第三章 魔の囁きと救いの奔走
五つの街に分かれたセフィライア。東にある街エストラシルの中央には、近代化の進む今日に建てられたガラス張りの現代風なビル群よりも大きくて高い古びた時計塔がそびえ立っている。時代の針が進むこの街で、その時計塔は人々の記憶を後退させる風景となっている。
そして、エストラシルではちょっとした観光スポットに指定されているその塔が時計塔たる証明である大きな時計、取りつけられた大きな時計に比例した長すぎる長針の上に一つの影があった。その影は、本来立ち入れる筈の無い所に平然とした顔で居座っていた。立ち入り禁止とかそういう意味ではない、普通の人間ならば絶叫しかねない高さにその影は何ともない様子で佇んでいるのだ。
影は手すりも何もないその場所で怯えることも無く、平静を保ったまま眼下に広がる新旧一体の奇妙な街並みを眺めていた。
「はぁ、今回ばかりはイケるかと思ったんだがなぁ。ダークマターの力を引き出すまでは上出来だったが、器がその力を耐えきれないようじゃ駄目だな」
普通の人間が容易に立ち入れない場所だが、そこにいる人影は普通の人間の容姿をしていた。20代半ばに見える若い男だった。強いて普通じゃないところを挙げるならばその若い男の髪の色だろうか。街に居れば10人が10人目を止める程の、見ていて毒々しいと思える紫色をしている。
「結構良い線言ったんだけどなぁ、アイツ」
男の呟きが、時計塔の頂上付近に吹きぬける風に乗って消えていく。
彼が思い浮かべるのは昨晩出会った一人の男子生徒の事だ。不良に蹴られ殴られ、傷付き果てたあの男子生徒がイイ感じに負の感情を放っていたから、紫髪の青年は“力”を与えてやったのに期待はずれにも程がある。そんな事を考えながら若い男は眼下の街に視線を彷徨わせる。
「さあてどうする。べつの“素体”を探すのは良いが、もう適合できる奴なんていねぇんじゃねぇか」
若い男はその異様に存在感が際立つ紫色の髪をくしゃくしゃと搔きながら嘆息する。
これからの行動指針を決めかねて、青年がどうしたもんかと悩み果てていた――その時、街全体に轟く程の爆発音が青年の耳に飛び込んできた。一度の爆音が終わっても、その後を追うように地響きのような、何かが崩れていくような音が空気を伝って時計塔の頂上付近に紫頭の青年の肌を震わす。
音の発信源に目を向けると、何やらある建物が煙を上げて崩れ去っているのが見て取れた。普通ならば人間が見て取れる距離ではないのだが、生憎青年は普通の人間ではない。
「おいおいなんだぁ? 下等種族の分際で何をはしゃいじゃってんだぁ」
疑問と僅かに生まれた興味が、若い男の視線を煙が上がる地点に釘付けにする。
しばらくして建物は完全に原形を失って倒壊を果たした。それでも尚、青年は視線を向け続け、事態の成り行きをただ眺めていた。
すると、唐突に崩れて瓦礫とかした建物のある一角、そのある一か所の部分がいきなり吹きとんだ。そして、吹き飛んだ場所から小さな影が姿を現した。
「おい、・・・・・・おいおいおいおいおいおいっ!」
若い男は声を荒げて、現れた小さな影を凝視する。
あり得ない距離から見るその小さな影の正体は一人の幼い少女だった。しかし、青年と同じく普通の少女ではなかった。
その幼すぎる小さな顔の左半分に、歪で黒い紋様が描かれている。
「はははははははっ!! こいつぁ思わぬ収穫だぞオイ! まさか、こんなところであの紋様を見ることになるとはなあ!」
腹の底から込み上げる笑いを堪えることができない。
青年は込み上げ続ける笑いに逆らわずに、しばらくは高揚感に浸っていた。
「あー、笑わせてくれたじゃねぇか。魔神ハデス・・・・・・あんたこんなとこでくたばってやがったのかよ。しかもよりによってあんな下等種族に力を奪われるとは、とんだお笑い草だぞ」
男はそう言って静かに立ち上がった。その瞳は相変わらず黒い紋様を顔に張り付けた少女を捉えて逃がさない。
瞳に映る少女はしばらくその場で立ち尽くしていたが、やがて瓦礫の山から飛び出すとそのまま街の中を走り出した。少女の進行方向には長い坂道が伸びており、その坂の頂上には無数の木々が立ち並ぶ広大な森が広がっていた。
「ったくようやく俺にも運が回ってきたな。当たりがどれかも分からない運だめしはもう終わりだ。ここらで確実に当たりを引かせてもらうぜぇ」
言い終わった瞬間、若い男の体が虚空へと投げ出される。命綱も無いまま、立っていた時計の長針を蹴って跳躍したのだ。
本来であれば自然界の法則に従って彼の体は落下していく筈なのだが、何故かそうはならなかった。まるで空中に見えない床でもあるように、若い男は何気ない調子で虚空へと着地する。そしてまた宙から宙へと、見えない足場に飛び移り続けながら紫髪の青年は空を駆けていく。その姿を見た人は思うだろう。人間業じゃない、と。だが生憎、何度も言うようだが青年は普通の人間ではない。
「さぁて、魔神ハデスの血が宿る器だ。どんな眷属ができるか楽しみで仕方ねぇなこりゃ」
そう言った青年の口はニヤリと歪みきっていた。
目指すのは少女と同じ目的地。
そして、真夏の太陽がその猛威を振るうのを止め、月へと役割を委譲しようと地平線に身を鎮め始めた夕暮の空を、毒々しい程の紫色をした髪の若い男が駆け抜ける。
*
アルフレッド=グレイスは夕暮に染まるエストラシルの街を走っていた。
全速力とは言わないがそれなりのスピードで街を駆ける彼の隣には、美しい金髪の長い髪をなびかせて並走する少女がいる。金髪少女の名はエメリルファ=アーデライト、エストラシルの近代化の舵取りをする大企業『アーデライト・テクノロジー』の社長令嬢である。しかし、一般的にお譲様という言葉から連想される儚いというイメージをぶち壊すような、男子顔負けの運動神経でもってエメリルファはアルフレッドの隣を走っていた。正直男のアルフレッドの方が若干息が上がってきている程だ。
二人は少し前に聞えた爆音の発信源を目指して走っていた。居なくなった少女、リタ=ヴォルドダンタリアンがその場所に居るかもしれないという可能性を信じて。
地響きはもう止んだが、今もどす黒い黒煙が上がるその場所はアルフレッド達が先刻まで居たアスガルド学園男子寮からは割と離れた距離に位置していた。走り始めてもう10分は過ぎているだろう。
太陽が温めた固いアスファルトから立ち上る熱気の中走るアルフレッドの額には、自然と大量の汗が滲みだしており、走っている振動でその汗が瞳に流れてきて目が染みる。
「見えてきましたわね」
隣を走る金髪お嬢様ことエメリルファが涼しげな顔で(もしかしたら氷の魔術で体を冷やしているのかもしれない)前方に広がる尋常ではない数の人の群れを指してそう言った。彼女に言われるまでもなくアルフレッドの視界にもしっかりと見えている。
