終章 少年のこれから、少女のこれから
終わった。
エメリルファ=アーデライトはそう思った。今回の騒動の発端であり、犯人である悪魔は気を失って完全に沈黙している。
そう、全て終わったのだ。今日という日のこの夜は、エメリルファにとってとても長く感じた夜で、同時にとても衝撃を受け、同時に多くの謎を残した夜であった。
(悪魔。確かに悪魔の一族、ヴォルドダンタリアンの中には悪魔の血が流れているだとか、彼らが召喚しようとしていた、というのは話としては聞いていましたが。まさか本当にいますとはね・・・・・・)
それに、と心の中で呟いてエメリルファは空に舞う黒い翼を生やした少年の姿を見上げる。
(アルフレッド。・・・・・・あなたは一体何者なんですの)
普通の、ただちょっと正義感が強く困っている人がいたらどんな状況でも助けに行く性分の普通の少年が、まさか悪魔と天使の子供だったなど誰が想像できようか。
それも魔王サタンの子供だ。悪魔がベラベラ喋っていた話をエメリルファは聞いていたが、サタンの息子が、人助けが趣味のような少年というのは何とも間の抜けた話である。どこまでが本当の話かはエメリルファに知る由は無いが、それでも、空に浮く少年とその背に掲げる漆黒の翼がある程度話の信憑性を高めている。
と、その時。
色々と考えを整理していたエメリルファの視界の中で異変が起きた。
宙に浮くアルフレッドの背中から黒い翼がゆっくりと、霧がはけるように消えていったのだ。つまりそれは、少年がこれから地面に急降下する事を意味する。
「アルフレッド!」
少年の名を叫び、エメリルファは慌てて動く。このままでは彼の体はグシャリ、という不快な音を鳴らして真っ赤な液体を辺りにばら撒くだろう。もっとも悪魔があの高さから落ちてそうなっていないため、魔王の息子であるアルフレッドも大丈夫なのかもしれないが。しかし、まだ少年を無意識に人間だと思っているエメリルファにとっては、大丈夫とは思えなかった。
レイアの時と同じように氷の薄い板を何枚も重ねていき、落下の衝撃を失くそうと魔術を使おうとしたところで、青白い輝きが森を照らし出した。
魔術陣である。
だが、その魔術陣はエメリルファが出したものではない。
(な、誰のものですの)
魔術陣はちょうど落下するアルフレッドの真下に展開されていた。そして、アルフレッドの体が魔術陣を通過すると、落下していく少年の速度が緩やかになっていく。果てには落下速度は紙きれを高い所から落とした時のようにゆっくりになり、黒髪の少年の体は静かに地面へと着地した。
エメリルファは辺りを見回し、魔力の流れを探す。そして魔力を感知した先、暗闇に呑まれた森の中に視線を向けると。そこから数人の人影が現れた。
「どうもどうも、こんばんわお譲さん」
軽薄な感じでそう言った者は、声質から多分男だろう。
身体は真っ赤のローブで覆われ、細身なその体を隠している。
その後ろに控えている二人の人物も全く同一と思われる深紅のローブに全身を覆っている。フードも被っているため彼らの表情も何も全然読みとれないが、声を放った細身の男だけはその軽薄な物言いから恐らく笑っているのだろうかと思う。
「・・・・・・なんですの貴方がたは」
「んー、申し訳ないのですがその質問にはお答えできません。嘘でもいいからと仰るのであればそうですね、通りすがりの者、とでもお答えしましょうか」
軽くて薄い態度を崩さずに細身の男は答える。
「そんなに敵意を向けないでくださいよ。私達はそこで寝そべっているモノを回収しに来ただけですよ」
