですね」

「うむ。情報統制をかけているのだろう」

「パティが話してた金持ちの私兵とかいう人たちに、直接話を聞ければいいんだろうけど」

「明日、当たってみよう」

 そんな話をしながら、三人は宿に戻った。長旅の疲れと満腹感から、一同はあっという間に眠りに落ちる。

 しかし、わずか数時間後。けたたましい警鐘の音が、一同を覚醒させた。


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