今二人が走っているのは街の中でも一際大きな道路だ。3車線もあるその道は、多くの自動車が行きかっている。車道の広さもさることながら、アルフレッド達が走る歩道も広い幅をしており、歩道の中に疲れた体を癒す為の休憩場所である噴水広場が設置されているくらいの広さをしている。
だが、それほどまでに広い筈の道は多くの人によって埋め尽くされ、まるで祭りでもやっているかのような喧騒をしていた。集まった人々の視線はある一点に集中している。彼らの視線の先、そこにあったのは黒煙を至るところから吐きだし、紅蓮の火をいくつもあげる不格好な瓦礫の山だった。
周囲には野次馬達が口々に発する戯言や駆け付けた救急隊員達の怒号が飛び交っている。瓦礫の山が再び崩れると、野次馬と救急隊員の両方からどよめきが走っていた。
「はぁ、はぁ、何があったんだよ・・・・・・これ」
アルフレッドは乱れた呼吸を整えながら、人ごみをかき分けていく。
そして、ようやく開けた視界に映った惨状に、驚愕する。
元は何かの建物だっただろう瓦礫の山。積み重なる瓦礫を救急隊員達は己の魔術で浮かせたり、山が崩れないように細心の注意を払って粉砕したりしている。あちこちで瓦礫の山の中から救急隊員が怪我をした一般人を運び出すのも見える。恐らくは運び出されている人々は運が良い方で、まだ瓦礫の山の中には多くの人が埋まっているのかもしれない。
「ひどい有様ですわね」
同じように人の壁を抜けてきたエメリルファも、目の前の痛ましい光景に端麗な顔を曇らせている。
「で、貴方は何をぼさっとしていますの? ここで苦しんでいる人達を助けるのは貴方の役目ではなく救急隊の方々の役目ですわ。貴方には、もっと他にやるべき事があるでしょう」
金髪少女の声に、アルフレッドは思いだされる。
彼らがここまで来たのは瓦礫に埋もれ、傷付いた人々を助ける為ではない。ある一人の少女を探しにやってきたのだ。しかし肝心の少女の姿はどこにも見当たらない。少なくともざっと辺りを見渡した中では見つけることができなかった。
もしかしたらこの人ごみの中のどこかに居るのかもしれない。もしかしたら瓦礫の下敷きになっているのかもしれない。もしかしたらそもそもこの場所に少女は居ないのかもしれない。そんな様々な『もしかしたら』という想像だけが、アルフレッドの頭を交錯する。
「どこにいるんだよ、あいつ・・・・・・」
瓦礫の下敷きという最悪の可能性だけはあって欲しくない。
その嫌な可能性を打ち消すために、それからこの惨状はなぜ起きたのかを知るために、アルフレッドは傍に居る恰幅の良い初老の男性へと声をかけた。
「ちょっといいですか。ここで何があったんですか。何か物凄い爆音が聞こえたんですけど・・・・・・」
「ああ凄い音だったね。私もびっくりしたよ。ここへは私もちょっと前に来たばかりでね。実際に何があったか見た訳ではないんだが」
初老の男性はそこで言葉を一旦区切る。
まるでこれから口にすることを躊躇っているかのようにも見えた。
少しの間を置いて、初老の男性が口を開いた。
「これはあくまで聞いた話なんだがね。なんでもこの惨状を引き起こしたのは・・・・・・あのヴォルドダンタリアンの生き残りだそうなんだよ。それもまだ年端もいかない小さな女の子がやったって言うじゃないか。生き残りがいたってのも驚きだけど、やっぱり怖いねぇ・・・・・・あの一族の人間は」
瞬間、アルフレッドは初老の男性の胸倉を掴んでいた。
突然掴まれた初老の男性は驚いて目を見開く。
「おいおっさん、勝手に恐れてんじゃねぇよ。その子に会ってちゃんと喋った事があるのか、ちゃんと触れ合った事があるのかよ。会ったこともねぇ奴の事を勝手に値踏みすんじゃねぇよ」
言うだけ言って、アルフレッドは手を離した。
我ながら感情的になってしまったと自覚はあるのだが、アルフレッドは込み上げる感情を抑えることができなかった。
(・・・・・・にしても)
まさかの可能性であった。初老の男性も話を聞いただけだと言っていた。その話に信憑性は無いが仮に本当だとしたら、この惨状を引き起こしたのはアルフレッドが必死に探している少女ということになる。
少なくとも、ヴォルドダンタリアンの生き残りと聞いてアルフレッドが思い浮かべれる人物は一人しかいない。
(これを、あいつがやったっていうのか。そんな・・・・・・)
ヴォルドダンタリアンの一族が何をしたのか、アルフレッドは知っている。
エストラシルに住む人達の命を奪った事。いるかどうかも分からない悪魔を召喚しようとしていた事。それらの大罪をアルフレッドはしっかりと覚えている。
もし、彼があの少女と――リタ=ヴォルドダンタリアンと出会っていなかったら、悪魔の一族と嫌悪される者達の生き残りであるその少女の人間性に触れていなかったとしたら、アルフレッドはこの惨状を作り上げたのが一族の幼い女の子だと聞いても驚きはしなかっただろう。初老の男性と同じように、『ヴォルドダンタリアンはやはり恐ろしい』といった感想くらいしか思い浮かばなかった筈だ。
だが違う。アルフレッドは知っている。
あの少女が、年相応の無邪気で、誰にも悪意を向けない少女であることを。普通に笑って、他人に迷惑をかけない為に自分の幸せを捨てられるほどの優しさを持った少女だという事を。
だから信じられない。死人が出ていてもおかしくないこの惨状を作ったのがあの少女だという証言が。
「何故ヴォルドダンタリアンの生き残りがやったと断言できますの? 生き残りではなく普通の少女がやったということはないんですの?」
黙り込んでいたアルフレッドの代わりに、エメリルファが問いただした。
「見たんだとさ。崩れ落ちたこの建物の中から突然飛び出してきた一人の女の子、その子の顔の左半分に・・・・・・あの一族の黒い紋様があるのを」
「ということは実際にその子が建物を破壊しているのを見たというわけではないのでしょう?」
エメリルファの疑問に初老の男性は「確かに」という声を漏らす。
その会話を聞いていたアルフレッドは少しだけホッとしていた。
話を聞く限りリタ=ヴォルドダンタリアンと思しき少女が居た事は確かなようだが、その少女が果たして破壊活動を行ったかどうかはまだ断言するのは早い。
「リタはっ・・・・・・その女の子はどこに行ったんだ!?」
必死の形相で詰め寄るアルフレッドに、先程胸倉を掴まれたこともあってか初老の男性はたじろぎ、少し身を引きながら、
「そ、そうだなぁ。私は見ていないが、聞いた話ではその少女は巨大樹の森の方角へ走って行ったそうだが」
「ありがとうおっさん!!」
アルフレッドは目上の人へ敬意を払うことも忘れて半ば失礼な礼を口にすると、再び人ごみをかき分けて走り出した。
無我夢中で、人と何度かぶつかったが謝る事も忘れ、立ち止まらずに走り続けた。後ろからエメリルファが何かを言いながら追いかけてくるが、それすらもアルフレッドの耳には入ってきていない。
目指す場所はもう視界に入っている。