そう言って男が指を指したのは、意識を完全に失って倒れる悪魔――バラキエルの姿だった。男は仲間であろう同じ深紅のローブの一人、二人の内極端に体格の良い方に視線だけで指示を送る。ローブで体は隠されているが、それでも浮かび上がる程の体格を持つ仲間の一人は、指示を受けて悪魔の元まで歩を進める。そして乱暴な動作で悪魔を担ぎあげた。
「では、私達の用は済みましたのでこれで失礼させて頂きますよ」
細身の男はそう言ってクルりと背を向け歩き出す。その背を二人の仲間達もついていく。
暗闇へと消えていこうとする彼ら。
しかし、消えていこうとするその背中にエメリルファが話しかける。
「その者をどうするつもりですの?」
呼びかけられた深紅のローブの者達は歩を止める。
そして彼らはゆっくりと振り返る。
「んー、これまたお答えできない質問ですね。嘘でも良いのでしたらお答えしますが?」
「・・・・・・結構ですわ」
細身の男のふざけた物言いに呆れるのを通り越し、苛立ちすら覚えてエメリルファはそう吐き捨てた。自分の体が万全であれば力づくでも真意を聞きだしたのだが。生憎と今はもう戦うだけの力は残っていない。
そんな彼女の様子に、細身の男は小さく笑いを零して、
「あーそれと、その少年についてはひとまず置いていきますよ。まだその時ではないですしね」
気を失って眠る黒髪の少年に視線を投げながら細身の男はそう言うと。それでは、と、最期に一言残して漆黒に染まる森の中へと消えていった。
騒乱から静寂を取り返した森の中で、エメリルファは深い溜息を吐いた。その溜息からは酷く疲労の色が感じ取れる。当然と言えば当然だ。この一連の騒ぎは、身体的にも、精神的にも疲労を感じざるを得ないものであったのは第三者から見ても明らかだろう。
身近だと思っていた少年の正体。
悪魔の存在。
そしてその悪魔を連れ去って行く者達。
「まったく、」
今夜は彼女にとって本当に長くて、騒がしくて、凄惨で、
「なんなのですの・・・・・・」
本当に謎ばかりを残す一夜であった。
*
目が覚めた時、アルフレッドは病室に居た。
真っ白な、誰もがイメージできる普通の病室だ。自分は相当瀕死の傷を負っていたと思うが、どうやらこの病院の医者は優秀らしい。無事に命をつなぎ止めてくれたようだ。
上体を起こして辺りを見回す。この病室は個室なのかベッドはアルフレッドのいる一つしかなく、部屋には誰もいない。
病室内に視線を巡らせていたアルフレッドだったが、あまりに簡素な部屋で特に見るものがなく、視線を窓の外へと向ける。窓は開かれており、カーテンも閉まっていない。そこから見えるのは相変わらず中身だけ進化していく古びた街並みだ。空は赤みを帯びており、時刻がもう夕方なんだということをアルフレッドに知らせる。
「俺、どんくらい寝てたんだろう」
あの夜の戦い。
悪魔をぶん殴って吹き飛ばした所まではアルフレッドは覚えているのだが、それ以降の記憶が無い。
自分がどういった経緯でこの病室にいるのかまったくわからない彼としては当然の呟きだった。
そして、その一人ごとに言葉を返す者が居た。
「半日以上は寝ておったかのう」
声と同時に病室のドアが開けられる。
そこに立っていたのは白髪の老人であった。老人と言っても腰は曲がっておらず、体もやせ細っていない。むしろ膨れ上がった筋肉は衰えることなく、その屈強さを激しく主張している。体格もでかい。2メートル近くある巨漢である。とてもではないが老人とは呼べないだろう。白くなった頭と顔の皺だけが年の流れをなんとか感じさせている。
老人は自分には低い病室の扉を、頭を低くして通る。
「何しに来たんだよ糞ジジイ」
「なんじゃぁ? 折角見舞いに来たのにえらく無愛想じゃのぉ。それにのぉお前、育て親に糞はないじゃろぉ糞は」
