表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
3章 病気だらけの医者
56/329

<4> 下痢症

「毎朝、便が2回も出るんです」


 ある時外来に、わりと元気そうな顔をした30代の男性が来ました。


「下痢なんですか?」


「違います」


「それって、病気じゃないんじゃないの。私だって2回出るよ」


 何を隠そう、下痢症も私のれっきとした持病なのです。


「えっ!先生も」


 医者も同じと知って、少しほっとしたようです。こういう時こそ、病気だらけの医者の本領発揮。患者の気持ちが読めて、病気だらけも捨てたものではありません(どうだい)。


「そういう体質の腸だと思うけど、まあ調べてみましょう」


 ということで、腸の検査をしました。案の定、異常はありません。


「異常はなかったですよ」


「そうですか。でも、朝2回も出ると、会社に遅刻してしまうんです」


 彼は朝2回も便が出ると、時間がかかって、会社に遅れるというのです。たしかに2回も出ると時間を取られて、急ぎの時は困ります。私もそうですから気持ちはよく分かります。


「でもねえあなた、それはあなたの腸の性質だから、それを薬で無理やり止めるのはよくないと思いますがねえ」


 本人はまだ合点がいかず、浮かない顔をしています。


「それより、いざ出陣という時に下痢して困らない?」


「そうそう、それなんですよ!困るのは」


 一番の泣きどころをつかれて、彼は身を乗り出しました。


 確かにそうです。さあ重要な会議だという時に、ゴロゴロでは困ります。

私も手術で、ちびりそうになったので、その気持ち、よく分かります。


「下痢しては困るような大事な時、30分前にこれを飲みなさい」


 ブスコパンという薬を処方して、その使い方を私の体験談を交えて伝授しました。


「ああ、これで助かった」


と言わんばかりに喜んで彼は帰りました。


 効果のほどは定かでありませんが、おそらく下痢の恐怖からは解放されたのではないでしょうか。


 下痢症も私のれっきとした持病なのです。生来、私は、急に腹痛が来て下痢する体質でした。


 私が覚えている一番古い下痢の思い出(思い出というのも妙ですね)は、小学校低学年のときのことです。学校給食を食べて帰路についたとき、突然腹痛に見舞われたのです。学校から家までは、1.5kmくらいありましたから、一目散に帰りました。


 田舎の田んぼ道なので、駆け込むお店などは1件もありません。家のトイレに一直線に行くしか手がなかったのです。


 広い家で門から玄関までは割合離れていました。門を入ったとたん、緊張が取れて肛門が緩んだせいか、あやうくチビリそうになり、仕方なく庭でパンツをおろして、うんちをしてしまいました。


 高校時代には通学電車の中でチビリそうになったり、医者になってからは手術中にチビリそうになったり(これは前に書きました)と、下痢発作にたびたび見舞われているのです。


 こんなにたびたび経験するとトラウマになり、そのストレスがさらに下痢を助長するという悪循環に陥ります。


 大腸の病気には、大腸がんとか、最近話題のA元首相の潰瘍性大腸炎など、器質的疾患(腸自体に構造的な異常がある病気)や、過敏性腸症候群といって器質的な異常が無い、機能的な病気などがあります。私のはそこまで症状は強くなく、私固有の腸の体質と診断しました。


 下痢は腸蠕動の亢進によって起きます。ブスコパンという、副交感神経をおさえて腸の蠕動を止める薬があります。下痢した時にこれを飲めば、15分くらいして効いてきます。黙って飲めばピタリと止まるといったところです(豆知識参照)。


 食中毒のような場合の下痢は、腸から食中毒菌を排除するために下痢が起きるので、それを止めてしまうのは体にとって良くありません。しかし私のように神経の緊張によって起こるような下痢は、この薬で治まります。


 ブスコパンが便利なのは、例えば大切な試験や会議など、下痢してはいけない場合、これを30分ほど前に飲んでおけば、安心してそれに臨めることです。会議にも集中できるのです。