エストラシルの隆起した土地に広がる広大な森。そこは今では完全に立ち入りを禁止された場所だ。何故なら、その森はかつて悪魔の一族と罵られたヴォルドダンタリアンの性を持つ者達が長年住んでいた場所。そして、その血を絶やす事になった場所だからだ。
もう一度、アルフレッドは街を駆け抜ける。
またしても不確かな情報の元、そこにあの少女が居る事を祈って。
*
「はぁ、はぁ・・・・・・はぁっ・・・・・・」
まだ完全には夜へとなっていない筈なのに、その森は暗闇に辺り一帯を支配されていた。この広大な森を形作る無数の木々は、遥か昔から植えられたものなのかほぼすべての木々が10メートルかそれ以上の高さをしていた。そこから伸びる枝また無数存在し、その枝からもまた無数の葉っぱが生えているため空を覆い隠してしまっている。差し込むのは本当にわずかな光、昼間であればもう少し明るいのかもしれないが今は夕暮時だ。自然光が暗闇に勝る事はない。
そんな暗黒の森の中を黒いローブをその身に纏った幼き少女、リタ・ヴォルドダンタリアンが重い足取りで歩いていた。
「はぁはぁ・・・・・・うっ・・・・・・」
少女はあまりの疲労の末胃の中のものがせり上がってくるのを感じて、思わず膝をついて倒れこむ。無理もないだろう。なんせこんな幼い少女が数キロの距離を、しかも平坦な道ではなく緩やかとはいえ長い長い坂を駆けあがるべく走り続けてきたのだから。
込み上げる嘔吐感をなんとか押しとどめ、少女は荒い呼吸を続ける。そうして身体的乱れを整えている少女の脳裏にふと蘇る光景があった。
とある飲食店での一室での出来事だ。母を死に追いやった男と相対し、憎しみにその身を埋め尽くされたリタは、己の魔術を激情に任せて解き放った。その憎しみの牙は憎き男だけでなく、建物そのものにまで牙を付きたて無残にも建物は音を立てて崩れさることとなった。無論、店内にいた沢山の客と従業員を巻き込んで。
リタは魔術で自分の体を覆うように足元の床の素材を変質させ、半円状の形で自らを包み込み、崩れ落ちる瓦礫から身を守っていたため傷を負わなかった。そして彼女は崩れ落ちる建物が奏でる轟音が鳴りやむと、これまた魔術を使って瓦礫の山を半円状の殻に籠ったまま吹き飛ばし、脱出口を作り上げた。
彼女の魔術はセフィライアの魔術師達が一般的に持つ五大元素魔術とは異なる術式、“特異魔術”と呼ばれる術式を体内に持っている。リタは魔術陣が展開された範囲にある物体を、同質量を維持した状態で自在に変形させることのできる特異魔術の持ち主だ。もちろんそれは万能ではなく、魔術陣が展開された範囲とは言っても生命活動を行う物体までは変形させることができない。
そうした魔術を駆使して、半円状に変形させたコンクリートの殻を内側から破り、外へ飛び出した少女は、目の前に広がる惨劇に言葉を失う。
自分の周囲一帯の瓦礫は吹き飛んでいるが、辺りには瓦礫の山が出来上がっていた。建物は原形を失い、ただの鉄とコンクリートの山と化しており、あちこちに見える黒煙と火炎がこの惨劇を更なる地獄への装飾となっている。瓦礫の山の隙間から“肌色の物体”がちらほらと見える。それが人間の四肢だと気付いた時には、リタはその場に崩れ落ちていた。
(これ、全部リタが・・・・・・やったの?)
周囲から聞こえる苦しみの呻きに耐えきれず、リタは耳を塞ぐ。
やがて、耳を塞ぎうずくまっていたリタだったが、己が内に急激に沸き起こった罪悪感に耐えきれなくなってその場から走り出した。
ただひたすらに自分の罪から逃れるように、自分の犯した罪など見たくないと言うように、彼女は走り続けた。
その結果、辿り着いたのがかつての故郷であり、今となっては嫌なことしか思い出さない暗い森の中というわけだ。
「うっ・・・・・・く、リタは、リタは悪くない。悪いのは、ママを殺したあの男だ!!」
誰かがいるという訳でもないのに、彼女は無意味な言い訳を叫ぶ。
広大な森にリタの悲痛な叫びが木霊する。
しかし、返事が返ってこない筈であったその叫びに、答えるものが居た。
「ああそうだ。お前は何も悪くない・・・・・・何もな。悪いのはお前の居場所を奪い続けるこの世界、このセフィライアとかいう場所だ」
リタが顔を上げると、目の前に一人の若い男が立っていた。
その若い男の髪は紫色をしており、暗闇のこの森の中ではより不気味さを醸し出している。突然の男の出現にリタは固まったままだが、そんなリタに構わず青年は更に続ける。
「どうしてお前の一族は滅びなければならなかった? 折角生き延びたのにどうしてお前の母親は死ななければならなかった? どうして自分ばかりが地獄を見続けなければならないのか? そうは思わないか」
「っ・・・・・・何で、それを」
目の前で自分を見ろすこの紫髪の男は見たこともない男だ。なのに、それなのにこの男は少女の味わってきた地獄を見てきたかのように語りかけてくる。この男はいったい何者なのか。
得体の知れない恐怖に、胸の内を暴かれた恐怖に怯える少女の視線に合わせるように若い男は腰を低くする。
「こんな不条理な世の中は耐えられないだろう。だったら壊そうぜ。お前をこんな目に合わせた世界を、もうお前から何も奪わせないようにするためにぶち壊そうぜ」
男はリタに手を差し出す。
その手の中には黒い光を放つ拳大の塊があった。それは見たこともない物質だ。邪悪に思えるその漆黒の光は、それでいてどこか幻想的なものを感じさせる。
「もうリタから、何も奪わせない為に・・・・・・」
男の言葉をリタは復唱する。
何も奪わせないようにする為に世界を壊す。そうすればもう一族の皆を、母を、大切なものを失う苦しみを味わなくても済むのだろうか。
だがもうリタには大切なものは何もない。全てを失ったリタにそんな事を必要はあるのだろうか。
「でも、もう・・・・・・リタに何も」
残っていない、と続くその言葉を言い終わる前に、紫髪の男の声がそれを遮る。
「何もないってか? バカだなぁ、お前。まだあんだろうが大事な、この世で最も信頼できる大事な大事なもんがよぉ」
男は差し出した方の手とは逆の手で、親指を立てると自らの胸の中心を指す。
「自分自身っていう一番大事なもんが残ってんだろうが。このまま何もせずに今のままじゃ、それすらも奪われるぞ。この糞ったれな世界に」
「・・・・・・」
確かに、男の言う通りだ。このままではリタは殺されてしまう。
ヴォルドダンタリアンの生き残りであるリタは、常に命を狙われている。見つかったら即刻殺されるだろう。それに加えてあの飲食店での一件もある。その一件だけを見てもリタに科せられる罪は重いと言える。最悪の場合、いや確実に死刑だ。
例えそれらすべての事象から逃れられたとしても、路上生活でずっと生きていくなんてのは無理だ。だからこそリタは仕事を探していたのだ。
こうして少し考えただけでもこれだけの死が、リタの周囲で今か今かと息を潜めている。