老人は病室にあった椅子にどっかりと重い腰を下ろす。
そう、何を隠そうこの老人はアルフレッドの育ての親なのだ。5歳に両親を失ってからはこの老人――レイモンド=グレイスに、アルフレッドは育ててもらってきた。
アルフレッドの保護者であるレイモンドは義理の息子に憎まれ口を叩かれても、ハッハッハ、と笑っている。
「まあ何しに来た、かと言うとじゃな。お前の元気な姿を見に来たってのもあるが、とりあえずは事の顛末について話しに来たといったところかのぅ」
「事の・・・・・・顛末」
アルフレッドが興味を表情に出す。一応この事件の関係者としてはやはり気になるものだ。何しろ最期は気絶してまったく記憶がないのだから。
それを感じ取ったのだろう。レイモンドはニヤリと笑いながら事の顛末とやらを語り出す。
「まず、お前が一番気になる所から話していくかのぉ。レイア=ベル、エメリルファ=アーデライト、リタ=ヴォルドダンタリアンの三名に関してじゃが、三人とも無事じゃ。安心せい。レイア=ベルはお前と同じくらい派手に傷を負ったらしいが一命を取り留めたようじゃ」
それを聞いてアルフレッドは心の底から安堵の息を吐いた。
レイモンドは続ける。
「金髪の娘なんぞは多少の打撲ですんでおったわい。・・・・・・そしてあのお譲ちゃん、リタ=ヴォルドダンタリアンについてだが」
そこでレイモンドは言葉を区切る。
その表情はいつの間にか真剣なものに変わっていた。それにつられてアルフレッドの顔も神妙な面持ちへと切り替わる。
「外傷もなく、特に目立った後遺症もなく、元気にはしゃぎまわっておったわい。まったくあの娘っ子、街の病院が初めてなのか色んなもんを見ては騒ぎおって。病院では静かに、ってところからまずは教えんといかんの。といっても今は騒ぎ疲れて寝てしまったのじゃが」
「・・・・・・そっか、良かったよ」
アルフレッドの頬が緩む。
あの夜、少女の胸に埋め込まれた黒い結晶を破壊した途端、気を失ったり体の紋様が消えたりしたものだから心配していたのだ。
しかし、その心配も杞憂に終わったようだ。
「安心したようで何よりじゃわい。お前はちゃんとあの子を救えておる。あの子の、悪魔の一族の印を消し去ったのはお前さんじゃ。これであの子はこの世界で生きていけるんじゃ。このセフィライアというワシらの狭い世界でな」
「そう・・・・・・かな。だと良いんだけどな」
「そうじゃわい!」
そう言ってレイモンドは病人のアルフレッドの背中をバン、と叩いた。
ぐほっ、と呻き声を漏らしてアルフレッドは何しやがる、とレイモンドを睨めつけるが白髪の老人は腹から笑い声を上げている。
「だからなアルフレッド。お前が頭を悩ませるのはあのお譲ちゃんが目覚めてからのことじゃ」
レイモンドの加減知らずの叩きに未だ呻きながらも、アルフレッドは白髪の老人の話に耳を傾ける。
「ヴォルドダンタリアンの一族の紋章は身体から消えたが、ヴォルドダンタリアンの性を名乗れば彼女が生き残りだというのはバレるのは当然じゃろう? そこでじゃ、」
ゴホン、とわざとらしい咳をして言葉を切って、レイモンドはとんでもない事をサラッと口にした。
「あの譲ちゃんをワシの養子として迎え入れる」
「ぶふっ!」
全く予想していなかった展開にアルフレッドは思わず吹き出してしまった。
「な、なな、何言ってんだよジジイ! そんなもん・・・・・・その・・・・・・」
「何じゃ、不満か? おかしいのぉ、聞くところによるとお前さんあのお譲ちゃんに、一生傍で守る、とか臭いセリフを吐いたそうじゃないか。あー臭い臭い、臭すぎて話を聞いたワシの方が恥ずかしかったわい」
(・・・・・・あんの糞ガキっ。ぺらぺらと余計な事を・・・・・・っ!)
