白木蓮の咲く丘で
今年も白木蓮の咲く季節になったよ。
白い花を沢山咲かせる丘に、私は一人佇む。
今日かもしれない、明日かもしれない。
今年もまた・・・・。
白い花が、徐々に茜の色に染められていく。
十年前―――
ピーポーピーポー・・・
ああ、また救急で運ばれてきた。
深夜にも関わらず、院内は慌ただしい足音が響く。
私は、集中治療室の入口がちょうど見えるベンチに座る。
急患の様子をただ、なんとなく眺めていた。
ガラガラガラ・・・。
ストレッチャーが近づく。
周りには、看護師と両親だろうか、若い男女がそれぞれにストレッチャーに縋り付く。
すれ違う瞬間、人と人との隙間から、運ばれている患者の顔が見えた。同じぐらいの歳の男の子だ。
苦しそうなのに、その瞬間だけ、私をジッと見た。
ほんの一、二秒。
やけにゆっくりと感じられた。
私も目が離せなくなった。
集中治療室に入ってしまった後、私は看護師に急き立てられて病室へ戻った。
眠れなかった。
一、二秒間の刹那の瞬間が、頭から離れない。
数日が過ぎた。
この数日間、運ばれてきた男の子は見かけなかった。
私は、病院の屋上へ上がった。
そこから、白木蓮が何本も植えてある小さい丘が見えるのだ。
今の季節には、その丘に真っ白な白木蓮が咲き乱れる。
私は、それを見るのが好きだった。
屋上の扉を開くと、一人、先客がいた。
車椅子に乗って、白木蓮の丘を眺めている。
・・・あ。
私は、緊張しながら、ゆっくりと近くまで行く。
「綺麗だね。」
彼は、私に云った。
「あの丘に行って、近くで見たら・・もっと、綺麗かな?」
「うん。綺麗だと思う。」
二人で、暫くその丘を眺めた。
「いつか・・・。」
彼は、車椅子を器用に操って方向を変えると、中へと戻って行った。
それ以来、彼の姿を見ることはなかった。
名前も知らない。
なんの病気かも知らない。
それでも。
『あの白木蓮の咲く丘で逢おう。』
白が茜に染まる頃、ゆっくりと大地を踏みしめる足音が。
私の背後で、止まる。私は、振り返る。
十年前からの約束。
白木蓮の咲く丘で。
―――やあ。やっと逢えたね。