「どうすんだ? 世界をぶっ壊せる力がここにある。お前が望めば、すぐにでもやるぜぇ。それとも何か、もうこんな世界じゃ生きたくもないから死にたいってか?」
「そ、そんなことはっ!」
「だったら、・・・・・・分かるよなぁ。お前がどうするべきなのか」
男はリタに差し出す手を静かに揺らす。まるで早く取れとでも言うように。
リタは考える。誰かの迷惑になるなら死んだ方がマシだ。そう思っていた。
だがそんな理性の奥の奥では必死に生にしがみ付こうとしている自分がいる。そう、理性なんて小奇麗なモノで自分を偽る必要などない。誰もが思っている事だ。
死にたくない、生きたいと。
「・・・・・・くない。・・・・・・死に、たくない。死にたくないよぉ・・・・・・」
心が不安定になる。
世界を壊すという事はそこにいる多くの人々の幸せを奪うことだ。それはいけない事だと頭では分かっているのに。それなのに、リタの手は男の手の中の黒い塊に伸びていく。
何故だかリタの瞳からは暖かい滴が流れ出る。
そして、彼女の華奢で小さな手が漆黒の光を放つ結晶を掴んだ。
「っ! くっ、うぅ・・・・・・ああああああああああああああああああっ!!」
黒い結晶を掴んだリタに異変が起きる。
リタは苦痛に顔を歪めている。
すると、リタの体がいきなり宙へと浮き上がった。それに続くように黒い結晶もリタの手を逃れ、彼女の胸の前に浮かぶ。浮かび上がったと言っても地面から頭一つ分くらいの高さだ。
しかし、その光景は異様なものだ。
黒い結晶はその輝きを増していき、リタを覆いつくすようにどす黒い気が辺りに立ち込め始めていた。
「くはははははっ! やっぱり俺の見込み通りだなぁオイ。さっすが魔神の血が流れる“素体”だ。この器なら確実に『ダークマター』を許容できる筈だ」
体が動かせないのか、リタは両手両足をだらりと垂らして苦しみの声を上げる。
痛みに悶える少女を前にして、男は不気味に笑いながら、
「まぁ、頑張ってくれよな。俺の目的を遂げさせてくれるなら、お前の目的だって遂げさせてやるさ。世界だろうが何だろうが、ぶち壊すのを手伝ってやるよ。それじゃ、さっさと儀式の準備をするとしますか」
そう言って男は懐から何個かの黒い結晶を取り出すと、それを周囲へと投げ放つ。
放たれた結晶は紫髪の男とリタを囲むような位置に落ちると、これもまた漆黒の気が吹き出し始め、リタと紫髪の男を包んでいく。
それから、男はリタの胸の前に浮かぶ黒い結晶に片腕をかざす。
黒い塊が邪悪な輝きを強くして暗黒の森を暗黒の光で照らす。
それに呼応するように、リタの苦しみの悲鳴が漆黒に輝く森に響き渡った。
*
「くっそ! はぁくそっ・・・・・・っ! なんっでこんなに長いんだよこの坂!」
傾斜はそれほど急ではないものの、延々と続くかのような長い坂を駆けながらアルフレッドは思わず泣きごとが口から出てしまっていた。
彼が目指しているエストラシルにある広大な巨大樹の森は、人々の活気あふれる街よりも高い位置に存在する。まるでこの広大な森を隔離するかのように森のある所だけ標高が高いのだ。同じく標高の高いアスガルド学園よりも、その森は高い位置に存在する。
そんな街から遠ざかるような所にヴォルドダンタリアンの一族はずっと昔から住んでいたという。人々から煙たがられていた一族が辺鄙な森に居を構えていたのは街の人に追いやられてなのか、好んでジャングルみたいなあの森を選んだのかはアルフレッドには知り得ないことだ。
「あー何か俺今日走ってばっかりだなちくしょうめ」
体力にはまあまあ自信のあったアルフレッドだが、流石に辛いものがある。
もう太陽は沈んだとはいえ地上に絶え間なく降り注いだ日の光は地面を熱くさせ、それらがうだる熱気を放っている。そんな中で走る彼の額から汗があふれ出るのは至極当然だと言えるだろう。
だが、そうまでしてでもやらなければならない事がある。嘘かホントかも分からない不確かな情報だが、リタに何かあったかもしれないのだ。例えデマであったとしても彼女を探している身としてはどんな情報も無視はできない。
「辛そうな顔ですわね貴方。それでも殿方ですの? この程度の運動で汗だくになるなんて、滑稽ですわ」
必死に走るアルフレッドに、後ろから声が掛けられる。それも物凄く罵倒する声だ。
走るアルフレッドは足を止めずに僅かに振り返ると、そこにはこの暑さの中を走っているにも関わらず汗一つ搔いていない長くて綺麗な金髪少女が居た。その背には魔術陣が展開されている。彼女が涼しげなのはおそらくお得意の氷の魔術による冷気で体温を調節しているのだろう。
「うっせえよ! だいたいこんなあっつい中こんな長い坂登ってりゃ誰だって汗だくになるわ!」
「わたくしは汗だくじゃありませんわ。一緒にしないで欲しいですわね」
「てめえは絶対魔術使ってんだろがああああああああああっ!」
「あら、それを含めてわたくしの才能があなたを勝っていると言っているんですのよ」
「っ・・・・・・このっ」
オホホホホホ、と上品だが人をバカにしたようにエメリルファが笑う。
アルフレッドは反撃の言葉が思いつかず、口をつぐむ。この高慢ちきなお譲様への言い返しを考えたが走るのが精一杯で何も思いつかない。
仕方なく黙って負けを受け入れる事にしてアルフレッドは坂を駆け上がることに集中する。もう結構走ったつもりだがまだ坂の三分の一といったところだろうか。
それでこれだけ疲れているのだから森に辿り着いたころにはもう動けないかもしれない。
「それにしても、また厄介な所に逃げ込んでくれたものですわね」
「まったくだ」
リタが向かったとされる森。そこはヴォルドダンタリアンの一族が長い年月を過ごしてきた森だ。そして、一夜にして一族全員が処刑された森でもあり、一族が悪魔を召喚しようとしていた森だ。当然一族殲滅の後はその場所は立ち入りを禁じられている。まあわざわざ禁じなくてもあんな昼間でも薄暗く、そして多くの血が流れたであろう森になど誰も入りたがらないと思うが。
それでもその森に行かなくてはいけない理由がアルフレッドにはある。一族を失い、家族を失い、住む場所も失った幼い少女が今また危険にさらされているかもしれないのだ。事情を知ったアルフレッドはそのことを黙って見過ごせない。
絶対にあの少女を幸せの道に連れ戻す。
目の前で苦しむ人が居たら何が何でも助ける。それがアルフレッド=グレイスという少年が貫くと決めた信念であり生き方であり、破る事のできない約束だ。
「待ってろよ、リタ」
前だけを見据えて、どんなことがあってもあの少女を救って見せるという信念の宿る瞳を森に向ける。
「絶対に見つけてやる・・・・・・絶対に!」
走る速度を徐々に速くしてアルフレッドは居もしない少女に誓うように言葉を放つ。
長い長い坂の向こうでは薄気味悪い森がエストラシルの街を見下ろしていた。
*
日は沈みかけ、もうそろそろ暗闇がやってくるだろう時間だ。