く、と少しの呻きを漏らして唇を噛んだアルフレッドの顔はほんのり朱を帯びていた。こうして冷静になって、尚且つ第三者に自分が言ったセリフを言われると恥ずかしいにも程があるというものだ。
羞恥し、顔が赤いアルフレッドを楽しそうに、彼の義父はニヤニヤと義子の様子を眺めている。
「まあ良いじゃないかアルフレッド。一生あの娘を見守るなら家族の方が良かろうて。それにだ、我が息子よ。お前にとっての問題は別にあるのじゃぞ」
「はぁ? なんだよ、別の問題って」
それはじゃなぁ、ともったいぶる糞ジジイ。
次に放たれた言葉はアルフレッドにとってにわかには信じがたい、というか信じたくない内容だった。
「お前とあの娘、お前ら二人の住むところなんじゃがの。これからお前らにはレイア=ベルの家で生活してもらう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
理解するのに時間要してしまう程の内容を、この老人はさらりと言い放った。
「ちょ、ちょっと待てよジジイ! どういうことだよそれ! 何でそこでレイア先生が出てくんだよ!」
「どうしたもこうしたもないわい。良いかよく聞くんじゃぞ。まず、お前は寮生活をしている。それも男子寮じゃ。当然あの娘とは一緒には住めまい。ワシの家にあの娘を住まわす、というのも有りじゃがそれでは何かあった時お前さんがあの娘の元へすぐに駆け付けれんじゃろ。ワシの家はヴェストラシルじゃし」
確かに西の街ヴェストラシルはアルフレッド達がいる東の街エストラシルの反対側に位置する街だ。行くのには二つの街の間にある、というかセフィライアの真ん中にあるセントラルフォードを超える為それなりの時間は掛かってしまう。また今回のように悪魔なんぞがリタを襲うようなことがあれば助けられないかもしれない。
悔しいが目の前の筋肉ムキムキ白髪老人の言っていることはまさしく正論であった。
「そこでじゃ、お前達をワシが安心して預けられるレイアに頼む事にした。なんたってレイア=ベルはワシの元弟子じゃからな。これほどの適人はおらんわい。奴にならワシも安心してお前らを任せられるというものじゃ」
お前らの事情も話してある、と付け加えてレイモンドは椅子から立ち上がると、開け放たれた窓の方へと移動する。
それにしてもレイア先生がレイモンドの弟子だったというのは驚きだ。意外なところにあった意外な繋がりに、このセフィライアという街はやはり狭い世界だな、と思ってしまう。実際には凄く広いのだが。
「とまあここまでが、レイモンド=グレイスというお前の保護者としての話じゃ。ここから先の話は、同じくレイモンド=グレイスというセフィライア統括評議会特別顧問としての話じゃ」
セフィライア統括評議会というのは文字通り、魔術師の都“セフィライア”を統括、管理している組織の事だ。彼らの権限は絶大だ。評議会で決まった事は、この島の法律になり秩序となる。決定は必ず覆らない。例えある一族の人間を皆殺しにする、といった理不尽極まりないものであってもだ。
そしてそこの筋肉質な老人が言う『セフィライア特別顧問』とは評議会の方針に意見を述べることができる唯一の存在だ。決定された事項を覆す事はできないが、この老人の発言で評議会の決めごとをある程度誘導することは可能ということだ。
だからこそ、本来この街の住人ではなく、天罪の子という異端分子であるアルフレッドの保護者が務まっているのだ。アルフレッドが普通に生活できているのは全てこの老人が方々に手を回しているからである。
レイモンドは開け放たれた窓の取っ手に手をかけて、ゆっくりと閉める。
これから話す内容を誰にも聞かれないようにする為に。
「今回の事件・・・・・・犯人は悪魔だったというのは戦ったお前が良く知っておるな。お前は何となく知っていたと思うじゃろうが、悪魔ってのは実在するんじゃ。本来悪魔ってのは下界に降りてはこれないんじゃ。というか、降りてこれなくした、というのが正しいかのぉ」
レイモンドは続ける。