 ただこの薬を飲むと頭がぼんやりすると訴えたナースがいました。私は少し口が乾くくらいしか感じたことがありませんが、飲んでも大丈夫かどうか、暇な時に1度試しておくのがいいでしょう。


 それともう一つ。物を食べるとその刺激で胃腸の蠕動運動は活発になります。この蠕動運動によって、食べたものが胃から腸にスムーズに流れるのです。物が口から胃に入った瞬間に、反射的にこれが起きます。


 下痢しやすい人は蠕動運動が強く起きますから、食後すぐにトイレの無いところには行かないことです。例えば、乗り合いバスとかトイレのない電車などに食後すぐ乗車するのは、やめた方がいいでしょう。


 私の場合、食べ終わって大体15分もすれば、下痢するかどうか分かります。大丈夫そうな頃合いを見計らって席を立ち、次の行動を取るのです。そうすれば、すんでのところでチビリそうになるなどということはめったにありません。


(私が単身赴任をしていたとき、毎週1度、勤め先と自宅を車で往復していました。前述の方法で大体うまくいっていましたが、交通渋滞にはまったときには困りました。道路脇でするわけにもいかず、尿ミニトイレとオムツを常備していました。1度だけ、大便をもよおしそうになって、急いでオムツを車内ではいたことがあるのです。)


 大便にしろ小便にしろ、チビった経験をすると、外出がおっくうになるものです。特に高齢になると、その心配がより強くなります。最近テレビで、その対策用のパンツ(オムツ)のコマーシャルをよく見かけますね。私もそろそろ用意するかなあ。


* 豆知識


① 毎回自分の大便を見ること。


 排便したら、その便を見る習慣をつけましょう。自分のものだから、汚くはないでしょう。私も毎回見ていますよ。きれいなものです。(←(^ω^)変態じゃありません)


 余談ですが、ある時、認知症の患者さんが、自分の便を食べてしまいました。注意すると、「自分のものを食べて何が悪いのよ!」と、患者さんに叱られてしまいました。(←(^ω^)そりゃそうだけどね。トホホ)


 下痢をしたらその便の性状を見てください。


 いつもの黄色い便なら少し様子をみていいでしょう。この場合は回数が問題になります。トイレから戻ったら、またすぐもよおすくらい頻回な場合は、強めの下痢ですから、神経的なものではなく、腸炎を疑う必要があります。


 腸炎なら、治療が必要になることもあります。


 コールタールのような黒い便(タール便といいます)は、胃潰瘍などで胃からの大量出血の可能性があります。


 墨のような便も、鉄剤を飲んでいる人以外は、上記と同じで注意が必要です。


 見ただけで血と分かる場合は、肛門に近いS状結腸や直腸から出血したと考えられます。(もちろん、痔の場合もあります。)


 便に血が混じるということは、胃腸の粘膜が傷ついて出血していること、すなわち重症な胃腸の病気を示しています。


 直腸がんになった人のうち、6割くらいの人が、診断前に血便に気づいていたといわれますから、血便を見たら病院にいきましょう。かかる科は内科でも外科でも、構いません。


② ブスコパン(商品名)


 一般名 :ブチルスコポラミン臭化物


 胃腸の運動は、副交感神経の刺激によって亢進(高まること)します。


 ブスコパンは副交感神経の刺激を弱めることによって(抗コリン作用)、胃腸の蠕動運動をおさえます。この作用で下痢が治まるのです。


 緑内障、排尿障害、重い心臓病のある人には使えません。


 副作用で多いのは、口の渇き、便秘、尿が出にくい、かすみ目などです。


③自分で直腸診をする方法は、4章<16> 名診誤診迷診-バズーカ砲に書いてありますので参照ください。




┌───────────────

│ いのうげんてん作品      

│               

│①カルテに書けない よもやま話 

│②著作『神との対話』との対話 

│③ノンフィクション-いのちの砦  

└───────────────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