だがまだ街は活気が溢れている。当たり前だろう。今は夏休み真っ盛りなのだ。街では学生達が青春を謳歌し、そして彼ら学生を迎えるべく街の多くの店も活気が溢れている。加えて仕事を終えた大人達も街に繰り出し始めたため、活気は更なる盛り上がりを見せ、一種のお祭りムードのような雰囲気が街に広がっていた。
ここエストラシルは唯一の貿易国、日本からの技術や文明品を特に嫌う(嫌っているのは街の老人達だが)。他の4つの街では日本から取り入れた様々な趣旨のテーマパークや各種レジャー施設が数多くあり、沢山の人がこの夏休みという一大イベントを大いに楽しんでいるだろう。そして東の街エストラシルにはそう言った施設は他の街に比べて少ない。にも拘わらずこれほどまでの賑わいを見せていることに街の人間ならば嬉しくも思う反面、レジャー施設が充実した他の街はこれ以上に人が溢れているのかと思うとゾッとしてしまう。
そんな活気が衰える気配の無い夜の街を眺めているのは深紅の髪をした女性だった。
深紅の髪の女性――レイア=ベルは、凝り固まった肩を自分の手で揉み解している。
「出来の悪い生徒を持つと苦労するのは教師の方だとやつめに教えてやらんといかんな」
そう言ったレイアが思い浮かべるのは一人の少年の顔だ。
魔術師の都“セフィライア”。ここに住む500万人もの人間は老若男女問わずして全ての人間が魔術を扱える。例外は一つもない。5世紀近い歴史を誇るこの都市で魔術の使えない者など存在しなかった。
だがその例外は5世紀立った今、何の前触れもなく現れた。
「前例が無いだけあってこの問題を解決するのは骨が折れそうだ。・・・・・・だがまあそれを何とかするのが私たち教師の仕事だ」
アルフレッド=グレイス。それがこの都市のイレギュラーの名前だ。
何の変哲もない普通の高校生の少年である彼だが、何故か魔術が使えない。遅くても高等学生になればこの都市の誰もが己が内に宿る魔術の術式を扱う事が出来る――筈なのだが。
一応魔力だけは感じる為、やはり自身の術式を制御出来ていないだけなのだろう。
そして、アルフレッドが魔術を使えないもう一つの可能性としてはアルフレッドが偉大なる魔術師達の末裔ではないという可能性だ。だがその可能性はありえない。このセフィライアという島は全体を魔術でできた結界に覆われている。そのため外の世界の住人はセフィライアを“認識”できず、更にはこの島に寄りつこうという意識そのもが浮かばないという強大な結界だ。そんなものがあるのだ。必然的に外からの移住者は存在しない。
故にアルフレッドには必ず体内に術式が存在する筈なのだ。
「ま、考えても仕方がない。とりあえずはヤツに自分の中にある術式に気付かせん事には始まらないな」
独り言を呟くレイアは、教員業務を終えて疲れたのか考える気力を失ってしまっていた。
まだ時間は沢山あるのだ。ゆっくりとあの少年に魔術を使えるように指導していけばいいだろう、とレイアは完全にその件について考える事を止めてしまった。
仕事終わりに何処かで食事でもしようかとレイアは目の前にある長い坂に視線を落とす。アスガルド学園はヴォルドダンタリアンの一族が住んでいたとされる巨大樹の森と同様に、エストラシルを見下ろせる高さに位置する。イメージとしてはプリンの様な台形の土地がエストラシルの一角に隆起しており、そこの中腹にアスガルド学園があり、その更に上に巨大樹の森が広がっているのだ。その土地の周囲には標高の高い土地を登る為に様々な長い坂が存在する。ひたすらに長い急な坂や緩やかではあるもの長い坂、所々に平地がある断続的な坂等場所によってそれぞれ特徴がある。もちろん無数の坂はそれぞれ隣接しているために坂から坂へ渡り歩く事も可能である。
その一つの坂がレイアの眼前にある。薄暗くなってきた空の下、それに抗うようにちらほらと明かりの灯る街へ繰り出すべく、歩を進めようとするレイアだったが、ふと視界の端に見知った人物たちを捉えた。
視界の先、数10メートル程先にある隣接した長い坂には二人の少年少女の姿があった。
「おやおやこんな時間まで一緒に居るのか。お熱い事で」
二人の少年少女。片方は最近のレイアの悩みの種となっている少年――アルフレッド=グレイス。もう片方の少女はこのエストラシルの近代化の舵取りを先導し、そして魔術的な面では多くの才能ある魔術師を輩出してきた名門アーデライト家の令嬢――エメリルファ=アーデライトだ。二人ともアスガルド学園の生徒である。最近はこの二人をセットで見かける事が多い。夏休みだというのに特別補習の名目の元、学園まで駆り出されているアルフレッドについてエメリルファも特別補習を共に聞いている。そんな二人の間には友情以上の関係があると考えていたレイアだがどうやらその予測は当たりの様だ。
レイアは小さく笑って視線を前に戻そうとして、そこでふと気付いてしまう。
昼間の熱気を引き継いだままのこの夕暮時に、何故か走って長い坂を必死に駆け上がる二人の先に、何があるのかを。
「まさか、あいつら」
レイアが立つアスガルド学園の校門前よりも高い位置に、不気味で恐ろしさすら感じる森が、近代化で建設が広がるビル群に負けず劣らずの巨大な樹木で埋め尽くされた広大な森が広がっている。
そして、その森は立ち入り禁止の筈だ。
「あのバカども・・・・・・一体何を」
こともあろうに、森を形成している木々の前まで辿り着いた彼らは躊躇うことなく立ち入り禁止の森の中へと駆けだしていった。
レイアはしばし呆気に取られて成り行きを見守っていたが、やがてその綺麗な顔に怒りの色が浮かび上がる。
「校則違反を通り越して法令違反とは。これは徹底的な指導が必要のようだな」
聞いたものが思わず後ずさってしまうような怒気を孕んだ言葉を、今はこの場に居ない二人の学生に放ち、レイアは走り出す。
目指すのはもちろん彼らが踏み入って行った森。
そして、かつてその森で多くの血と涙が流れ、多くの者が死した惨劇の森へとレイアもまた、なんの躊躇いもなく踏み入っていくことになった。
*
空の色が朱色から黒色へと変わろうとしている。それだと言うのに肌に纏わりつく熱気は昼間のそれと大差はない。日光が無い分幾分かはマシなのかはしれないが、坂を全力で駆け上がっているせいで昼間よりも熱く感じてしまう。
体外からも体内からも熱気に当てられたアルフレッドの体は限界を迎えそうになっていたが、ようやく彼は目的地へと辿り着いた。
「はぁ・・・・・・はぁ、はぁ、し、死ぬかと思った」
「ふん、みっともない。少しは体を鍛えたらどうですの? あなたが魔術を使えないのもその脆弱さ故であったりするのかもしれませんわね」
などと皮肉めいた事を言ってくるエメリルファは、アルフレッドとは対照的に涼しそうにしている。その逆、荒々しく酸素を吸っては吐いてを繰り返し、呼吸を整えるアルフレッドの額からはだらだらと大量の汗が流れおちる。