「それなのにこうして悪魔が下界に降りてこれた。・・・・・・どうやらワシの知らん所で何かしらの動きがあるようじゃなぁ。お前が倒した例の悪魔を評議会の連中が回収したようだしのぉ。こりゃいよいよとなって怪しいわい」
同じ評議会内にも関わらず、あまつさえ特別顧問の自分すら知らない動きがあることに苛立ちがあるのだろう。心底不愉快といったようにレイモンドは顔をしかめる。
「ワシは少し内側を探ってみるつもりじゃ。もしかしたら、今回の件・・・・・・ただの一事件で終わらんかもしれん」
そう言うと、老人は用件を全て話したとばかりに病室を出ようと歩を進める。
しかし、病室の扉に手をかけた所でレイモンドは何かを思い出したように振り返り、アルフレッドの元まで戻ってくると。
その大きくてゴツゴツした手を固く握り、義子の頭に勢いよく振り下ろす。
「い、ってええええええええええっ! な、何すんだよ糞ジジイいいいいいい!」
頭がかち割れそうな痛みに悶絶しながらアルフレッドは叫ぶ。さっきからそうだが、この老人はアルフレッドが病人であると言う事を確実に忘れているような気がしてならない。
当の拳を振るった本人であるレイモンドは、ふん、と軽く鼻を鳴らして、
「馬鹿もんが。内側から無理やり封印術式を破壊しおって。お前が生きていられるのは、お前の力が目覚めないことが条件なんじゃぞ。不幸中の幸いは、壊れた封印が片方だけだったことかのぉ」
「ど、どうゆうことだよ」
「言った通りの意味じゃ。お前の目覚めた力はお前を守ってくれるものだが、同時にお前を殺すかも知れんという事じゃ。まったく、お前に何かあったらお前の母さんに申し訳なさ過ぎておちおち死ぬこともできんわい」
レイモンドの顔が僅かに陰りを見せる。
アルフレッドは話しの半分も理解できてはいないが、どうやらこの老人はアルフレッドが天使である母の力に目覚めた事に怒こっている、というのは何となく解った。
「・・・・・・仕方ねえじゃん。あのままだったら俺死んでたし。それに、この力が無かったらリタを、レイア先生やエメリルファを助けられなかったし」
「そんなことはわかっとるわい。だから拳一つで手を打ってやったのじゃ。何も救えずに力だけ目覚めておったらもう4,5発はなぐっとるわい」
拳を握りながらそんなことを言うレイモンドを前に、アルフレッドの背筋がブルッと震える。一発で頭がかち割れるかと思ったのに、あと4,5発も喰らってしまったら笑いごとでは済まないことになっていただろう。
いやー良かった色々と救う事ができて、と思うアルフレッドであった。
「何はともあれ、過ぎてしまった事を悔いてもどうにもならん。悔いても仕方ないが、忘れるなよアルフレッド。お前の力の覚醒は、あちこちに知れ渡ったことじゃろう。今後あらゆる者達がお前に接触してくるかも知れんが」
今度こそ病室を出る為に、レイモンドは歩き出す。
そして、そのたくましく立派な背中越しに、
「自分の信念に従え。そうすりゃどんな結果を招こうがワシは怒りはせん」
振り返らず、こちらにヒラヒラと片手を振って、レイモンドは病室を出て行った。
しばらく呆けたように老人が去った病室の扉を眺めていたアルフレッドだったが、起こしていた上体を再び柔らかいベッドに沈ませる。今回の騒動で、確かにアルフレッドの日常は変化を始めるだろう。考えなければいけない事は山ほどあるし、これからが大変だというのは重々承知しているつもりだ。
しかし、何をやるにしても何を考えるにしても先ずは、
「・・・・・・何か、ホント疲れた」
身体の傷を癒す事が、アルフレッドにとってやるべき事の第一号だ。
黒髪の少年はこれから自らが歩む未来に思いを巡らせながら、静かに目を閉じた。
*
空に浮かぶのが太陽から月へとすげ変わった深夜。
空の色が朱色から黒い色に塗り替えられた深夜。
もうすぐ日付が変わろうとしている夜、激しい戦いで傷付いた身体を癒す為に睡眠を貪っていたアルフレッドの病室の扉が勢いよく開けられ、
「おっっっっっはよぉー!!」
ここが病院で、今が深夜だという事をまったく考えない声量で、栗色の長い髪をした少女が目覚めの挨拶を口にする。
「・・・・・・ん・・・・・・」
突然の来訪者&大声に叩き起こされたアルフレッドの脳はまだ上手く機能していない。
そんな彼などいざ知らず、長く伸びきった栗色の髪をなびかせ、少女が助走を付けた飛び込みでアルフレッドの上に飛び乗った。
「がっ・・・・・・!」
ちょうど鳩尾の辺りに少女が飛び込んできて、アルフレッドは呻き声を上げた。
傷口から痛みが蘇り、完全に意識が呼び起こされる。
「起きた?」
「おかげ様でな! まったくジジイといいお前といい、俺が病人ってこと絶対に忘れてるよな」
えへ、なんて可愛らしく笑って見せる少女――リタ=ヴォルドダンタリアンはこの事件の被害者であり、悪魔の一族に生まれ、ずっと不幸な運命に見舞われていた少女だ。そして、そんな運命から、絶望の渦からアルフレッドが救いたいと思った少女だ。
だから口では悪態をついたものの、内心は元気な少女の顔を見れてアルフレッドは安堵していた。
少女はアルフレッドの胸に顔を埋め、
「・・・・・・ありがとう。リタを、助けてくれて。リタに手を差し伸べてくれて」
彼女の、リタの心からの感謝の言葉にアルフレッドは小さく笑う。
「なぁに言ってんだよ。目の前で泣いてるやつが居たら助ける、そんな当たり前のことをしただけだって」
優しく笑いながらアルフレッドは少女の頭をなでる。
そう、当たり前のことをしただけなのだ。彼にとっては困っている人を助けるというのはご飯を食べたり、おはようやおやすみ等の挨拶をするように当然のことなのだ。
心地よい沈黙に病室が包まれる。お互いの体温を感じながら寄り添う二人は、それぞれ何かを思って沈黙していたのだが。
やがて少女が何か思い出したように声を上げる。
「そういえば! あのでっかいおじいちゃんが言ってたよ! リタ達家族になるんだって!」
でっかいおじいちゃんというのはレイモンドのことだろう。
アルフレッドもまた夕方にやってきた糞ジジイの言葉を思い出す。
「そうみたいだな。何か話が急展開過ぎてあれだけど、これからよろしくなリタ」
「うん!」
元気に頷いて少女が思いっきり抱きついてくる。体中あちこち傷だらけのアルフレッドとしてはそんな事をされたら物凄く痛いのだが。
今は我慢しておこう、そう思ったアルフレッドであった。
「俺ももう数日もしたら退院できると思うし、そうしたら先ずは引っ越しだな。何か俺の担任の先生の家に住む事になるんだってさ、俺達」
色々と大変なんだぞこれから、と肩をすくめるアルフレッドだったが。少女がさっきまでとは打って変わって浮かない顔をしていることに気付く。
コロッと表情の変わったリタを不信に思いアルフレッドは問いただす。
「どうした? 何だようかない顔して。大丈夫だって、確かにレイア先生はおっかない人だけど、さすがにお前みたいな幼女には優しくしてくれるって」
「・・・・・・違うよ」
じゃあ何だよ、と訝しむアルフレッドにリタは少し躊躇って答える。
「・・・・・・リタのせいで・・・・・・傷ついた人達がいるの。リタが魔術を使って壊したお店に居た人達・・・・・・」
少女の告白を聞いて、アルフレッドの脳裏にある光景が蘇える。
石造りの建物が、本当にただの石の山になっていたあの光景を。
(やっぱりあれはリタがやったのか・・・・・・)
野次馬の話を聞いて、この惨状はリタがやったものだと言われたが。それでもアルフレッドの中ではどこか信じられず、違って欲しい、人違いであって欲しいと思っていた。しかし、真実はこの少女が本当に犯人だったようだ。
リタは俯きながら言葉を続ける。
「その人達、怪我した人も沢山いたみたいだけど・・・・・・皆生きてた。だから・・・・・・謝りに行かないと。・・・・・・でも・・・・・・」
(・・・・・・あぁ、なるほどな)
アルフレッドは彼女が落ち込んだ顔をしている理由が何となく読めた。
「よーするに、一人で謝りに行くのが心細いってことか?」
どうやらアルフレッドの読みは当りらしく、少女は小さく頷いて答える。俯いてリタの表情は隠れているが、恐らくまだ浮かない色を顔に張り付けているだろう。
少女のその様子に、アルフレッドは深い溜息をつく。
「なんだそんな事かよ。心配して損したっての。・・・・・・一人で行くのが嫌なら俺が一緒に謝りに言ってやるよ。」