「絶対関係ねえ・・・・・・よ?」
「何で疑問形なんですの」
口では反論するアルフレッドだったが、もしかしたらそうなんじゃないかと不安になってきていた。
「さてと。ここが例の森か。マジで不気味だなおい」
一つ一つの木が異様な高さを誇っている。空高く伸びる木からは無数の枝葉が生えており、まだ完全に日は落ちていないのに森は暗闇に包まれていた。何より不気味さを搔きたてるのはその静けさだ。街から少し離れているとはいえこれほどまでに静かなのは薄ら寒いものを感じずにはいられない。森に生息しているであろう生物の声すらも聞こえないのは異常である。
「ここまで来て怖じ気づきましたの?」
「バカ言うな。確かに気味わりぃけどそれでも行く理由があるんだ。怖じ気づくわけねえだろうがよ」
ようやく呼吸が落ち着き随分体も楽になった。全快かと言われると頷きがたいものがあるが、例え万全ではないとしても行く理由がある。
この森に来る途中の坂を必死登る途中にアイスクリームを売っている車が止まっていた。その店の店員にリタの姿恰好を伝えここを通らなかったか聞いてみると、半ば予想していた答えが返ってきた。このアイスクリーム屋は殆ど坂の頂上付近に店を構えている。位置的にはアスガルド学園の校門よりも更に高くに位置する場所だ。アルフレッド達が駆ける坂、つまりアイスクリーム屋があるこの坂はこの店をより先は建物が立っておらず、ただただ坂が森まで続いている。店員の話によると黒いローブ来た栗色の長い髪の少女がここを通り過ぎ、森まで続く坂を上って行ったらしい。となると坂は森にしか続いていないし建物も立っていないため、もはやリタが森に向かったのは明白だ。
「ちなみにここ、立ち入り禁止区域ですわよ? それでも行くのかしら、貴方は」
唐突に、挑むような、試すような強い意志を含んだ瞳で見つめ、金髪少女エメリルファはアルフレッドを問いただす。
だがその問いは意味を為さない。
そんな問いをかけられるよりも前に、アルフレッドはもう決意している。
彼女を、リタを何があっても助けると。
「それがどうしたよ。そんな事があいつを助けに行かねえ理由にはならないぜ」
「では逆に、貴方がその少女を助けに行く理由とは何ですの?」
いつになく真剣な面持ちで、エメリルファはもう一度問いかけてきた。
けれど、その質問にアルフレッドは何の迷いも躊躇いもなく意思の籠った言葉を返す。
「それこそ決まってんだろ。お前も知ってる筈だぜ。俺は絶対に困っている人を、苦しんでいる人を見捨てねぇ。俺一人で助けれる人なんてしれてるけど、この手で救える奴がいるんだったら俺の足は止まらない。絶対に救ってみせる」
力強い、信念の籠った言葉を紡ぎながら、アルフレッドは森の奥をしっかりと見据える。
「それに、あいつに教えてやりたいんだ。この世界には絶望の数と同じくらいの、いやそれ以上の希望があるんだってことをさ。絶望をひっくり返すくらいの希望が絶対にあるんだってことを、教えてやりたいんだ」
毅然としてそう言い放ったアルフレッドは暗闇に支配される森の中へと足を踏み入れた。
この森のどこかに、必ず居る筈の少女を見つけ出す為に。
毎度の事ながら何の考えも持たずに先陣を切って行く黒髪の少年の背中を見つめながら、エメリルファ=アーデライトは小さく笑っていた。
「そうでしたわね。貴方はいつだってどんな時でも、そういう人でしたわね」
金髪の少女も、アルフレッドに続いて深淵の闇が広がる森の中へと踏み入る。
優等生であるエメリルファは、セフィライアの法令を無視して立ち入り禁止区域に足を踏み入れてしまった事に若干の後ろめたさを感じながらもその足を止める事はせず、また躊躇うことない足取りでずいずいと進んでいく黒髪の少年を止める事もせず、彼女もまた深い森の中を歩いていく。
*
「おーいリターっ!! どこだーおーい!!」
いつの間にか太陽は完全に沈んでしまっていた。おかげで森の中は異様なまでの暗黒が広がっている。太陽と入れ替わりで昇った月の光が無ければ歩き進むことすらままならなかっただろう。
暗闇に染まる森をアルフレッド達は一人の少女を探して進んでいく。
どれほどの時間が経っただろうか。もう背後には森の出口は見えず、ただ沢山の樹木が立ち並んだ光景が前後左右に広がっている。
「おーい! くそっ、なんかホントに居るのか心配になってきたぞ」
結構奥まで来たというのに一向に少女を見つけることができず、アルフレッドは舌打ちする。様々な情報の元にこの森にリタは居ると結論付けていたが、外れなのだろうか。あまりに見つからないのでアルフレッドは不安になってきていた。だがここ以外に探すが当てが無い。そんなアルフレッドにはここにリタが居るかもしれないという僅かな希望にすがる他ないのだ。
薄暗い森の中を歩き続ける。
かつてこの場所で沢山の人が死んでいったという事実が不意にアルフレッドの脳裏に思い出される。確かに辺りを見回すと無数の木々が立ち並ぶ中に、不自然に裂けた樹木や、立派にそびえ立っていたであろう木が折れていたりするのを見かける。魔術による戦闘の余波か地面が陥没し、クレーターの様なものまで所々に出来ている。もしかしたら暗くて見えないだけで辺り一面には、数年の時期が過ぎてどす黒くなった血がそこらじゅうにこびり付いて居るかもしれない。
ここに来て改めて知らされる。
リタに、あの幼い少女に降りかかった悲劇の重さを。
「・・・・・・これは」
「どうしたっ!? なんか見つけたのか!?」
ふと足を止めて、エメリルファは顎に手を当てて思案している。
「・・・・・・探している女の子、この森に居ますわよ」
「ホントか!? どこに居るんだあいつは!? てか何で分かるんだよ!」
矢継ぎ早に繰り出されるアルフレッドの質問に、エメリルファは静かに回答する。
「あなたの様な才能のない魔術師には出来ない芸当ですわ。いいですの、魔術を使うには魔力が必要ということはいくらなんでも分かりますわよね? その魔力を自身の術式に注ぐことで魔術は発動されますわ」
そこで一旦エメリルファは言葉を区切る。
「そして、魔力を自身の術式に注ぐ工程をより正確に、自身の術式に見合った量を正確に注ぐことで魔術は完成度を増すのですわ。暴走せず、自らの意思によって魔術をコントロールできますのよ」
言いながらエメリルファは止めていた足を動かして進み出す。
アルフレッドは彼女の話に耳を傾けながら後を追う。
「何か授業を聞いてるみたいだな。センセーその話とあいつがこの森に居るって分かるのが関係あるんでしょーかー」
「馬鹿にしているのなら怒りますわよ。・・・・・・つまり完成度の高い強力な魔術を扱うには魔術の流れを見極め、感じ取ることが出来無ければならない。私達超級“アインス”、上級“ツヴァイア”以上の等級を持つ魔術師はそれが自然と出来ますのよ」