「・・・・・・え」
「え、じゃねえよ。当然だろ。俺たちはもう家族で、お前は俺の妹だ。妹が悪さをしたなら尻拭いしてやんのは兄貴の役目ってもんだろ」
その言葉にリタの中で喜びが溢れる。
視線を上げた少女の瞳からは恐らくうれし泣きであろう涙が零れていた。
アルフレッドはその涙をそっと拭いながら、
「泣くなって。お前を泣かせない為に俺はこんなにボロボロになったんだ。困ってる事があったらちゃんと話せよな。・・・・・・その、なんだ。・・・・・・お前が大人になるまでは俺が、傍で守ってやるんだからさ。いつでも頼ってくれて良いんだぜ」
最後の方は恥ずかしくて思わず顔を逸らしてしまったアルフレッド。
そして、アルフレッドの優しい思いを受けて、リタがこれまでにない笑顔を見せる。
家族や、一族の者達を失い、今まで一人ぼっちで生きてきたリタにとって、アルフレッドのその言葉は確実に彼女に光を、救いをもたらしていた。
全てを失ったリタに、また大切な物ができた。その事に彼女は喜び、深く感謝して、アルフレッドにこう言った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
彼女を救う為にアルフレッドはボロボロになった。
体中血まみれになって、本当に生きているのが奇跡なくらいだ。
しかし、そうまでして守る価値は確かにあったのだ。一人の少女を絶望の運命から救い出せたのだ。リタが見せる最高の笑顔が何よりの証明である。
アルフレッドは少女の華奢な体を優しく抱きしめながら、
「ああ、改めてこれからよろしくな。・・・・・・・・・・・・でも、お兄ちゃんはやめてくれ。何か・・・・・・すげえ恥ずかしい」
色々な事があった今回の事件だったが、これからが大変である。
アルフレッド達を取り巻く環境は、良くも悪くも、確実に変化してしまったのだから。
どうも皆様初めまして、田神遊斬と申します。
まず最初に、この小説を読んで頂いた読者の皆様に深い感謝を持ちまして心からのお礼を、本当にありがとうございます。
さて、この小説。いかがでしたでしょうか。今回初めて小説・・・というかライトノベル的なモノを書きました。当然ながら誤字脱字、言葉の使い方など様々な点で未熟さが溢れ出ていることかと思います。その辺りは皆様からのご指摘等を真摯に受け止め、今後の作品に活かしていけたらと考えておりますゆえ、じゃんじゃん! 感想レビューを送ってください!(笑)
そして内容ですが、この度どんな作品を書くかというところはあまり悩みませんでした。私は能力バトルものが大好きでして、とりあえず細かい設定を考えるのが面倒くさかったので“魔術”というオーソドックスな(失礼な 汗)能力を選び、そこから話を考えていきました。
本作の主人公アルフレッド君ですが、とても正義感旺盛な少年だったと思います。彼のような正義感旺盛な主人公を書こうと思ったのは、あるライトノベルの影響です。というか、ライトノベルを書いてみようと思ったのもその作品に物凄く感動して『自分もこういうのを書きたい!』と思ったわけでして。影響を受けた作品の主人公みたく正義感旺盛を意識した結果、物凄く強すぎて重すぎる正義感の持ち主になってしまった気がします(泣)。
なんだか後書きもグダグダになった気がしますが最後に1つの作品を書き上げて私が思ったのは、とにかくラノベ作家って凄い!ってことです。よくもまぁこんなに長々と文字を書いて尚且つ何冊も本を出せるほど話を考えれるものですよ。正直すべての作家さん達を尊敬します。
ではこのあたりで筆を置こうと思います。重ね重ね言いますが、本当に読んで頂いてありがとうございました。一応この話、最後の最後まで考えてはありますが、続きは書く予定はありません。今回衝動的に書いたこの作品から得たものを次の作品でぶちまけたいと思っています。
もしかしたら、続きを書くこともあるかもしれませんが、その時はまた読んで頂けると嬉しいです。それでは、皆様さようなら。
このサイトの使い方が解らず、投稿するのに四苦八苦しました。泣