そんなことができんのかよ、とアルフレッドは感心して驚く。
エメリルファは迷いの無い足取りで森を進む。まるでもう少女が何処に居るのか分かったように。
「先程魔力の流れを感じましたわ。例の少女の魔力かは分かりかねますけれど、状況から察するに探し人である確率は高いと思いますわ」
アルフレッドはやっと見えた光明に思わず拳を握っていた。
事はアルフレッドにとって好転しきっている。天がアルフレッドをリタに巡り合わせよとしているのか、何も手がかりが無い所から始まりもうここまで来た。
あと少し、あと少しであの少女を救ってやることができる。
歓喜に震えるアルフレッドとは対照的に、エメリルファの瞳は細くなり、その様子は何かを危惧しているような面持ちである。
「けれど、魔力を感じたという事は例の少女が魔術を使ったということですわ。それにこの魔力・・・・・・暴走していますわ」
「暴走だと」
アルフレッドの中に嫌な予感が広がる。
何故あの少女は魔術を使っているのか、しかも暴走までして。
すると、アルフレッドがそんなことを考えていると視界の先、森の奥で何かが光っているのが見えた。
「おい、あれ何だ」
「・・・・・・あの光の方から魔力を感じますわ」
言うが早いか、二人は光を放っている場所を目指して走った。
今もまだ光は休むことなくこの暗黒の森を照らしている。光と言っても眩い程の光ではない。黒い光だ。だがそんな黒い光でも光源が月しかないこの森ではひどく目立っている。
黒い光源を目指してアルフレッドは夢中で駆けた。
この先に、あの光を放つ場所に、救いたい少女が居ると信じて走った。
そしてついに、アルフレッドとエメリルファは黒い光を放つ場所へと辿り着いた。だが目の前の光景は彼らが思いもよらぬものであった。二人は言葉を失い、驚愕に表情が歪む。
確かにそこに探し続けていた少女、リタ=ヴォルドダンタリアンは居た。
しかしそこに居た少女は苦しそうに呻き声を上げていた。それでも、まだそれだけならアルフレッドもここまでうろたえることなく彼女の元へ駆けだしていただろう。
アルフレッドをうろたえさせる程の光景が広がっていた。
リタの体が宙に浮き、その体を黒い光が包み込むように輝きを放っている。そして少女の鎖骨辺りには拳大程の黒い塊が埋め込まれていた。
けれど、アルフレッド達が驚愕に至ったのはそれだけではない。リタの正面、向かい合うようにして一人の青年が立っていた。黒い服に身を包み、紫の髪をした男だ。青年はリタに埋め込まれた拳大の黒い結晶に向かって手をかざしている。
更に異様に感じるのは紫頭の男と、リタの周囲だ。彼らの周りを覆うようにどす黒い霧のようなモノが立ち込めていた。
青年はアルフレッド達の存在に気がついたのか、視線だけをこちらに向ける。
「ああん? 誰だてめえらはよぉ」
青年はいきなり現れたアルフレッド達を訝しむような視線で見つめる。
目の前の状況に混乱し、言葉もでずに固まっていたアルフレッドであったが、青年の言葉を皮切りにようやく止まっていた思考が動き出す。
「てめえ、何してやがんだ」
「うるせえよ、何でてめえみてぇな下等種族にいちいち説明しねぇといけねえんだ」
「その子に何をしやがったって聞いてんだよっ!!」
アルフレッドの頭に急速に血が昇って行く。
怒りで血管がはち切れそうだ。
激しい怒りをぶつけられて尚紫髪の男は微動だにせず、興味を失ったかのように視界にはアルフレッド達の姿はもう映っていない。
そんな紫髪の男の様子に、アルフレッドの中で怒りが爆発する。
我慢の限界はとうに通り越している。明らかにリタが呻き声を上げ苦しんでいるのはこの男の仕業だろう。
アルフレッドは男に拳を打ち込む為に一歩を踏み出す。
しかし、彼の怒りの進撃は横合いから伸びてきた色白の綺麗な腕によって止められる。
「お待ちなさい」
「何でだよ、あいつがリタを苦しめてんだぞ! 一発ぶん殴らなきゃ気が治まらねえ!」
紫頭の男に向けるための怒りしか含まない瞳を、エメリルファにも向ける。
しかし、金髪の少女は横から物凄い形相で睨んでくる少年に物怖じもせず、ただ目の前の光景だけを子細に観察している。
「あなたでは殴りに行った所で返り打ちにあうだけですわよ。それに、どうやらわたくしが感じた魔力はあの少女の物だけではなかったようですわ」
魔力にも個体差のようなものはある。
魔力を内包する肉体とその肉体を生かそうとする生命エネルギーは密接な関係にあるとされている。故に、遺伝子レベルでの肉体の細かな違いが魔力に現れるのだ。
例えて言えば、魔力の個体としてのベクトルが“火”に準ずる者であれば、その者は炎の魔術をより上手く使役出来る。逆にそれ以外の魔術では実力を十分に発揮できない。
そして、セフィライアの人々の、各々の先祖たちは自分に見合った術式を体内に宿し、後世へと受け継がせていった。
「どういうことですの。あの少女と、そこの得体の知れない輩。彼らが放つ魔力に質がまったく同じですわ」
エメリルファが独り言のように呟いた。
そして、金髪の少女は何故か顔をしかめて、瞳を細くしながらこう言った。
「あの男の放つ魔力量・・・・・・明らかにわたくしと同じ上級“アインス”ですわ」
魔術の優劣は魔力量でも決まる。
膨大な魔力を、つまり強靭な生命力を持つ者は強力な魔術、そして精巧な魔術を扱う事ができる。
「そんもん知るか!」
アルフレッドは自らの行く手を遮っていたエメリルファの腕を振り払い、四肢に力を込めて駆けだす。
「待ちなさいと言ったでしょう!」
エメリルファは、彼女にしては珍しく大声を出す。
全力で駆けていたアルフレッドだったが、急に視界が正面から空へと向けられる。それが自分が仰向けになったからだと気付いたのは背中から思いっきり転倒した後だった。更に数秒たって地面が凍っている事に気付く。
エメリルファが魔術を使ったのだ。
制止の言葉を聞かないアルフレッドを止める為に実力行使に出たらしい。
「まったく、本当におバカさんですわね。相手の魔術がどんなものかも分からないのに突っ込むなんて。ましてや魔術も使えないのに、毎回毎回考えも無しに突っ走るなんて、あなたもしかしていたぶられて快感を得る輩なんですの?」
「ちげええよ! 勝手に俺を変態にするな!」
転んだ時に頭を打ったのか脳が揺れた感覚を味わいながら、それでも起き上がったアルフレッドは抗議した。
説得力にかけますわ、と金髪の少女はジト目をアルフレッドに向けるが、すぐに視線を移しかえる。瞳に捉えたのは黒一色に身を固め闇に溶けもうとしているが、紫色の不気味な髪がそれを台無しにしている若い男の姿だ。
「で、そこのあなた。あなた一体何者ですの?」
紫髪の男は一瞬だけエメリルファに目を向けるが、やはりすぐに興味を失くしてしまったかのように視線を元に戻した。
今は相手をする暇はないとばかりに、リタに向かって手をかざしている。かざした手からは膨大な魔力が流れており、リタは苦しそうに顔を歪め続けている。
少女の悲鳴に、アルフレッド程ではないがエメリルファも少なからず怒りを感じていた。そして自らの問いを無視され、ついにエメリルファのこめかみがピクリと動く。
「ふふ、いい度胸ですわね。このわたくしを無視するなんて。あなた・・・・・・どうなっても知りませんわよ」
エメリルファは勢いよく右腕を正面にかざす。
その動作と同時に魔術陣が男の足元へと展開される。
そして展開されるや否や、男の両足を氷漬けにして地面に縫い付ける。
「これで逃げることはできませんわよ」
今度は魔術陣を自分の正面に展開させる。
魔術陣から物凄い勢いで氷の柱が形成され、そのまま男の元へと伸びていく。
凄まじい速度で伸びる氷の塊に強打され、目の前の男はあばらを何本か砕かれ戦闘不能なる――はずだったが。
「な・・・・・・っ!」
驚きにエメリルファの瞳がこれでもかと見開かれる。
男はエメリルファの攻撃に対して特に動じることもなく、リタにかざす手とは逆の、空いている手で氷の柱を受け止めたのだ。
受け止められた氷の柱は勢いは殺さずに、男の手を起点に真っ二つへと裂けていく。
自分の魔術を、仮にも魔術等級上級“アインス”であり五大元素使い『エレメントマスター』でもある自分の魔術を難なく受け止められた事に驚愕する金髪少女に、男はギロリと鋭い瞳を向ける。
「そんなに死にてぇならちょっと待ってろ。もう儀式も終わる。そしたら望み通り元の形もわからねぇくらいグチャグチャにして殺してやるからよぉ」
紫髪の男は憎悪に満ちた笑いを零しながらそう告げる。
エメリルファは再び魔術による攻撃を仕掛けようと右腕をかざす。
がしかし、彼女が魔術を発動させる前に、状況に変化が生まれた。
「う・・・・・・ぐっ・・・・・・あ、あああああああああああああああああっ!!」
宙に浮き、呻き声を上げ続け苦しんでいたリタが一際大きな悲鳴を上げたかと思うと、彼女を包んでいた黒い輝きも一層眩い光を放つ。
「リタっ!」
少女の異常にアルフレッドは叫ぶ。
リタを包む黒い輝きは段々と眩さを失っていき、遂には輝きを失ってしまった。それと同時に宙を浮いていた少女の体がまるで糸の切れた人形のようにドサリと地面に落ちる。
「ふ、ふふふふ。はははははははははっ! やったぞ、遂に完成だ。どいつもこいつも半端もんにしかならなかったが、ようやくだ。ようやく俺の目的は遂げられた。後はこのガキが覚醒するのをゆるりと待つだけだ」
紫髪の男は両腕を広げて愉快な笑い声をあげる。
男と少女を覆っていた霧が晴れていく。そのため一つの光源を失った森の中は、巨大樹達の隙間から僅かに覗く月光だけが照らしていた。
そんな薄暗い中で不気味に笑う紫色の髪をした男の姿は異様と呼ぶ他ないだろう。
アルフレッドは力なく横たわる少女の元に駆け寄る。
その傍に不気味な男が居るのも構わずに。
「リタっ! おいしっかりしろ! 俺だ、アルフレッドだ!」
少女を優しく抱き上げながら意識の確認をする。少女はフードが脱げており、顔は隠されていない。リタの顔にはヴォルドダンタリアンの一族の象徴である黒い紋様が刻まれており、額からは汗が滲んでいる。それが暑さのせいか、痛みのせいかはアルフレッドには分からないが、顔色が良くないのは感じ取れた。
少女の華奢な体を揺すりながら呼びかけていると、彼女の瞳がうっすらと開いていく。
「リタ! 良かった・・・・・・大丈夫か?」
リタは意識がおぼろげなのかアルフレッドを視界に捉えると、弱々しい動作で彼の顔に手を伸ばす。
伸ばされた手をしっかりと握りしめてアルフレッドはリタに微笑みかける。
しかしアルフレッドがホッとしたのも束の間、リタはいきなり瞳をカッと広げたかと思うと握られた手を振り払い、そしてアルフレッドを突き飛ばす。
突然の事に対処ができず、アルフレッドは突き飛ばされた勢いで尻もちをつく。
「な、どうしたんだよリタ!?」
少女に近づき手を伸ばそうとすると、彼女は首を振りながら後ずさる。
「い、いや・・・・・・いやあああああああああああああああああああああっ!!」
リタは涙を流しながら叫ぶと、立ちあがって森の更なる奥へと走り去って行った。
「待てよ! どこ行くんだ!」
アルフレッドも走り去る少女を追う為に森の奥へ駆けだそうとするが、そこでふと足が止まる。
振りかえるとエメリルファと目が合った。
自分が少女を追いかければこの場にエメリルファと得体の知れぬ男を残す事になる。さっきの男の発言から察するにここはもうすぐ戦場になるだろう。そんな場所にエメリルファ一人を置いて行くことにアルフレッドは躊躇いを感じる。何せ相手はアインス級の膨大な魔力を持ち、同じ上級“アインス”であるエメリルファの攻撃を難なく受け止めたのだ。エメリルファもあれが本気ではないだろうが、それでも苦戦を強いるだろう。
と、アルフレッドがどうするべきか逡巡していると、エメリルファの心底呆れたような溜息が聞こえてきた。
「はぁ、さっさとお行きなさい。あなたがここに居てはわたくしも全力を出せませんわ。・・・・・・だからわたくしはお気になさらずにあの子を追いかけなさい。それがあなたの今できる唯一の事ですわ」
笑いながらそう告げる金髪の少女がとても頼もしい存在に思えてくる。
思えば彼女はいつも自分を助けてくれた気がする。
不良に立ち向かっていく無謀な自分を助けてくれた。居なくなったリタを探す事を、悲劇に見舞われ続けた少女を救う事を手伝ってくれた。
そんな彼女の優しさに、アルフレッドの顔にも自然と笑みがこぼれる。
「ありがとうエメリルファ。無茶はするなよ」
言いながら走って行くアルフレッドは金髪の少女が僅かに頬を赤らめている事には気付くことなく、少女を追って森の暗闇へと溶けて込んでいった。
残された金髪の少女は走りゆく黒髪の少年の背を見届けてからすぐに男に向き直り、好戦的な瞳を向ける。
「えらく親切な殿方ですわね。てっきりすぐさま仕掛けてくると思っていましたのに」
「ああ? まあなぁ。これからグチャミソにする奴に猶予くらい与えてやるさ。安心しろ、お前を殺したらすぐにあの野郎もぶっ殺してやるからよぉ」
限界まで口を裂けさせて男は笑う。
木々の隙間から僅かに漏れる月の光に照らされた男の姿は形容しがたい不気味さを醸し出している。
だがその姿を見ても臆することなく、エメリルファはしっかりとその不気味な姿を視界に捉えて睨み続ける。
「んじゃま、始めるか。さぁて、右腕か、左腕か、どっちからもいで欲しいか望みを言え・・・・・・糞尼ぁっ!!」
「ふん、そういうセリフは自身を小さく見せてしまいますわよ」
既に月は頂点に達しており、正真正銘の闇がセフィライアを包んでいる。
そんな中でも天高く無数の木々が立ち並ぶこの森では闇は一層深みを増す。
その森で今まさに膨大な魔力の波動が二つ、互いを打ちのめさんと衝突する。